Locus 75
「あっ、えっと、こんばんは。紅茶ですか? い、頂きます。……ってそうじゃなくて! クレアさん、ココっていったい何なんですか?! さっきまで確かに夜だったのに、今は日が昇ってますし、それでも時計を見てみれば、午後を指してますしで、もう訳が分かりませんよ!」
「ふふっ。その様子では存分に、驚いてもらえたようですね」
「ええ、それはもう!」
「まぁ、とりあえずこの紅茶でも飲んで、少し落ち着いて下さい。現状の説明は、その後にしますから……ね♪」
「うぅ……はい」
そうして、俺は色々気にはなっていたが、クレアさんからこの現状についての説明をしてもらえると言われ少し冷静になり、クレアさんの勧めるがままに紅茶を飲み干す頃には、普段位には落ち着きを取り戻していた。
「……ごちそう様でした」
「はい、お粗末様でした。どうですか? 少しは落ち着きましたか?」
「はい、おかげさまで。取り乱したりして、すみませんでした」
「いえいえ。私も初めてここに来た時は、かなり驚きましたから、通過儀礼? のようなものですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。それで、この現状の説明でしたね」
「はい。ココはいったい何なんですか?」
「そうですね……簡単に言うならココは、通常夜にしかログインできないプレイヤーのためのフィールド、っと言ったところでしょうか」
「夜にしかログインできないプレイヤー? ……それってもしかして、社会人とかのことですか?」
「そういうことになりますね。日中は仕事でログインできず、夜にしかプレイできないと、どんなことが起きると思いますか?」
「どんなこと、ですか? う~ん……あ、そうか! 夜になると街の外では、モンスターが強くなるんでしたね」
「そうですね。それに、ヨーロッパ風の街並みも日中であればあまり迷うこともなく、気軽に観光もできますが、夜になれば結構入り組んだ場所等が多いため、道に迷いやすく街中の地理を覚え難くなります」
「なるほど……だからこのフィールドって訳ですか」
「はい。コチラのフィールドは、通称:夢現フィールドと呼ばれ、アチラ……普段ログインしているフィールドとは、昼夜が逆転しているんですよ。もちろん戦闘をすればレベルも上がりますし、採取・採掘等をすれば、アイテムを入手することも可能です。また、アイテムを売却すればお金も得ることができます」
「へー、じゃあ昼夜が逆転しているだけで、普通のフィールド変わらないんですね。」
「はい。ただコチラで死んだり、一定時間経過したりすれば、目を瞑った宿屋の部屋で、目を覚ますことになります。つまり今体験していることは、あくまでも夢であるということなのでしょうね。また、コチラでログアウトしても、再度ログインするまでの時間が12時間以内であれば、ログインした時に居る場所はその泊まった部屋になります。ですが、12時間以上だと宿屋の1階でのログインとなります。何故このようなことが起きるかというと、つまるところ時間超過で宿屋の部屋から追い出された、ということになるようです。このゲーム変なところで、リアルですからね」
「あはは、確かに」
「それからこのフィールドの情報は、正式サービス以後初めてログインした時間が日没後であるプレイヤーに、チュートリアルで伝えられるそうです。もっとも、私がこのフィールドを発見したのは、単なる偶然ですけどね」
「えっ?! じゃぁ、どうやってこんな所、発見したんですか?」
「リオンさんは、私の職業が裁縫師であることは知ってますよね?」
「あ、はい」
「裁縫もそうですが、生産をするにあたり、最初は何にでもお金が必要になってくるんです。裁縫道具しかり、作業スペースしかり。裁縫に使う素材は、自分で取りにいったりすればいいのですが、落ち着いて作業できる場所というのが、中々難しいんですよ。共同生産ギルドというところにある部屋を利用するには、多人数で利用する共同スペースでは落ち着かず、個人スペースでも1時間で100Rも掛かってしまうので、利用し続けようとするとすぐにお金が底を付いてしまうのです」
「あー、それは大変ですね」
「はい。それで、考え付いたのが宿屋なんです。宿屋であれば1泊分の料金で、長時間個人で部屋を利用できると思い、ディパートの宿屋を見て回って行ったんです。裁縫だけなら水も火も使いませんしね。そして、裁縫をするにあたり一番大きいテーブルがある宿屋を探した結果、この『荒ぶる仔豚亭』に辿り着いたのです」
「えっと、もしかして……全部の宿屋を見て回ったんですか?」
「ええ、中々に大変でしたが、おかげで私の希望に沿う宿屋が見つかりました。因みに、ここと同じ提携グループの『怒れる仔羊亭』という宿屋が北区にもありましたが、備え付けられていたテーブルが小さかったので、泊らなかったんですよ。それからこの宿屋の部屋を借り、裁縫をしていこうとしたんですが、テーブルの上にソフトドリンクがあるのに気付いたのです。宿屋の女将さんに聞いたところ、自由に飲んでも良いとのことでしたので、裁縫作業が終わり少し疲れていた時に飲み干し、そのままベッドへ倒れ込んで目を瞑ったら、このフィールドに来ていたという訳なのですよ」
「なるほど~。そうだったんですか」
「はい。さてこれで、この現状に関する説明は終わりになりますので、当初の目的を果たすことにしましょうか」
「…………あ、そうだった! 防具を取りに来たんだった! 夜だったはずなのに、いきなり昼になるなんてことがあったから、すっかり忘れていましたよ」
「ふふっ。まぁ、それだけインパクトのある事象だったということなのでしょうから、仕方ありませんよ。それでは、出来上がった防具をお渡ししますから、試着してみて下さい。何か違和感を感じるところがあれば直しますから、遠慮無く言って下さいね。それとコレも着けてみて下さい。預かっていた素材が余ったので、作ったおまけです」
そうして俺はクレアさんから、頼んでいた防具4部位とおまけのベルトを受け取り、防具を順に実体化させ、見てから試着していった。
【製作者:クレア】
防具アイテム:外着・上 名称:アブソーブドコート(白灰) ランク:3 強化上限回数:9回
DEF20 M・ATK9 M・DEF9 LUK5 要求STR:16 耐久値300/300
打耐性:小 魔法耐性:微
説明:衝撃吸収と魔法耐性の特性を持つ毛皮と、フォーチュンラビットの毛皮を用いて作られた白灰色のフード付きコート。
フードの縁に付けられたフォーチュンラビットの毛皮が美しく、コート全体の品格を高めている。
【製作者:クレア】
防具アイテム:外着・下 名称:アブソーブドパンツ(黒灰) ランク:3 強化上限回数:9回
DEF15 M・ATK9 M・DEF9 要求STR:8 耐久値250/250
打耐性:小 魔法耐性:微
説明:衝撃吸収と魔法耐性の特性を持つ毛皮を用いて作られた、黒灰色のズボン。
衝撃吸収の効果により、使用者を打ち身から守り、激しい運動にも耐えられる作りになっている。
【製作者:クレア】
防具アイテム:内着・上下 名称:レジストインナー(黒) ランク:2 強化上限回数:6回
DEF10 M・ATK9 M・DEF9 要求STR:6 耐久値120/120
魔法耐性:微
説明:魔法耐性のある糸を用いて、織られた黒色の下着。肌触りも悪くなく、通気性も程良くあるため、蒸れる心配が無い。
【製作者:クレア】
防具アイテム:籠手 名称:アブソーブドグローブ(黒) ランク:3 強化上限回数:9回
ATK5 DEF5 M・ATK9 M・DEF6 要求STR:8 耐久値200/200
打耐性:微 魔法耐性:微
説明:衝撃吸収と魔法耐性のある革を貼り合わせて作られた、黒いグローブ。
衝撃吸収の効果により、使用者の負担を減らしつつも、攻撃力は損なわないように工夫されている。
【製作者:クレア】
防具アイテム:靴 名称:アブソーブドシューズ(黒) ランク:3 強化上限回数:9回
DEF10 AGI3 M・ATK9 M・DEF9 要求STR:10 耐久値:250/250
打耐性:小 魔法耐性:微
説明:衝撃吸収の特性を持つ革をベースに、魔法耐性の特性を持つ革を貼り合わせて作られた、黒いシューズ。
衝撃吸収の効果により、使用者の負担を減らし、より機敏な行動を可能にする。
【製作者:クレア】
防具アイテム:革帯 名称:アブソーブドベルト(黒) ランク:3 強化上限回数:15回
DEF3 DEX1 要求STR:5 耐久値:180/180
打耐性:微 魔法耐性:微
説明:衝撃吸収と魔法耐性の特性を持つ革を貼り合わせて作られた、黒い革ベルト。
衝撃吸収の効果により、通常の革より丈夫であるため、容易に切れることがない。
そして現在の装備欄はこのようになった。
武器:ノービスソード+10(主) ATK20 DEF10 AGI10 M・ATK10 M・DEF10 DEX10 LUK10
武器:プレアダガー(補) ATK5
武器:パライズスティンガー(補) ATK30 確率で麻痺付与
頭部:
外着:アブソーブドコート(上) DEF20 M・ATK9 M・DEF9 LUK5
外着:アブソーブドパンツ(下) DEF15 M・ATK9 M・DEF9
内着:レジストインナー(上・下) DEF20 M・ATK18 M・DEF18
胴部:ノービスアーマー DEF3
腕部:
手部:アブソーブドグローブ DEF5 ATK5 M・ATK9 M・DEF6
腰部:アブソーブドベルト DEF3 DEX1
脚部:
足部:アブソーブドシューズ DEF10 AGI3 M・ATK9 M・DEF9
装飾:ユーフォリアの聖印 MID5
外着の上のアブソーブドコートは、白に近い灰色をしており、両肩と両二の腕部分を銀色の金属で補強してあった。
また、フードの縁に金色の房が所々に混じったフォーチュンラビットの白い毛皮が付けられていて、シンプルな作りでありながら、上品な仕上がりとなっている。
外着の下のアブソーブドパンツは、黒っぽい灰色をしており、肌触りも悪くなく、少し動かしてみても特に違和感や引き攣る感じもしなかった。
今までの初期装備と比べちゃいけない気もするが、肌触りや質感、防御力も抜群に良いものだった。
内着は黒一色で、外着よりも生地が薄いせいか、肌に吸い付くような滑らかさがある。
グローブと靴は、黒を基調にやや黒に近い灰色の線が入っており、クレアさんのセンスの良さが見て取れた。
靴の履き心地とグローブの着け心地も良く。
靴の方は、着地時の衝撃やダッシュからの急制動に起こる摩擦等と衝撃も緩和してくれるようで、さらに動き易くなった。
グローブの方も衝撃を吸収するので、拳撃による反動も少なく、そうそう拳を痛める心配はなさそうだった。
また、おまけにくれたベルトも黒一色だったが、他の防具との色のバランスが取れており、見た目も良く、絞めた感じも悪くなかった。
因みに、各装備は装備する人に合わせてある程度伸び縮みするため、丈も問題無く丁度良い長さだった。
もっとも、その人の体格に全く合わないものであった場合、伸び縮みしてもまともに着ることはできないらしいけどな。
「特に変なところはないですね。気に入りました。クレアさん、ありがとうございました。えっと……はい、お代の4万Rです。確認してみて下さい」
「そうですか、それは良かったです。……はい、確かに。こちらこそ、楽しく仕事ができました。ありがとうございました。また、何かあれば言って下さいね。素材持ち込みであれば、割引きますので」
「はい! その時はまた、よろしくお願いします。……あ、そうだ。クレアさんの知り合いで、腕の良い鍛冶師っていませんか? インゴットが欲しいのですが、街の鍛冶屋では作れないと言われてしまったんですよ」
「そうなんですか? ……そういうことなら、1人紹介することができますよ。時間の方は大丈夫ですか?」
「あ、はい。まだ大丈夫です」
「そうですか。それなら、えっと……丁度コチラに居るみたいですから、連絡を取ってみますね。少々お待ち下さい」
「はい、分かりました」
するとクレアさんは少し席を立ち、俺から離れたところで少し話すと戻って来た。
「連絡が取れました。今からでも大丈夫とのことですので、これから案内しますね」
「え? いや、場所の名前か何処に居るか教えてもらえれば、俺1人でもいけると思いますよ?それに、そこまでしてもらうのは、少し悪い気がしますし」
「いいえ、大丈夫ですよ。この後の予定は特にありませんし、リオンさんは私の大事なお客様でもあるんですから、紹介も最後まできちんとしますよ。それに……たぶんですけど、何かおもしろいことが起きそうな予感がしますしね」
「は、はぁ。まぁ、クレアさんが良いなら、いいんですけど。それじゃ、案内の方よろしくお願いします」
「はい! 承りました」
そうして、俺はクレアさんの案内の元、クレアさんの知り合いという鍛冶師が居る場所へと向かっていった。
所持金:69175R⇒29175R
因みに、Inexusとは、
経験の浅い、未熟なという意味のinexperiencedと、
結び付き、連結という意味のnexusを組み合わせ、短縮した造語です。
また、inexperiencedは、各宿屋の名前の『仔』を意味し、
nexusは、提携グループを意味しています。




