Locus 57
おや?
予約掲載設定日時が……。
―――っ……ここは?
視界に色が戻ってくると、何やら見覚えのある森に横たわっていた。
俺はとりあえず、現在地を確認するためメニューを開き、何気なくいつものようにメニュー画面を操作しようとして、腕が上がらなくなっていることに気が付いた。
はっ?!
俺は確かめるように再度腕を上げようとするが、やはりびくともしない。
何故に? ……ってそうか!
さっき何かにぶつかって、HPが0になったんだったな。
なら、今は反動状態のまま死に戻ったということだから、ステータスが1/10(端数切り下げ)になっていることが原因か。
単純に考えるならステータス1/10の状態は、自身の体重が10倍になっている状態ということに似ている。
個人差はあるが、成人男性の腕1本でおよそ3kgもある。
ゆえに、今のこの腕は30kgあると思ってもいいのだと思う。
更にいえば、ステータスの低下に伴い通常の人の筋力よりかなり劣っている状態のはずだから、この腕を動かすのにも、相当の力が必要になっているはずだ。
って、そういえばシエルとネロはどうしたんだ?
俺は眼球運動のみで周囲を見回してみたが、その姿は見つけられない。
まさか、逸れた?
いや、そんなことはない……と思いたい。
俺は若干不安になりつつも、いつも装飾化して装備している左耳へと腕を全力で動かしていく。
すると、左耳に馴染みのある硬い感触のあるものが手に当たった。
耳から外して見ると、ソレはシエルが装飾化した時の黄金色をしたカフスイヤリングだった。
よかった。
そう思いながらも、今度は上着をたくし上げて自分の腹を見てみると、昨日見たタトゥーがそこにあった。
どうやら、シエルもネロも俺が死んだことにより、強制的に装飾化および宿紋化されたようだ。
さて、シエルとネロの無事が確認できたことだし、今の状況の方の確認をしていくとしよう。
そう考え、俺は10kgの米袋3個分相当になった自分の腕を動かし、メニューを操作していった。
その後、以下のことが分かった。
まず、過去ログを見てみると、『フォレストウルフから攻撃を受けました』というログが残っており、今回の殺人犯がなんであったかが分かった。
次に、デスドロップ……死に戻りに際して落としたアイテムは、自作の複合ポーション・劣x1と普通の強化素材が2個だけで済んでいた。
やはり、虚空庫の中にあったものであっても、デスドロップはするものらしい。
もっとも、虚空庫の能力が開放されていけば、ソレすらも防ぐかもしれないけどな。
そして、所持金が半分(端数切り下げ)になり、ものの見事にステータスは反動状態のまま死んだせいで、最大HP・MPは1/2のまま全ステータス1/10(端数切り下げ)の状態になっていた。
しかし奇妙なことに、反動状態の時間はまだ2時間以上残っていたはずなのに、デスペナルティの1時間に変わっていた。
憶測だが、コレはペナルティの効果は倍計算で重複していくが、ペナルティの時間は後に発生したものに上書きされるのではないだろうか?
もしそうであるならば、この奇妙なことの説明にも納得ができる。
それに、せっかくだからペナルティの時間をもっと短縮できるか、検証してみようと思う。
検証でペナルティの効果が重くなっても、ペナルティの時間がコレ以上長くなっても反動状態の時程ではないだろうから、たぶん大丈夫だろう。
それじゃ、さっそくMPを空にしてみるとするか。
MPが0になれば、衰弱状態になってHPとMP以外のステータスが最大MPの1割が回復するまで半減するが、うまくすればペナルティの時間がもっと短縮されることになるかもしれないし、やってみる価値はあると思う。
まぁ、ペナルティの効果は1/20(端数切り下げ)になると思うけど、なったらすぐにログアウトできるようにしとけば、恐らく大丈夫……なはずだ。
体は満足にっていうか、立つことすらできないから魔法を使ってMPを消費することにする。
俺は腰に差しているプレアダガーを抜き逆手のまま手に持ち、魔法を使う意志を込める。
「マナ、よ、無垢、なる、雷、鳴、と、成り、て、我が、敵、を、撃て!」
「エネルギーボルト!」
俺が魔法を唱えると、俺が発動させたいと思った所から、先程グレイスさんの家の前で放ったエネルギーボルトよりさらに、細く弱々しい青白いエネルギーが雷状になり上空に上っていき、そして消えた。
うん。
予想はしていたことだけど、青白い雷の直径が更に小さくなっていたな。
もう1cmあるかないか位しかないし。
あんなので攻撃しても、モンスターにダメージは与えられないだろうなぁ。
それでも、今はMPを0にするということはできるし、何回か使っていればLvも上がるだろうから、今は威力については考えなくても良いかな。
それにしても、ただ魔法を撃ってMPを消費するというのも何か芸が無いよな。
他に何か試せそうなこともやりながらの方が、飽きもこなくていいと思うんだよな。
う~ん……あ。
そういえば、よく小説やターン制のゲームなんかでは、魔法使いが詠唱を始めるとその妨害をするっていうのが、定石だよな。
それなら、詠唱をせずに魔法を撃てれば、相手をする方は何時魔法が使われるかが分からないから、結構嫌なんじゃないだろうか?
よし、その方向で色々試してみるとしよう。
まずは、何も唱えずに魔法が撃てるか、だな。
そう考え、俺は魔法を使う意志を込め、先程のか細い雷を想像しながら心の中で発動言語を唱えた。
『エネルギーボルト!』
すると、俺の口が勝手にしゃべり出そうとしたので、慌てて口を押さえ詠唱できないようにすると、体から何かが抜ける感じがして、MPだけが消費された。
あーそういえば、勝手にしゃべるんだっけ。
詠唱をせずに魔法を撃つのだから、もっと早く気づくべきだったな。
そう思い、俺は右手で自分の口を押さえ、詠唱できないようにして再度魔法を使う意志を込め、心の中で発動言語を唱えた。
『エネルギーボルト!』
しかし、俺が求める現象は起きず、またMPが消費されるだけに終わった。
うーん……やっぱり発動言語だけじゃ、難しいのかな。
そう考え、今度は魔法を使う意志を込め、心の中で詠唱して発動言語を唱えてみる。
『マナよ、無垢なる、雷鳴となりて、我が敵を、撃て!』
すると今度は、中空にバチバチと音を上げつつ何かのエネルギーが集まってくる感じがする。
おっ、結構良い感じだな。
そんな風に思いながら、俺は心の中で発動言語を唱えた。
『エネルギーボルト!』
だが、俺が心の中で発動言語を唱えると同時に、中空に集まっていたエネルギーは霧散・消滅してしまい、またもやMPだけが消費された。
ダメかぁ。
でも、結構良いところまでいったから、後少しだと思うんだよな。
よし、今度は最後の発動言語を肉声にしてみよう。
そうして俺は、また魔法を使う意志を込め、まず心の中で詠唱を始めた。
『マナよ、無垢なる、雷鳴となりて、我が敵を、撃て!』
すると先程と同じように、中空でバチバチと音を上げながら何かのエネルギーが集まってくる感じがする。
ここまではさっきと同じで、良い感じなんだよな。
コレも失敗すると、もう他の方法が考えつかないから、うまくいってくれよ。
そう考えつつ、俺は肉声で発動言語を唱えてみた。
「エネルギーボルト!」
すると、更にか細く弱々しい青白い雷が発生し、上空へと上っていき、そして消えた。
「やった! できた。」
何かさっき普通に唱えた時よりも、もっと弱そうだったけど成功してよかった。
後はこのまま、繰り返し使っていってMPを消費しながら慣れていけばいいなよな。
そしてその後、何度かその方法で詠唱し魔法を使っていると、ふいに音が鳴り、インフォメーションが流れた。
『ピロン! これまでの行動により、スキル〔詠唱破棄〕を習得しました』
おっ、スキル習得に至ったみたいだな。
さっきの雷を見る限り、マジックミューティレイトの時みたいに、スキル無しとスキル有りではスキル無しの方が何かと不利なことがあるだろうから、よく説明を読み込んでおくとしよう。
まぁたぶん、雷がめちゃくちゃ細かったから、威力辺りにマイナス補正が掛かるとかだと思うけどな。
〔PS〕パッシブスキル:〔詠唱破棄Lv0〕
詠唱せずに魔法を使えるようになる技法。
SLvが1上昇するごとに、魔法発動成功率が10%増加し、魔法威力が5%増加する。
但し、最大増加魔法発動成功率と最大増加魔法威力は50%まで。 MAXSLv10
ふむ、魔法の威力だけじゃなくて、魔法発動成功確率まであるのかぁ。
この説明から察するに、レベル0の状態だと魔法発動成功率も魔法威力も50%のようだな。
つまりレベル5まで上げれば、発動に失敗する心配はなくなるということだな。
……いや、まてよ。
詠唱破棄を習得する前でも魔法を毎回発動することができたんだから、詠唱破棄のレベルが5に上がるまで詠唱破棄を装備しながら、今までみたいに心の中で詠唱すれば、魔法発動成功率は100%になるんじゃないか?
ちょっと面倒くさいけど、詠唱するということは、普通肉声の詠唱を指すはずだから、たぶんいけるんじゃないかな。
そうして俺は装備スキルを入れ替え、先程の考え通りに魔法を使っていった。
再精のスキルのせいもありMPは消費していく端から徐々に回復していったが、魔法を発動してMPを消費していく方が早かったので、ものの数分で残り後2発弱でMPが0になるところまでくることができた。
そして、先程の考えは合っていたようで、詠唱破棄のLvも1に上昇していた。
さて、それじゃMPが0になったらすぐにログアウトできるようにしておかないとな。
さすがに、今の状態から更にしんどくなると本当に、身動きできなくなると思うから、即座にその状態から脱出する手段を設けておく必要がある。
そう思い、俺はすぐ様ログアウトできるように、ログアウトボタンを表示させる。
これでよしっと。
それじゃ、後2発魔法を撃ってログアウトするとしますかね。
時刻を見てみれば午後12時40分を少し過ぎたところだ。
そうして俺は再び魔法を撃とうとして、ふとある考えが思い浮かんできた。
それは、肉声の詠唱と心の中での詠唱とをして、発動言語を唱えるとどうなるのかということだ。
まぁ、気になったなら試せばいいよな。
もしも、魔法が失敗しても消費されるMP量はそんなに多くないだろうし、これで0になっても何も問題ないしな。
そう考えて、俺は装備スキルから詠唱破棄を外し、思い浮かんだ考えを実行した。
「『マナ、よ、無垢、なる、雷、鳴、と、成り、て、我が、敵、を、撃て!』」
すると、中空でバチバチと音を上げながら、何かのエネルギーが2ヶ所に集まってくる感じがする。
おっ、もしかしていけるか?
そう思いながら、俺は発動言語を唱えた。
「エネルギーボルト!」
俺が発動言語を唱えると、俺が発動させたいと思った所から、2条の細く弱々しい青白いエネルギーが雷状になり上空に上っていき、そして消えていった。
その消えていった2本の青白い雷を見送っていると、ふいに音が鳴り、インフォメーションが流れた。
『ピロン!』
『ピロン! パパーン♪ これまでの行動により、〔称号:愚かなる探究者〕を入手しました』
そして、それ等のインフォメーションが流れ終わると、俺の体に更なる付加が襲い掛かってきた。
まずい!
MPを確認してみれば、先程まで残りが10位だったMPが0になっており、それによって現状に衰弱状態が加わっているのが確認できた。
正直、入手した称号とかは気になるが、このままではまったく身動きがとれなくなって、無為な時間を過ごしてしまうことになるから、ここはさっさとログアウトすることにしよう。
幸い、ペナルティ時間は、俺が考えていた通りになっているっぽいし、昼飯を食べて戻ってくるころには、ペナルティ時間も終わっているはずだ。
そうして俺は、先程用意しておいたログアウトボタン目掛けて上げていた腕を下ろし、ログアウトボタンを若干乱暴に押し、素早くログアウトしていった。




