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光の呼び声  作者: とど
幽霊少女と暮らす
11/55

11 「好きで、幽霊になった訳じゃない!」

「ひかり、どうしたんだよ?」

「……別に」



 和香子からカップケーキをもらったその日、戻って来たひかりは酷く不機嫌だった。学校から家に帰って来たばかりだが、その間殆ど喋らなかったひかりに、拓斗は何度か「ひかり、いるんだよな?」と存在確認をしてしまった。その度にいつもとは正反対の酷くそっけない返事が返って来るだけだった。


 ひかりは無邪気だ。いい事も悪いこともいつもは何でも拓斗に話す。だからこそ何も言わないひかりに彼はどう接していいのか分からなかった。

 一つ小さく溜息を吐いた拓斗にひかりがびくっと肩を揺らしたが、見えない彼は知る由もない。



「そうだ、カップケーキ」



 制服から着替えてソファに座った所で和香子に貰ったカップケーキを鞄から取り出す。その瞬間リビングの室温が僅かに下がった気がしたが、拓斗は特に気に留めずに袋の中からケーキを手に取った。

 当たり前だが見た目は悪くないし食欲の湧く匂いが漂ってくる。夕食前だが成長期の男子の胃には余裕で収まるサイズだ。

 いただきます、とカップケーキを頬張ると、拓斗のものとは違い勿論生焼けでもなくごく普通に美味しいものだった。



「……それ」

「ん?」

「美味しい?」

「美味いよ」

「そう……可愛い子に貰ってよかったね」



 よかった、という割に機嫌は未だに斜めのままだ。和香子といい西野達といい、そしてひかりといい今日は分からないことが多いと拓斗はまた溜息を吐いた。



「ひかり、今日は何なんだよ。俺何かしたか?」

「……それ」

「お前も食べたかったって? しょうがないだろ」

「別にそんなこと言ってない!」

「じゃあ何だ、何にそんなに怒ってるんだ」



 勝手に怒って、しかしその理由も言わないひかりに拓斗も少し腹が立って来た。言葉の端に苛立ちが混ざり、声のする宙に僅かに鋭くなった視線を向ける。



「何で何も言わないんだ。お前が言わなきゃ何も分からない」

「……」

「姿は見えないし声しか聞こえないのに、黙ってたら分かる訳が――」

「好きで見えないんじゃないっ!」



 がたん、と拓斗の背後の壁に取り付けられていた時計が落ちた。怒りと、そしてどこか痛々しい色を持つ叫びが拓斗の耳に叩きつけられる。



「好きで食べられない訳じゃない、好きで実体化できない訳じゃない……好きで、幽霊になった訳じゃない!」

「ひかり――」

「ほっといてよ! どうせ私は誰にも見えない幽霊なんだから!」



 リビングの扉がばたん、と勝手に閉まる。がたがたと廊下から音がする。拓斗が慌てて閉まった扉を開けて立て続けに響く音を追うと、最後に和室――ひかりの部屋の戸がぴしゃりと閉じられた。



「……どうしろって言うんだよ」



 拓斗がぽつりと呟いた声は、酷く途方に暮れたものだった。













 翌日、長く鳴り響いていた目覚ましを止めた拓斗は、目覚めたばかりだというのに疲れを覚えていた。

 『拓ちゃんおはよう!』と、いつも聞こえる明るいその声は今日はどこにもない。

 着替えを終えて洗濯と朝食。頭が回らずとも手は勝手に動き、気が付けば学校へ行く準備が出来ていた。



「ひかり、学校」



 和室の前まで来るが、相変わらず戸はしっかりと閉まったままだ。話しかけても全く返事はない。



「……行って来るから」



 聞いているのか聞いていないのか。それでも一声掛けた拓斗はのろのろと足を動かして家を出た。









「よー拓斗、遅かった……って今日は久しぶりに派手にやったな」

「……はよ」



 拓斗が遅刻ぎりぎりで教室に滑り込むと、充は少し驚いたようにしてボロボロの彼に目を瞠った。髪の毛には小枝が引っ掛かっているしそもそも服は制服ではなくジャージだ。猫か何かに引っ掻かれたらしい頬やずるずると片足を引き摺っている姿は、普通に登校している生徒ではまずお目に掛からない状況である。



「珍しいな、最近はお前結構被害減ってたのに」

「……いつもは、ひかりがいたからな」

「ん? 今日はいないのか」



 実は、と拓斗が口を開きかけた時で遮るようにチャイムが鳴り響く。立っていた生徒達がばたばたと席に戻るのを見て、彼も口を閉じて自分の席へと向かった。どのみち、すぐに終わる話でもないのだ。





「んで? そんなにテンション低くてどうしたんだよ」



 異様に長く感じた一限目の授業が終わるとすぐさま教室は喧騒に包まれる。そんな中拓斗の前の席に反対向きに座った充は、開口一番にそう言った。

 自分一人ではどうにもならなかった上、ひかりのことを話せるのは充しかいない。拓斗は昨日の家に帰ってからの彼女とのやり取りを思い出しながら順を追って彼に話した。


 全て話終えると、充は「はあー、成程なあ」と何度か軽く頷く。



「ひかりちゃん、あの和香子ちゃんに妬いたんじゃないか?」

「妬く……って、どういう」

「お前が可愛い女の子にお菓子貰ってへらへらしてるからイラッと来たんだろ」

「それお前だってそうだろうが」

「話を逸らすな、今はお前とひかりちゃんの話だ」



 充は拓斗の話を頭の中でもう一度思い出す。そして、充も見たことのない彼女の気持ちを推し量ろうと思考を巡らせた。



「……好きで幽霊になった訳じゃないって、そう言ったんだろ。多分あの子、不安なんだよ」

「不安?」

「普通に考えてみろよ、自分のこと何一つ覚えてなくて、しかも死んでることだけは分かってる。それなのにいつもお前の前で明るく振る舞ってたんだろ? ずっと無理してたんじゃねえのか」

「……」



 もし自分だったら、と拓斗は思考する。記憶は真っ白で、自分がどこの誰かも分からない。ただ訳も分からないうちに死んでいて、誰にも見てもらえなくて。そんな状況になったら、絶対に拓斗は耐えられない。

 初めて言葉を交わした時からひかりは明るくて無邪気だった。彼女は拓斗よりも年上で、状況を理解できていない子供でもないのだ。ずっと言えない不安を押し殺していたのかもしれない。



「ひかりちゃんの声が聞こえるのはお前だけだ。拠り所を他のやつに取られたくなかったんだろ」

「……そう、か」

「実際にひかりちゃんがどう思ったのかは分からねえけど、ちゃんと家に帰ってから怒らないで話してやれよ」

「ああ」



 充が言ったのは予測で、だから彼女の心中は未だに判明していない。だが彼の言葉は拓斗の思いもよらないものだった。少なくとも、拓斗は今までひかりの状況を軽く見過ぎていたのだ。



「あー……そうだ、ひかりちゃんのことだけどな」

「何だ?」

「一応練習試合のあった学校の生徒には聞いてみたんだが今の所収穫はない。それに高校生だったらもっと学校も多くなるし、俺が見つけるのは難しいかもしれない。……悪い」



 軽く目を伏せて申し訳なさそうに謝る充に、拓斗は首を横に振った。頼んでいるのは自分の方で、充が謝る必要などないのだから。



「だけど、そっか……」

「拓斗?」



 小さく呟いた拓斗に充が聞き返すものの、彼はそのまま俯いて黙り込んだ。そして無意識のうちに今朝野良猫に引っ掻かれた頬に手をやった。

 記憶を探す代わりに手助けをする、拓斗とひかりが最初に交わした約束だ。

 だが手掛かり一つ見つからないというのに自分ばかりが彼女に頼ってしまっていたのだと、拓斗は嫌でも痛感した。













 放課後、拓斗は一度部室によってから裏庭を訪れていた。どこで描こうかと考えたものの、足は自然といつも彼女を迎えにいくこの場所へと向かっていたのだ。

 勿論桜は既に青々とした葉に変わっている。拓斗は裏庭の端に座り込むと、ペンケースの中から鉛筆を選んで緩慢な手つきで目の前の風景を描き始めた。



「……駄目だ」



 しかしすぐに手は止まる。ひかりのことばかり頭の中に過ぎって全く集中することができなかったのだ。スケッチブックを捲って白紙のページに改めて描こうとするが、しかし一筆も描かないうちに手は下ろされた。



「やっぱり、もう帰るか」



 部活に専念できる精神的な余裕は拓斗に残されていなかった。そうと決まればさっさと片付けようと彼がスケッチブックを閉じようとした――その、直前。



「は?」



 拓斗が手を離したばかりの鉛筆が、勝手にふわりと浮き上がりスケッチブックに何か書き始めたのだ。思わず呆然とそれを見守ってしまった拓斗の目の前で、真っ白だった紙に文字が浮かび上がる。



“今日、ひかりさんは休みかな”

「っこれは」

“勝手に書いて済まない。以前ここで会ったが、私は彼女の先生だ”

「先生って……初代校長、ですよね」

“その通り”



 文章を読んだ思わず拓斗が呟くとすぐにそれに答えるように鉛筆が滑り出す。冷静になってよく見てみれば、鉛筆は皺くちゃの手に握られていたのだ。



「これが、実体化……」

“全身だと数秒も持たないのでな”



 本当に見えなかったはずの幽霊の手が見えている。その状況を、拓斗は困惑しながらも受け止める。



「……ひかりは、今日はいません」

“そうか、まあたまには休みも必要だな。ひかりさん、やけに根を詰めて練習していたから少し心配だったんだ”

「え?」

“物を動かすことはすぐに上達したんだが、実体化が上手く行かなくて焦っているようだったから”



 確かにひかりは校長と出会ってから平日は毎日欠かさずに裏庭へ行っているようだった。家に戻っても何かを浮かせていたり、実体化の練習だと言ってうんうん唸っている声が聞こえたりしていた。



「あいつ、やっぱり自分のことが分からないのが怖かったのかな……」



 少しでも早く自分の手掛かりが欲しくてそんなに焦っていたのだろう。元々の情報がほぼ皆無だとはいえ拓斗は何も見つけて上げられていない。それどころか実体化が出来るようになって、せめて容姿を確認してからの方が調べられるだろうと急ぐこともなかった。



“真城君”



 拓斗が頭の中で後悔を積み重ねていると、動きの止まっていた老人の手が少し躊躇うようにしてから拓斗の名前を書き出した。



「はい、何ですか?」

“ひかりさんは確かに焦っていたが、だけどいつも楽しそうでもあったよ”

「楽しそう?」

“実体化したらやりたいことがたくさんあるんだと、私に色々と話をしてくれた。その時の彼女はいつも笑顔だった。そう昨日は確か――”



 記憶を辿っているのか老人の手が止まる。そして、次のスケッチブックに現れた文字列を目で追った拓斗は、思わず彼女の名前を呟いていた。



“失敗しちゃった君の為に、おいしいカップケーキを作ってあげたい、と”



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