Locus 40
俺達がディパートの街に戻った頃には、空が茜色に染まり、すっかり日が暮れていた。
俺とフィリアは互いに、夜になる前に街に着けたことに安堵しつつ、集めた薬の材料を渡すためランドルさんの店へと向かっていった。
因みに、フィリアがそのままランドルさんの店に入ろうとして、また透明な壁に額を打ち付けて涙目になりつつ、悶えていたことはここだけの秘密だ。
俺達はランドルさんの店に入り、そのまま奥の寝室まで行き、ランドルさんに戻って来たことを伝えた。
「ランドルさん、今戻りました」
「ただいまです」
「・・・・・・ー」
シエルから『ただいまー。』と言っているのが伝わってくる。
「おお! 無事戻って来れたようじゃの。ずいぶんと遅かったから、心配しておったんじゃよ」
「それは、すみませんでした。材料を取るのに手間取りまして……」
「そうなんですよ! エネルゲンマッシュルームは、ノココから採取するだなんて知りませんでしたし、活性樹の樹液を取ろうとしたら、モンスター化するしで、大変でしたよ」
「何、モンスター化じゃと?」
俺は活性樹のあった広場でのことをランドルさんに話した。
「ふむ、なるほどのぅ」
「こちらこそ、すみませんでした。いくらモンスター化したとはいえ、活性樹をなくしてしまって……」
「いや、いいんじゃよ。おぬし等が無事に戻ってこられたんじゃから、人命には代えられないしの。活性樹の種はまだあるから、また植えればいいだけの話じゃよ。だから、そう気にしなさんな」
「「ありがとうございます」」
「うむうむ。それでは、頼んでいた薬の材料を渡してもらえるかの」
「あ、はい。……どうぞ」
俺達は素早く薬の材料を実体化し、ランドルさんに渡した。
「ふむ、たしかに。では、薬を作るとしようかの。―――瞬間調薬!」
ランドルさんがそう唱えると、薬の材料の中心からピカリと閃光を発した。
そして閃光が消えると、薬の材料が無くなった代わりに、透明感のある黄緑色をした液体が入った大きな瓶が鎮座していた。
「うむ、ちゃんと調薬できているようだの。品質にも問題はないようだし、よかったわい。リオン、すまんが薬をそこの器に入れて持って来てもらえんかの?」
「分かりました」
ランドルさんにそう頼まれ、俺は料理キットからおたまを取り出し、ランドルさんの枕元に置いてあった木のコップに薬を注ぎ、ランドルさんに手渡した。
「どうぞ」
「ありがとうのぅ。では、頂くとするかの」
ランドルさんはそう言うと、ゴクリゴクリとコップの中にある薬を飲み干していった。
すると、ランドルさんの腰の辺りを柔らかな緑色の光が包み、そして消えた。
「どうですか?」
「うむ……治ったようじゃな。リオン、フィリア、そしてシエル。薬の材料を集めて来てくれて本当に助かった! ありがとうのぅ」
「いえいえ、どういたしまして。治って良かったですね」
「そうですよ! 困った時は助け合うものなんですから。それと完治して良かったですね」
「本当におぬし等は、良いやつじゃのう。それじゃお礼をしたいから、ちょっと付いて来てもらえんかの」
そうランドルさんは言うと、ベッドから降りてしっかりとした足取りで、俺達を先導して行った。
そして、俺達がランドルさんに付いて行った先は、全長30cm程の様々な色と色柄の卵が十数個安置された倉庫の中だった。
卵の1つ1つには、ドーナツ状の敷き藁が敷かれており、卵が不用意に転がらないように安定性が保たれていた。
「えっと、ランドルさん。この卵は……?」
「これはの、獣魔の卵じゃよ」
ランドルさんの説明をまとめると、こういうことだった。
獣魔の卵というのは、所謂モンスターの卵に特殊な術式を作用させ、卵の時に個別契約を結んだ者に、卵が孵化した後のモンスターがある程度従順になるという特性を持たせた卵のことらしい。
獣魔の卵からどんなモンスターが生まれてくるかランドルさんも把握しておらず、また基本個別契約を結べるのは1人につき1体までで、1度個別契約を結ぶと解約はできないそうだ。
因みに、ランドルさんの店は獣魔の卵を販売する獣魔屋で、店の名前はクロスオーバーというそうだ。
店の中にあった大量の瓶とその中身は、様々な獣魔の好みに合わせた、モンスターフードとのこと。
そして、今回の頼みごとのお礼として、ここにある獣魔の卵をどれでも1つもらえることになり、俺とフィリアはさっそく獣魔の卵を選ぶことにした。
獣魔の卵は本当に、様々な色と色柄をしている。
橙色を基調に、炎のような赤い斑紋が付いた卵もあれば、毒々しい紫とピンクの縞模様柄の卵もある。
アイボリーホワイトに、緑色の雫模様が付いていたり、他のとは違い、これが正統な卵だと言わんばかりのドシンプルに白いだけの卵もある。
そうやって卵を見ていくと、1つ目に付いた卵があった。
その卵は、光を反射しない黒を基調として、卵の両脇に青い稲妻状の模様が2つずつあり、卵の頂点から青い稲妻が途切れている方の前後に、上方は細長く下方が短く太い、青色の菱形模様が付いたものだった。
俺は他に気に入ったものもなかったのでその卵に決め、ランドルさんに声を掛けた。
「ランドルさん、決まりました」
「おぅ、そうか。ならさっそく個別契約をするかの」
「はい、お願いします。それで、どうすればいいんですか?」
「契約したい卵をそこの台の上の方陣に置き、卵の頂点に手を乗せていれば、契約の手続きはこちらでやっとくからの、そのまま待っていれば問題ないわい。それと、契約時に魔力を卵に与えると、与えた魔力の分早く卵が孵るから、試してみるといいかもしれんぞ」
「分かりました。やってみます」
俺はランドルさんにそう返事をすると、卵を方陣の上に置き、卵の頂点に手を乗せた。
するとウィンドウが現れ、『個別契約時に魔力を与えると、獣魔の卵は通常より早く孵化します。魔力を与えますか? Yes/No 』と出たので、迷わずYesを押した。
Yesを押すと、今度は『獣魔の卵に魔力を与えます。何%の魔力を注ぎますか?___% ○/× 』というウィンドウが出たので、空欄の部分に最初50と入力した。
しかし、後1時間もすればログアウトするし、ログアウトするまではいらない素材を売ったりすれば良いと思い直し、100と入力して○ボタンを押した。
『警告:魔力が0になると、最大MPの1割が回復するまで、全ステータスが半減する衰弱状態になります。本当に魔力を100%注ぎますか? Yes/No 』という警告ウィンドウが現れたが、街から出る予定も無いし、1度衰弱状態というのを体験してみるのも良いかなと思い、Yesを押した。
すると、体内から何かがごっそりと消失する感覚がし、その後急に体が重くなったような感じがした。
メニューを開きステータスを確認してみると、MPが0になっており、全ステータスが端数切り下げの鬼畜仕様で半減していた。
これは、思っていたよりきつい!
まるで小学生の頃の遠足ではしゃぎすぎて、全身筋肉痛になった時のように全身がだるく、あちこちの筋肉が悲鳴を上げていて、地味につらい!
こんなにつらいなら、魔力100%も注ぐんじゃなかったなぁっと少し後悔していると、卵の方から何か聞こえたような気がした。
卵の方に目を向けて見ると、卵に僅かだが罅が入っていた。
「は?!」
俺は驚きつつも、卵を見詰めていると、『ピシッパキッピキピキピキッ!』とだんだんと罅割れが大きくなっていき、やがて罅割れが卵全体に行き渡ると、『パンッ!』という音と共に卵の殻が砕け散り、全長30cm(耳は含まない)程の黒い体毛と青い瞳の兎のような獣魔が生まれた。
黒い兎のような獣魔は、『キュゥ?』と鳴きながら辺りをキョロキョロと見回し、俺を見つけると『キュウ!』と鳴き、飛び付いて来たので慌てて抱き止めようとしたら、黒い兎のような獣魔はそのまま俺の腹の中に入って行った。
比喩ではない。
読んで字の如く、黒い兎のような獣魔は俺の方へ飛び込み、俺の腹の中へと入って行ったのだ。
俺はそんな状況にパニクリそうになると、ふいに脳内で馴染み深い音とインフォメーションが流れた。
『ピロン♪ 獣魔:シャドービーストとの個別契約、及び宿紋化が完了しました』
『ピロン! パパーン♪ これまでの行動により〔称号:先駆けの宿主〕を取得しました』
『契約獣魔のシャドービーストに名前を付けて下さい』
う~ん名前か、なんて付ければいいかなぁ。
いつもなら、フィーリングで付けられたりするんだけど、一度にたくさん驚くことがあったせいか、なかなか良い名前が思いつかない。
俺は何か無いかと、周囲を見てみると、色取り取りの卵が目に入った。
色か……。
変に考えなくても、あの獣魔の色に因んで付ければ良いと思い、先程見た獣魔を思い出し、付ける名前を考える。
黒……青……ブラック……ブルー……ノワール……シアン……。
しばらく俺は、知っている黒と青の言い方を思い出して行き、イタリア語で黒を意味するネロと名付けた。
名付けたことにより、ネロのステータスが見られるようになったので、先程のインフォメーションで気になったことを確かめるためにも、ネロのステータスとスキルを見てみた。
ネロのステータスはこんな感じだ。
name:ネロ
sex:?
race:シャドービーストLv0
HP:100 MP:200
STR:20
VIT:20
AGI:20
INT:20
MID:20
DEX:20
LUK:20
種族スキル:〔影装変化〕、〔影記憶〕
スキル:〔影魔法Lv0〕、〔影抵抗Lv1〕、〔影耐性Lv5〕、〔潜影移動Lv0〕、〔宿紋化Lv0〕
固有スキル:〔専化影装〕
案の定、インフォメーションで流れた宿紋化はネロのスキルのようだ。
他のスキルの説明も気になるが、後で確認すれば良いと思い、宿紋化の説明を先に読み込んでいった。
〔AS〕アクティブスキル:〔宿紋化Lv0〕
契約主に宿り、獣魔を宿紋に変化させることができる。
宿主のどの部位で宿紋化するかは、獣魔の好みによる。
宿紋化すると、宿主の体にタトゥーのような紋様が浮かび上がる。
SLv上昇と共に、宿紋待機中に獣魔のHP・MP・ステータス異常の回復速度が上昇し、宿主と獣魔に同じ名称のスキルがある時、宿主の持つ同じ名前のスキルの威力や効果が増加する。
但し、宿紋待機中は、獣魔に経験値は入らず、獣魔が死亡中の時には宿主と獣魔に同じ名称のスキルがあっても、宿主の持つ同じ名前のスキルの威力や効果は増加しない。
又、初めての宿紋化以降、宿主と獣魔の双方に同意があれば、宿紋化の解除が可能。
俺は宿紋化のスキル説明に書かれていることを確かめるため、まだ卵選びをしているフィリアに背を向け、腹が見えるように服をたくし上げた。
すると、俺の両脇腹には2本ずつ青い稲妻の紋様があり、さらに鳩尾から臍の少し上にかけて、上方は細長く下方は太く短い青い菱形をした模様が、タトゥーのように浮かび上がっていた。
なるほど、こういう風になるのか。
これはこれでまぁ、悪くは無いから良いけど、何の断りも無くいきなり宿紋化するのはやめて欲しかったなぁ。
……って、獣魔はしゃべれなかったか。
シエルと意思疎通できていたから、忘れてたな。
まぁいい、過ぎたことを考えていても仕方無いし、とりあえずネロを出して、ランドルさんの方へ行こう。
「ネロ、出て来てくれないか?」
俺がネロに呼び掛けると、腹の表皮の上1cm位の所で波紋が立ち、その波紋の中心部からネロが出て来た。
「キュウ!」
「おっと!」
ネロは俺の言葉に返事をするかのように、鳴きながら出て来て、そのまま床に落ちそうになったので、咄嗟にネロの両脇を支え、事無きを得た。
そうやっていると、シエルがふよふよとこちらに飛んで来たので、ネロのことを紹介した。
「シエル。こっちは俺が契約した獣魔のネロだ。ネロ。こっちが俺のテイムモンスターのシエルだ。お互い仲良くしてくれよな」
「・・・・・・!」
シエルから、『よろしくね!』とネロに言っているのが伝わってくる。
「キュウ!」
ネロもシエルが言ったことに返事をするように、声を上げた。
「うん、大丈夫そうだな。それじゃ行こうか」
そう俺はシエルとネロに伝えると、ネロを抱えたままランドルさんの方へと、向かって行った。




