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光の呼び声  作者: とど
幽霊少女と暮らす
10/55

10 「ありがとう、貰っとく」

「うわあ、いい匂い……」



 その日の午前中、中学校の家庭科室では至る所から甘い匂いが漂っていた。拓斗が所属するクラスが家庭科の調理実習を行っているのだ。

 課題は小ぶりのカップケーキ。材料を混ぜて焼くだけなのでお菓子を作ったことのない男子生徒にも優しい簡単な内容である。拓斗は勿論毎日自分で料理を作っているので手際もよく、カップケーキなど朝飯前になる予定であった。



「お、うちの班も焼けたな」



 拓斗の班のオーブンが音を立てて出来上がりを教えると、わくわくと同じ班の女子がオーブンに近付く。オーブンの目の前にずっと待機していたひかりは、彼女がカップケーキを取り出すのを楽しそうにじっと見つめていた。

 出来上がったカップケーキは綺麗な焼き色が付いており見るからに美味しそうだ。



「じゃあ一人二個ね」

「私これにするー」



 鉄板から皿に移されたカップケーキは次々とそれぞれの生徒の手によって持って行かれる。残りの二つを手にした拓斗がテーブルに向かうと、既に何人かは出来立てのそれを咀嚼していた。



「いいなあ」



 頭の斜め上辺りから羨ましそうな声を聞きながら端の席に着いた拓斗はまだ僅かに湯気の立つカップケーキを少し息で冷ましてからゆっくりと口に運んだ。



「いただきます……っ!?」



 ふわっとした歯ざわり……の、後に何故かどろりとしたカップケーキらしかぬ食感が口の中を襲う。何なんだと慌てて口を離して断面を見ると、何故かスポンジ生地の中は生焼けのままだった。

 拓斗は話をしながらカップケーキを食べている同じ班のクラスメイト達をちらりと一瞥する。特に騒ぎ立てることなく普通に口に運んでいる彼らのカップケーキは、同じオーブンで同時に焼いたというのに無事に焼けているらしい。



「拓ちゃんどうしたの?」

「生焼けだった……」

「何で拓ちゃんのだけ!?」



 本当になんでだろうな、と小さく呟いた拓斗は、他のクラスメイト達に気付かれる前に二つとも生焼けだったカップケーキを口の中に押し込み始めた。













「あの、真城君……」



 午後の授業も終えて騒がしくなる教室、その中で部活に向かうべく鞄に教科書を詰めていた拓斗は、ふと近くから聞こえて来たひかりとは違う少女の声に顔を上げた。ちなみにひかりは今日も裏庭で特訓中だ。放課後になったのでそろそろ帰って来るとは思うがまだ彼女の声は聞こえない。

 彼が振り向いた先にいたのは同じクラスの大人しそうな女子生徒だった。



「絵里香ちゃん達が、真城君を呼んでって」

「部長が? ありがとう」

「う、うん」



 話したこともない子だったので何の用かと思ったが、どうやら絵里香と友人だったようだ。拓斗が教室の入り口に目をやると、美術部の部長である絵里香とその隣に同じ部員である瀬田和香子せたわかこの姿が見える。

 拓斗に声を掛けた女子生徒はおどおどしながら逃げるように彼の席から離れていく。大方拓斗の噂を聞いて怖がられているのだろう。

 鞄を置いて彼女達の元へと向かうと和香子がよ、と片手を拓斗に向けて上げる。美術部の部員は全員とは言わないがあまり拓斗を遠巻きにしない。



「部長、瀬田、何かあったのか?」

「今日の部活は休みだって伝えに来たの」

「休み?」

「部室が使えないんだって。別に外で勝手に描くのはいいけど、部活自体は休みにするから」

「分かった」



 じゃあ今日はそのまま帰るか、と拓斗が考えていると「そういえばね」と和香子が左手に持っていた小さな鞄の中を探り始めた。そしてそれと同時に午前中に感じた甘い匂いが再び漂って来る。



「午後の授業でカップケーキ作ったんだー」

「ああ、そっちのクラスもか。うちのクラスも今日だったんだ」

「え、そうなの?」



 じゃーん、と鞄から取り出した透明な袋に包まれたカップケーキを彼に見せた和香子は、拓斗の言葉に一瞬何故かショックを受けたような顔をした。

 そんな和香子の顔をちらりと見た絵里香は「もう食べたの?」と尋ねながら拓斗に視線を戻す。



「ああ。午前中だったし、さっさと処理したかったから」

「処理……って、何? 失敗でもしたの?」

「生焼けだった。……俺のだけ」



 和香子が同情的な目で拓斗を見る。



「何というか、真城君って期待を裏切らないよね」

「期待されても困るんだが」

「言葉の綾だって!」

「真城、生焼けのケーキ食べたって大丈夫なの!? お腹壊したりしたらどうするの!」

「いや、別に肉とかじゃないんだから大丈夫だって」

「あんただったら何でお腹壊しても可笑しくないでしょ」



 絵里香に責められてぐ、と言葉に詰まる。そう言われるとまるで否定できないのだ。



「まあまあお母さん、それくらいに」

「誰がお母さんよ」

「あ」

「お前ずるいぞ拓斗!」



 和香子がうっかり口を滑らせて絵里香に秘密だったあだ名で呼んでしまった所で、突然拓斗の背中に衝撃が走った。

 振り向かずとも、犯人はすぐに分かる。



「……西野」

「可愛い女の子二人両手に花とか、やっぱ俺も美術部入ればよかった!」

「とっととサッカー部行け」



 拓斗の背中を叩いたのは案の定教室から出て来た充だった。その痛みに拓斗は顔を歪めたものの、目の前の二人は充の明け透けな発言に思わず顔を赤くしていた。



「あ、えっと確か遠足の時の」

「西野充だ。絵里香ちゃんだっけ?」

「な」

「そっちの子は始めまして。何て言うんだ?」

「瀬田、和香子だけど……」

「和香子ちゃんね、覚えた」



 当然のように名前で呼ぶ充に絵里香は顔を赤らめたまま絶句する。一方で和香子は、充が誰にでもそういうタイプの――人懐っこいというか軽いというか――性格だと把握し始めたのか冷静さを取り戻しつつあった。



「あ、それ家庭科の? もしかして拓斗に持って来たのか?」

「え?」

「ホントずるいなーお前。俺なんて今から部活だっつーのにもう腹減って来たし……」

「あ、あの!」



 和香子の持つカップケーキに目を向けた充が嘆くようにそう言う。拓斗が違うと否定しようとした所で、その前に絵里香の妙に上ずった声がそれを遮った。

 彼女は酷く慌てた様子で鞄を開けると、その中から和香子と同じく袋に包まれたカップケーキを取り出しそして充に差し出した。



「部長?」

「お腹減ってるなら、も、もしよければこれ」

「え、いいのか?」

「もう一つあるし、大丈夫だから!」

「やった、ありがとな絵里香ちゃん」



 ぶわっと絵里香がまるで湯気でも出そうなほど沸騰する。それを見て上機嫌でカップケーキを受け取った充は「ピュアな子だなあ」と呟いた。



「ぶ、部長……」

「絵里香って」



 もしかして、と目を合わせた拓斗と和香子は困惑した顔で目を合わせる。遠足の時も思ったが、絵里香がこんなに動揺した姿は中々ない。

 と、拓斗と目を合わせていた和香子が急に我に返ったように慌てて目を逸らす。そしてずっと手にしていたカップケーキを一つ、拓斗に押し付けるように差し出して来た。



「瀬田?」

「あげる」

「もしかして西野の言ったこと気にしたのか? 別に無理に……」

「違う! ……二つとも生焼けだったんでしょ? 一つぐらい普通の欲しいかなって」

「いいのか?」

「まずくないと思うし、ちゃんと焼けてるはず」

「それは疑ってないけど……ありがとう、貰っとく」



 カップケーキを受け取った拓斗が嬉しくなって和香子に笑うと、突如ばっと風を切る勢いで彼女は顔を伏せた。



「ど、どうした?」

「なんでない」



 そのあまりの勢いに拓斗が驚いたものの、和香子は俯いたまま動かなくなり、彼はますます首を傾げることになった。



「ふうん、へえー」

「なんだよ西野」

「別に?」



 充がやけにしたり顔で声を上げる。その意味が分からずに絵里香に視線をやると、今度は微笑ましげな、まるで我が子を見るような目で見られてしまった。

 本当になんなんだ、と拓斗は頭を捻りながら三人を見回すしかなかった。



「……」



 一人、戻って来たことに誰も気付かれていなかったひかりは無言で、この場の誰にも見えない顔を陰らせていた。



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