VS ケイオススライム
東の城壁はうららかな午後の日差しから一転、重く垂れ込めた暗雲に覆われていた。
その半径数百メートル以外はいまだ晴れ渡る空であり、なんとも異様な光景だ。
その雲の直下には百人ほどのプレイヤーと、『それ』が居た。
ケイオススライム Lv.30
種族 ??? 『error』
HP 2526/5790
■称号
【世界の歪み】
■種族固有
【終焉の空】 味方に自動回復効果 敵に弱ダメージ
【融ける肌触り】 体及びその一部に触れた者にダメージ
■耐性
【状態異常無効】
「とにかく魔法撃ちつづけて、これ以上城壁に近づけてはなりません!
土・光魔法が有効です!」
戦場に凛とした声が響く。
プレイヤー達に的確な指示を出し鼓舞する姿はまさしく戦乙女であった。
「カテリーナさん、タンク役の盾が酸で融けてもう持ちこたえられません!」
「・・・潮時ですね。後退してください。おつかれさまでした」
忌々しい雨のなか、相手のHPの半分を削るのは十二分の出来といえた。が、状況は芳しくはない。
こちらの持つカードはもう残り少ない。そして相手は体力の半分を切って『特殊行動』をとりはじめる。
「前衛近過ぎだ!距離を」
「ぐあぁ!」
自分の体の一部をこちらに射出しはじめたのだ。魔法攻撃がいくら遠距離から出来るとはいっても、
遠すぎれば威力は落ちる。そして近づけばこの攻撃の餌食となる。
城壁を背にスライムに相対する魔法系ジョブのプレイヤー達。盾役はもういない。
「後がないならもう出し惜しみはしません!魔法隊、最大火力です!」
来るべき攻撃を察知したスライムは酸性の体組織を容赦なく浴びせかける。前にいるプレイヤーから次々に倒れ伏し、粒子となって消えた。今頃は街の教会に転送されているだろう。
魔法攻撃の強さと詠唱時間の長さは比例する。
(時間が足りない・・・少しでいい、誰か、時間を稼いで!)
戦乙女の願いは果たして
聞き入れられた。ただしそれは決して神によるものではなかったが。
刹那、ケイオススライムの表面がぞわ、と波立つ。顔を持たない者から内心を推し量ることなど
できはしない筈だが、それは紛れも無く『恐怖』によるものだと皆何故か理解できた。
「なーんだ、もう後半戦かあ。来るのがちょっと遅かったかな?」
その男は半透明の傘をさしながら小走りでこちらにやって来た。
「あっ、カテリーナちゃんが呪文詠唱してる!かっこいいなあ!
近くで動画撮ろ・・・ちょっと、この黒いの邪魔だよどいて」
などとのたまいつつ傘を緩く左右に振ると、
信じられないことに、巨大なスライムは怯えて我が身を抱きすくめるように縮こまり、
この不遜な男にもそもそと道を譲るのだった。
男は魔法隊の近くに来ると、MP不足で詠唱ができないプレイヤーにMP回復薬を差し出した。
「はいこれ情報料。今来たんだけど教えて、ボス何処?」
差し出されたプレイヤーは戸惑いつつ回復薬を受け取り、
「いや、今あんたが退かせたやつが、ボスだよ」
と、なんとか応答した。
「・・・は?」
常ににこやかな人物から瞬時に表情が失われることがこれ程恐ろしいものだとは。
のちにこのプレイヤーはそう語った。
「え、ボス・・・真っ黒グラフィック・・・拡大コピー・・・
手抜きじゃねーか!!」
静まり返った場に激昂した男の声が木霊した。