Locus 56
「ただいま戻りましたー。収集アイテムの確認をお願いしまーす」
そうして声を掛けると、少ししてログハウスの中からパタパタという音とトトットトッという音がし、ログハウスの扉にだんだんと近づいて来る音が聞こえてきた。
そして、『ガチャ』という音と共にログハウスの扉が外側に開かれると、中から黒い何かが飛び出し、俺の鳩尾辺りに直撃する。
「グフッ!」
何とか倒れず踏みとどまることができた自分を、褒めてやりたい。
そんなことを考えつつ、俺の腹の辺りにしがみ付いている黒い何かを見てみると、その正体はネロだった。
ネロは俺にしがみ付きキュウキュウ鳴きながら、頬摺りを繰り返し、一向に離れる様子がない。
俺はとりあえず、ネロが何かの拍子に落ちないように抱え、開かれた扉の方を見た。
「やあ、おかえり。ずいぶんと早かったね。日暮れとまではいかなくても、もう少し掛かると思っていたんだがね」
『おかえりなさ~い♪』
すると、グレイスさんは苦笑するように、シエルは嬉しそうな笑顔を浮かべながら出迎えてくれた。
「収集し終えた後が大変でしたが、収集自体はそんなに難しくはありませんでしたからね」
「そうかい。それじゃ……うん?何やらしんどそうだし、この箱に収集アイテムを入れてくれれば良いよ」
そうグレイスさんに言われた俺は、ネロという重荷を抱えたまま移動するのはまず無理だと思っていたので、この好意に甘えることにした。
そして、俺は素早く収集して来たアイテムを次々に実体化させて、先程渡された箱にアイテムを入れていき、グレイスさんに手渡した。
「……ふむ。たしかに、指定したアイテムは揃っているようだね。おめでとう。これで試験は合格だ。そしてコレが約束の物だよ。確認してみてくれ」
グレイスさんは、箱の中身を確認すると一度頷き、試験に合格したという祝いの言葉と共に、青白い光りを中心に宿した結晶を、俺に手渡して来た。
結晶は目測で、直径4cm弱、高さ5cm程の正八角柱をしている。
【製作者:グレイス】
消耗アイテム 魔法習得結晶・無:グレイスが力の欠片から着想を得て作り上げた、特定技能習得結晶の一つ。使用することで、使用者は無属性魔法を習得することができる。
「おお……」
「どうやら確認できたみたいだね。それで、どうするんだい? 今ならまだ引き返すこともできるよ」
グレイスさんは、皮肉げな笑みを浮かべつつ、そんなことを言ってくる。
「いえ、ここまで頑張ったのはコレのためですし、このまま行くに決まってるじゃないですか」
そう俺が答えると、ふいにファンファーレが鳴り、インフォメーションが流れた。
『パパーン♪ 限定クエスト《貫け! 強固なる意志》をクリアしました』
『クエスト報酬:魔法習得結晶・無 x1を入手しました』
「……そうか。それじゃさっそく習得して、無属性魔法を使ってみるかい?」
「えっ! いいんですか?」
「ああ、かまわないよ。但し、私の家に向かって使うのは、よしてもらいたいがね」
「はは。そんなことしませんよ」
そうやって返事をしつつ、頬ずりを止めて俺に抱かれるままになっていたネロを、ログハウスの玄関に下ろした。
ネロは特に嫌がらず、俺に下ろされると、シエルの方へ小走りぎみに近づいていった。
さて、それじゃやりますか。
そう思い、俺は先程入手した魔法習得結晶・無をタップしてみた。
すると、ウィンドウが現れ『魔法習得結晶・無を使用しますか? Yes/NO 』と出たので、迷わずYesを押した。
Yesボタンを押すと、魔法習得結晶・無は青白い光に変わり、俺の胸の辺りに入っていく。
すると、脳内に『ピロン!』という音が鳴り、インフォメーションが流れた。
『これまでの行動により、スキル〔無属性魔法〕を習得しました』
よし! これで少なくとも何かの拍子に、紛失するというこはなくなったな。
そう考えながら俺は、さっそくメニューを開き、無属性魔法のスキルを装備・有効化し、説明を読み込んでいく。
〔AS〕アクティブスキル:〔無属性魔法Lv0〕
SLv上昇と共に、無属性魔法の威力増加と、新たな無属性魔法を習得する。 MAXSLv50
□ エネルギーボルト:魔力を純粋なエネルギーに変換し、放出する魔法。
無属性魔法のLvが2の倍数になるたび、魔法の射程距離が1m増加する。
最大増加距離は10mまで。
消費MP:5 リキャストタイム:5秒
それじゃ、念願の魔法を使ってみようかな。
そう思い、俺はさっそく魔法を使おうとして、はたと動きを止めた。
そういえば俺、魔法の使い方が分からないんだった。
スキルやアーツを使うようにすればいいのか?
それに、そもそもこの『エネルギーボルト』の詠唱呪文や詠唱方法すら、知らないんだけど!
「うん? どうしたんだい」
そうやって考え込んでいると、俺が動きを止めたことを不審に思ったのか、グレイスさんが声を掛けてきた。
「えっと、その~。実は、どうやったら魔法が使えるのかが、分からないんですよ」
「なるほど。そういえば、魔法初めてなんだっけ。それなら無属性魔法の先達として、魔法を使うための手解きをしようじゃないか」
「あ、ありがとうございます!」
「うむ。それで、魔法の使い方だが、何てことはない。スキルやアーツと同じように、その魔法を使いたいという意志を込めれば、自ずとその魔法の呪文詠唱が始まるよ。詠唱が始まると、視界に円が見えるようになる」
「円ですか?」
「ああ。ソレは、円の内側の何処かに魔法が当たることを指しているんだよ。それで、この円は一般的にターゲットサークルと呼ばれているもので、円の大きさは魔法を使うもの器用さによって変化するんだ」
「ふむふむ」
「ターゲットサークルの大きさは、魔法を撃つ者が器用であればあるほど小さくなり、逆に不器用であるほど大きくなる性質があるのだよ。だから、魔法が対象に当たりにくいと思ったら、器用さを修練するか対象に近づいて魔法を使うと良いだろう。但し、対象に近づくことによって、反撃をもらう可能性が高くなるから、その辺りは自己責任で頑張ってくれたまえ」
「あはは……分かりました」
「よろしい。そして、詠唱が終わったら使おうとした魔法名……つまり、発動言語を唱えることで、魔法が発動するというわけだ。この時、どこから魔法を発動したいかを考えれば、ある程度その通りになるから、試してみると良い」
「なるほど~」
「それと、詠唱が終わった後、発動言語を唱えずに何もしないと、個人差はあるが大体5秒前後で発動待機中の魔法は、自然消滅して魔力だけ失われるから、注意した方が良いよ」
「はい、ありがとうございます。それでは、やってみますね」
俺はそうグレイスさんに返事をして、ノービスソードを抜剣する。
そして、スキルやアーツを使うように、エネルギーボルトの魔法を使いたいという意志を込める。
すると、俺の口が俺の意志に関係なく朗々と、だが酷くゆっくりと、俺の知らない呪文のような言葉を紡ぎ出す。
「マナよ―」
更に、呪文の詠唱が始まると、グレイスさんの説明にあった通りに、俺の視界に直径1m程の青白い円が視覚化される。
「無垢なる―」
ふーむ、この円の内側の何処かに魔法が発射されるのかぁ。
「雷鳴と―」
こんなに大きな円だと、よっぽど対象が大きいか、対象の近くじゃないと当たり難そうだな。
「成りて―」
にしても、この円の大きさも大概だけど、詠唱時間も長すぎじゃないか?
「我が敵を―」
あっ! そういえば今は反動状態で、HP・MPを除く、全ステータスが1/5(端数切り下げ)になっているんだっけ。
「撃て!」
それならこんな、噛んで含めるような詠唱になっても、仕方ないかな。
そんなことを考えつつ、ターゲットサークルに木々のみを映し、左手を前に出して発動言語を自らの意志で唱える。
「エネルギーボルト!」
すると、左手から何かが少し抜けるような感覚と共に、青白いエネルギーが雷状になりながら空間を引き裂くようにして走り、前方へと発射された。
そして、7~8m程進んだところで木の枝に当たり、『バズン!』という音を立てながら弾け、表皮を少し焦がして消える。
目測で青白い雷光の直径は2~3cm程と小さいが、反動状態であることを考えると、通常状態で放つエネルギーボルトは、この2倍ちょっと位の直径になるはずだから、威力の方も十分期待できそうかな。
青白い雷光が飛ぶスピードは、本来の雷(150km/秒)に遠く及ばないが、他の属性魔法(火・水・風・光・影)と比べると若干早い気がする。
「ふむ。威力も規模も小さいが、問題なく発動することができたようだね。もしかして、コレは今のリオンの状態に関係しているのかな?」
「ええ、まぁ。でも、時間経過で直るものですから、大丈夫ですよ」
「そうかい。何にせよ、これでリオンも晴れて、無属性魔法の使い手だ。安易な方向に逃げず、これからもその意志を貫けることを祈っているよ」
「はい! 色々とありがとうございました」
「うむ、ではな」
そうしてグレイスさんは、短い別れの言葉を残し、ログハウスへと入っていった。
その後、シエルとネロに試験中にどんなことがあったのか聞かれたので、歩きながら話をしつつ、ログアウトするためにセーフティエリアへと向かっていく。
―――ドンッ! 「え?」
そして、グレイスさんの結界を抜けた辺りで、何かが木陰から飛び出して俺に当たり、反動状態ということもあって、瞬時にHPが0になり、何が起こったのか分からないまま、視界が真っ白に染まっていった。
こうして、俺はこの時初めて、死に戻りを経験することになった。
コレは後で分かったことだが、死因はフォレストウルフによる、撥ね逃げ(?)だった。




