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hello 異世界

 爽やかな風が頬を撫で、鳥の(さえず)りが身体を包み込む。

 蒼天から降り注ぐ光が我が身を温め、(そび)える木々から成る木の葉たちが視界を埋め保養していく。

 ああ、自然の風を受けるのは幾日ぶりだろうか。

 ああ、鳥の鳴が、空の蒼さがこれほどまでに美しかったとは。

 ああ、森の木々に囲まれることがどれほどの幸福だったか。


 一瞬の旅路が終わり、私は先ほどまでの無機質空間とはまさに別世界に立っていた。


 原生林なのか人工林なのか定かではない。ただ間伐されたかのように、森のなかは透き通った木漏れ日が満たしていた。そよ風が辺りのブナに似た広葉樹たちと、密林ほどではないが湿り気を含んだ土の匂いを運んでくる。

 ああ――これぞまさに私が渇望した懐かしき外の世界。

 もしこの場を外と主張することが異端とされても、私は声の続く限り叫ぶだろう。そして異端と唱える者たちをできる最大限の言葉蔑むだろう。


「…………帰ってきましたね」


「フッフッフッ……」


「……あの、どうかしましたか?」


「私はついにやってきたのだ! 運命という名の障害を切り開き、慈悲無き修羅道の終着点であるこの地に。ここから始まるは喜劇じみた活劇か、悲劇が織り成す落涙劇か」


「…………?」


「どちらにせよ、私の志を成した瞬間こそが真の終着。この瞬間は終わりでもあり始まりでもある。それは逆も然り。そう、つまりこれはッ――――」


「あの、大丈夫ですか?」


「……ふむ。私事で申し訳ないが、今私はこの上なくテンションがうなぎのぼりしているのだ。そのような水を差すKY発言は自重して貰えないだろうか?」


「……すみません……?」


 さて、どこまで言っただろうか――――。


「つまりこれはッ――――」


「ところで仁義さん?」


「…………申し訳ないが少女よ。私は感動スピーチの最中なのだ。しかもものすごくイイところ。比較的すぐに終わるはずゆえ、質問はその後にして貰いたい」


「……すみませんでした」


「つま―――」


「で、仁義さん?」


 ……ふむ。どうやらこの少女の座右の銘は察するに、時は金なりだろう。しかしどうもジャパニーズわびさびは理解出来ていないようだ。

 致し方ない。私としても乙女を待たせることは本意ではない、感動のスピーチは後ほど一人の時にするとしよう。

 軽く息を吐いた後、まったく悪びれていない少女へ意識を傾ける。


「なにかね?」


「貴方はこれからどうするつもりですか?」


「決まっている。北の大地へと地に向かい、時の女神とやらに謁見を賜る」


「……会って、どうするのですか?」


「無論、その力で私の成すべきことの手伝いをして貰う」


「……そうですか」


 至極短くつぶやくと、興味がなくなったのか少女は表情無く少し視線を下げた。


「では、次は私の質問に答えてもらいたい」


「……なんでしょう?」


「確認のために訊くが、君は先ほど「帰ってきた」と言っていた。それは言葉通りの意味でいいのだろうか?」


「…………? そうですけど?」


 訝しげに首を傾げる少女。


「そうか。やはり君は新世界の住人か」


「……………………え?」


 瞬間、少女はまるで液体窒素をかけられたように身体を硬直させた。

 停止している少女が動き出すまでざっと八秒。


「貴方は…………その、違うんですか?」


「私は純地球生まれだ」


「――――ッ!!」


 どうしてだろうか。

 少女はまるで親の敵でも目の当たりにしたかのように私を睨み構えた。

 構えた、とは言いつつ正確には一歩脚を引いただけである。だとしても少女が放つ雰囲気は、その一歩より遥かに大きな変化を成していることは容易に感じとれる。


 この視線を例えるなら――鋭利な刃物。

 槍の如く私の瞳を突き刺し、持ち手のない剣の如く触れることを許さない。

 しかし少女は何故私に、そのような目を向けているのだろうか。理由がどうにも察し得ない。


「どうかしたのかね?」


「…………そうでしたね……そもそも名前が――――」


「キヤアアアアァァッ!!」


 瞬間。私の疑問と少女の言葉を吹き飛ばすほどの断末魔が森に響いた。


「ちょっとアナタッ――――」


 少女の言葉が耳に入るより早く、木々にとまる鳥たちが羽ばたくより早く、私は駆け出していた。

木々を避け、木の根を、茂みを飛び越え声の主の元へ向かう。


「――――――ほう?」


 そして広葉樹の木々たちを抜けたそこは森に囲まれたちょっとした草原だった。

 そのようなところで四人の人影が確認でき――。


「チキン アンパン ピザ レバニラパフェ!」


「チキンライス!! オレンジニラタマパセリ!?」


「チーズパン! ラム パセリヤキトリトマト?」


「ば、バナナ……ミート トマトライス…………」


 何やらガタイのいい三人の男が婦女子を取り囲んでいた。

 赤髪の若い婦女子は、赤い西洋ドレスのようなものに身を包み、手にバスケットを携えながら身体をガタガタと震わせ、片や屈強な男を体現している彼らはツギハギだらけの薄汚れた衣服に身を包み、私の世界のものと酷似しているマチェーテや手斧を持ちギラギラと光らせている。

 男の一人が下卑た笑みを浮かべながら婦女子の腕を掴み、それを婦女子は振り払おうと腕を動かそうとするが全く動かない。


「ふむ……」


 さて、この光景を是と見るか非と見るか――――。

 そこの是と思った御仁、君の名前は今からひとでなし太郎だ。


「――こんにちは」


「「「「――ッ!!?」」」」


 歩きながら挨拶をすると婦女子を含めた彼らは身を震わせた。


「良い天気だな」


 人と人とのコミュニケーションの基本はsmile & hello。

 国も言葉も違う者へ敵意がないこと知らせるためにはこれ以上のことはない。

 聞く限り言葉は理解できない。そもそも国どころか世界が違うが言語や衣服をまとう知性もあるようだし、「見た目的」に彼らも人間。

 helloが分からなくとも、smileはボディーランゲージとして伝わるはず。まさかこれほど完璧なsmileを向ける私に刃を向ける御仁など――――。


「タコヤキッ!!」


 いるとは思わなかった。訳ではないが、この世もまたままならないものだ。

 男の一人が大阪の名物を叫び、激昂しながらマチェーテの刃を向けてくる。


「タコヤキ! バニラ カニパセリ!!」


「カニパセリ!!」


 続いて残りの男たちは婦女子に刃をあてがいつつ叫ぶ。

 ふむ。彼らのこの言動……敵対的か否か――――。

 そこの否と思った御仁、君の名前は今から楽観之介だ。


 察するに、「近づいたら殺すぞ!!」的なニュアンスだろう。

 そもそも婦女子を力任せに囲んで怒鳴りつけるなど論外だが。そのうえまさか初対面の人間にまで刃を向けるほどの輩だとは……。

 やはりこのような存在はどこにでもいるらしい。


「ば、バナナ…………」


 涙目でなにかを訴える婦女子。

 その傍らには刃を構える野蛮な男三人衆。

 たとえバナナでも何をするべきかは分かるだろう。


「ふむ。新世界に着いて早々このような場面に出くわすとは、運のない」


 しかし初陣には丁度良い。


「君たち、刃を向ける意味を――――」


「「「ヒィッッ!!!」」」


 瞬間、男三人衆は怯えたように身を震わせた。

 おや? まだ決め台詞の途中なのだが、彼らはなにを――。


「ふっ……見つけましたよ。異世界人……」


「ふん?」


 背後から聞き覚えのある私の世界の共通語が聴こえ、振り返ってみる。


「おお、少女ではないか。また逢うとは奇遇だな」


 私が出てきたのと同じ茂みから少女が這い出していた。

 衣服や髪の毛に所々木の葉がうかがえる。なかなかの悪路ゆえ引っ付けて来てしまったようだが、この到着までの速さは目を見張るものがある。


「奇遇? ハ、まさか逃げられるとでも思ったのですか?」


「逃げる? …………ああ、そういえば話の途中だったな。申し訳ない。しかし今はこちらが取り込み中ゆえ、私に用事があるなら少し待ってもらえないだろうか?」


「……安心してください。私の用事はすぐ終わりますから」


 その時私は気がついた。

 少女の右手のひらに、謎のテニスボールほどの黒く光る球が浮遊していた。

 否、空気に揺れるそれは炎の様で、黒色ではあるがさながら人魂を思い浮かばせる。


 そして少女の目。

 先ほどの親の敵のようなものとも、最初の全てを見据えていたものとも異なり、今のそれは極限まで見開かれて狂気のようなものを感じられる。

 今の少女に私の見た意志も姿勢も存在していない。しかし、ある意味で別の意志の炎が灯っている様に見えた。

 しかし私はこの露骨とも言えるあからさまな変わりようであることを察した。


「こ、コンニャク!!」


「コンニャク、コンニャク!!」


「コンニャ……ク……!」


 と、何やら後ろの男三人衆が多年生作物を叫びはじめた。

 しかし様子を見るわけにはいかないだろう。何故なら、今は少女から目を離してはならない。

 これは、「アレ」なのだから。


「ふっ……大丈夫ですよ、炎の熱さで痛みなんて感じませんから。でも、少し苦しいでしょうね」


 そして少女は軽く嗤い。


「キムチプリンッ!!」


 何とも奇怪で複雑そうな味のスイーツを叫ぶと、少女は肩を使ってその手に宿っていた黒色の球を投げた。


「――――――ッ!!」


 その球速はざっと百六十四キロ。

 細腕から放たれた野球選手顔負けの剛速球は空気を切り裂く。

 少女と私の距離は丁度ピッチャーとバッターほどだが、球は速度を落とすことなく一直線に私の顔面へ突進してくる。


「避けたッ!!?」


 しかしよけられないほどではなかった。

 その球は紛れもないストレート。ミリのズレもなく正確一直線に、まるで弾丸のようだがそれゆえ単純愚直。少ししゃがむだけでそれはビュウッという風音を立てて私の頭上を通り過ぎた。


「ギャアッ!!」


 瞬間。背後から野太くもただならない悲鳴が響いた。

 反射的に反応して振り返ったその先には――。


「おお…………」


 その光景に私は自然と詠嘆の声が漏れた。


 ――――マチェーテが燃えていた。


 男の持つマチェーテは、柄こそ木製であるものの、刃は銀色の鋼。

 フライパンと同じ原理でそう簡単に燃えるはずのない刃を含め、黒球の大きさからしても有り得ないが、一瞬にしてマチェーテ全体が黒色の炎に包まれていた。

 自分で形容しておきながら半信半疑であったが、少女の言葉通り包み込むそれの動きは炎と同様。男は瞬時にマチェーテを落としたが、それは地面に着くなおメラメラバチバチと音を立てて燃えている。

 その非現実的な光景に目を奪われ、私は少女の方に向き直るどころか呼吸すら忘れていた。


「…………はぁ」


 身体に残っていた全ての酸素をため息として吐き出した後に、再開した呼吸で私はその現象を悟った。


 ――――――ああ、これが魔法か。


 報告書の文章としては知っていたが、現物は想像を遥かに凌駕していた。

 地球の非現実を――空想を現実とし、過去の偉人たちが発掘した様々な科学の方程式を完全に無視したそれは、私を震わせた。

 恐怖からではない。

 言うなれば、未知への昂揚。この世界には私の知らない新たな未知が満ちている。

 それを確信した。


「ま、マカロニ! マカロニ!!」


 男の一人が筒状の乾燥パスタの一種を叫ぶと、一斉に男三人衆は森へと駆けていった。

 しかし今となっては考察ばかりで気にかけていられない。


 もしかしたらあの刃は鋼ではなく、この世界特有の燃えやすい物質で造られているかもしれない。そうだ、地球基準で考えていた時点で浅はかであり、それは十分考えられる。

 否。仮にもしそうだったとしても、そもそも少女が黒い球を手の上に浮遊させていたところから異常。

 そしてそれが炎色反応ですら存在しない黒色の炎となれば、これはもうトンデモない!

 完全に私の理解を超えている!!


「少女よ! よければ今の魔法をもう一度ッ――――」


「グゥッ……か、肩が……あ、これ絶対はずれました…………」


 見せてもらおうかと思ったのだが……何やら悶えていた。


「はずれた? しっかりと当たっていたではないか。身体ではなく武器に直撃させるその精神といい、素晴らしかったぞ」


「はずれましたよ……魔法も、肩も…………うぅ、この異世界人……」


「……? それにしても、あのような演技を見せて私をフェイクの的とし、あの男たちを油断させるとは。即興の作戦としては中々にナイスだった」


「……あなたですよ……完全に的はあなたでしたよ…………」


「……?」


「いや、しゃがまないとかわせなかったですよね? ……いやまあ、普通にかわした時点で驚きですが……」


「…………?」


「え……何でこの人首を傾げているのですか? …………え? この人もしかしてバカですか?」


 何やら少女が恨むような、というよりも憐れむような何とも微妙な表情を向けてくるのだが、これもなにかの作戦の一種だろうか?


「に、ニラ……?」


「――ハッ!?」


 な、なんということだ!!

 目先の好奇心に心を奪われ、婦女子の存在を失念するとは!!!


「あっ、ちょっとまっ――――」


 すぐさま身体を反転させ婦女子のもとへと駆け――。


「申し訳ないお嬢さん(マドモワゼル)! ケガはないか?」


「い、イチゴ! ウォーターメロンラタトゥイユ!」


「あー、また私置いてきぼりですかー……」


 婦女子の言葉は理解できないが、何やら涙目で慌てて手と頭をブンブンと振っている。

 口調や表情から怒りは見て取れないが、一瞬でも忘れて放っておいてしまったことを謝罪できないとは……っ。

 詫びーランゲージとして膝まずいて頭をたれるが、やはり気はおさまらない。

 どうにか……どうにかして私の気持ちを伝える術は――!。


「ッ、なんと…………」


 膝を折る私の眼前に、婦女子の顔はなかった。

 そこには、女性という性のみが有する幸福と豊かさの象徴が鎮座していた。

 例えるならば、生命の喜び。

 眼前を覆うそれは、まさにはち切れんばかりに生命の喜びを高らかに主張していた。


「素晴らしい、美巨乳だ…………」


「………………?」


「…………え?」


 私は全てを忘れ、それに目を奪われた。感嘆の呟きをもらす私を不審に見る婦女子の顔もまた愛らしいこと。

 そして私はこの場でするべきことの心得は理解していた。

 胸に芽生えた情熱の丈を表現するため、彼女への最高の敬意を伝えるために、私はその生命の喜びを――――。


 ――――揉みしだいた。


「ヒャァァァァッ!!!??」


「なッ!?」


「うむ、完璧だ。若さゆえのハリと弾力を備えつつも、指を沈ませる柔らかさを有している。やはり素晴らしい美巨乳だ!!」


「あ、あ、ああ……貴方はいったい、な、なにをっ……?」


 やはり触れなければ解らなかった。

 この何偽りない純然たる感触は、ただ一つの真理を示している。


「ああ! これこそノーブ――――」


「イアァァァァァァッ!!!」


 婦女子が腰を入れて放ったアッパーカットが顎にめり込んだ。

 超宇宙的真理に触れていたので全く反応できず、婦女子の細腕からとは思えない、まるで豪腕から放たれたそれは炸裂した。

 数秒の滞空時間の後……私は草原の海へと落ちた。


 ああ――――空が青い。

 野原に大の字とは、幾月ぶりだっただろうか。風になびく草の音が美しい。降りそそぐ日光が目に眩しい。

 ああ――――これは…………。

 倒れた時に頭を打ったのか、婦女子のアッパーカットが脳髄まで響いたのか。定かではないが……視界がぼやける。


「……あの……大丈夫ですか?」


 右肩を抑えながら少女が蔑みを秘めた訝しげな面持ちで歩み寄ってくる。


「おお、少女か……私はもう、これまでのようだ……」


「そうですか。ならよかったです」


「フッ……志し半ばに倒れるとは……。しかし……満足だ。真に素晴らしい人生だった。……最期に、あのような美巨乳に出逢えた幸福を胸に……私も彼らの元へ赴くとしよう」


「あ、はい、よかったですね」


「キャベツ! キャベツキャベツキャベチ!!」


「ああ……」


「………………」


「我が生涯に、一片の悔いな――――」


「さっさと死んでください」

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