Locus 52
「レイスラッシュ!」
「オォーン!」
「キューーー!」
まるで示し合わせたかのように、同時に飛び掛ってきたワイルドドッグとモノコーンラビットをアーツを使った横薙ぎで斬り払い、光の粒子へと変える。
「っ!」
俺が腕を振り切ったところで、ワイルドドッグとモノコーンラビットのやや後方に居たゼライスが、体の一部を鞭のように変形させ、振り下ろしてくる。
その振り下ろしの一撃が俺の視界に入ると、見切りのスキルによって攻撃の到達予測線が視覚化される。
俺は、その到達予測線に当たらないように半歩横にずれ、ゼライスからの攻撃を避ける。
ベチッ!
ゼライスが勢い余って地面を叩き、ジェルが振動して動きが鈍った瞬間に、ゼライスの本体(?)に素早く接近し、攻撃を加える。
「スマッシュ!」
パァン!
まるで頬を張ったような良い音が鳴ると、攻撃を加えた所を基点に、ゼライス全体に波紋が広がり、目に見えてゼライスの動きが鈍り、ジェルの中にある赤黒い球体の動きも止まる。
俺はこの隙を逃さず、ゼライスの赤黒い核目掛けてアーツを放ち、止めを刺す。
「ピアース!」
「ッ?!」
ゴムボールを突き刺したような手応えがすると同時に、ゼライスのHPバーが砕け散り、光の粒子となって消えていった。
「はぁ。ソロでこの辺りのモンスターと戦っても、梃子摺ったりしないけど、なんとなく寂しい気がするな。やっぱり、シエルやネロがいないせいなのかな?」
現在ある理由から、シエルとネロは俺と離れた場所に居る。
そして、俺は一人で黙々とモンスターを倒し、あるアイテムを集めているところだ。
最初の頃は、スマッシュと剣の腹で殴って倒していたけど、一向に目当てのアイテムがドロップしなかったため、もしかしたらノココの時と同じように、倒し方でドロップするアイテムが変わるのではないかと思い、試してみた。
すると案の定、特定の攻撃をすることにより欲しかったアイテム……?核?をドロップすることが分かった。
そしてその攻撃というのが、ゼライスの核に攻撃を当てるというものだった。
考えてみればすぐ分かることだったが、今まで特に意識して狩っていたわけでもなかったし、ステータスや攻撃力が低かった時は、普段から使う攻撃手段となるまで意図的に急所攻撃していたから、そのことに気付けなかったようだ。
さて、結構アレからゼライスを狩ったし、今どの位目当てのアイテムが集まったか、確認しておくとしよう。
俺は気配察知を使い、周囲にモンスターが居ないことを確認すると、素早くメニューを開き、どれだけ?核?のアイテムが収集できたか、見てみた。
?核?の数は先程見た時より11増え、13個になっていた。
う~ん、指定数は30個だから残り17個かぁ。
およそ30体倒して11個ドロップするなら順調だと思ってもいいのかな。
そう思い、俺は半ば作業になりつつあるドロップアイテム集めを再開するため、気配察知を使ってゼライスを探し始めていった。
そもそも、何故俺一人でこんなことをしているかというと、それは今から2時間程前のことが起因となっている。
◇◆◇◆◇
あの後、俺達は人目を避けるようにして草原を移動し、他のプレイヤーがある程度居なくなったところでハイディングを使い、一気に東の森へと進んでいった。
東の森へ到着し、少し森の中に入ったところで、シエルの装飾化を解いた。
「シエル、ごめんな。俺がもっと早くに気付いていれば、こんなことにはならなかったのに」
『んーん、きにしてないから、だいじょうぶだよ。それに、ずーっとってわけじゃないんだよね?』
シエルは、首を横に振ってから、小首を傾げつつ俺に質問を返してくる。
「ああ、今は難しいけど、明後日の正午位にはまた、進化前のように連れていけると思うから、それまでは辛抱してもらうことになるけどな」
『うん。それなら、だいじょうぶだよ!』
シエルは、両腕を体の前で折り曲げ、両手を握り締めつつ、無邪気な笑顔をこちらに向ける。
「そうか、ありがとうな」
『それに、あさってになれば、ネロともどこでもあそべるようになるから、ちょっとがまんするくらい、へいきだよ! はやくあさってにならないかなぁ。たのしみ~♪』
「キュウ! キュウ!」
ネロも明後日のことが楽しみなのか、俺の影から出て来て、シエルの言ったことに同意するように頷きながら、鳴き声を上げる。
『えへへ~♪ ネロもたのしみなんだってー』
シエルはそう言うと、ネロを持ち上げ、即興のワルツのように空中をくるりくるりと回り、嬉しそうに踊る。
俺はそんな二体をほっこりした気持ちで見つつ、移動することを伝えて、マップに灯っている黄色い光点へと向かっていった。
◆
途中で出会ったモンスターを全て倒し、しばらく歩いていくと、大きな二階建てのログハウスが見えてきた。
マップを見てみると、ちょうど黄色い光点と重なる位置にあるようなので、恐らくあのログハウスに目的の人がいるのだろう。
そう思い、俺は逸る気持ちを抑えつつ、ログハウスに歩み寄って行き、ログハウスの扉を4度叩き、声を掛けた。
「こんにちは~。ごめんくださーい」
因みに、ノックについては、プロトコールマナーと呼ばれる国際標準マナーがあり、回数が正式に定められている。
ノック2回は、トイレの時。
ノック3回は、家族・友人・恋人等の親しい相手の時。
ノック4回以上は、初めて訪れた場所や、礼儀が必要な相手の時。
そして、今回は初めて訪れる場所で且つ、相手に教えを請うことが目的であるため、礼儀が必要な相手だと判断して、ノックの回数を4回にした。
声を掛けて少しすると、ログハウスの中からパタパタという足音がし、ログハウスの扉にだんだんと近づいてくる音が聞こえ、『ガチャ』という音と共に、ログハウスの扉が外側に開かれた。
「はいよー。どちらさんかなぁ~?」
扉から現れたのは、ライトブラウンの髪を無造作に後ろで括り、よれよれの黒いローブに抹茶色のストールを掛けた、おばさ……実年の女性だった。
「あ、初めまして。俺はリオンと言います。複写師のビーンさんの紹介で、ここに来ました……えっと、コレがその紹介状です」
俺はそう言いながら、素早くビーンさんにもらった紹介状を実体化させ、扉から出てきた女性に手渡した。
「ビーンからの? ふむ……」
女性は、受け取ったビーンさんからの紹介状の封を開け、中を読み込んでいった。
それから少しすると、女性は読み込んでいった紹介状から、顔を上げた。
「なるほど、話は分かった。ビーンからの紹介じゃ、無下にもできないな。私は、グレイスという。とりあえず、立ち話も何だし中で話そうか。少々散らかってはいるが、その辺りは大目に見てくれ」
そう言われ、俺はグレイスさんに、ログハウスの中に招き入れられた。
ログハウスの中は、先程グレイスさんに言われた通り、数多の羊皮紙束や何かの素材らしきものが雑多に置かれ、お世辞にも片付いているとは言えない有様だった。
そのままグレイスさんの先導に付いていくと、簡素なテーブルと椅子がある、リビングルームのような部屋へ案内された。
グレイスさんは近くの椅子に座ると、俺にも座るように促す。
俺はグレイスさんに軽く会釈して、勧められた椅子に座った。
「さて、紹介状にはリオンが、無属性魔法を習得したい宗が書かれていたが、悪いことは言わない。無属性魔法の習得はやめておいた方が良い」
「えっと、何故でしょうか?」
「それは属性魔法に比べ、無属性魔法の方がデメリットが多いからだ。メリットもあるにはあるが、デメリットに比べると、微々たるものだしね」
「そのデメリットって、どういうものなんですか?」
「無属性魔法は属性魔法に比べ、魔法としての形を失い易いため、属性魔法よりも魔力を多く消費するんだよ。そして、何故だか未だに分かっていないが、属性魔法と無属性魔法の両方を習得すると、習得している全ての魔法の消費魔力が、最低でも10倍に跳ね上がることだね」
「じゅ、10倍ですか?!」
「ああ、そうだ。それに対して、属性魔法のデメリットは、この劣化版といったところで、反属性を習得すると、その反属性同士の消費魔力のみが、最低5倍に跳ね上がるというものなんだよ」
「んと、反属性って何ですか?」
「なんだ、知らなかったのかい。反属性というのは、互いに相克し合う属性のことで、火に対する水・風に対する地・光に対する影のことだね。つまり、例えば火属性魔法を習得している時に、水属性魔法を習得してしまうと、火属性と水属性互いの消費魔力が、最低5倍以上になるということだ。逆に考えれば、属性魔法は反属性魔法以外の属性魔法をデメリットなしで、自由に使えるということになるね」
「なるほどぉ」
「まぁ、例外もあるけどね」
「例外、ですか?」
「ああ。それは、固有スキルとしての魔法と汎用魔法のことだ。固有スキルとしての魔法は、個人が保有する特殊能力としての面が強いためこの法則に当てはまらず、汎用魔法の方は、術式と魔力消費が極小さく、最適化されているため、各属性を使用していても、魔力干渉を引き起こすことがないんだよ。もっとも、汎用魔法の方は今では廃れた古代文明の魔法術式をそのまま使っているから、原理までは分からないらしいんだけどね」
「あの、汎用魔法って、どんな魔法なんですか?」
「汎用魔法は、普段の生活に欠かせないようなものや、遠出なんかの時に重宝する魔法の総称だね。汎用魔法は全部で6つあって、各ギルドや、教会、役場等によって管理されているんだよ。ディパートの街なら、各ギルドで火と水、教会で光と地、街役場で風と影の汎用魔法を管理しているはずだ。希望すれば習得も可能だが、風と影の汎用魔法は悪用される可能性が大きいことから、習得前の審査が若干厳しいものになるらしいね」
「ほうほう、そうなんですかぁ」
「それと、無属性魔法のメリットだが、どんな相手にもコンスタントに、ダメージを与えられるということだね。といっても、耐性が魔法全般だったりすると、与えられるダメージも減少するから、そんなに特筆する程のメリットでもないんだけどね」
「あー……確かに、そうですね」
「それじゃ、他に何か聞きたいことはあるかな?」
「えーっと……あ。そういえば、ここのログハウスって東の森の真っ只中にありますけど、モンスターとかって襲ってこないんですか?」
「あーそのことか。それは大丈夫さ。このログハウスを中心に8方向の地中に隔離と隠蔽の結界を発生させる要石を埋めてあるから、モンスターはこのログハウスに近づけないし、認識もできないようになっているから、モンスターやそれこそ見ず知らずの人さえもここには、こられないよ」
「え? でも俺は、ここにこられたんですけど」
「それは、ビーンの紹介状を持っていたからだね。ビーンの紹介状には、その結界の効果を無効化させる働きのあるものが同封されていたんだよ。だからリオンは、このログハウスに辿り着くことができたってわけだ」
「なるほどー。そんなすごい紹介状だったんですね」
「はは、まぁそうなるのかな。他にはないかな?」
俺はグレイスさんの問い掛けに対し、少し考えたが、これ以上聞きたいことがなかったため、頷いて返答した。
「そうかい。なら、話を戻すけど、これまでのことを聞いてもまだ、無属性魔法を習得したいと思うかな?」
「えーっと、この無属性魔法のデメリットって、要は他の属性魔法を習得しなければ、属性魔法より少し消費魔力が多いってこと位しかありませんよね?それだったら、無属性魔法だけ使っていれば問題はほぼ無さそうですし、それにせっかくここまで来たので、是非とも無属性魔法を習得して帰りたいですね」
「……そうか。ここまで聞いた後でも、答えは変わらないんだね。それじゃその意思の強さが本物かどうか、試験をしてみようか」
「試験ですか?」
「ああ、無属性魔法のみを生涯使い続けるのは、かなり大変なことだからね。簡単に根を上げるようじゃ、せっかく無属性魔法を習得できるように尽力しても、すぐに安易な方法を探そうとして失敗するのが目に見えている。だからこそ、そうならないためには、『本当にやり遂げてやる!』という強い意思が必要なんだよ。その為の意思を強固にするには、コレだけのことをやったという実体験が、何よりの糧になるんだ。それに、私はこれでも結構多忙でね。無属性魔法を習得するまで教え続けることは、できないんだよ。だから、リオンには試験として、私が指定したアイテムを一定数、日没までに集めて来てもらおうと思う。そして、この試験に合格できたら、無属性魔法を習得できるアイテムを渡そうと思うんだけど、どうだろうか?」
グレイスさんがそう俺に、問い掛けるように言うと、俺の前にウィンドウが現れた。
『限定クエスト【貫け! 強固なる意思】が、発生しました。
このクエストは1度しか受けることができず、失敗すると2度と発生および受注することができなくなります。
また、このクエスト進行中に死亡したり、ログアウトしたりすると、強制的に失敗扱いとなります。
成功条件:グレイスが指定したアイテムを1人で、日没までに集め、依頼者に納品する。
失敗条件:
①:日没までに指定されたアイテムの納品不可。
②:クエスト進行途中に、死亡。
③:クエスト進行途中に、ログアウト。
このクエストを受注しますか? Yes/No 』
予想より長くなってしまったので、切りました。
おかしいなぁ?




