Locus 36
「「?!」」
「ちょっ! おじいさん、大丈夫ですか?!」
フィリアは床で倒れてる老人に声を掛けながら駆け寄り、老人を起こして介抱をしようとする。
「あ、フィリア。そんな急に動かしたりなんかしたら……」
グキッ!
「ぐぅおぉぉぉおおおおおお! こ、こし、腰がぁぁぁあああああ!!」
「えッ? ひゃぁああ! あ、あの、ご、ごご、ごめんなさーい!」
「遅かったか」
フィリアは慌てふためきながら老人に謝り、老人から離れる。
もちろん、老人を介抱しようとして、上半身を仰向けにさせるために支えていた両手も放してだ。
ガツッ! グボギッ!!
「ぐぅぅ……くはッ!」
その結果、老人は中途半端な高さから上半身を床に叩き付けられ、何か聞こえてはいけない様な音をさせ、意識を手放した。
俺は床に沈んだ老人へと近づき、老人の口元に手をやり、生きていることを確認した。
老人の顔色は蒼白を過ぎ去り、土気色をしており、かなり危ない気がする。
一方フィリアは、自分がやってしまった惨状に顔を青くさせ、口元に手をやりながら、呆然と立ち尽くしている。
どうしてこんなことになったんだろうか?まぁ考えてても状況は好転しないだろうし、最悪の結果にならない様に、行動するとしますかね。
「えーっと、フィリア? とりあえず、このじいさんにヒールを掛けてやってくれないか?」
「えっ、あ、はい! 分かりました。―――ヒール!」
フィリアの回復魔法のおかげか、老人の顔色は大分良くなり、危機は脱した様に見える。
「うん。見た感じ大丈夫そうになったかな。それじゃ、このじいさんが起きるまで、この辺りの床に落ちているものを片付けながら、待ってみようか」
「そう、ですね。そうしましょうか」
「それとな、倒れている人を見つけたら、急に動かさずに声だけ掛けるとか、意識があるかとかの確認を先にしなきゃいけないらしいぞ? なんでも急に動かすことで、現状の悪化という結果しか生まない場合があるそうだから」
「はい。身に染みて反省してますぅ」
「よろしい」
そうして俺とフィリアは、床に散乱していた乾パンの様なものと、床に転がっていた瓶を拾い集めて、片付けた。
それからしばらくすると、老人は気絶から回復し、気が付いた様だった。
「うぅ……わしは、いったい」
「おっ! じいさん、起きたんだな。よかった~」
「うぅ、ぐすっ。ほんとに、よかったですぅ」
フィリアは若干涙ぐみながら、老人の無事? を喜んでいる。
もっとも、涙ぐんでいるのは、老人が気絶する原因を作り、それが止めにならなかったからだろうけどな。
「んん? なんじゃ、おぬしらは」
俺は気絶から回復した老人に、今まであったことを話した。
扉にオープンの札が掛かっているから、何かの店だと思い入店したこと。
入店して、カウンターの方へ行ってみると、老人が倒れていたこと。
フィリアが老人を介抱しようとして動かしたら、老人の腰を痛めてしまったこと。
老人から上がった悲鳴?に驚き、つい老人を支えていた両手を放してしまったこと。
その結果、老人の腰に更なる負担を掛けてしまい、老人は気を失ってしまったこと。
気を失った老人の生死を確認すると、生きてはいるものの、危機的状況だったことには変わらなかったので、フィリアに頼んで回復魔法を掛けてもらい、事無きを得たこと。
そして、老人が気が付くまで、床に散乱していたものを片付け、今に至ること。
そこまで話すと、話の最中常に訝しげだった老人の顔から疑念が落ち、好々爺とした表情へと変わっていった。
「なるほどのぅ、そういうことだったんじゃな」
「あ、あの、その、本当に申し訳ありませんでした!」
フィリアは老人に対し、深々と頭を下げて謝った。
「俺もすぐに注意できず、すみませんでした」
俺もフィリアに追従するようにして、老人に頭を下げた。
「あぁ、いや、悪気があったわけじゃなかったんじゃしのぅ、そぅ気にしなさんな」
「えっ、でもそれは……」
「それにのぅ、床の片付けやら、回復魔法での治療やらもしてくれたんじゃし、感謝こそすれ責めたりはできんよ。それに今はこうして、わしは生きておるしのぅ。お譲ちゃんも、そっちの若いのもありがとうなぁ。それに、下手したら誰にも発見されずにそのまま逝くとこじゃたわい」
「い、いえ、そんな」
「まぁまぁ、フィリア。じいさんもこう言っているし、感謝は素直に受け取っておけば良いと思うぞ?人間誰しも間違いはあるんだしさ」
「そうじゃぞ、お嬢ちゃん。そっちの若いのの、言う通りじゃよ」
「う~ん、はい。分かりました」
「うん、うん」
「それで、じいさん。そんな床にいつまでも寝ていたら良くないだろ。ベッドまで運ぶからベッドの場所を教えてくれよ。それと補助はするから、仰向けになってもらえないか?うつ伏せのままだと運び辛いからさ」
「お、おぅ。そうじゃな、よろしく頼むぞい」
「それからフィリアは、俺より先に行って扉とかを開けてくれると助かる」
「はい! 分かりました」
そうして、俺はじいさんを仰向けにして抱え上げ、ベッドまで運んで行った。
因みに、運んでいる間に互いの自己紹介を済ませた。
じいさんの名前は、ランドルさんというそうだ。
「よっと。ランドルさん、この辺りでいいかな」
「おぅ、ありがとうよぅ」
「それで、どうしましょうか? ランドルさんの腰、回復魔法じゃ治らないんですよね?」
「あぁ、それには心配いらん。ちゃんとソレ用の薬が常備してあるからのぅ」
「えっ、そうなんですか?」
「うむ、すまぬがフィリアや、そこの戸棚から薬を出してくれんかのぉ」
「あ、はい。いいですよ。どれですか?」
「上から2段目の、向かって右から3つ目の緑のラベルのやつじゃよ」
「えぇっと、コレですか? 中身空っぽみたいですけど」
そう言って、フィリアが戸棚から出した薬瓶は、たしかに空っぽだった。
「あちゃー。こりゃ迂闊じゃったわい。まさか、薬が無いとはのぅ」
「ランドルさん、何でしたら薬、買ってきましょうか?」
「いや、この薬はな、わしのオリジナルじゃから、他では売っておらんのじゃよ」
「ええッ! それじゃどうするんですか?」
「うぅむ、そうさのぅ。冒険者ギルドに依頼を出すにしても、すぐに受理されるわけでもないし、どうしたもんかのぅ」
「ランドルさん、その薬の材料って、この辺りで取れるものなんですか?」
「ん? おぅ、そうじゃよ」
「それなら、俺達が取って来ましょうか? 材料があれば、薬作れますよね」
「う~む、そうじゃのぅ。リオン、フィリア、すまんが頼めるじゃろうか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「はい! お任せ下さい」
「・・・・・・!」
シエルから『まかせて!』とやる気でいるのが、伝わってくる。
「シエルもやる気みたいですよ」
「そうかそうか、ありがとうなぁ。それじゃ少し待っとってくれ」
ランドルさんはそう言うと、枕元にある羊皮紙に、何やらガリガリと書き記していく。
「うむ、これでよい。リオン、フィリア、それとシエル、薬の材料集めよろしく頼むな」
そう言いながら、ランドルさんは、先程書いていた羊皮紙を俺に渡してくる。
「はい」
「分かりました」
「・・・・・・!」
シエルから『わかった!』という元気の良い返事が伝わってくる。
俺達がランドルさんから羊皮紙を受け取りつつ、頼みごとを承諾すると、突然脳内にインフォメーションが流れた。
『L・クエスト《老店主の頼みごと》を受諾しました』
『これより、L・クエストを開始します』
「「ッ!?」」
L・クエスト?
L・クエストのLっていったい何の略だ?
というか、そもそも何が起こったんだ?
どうやら、フィリアにもさっきのインフォメーションが聞こえていたようで、俺がフィリアの方を見るとフィリアと目が合い、何か言いたそうな雰囲気が伝わってくるのが分かる。
そうやって、少し俺とフィリアが黙って見つめ合っていると、不審に思ったのかランドルさんが声を掛けてきた。
「んん? どうしたんじゃ、二人とも」
ここは一旦、L・クエストのことは置いておいて、ランドルさんからの依頼についての話を聞くことにしよう。フィリアとL・クエストについての相談は、薬の材料集めの道中でもできるしな。
俺は、そう考えランドルさんに、返事をした。
「いえ、なんでもないですよ。なっ、フィリア」
「は、はい。そうなんですよ」
フィリアは若干挙動が怪しかったが、ランドルさんは気に留めることはなかった。
「そうかのぅ。ならいいんじゃが」
「それで、ランドルさん。この羊皮紙に書いてあるのって、薬の材料ですか?」
「おぅ、そうじゃよ」
「えと、知らないものが2つあるんですけど、これ等ってどこで取れるんですか?」
「ん? おお! そうか、知らないものがあるんじゃな。いかん、いかん、つい知ってるものと思って、材料名しか書かんかったわい。それじゃ、説明しとくかの」
因みに、ランドルさんから渡された羊皮紙には、以下の様に書かれている。
材料:
・活性樹の樹液×1
・エネルゲンマッシュルーム×3
・キュアハーブ×5
・蒸留水 2ℓ
そして、ランドルさんからの説明で、活性樹は西の森の南西部にあるのだそうだ。
ランドルさんからの説明を聞くと、マップに黄色い光点が灯ったので、そこに活性樹があるのだろう。
それとエネルゲンマッシュルームは、西の森に出現するノココというモンスターから取れるとのことだった。
幸いなことに、薬の材料の半分は既に所持していたので、後は残りの材料を揃えるだけだな。
「よく分かりました。それじゃ、材料取ってきますね」
「うむ、気をつけてな」
「はい。いってきます」
「いってきます!」
そう言って、俺達はランドルさんの店を出て行った。
「それで、リオンさん。さっきのインフォメーションのことなんですけど……」
「ああ、やっぱりフィリアも聞こえてたんだな。俺もそのことが気になってたんだ。L・クエストのLっていったい何の略称だと思う?」
「う~ん、このゲームのタイトルにある軌跡って意味のローカスとか思いつきますけど、このクエストにそんな意味合いはない様な気がしますし、何なんでしょうね? リオンさんは、何か思いつきますか?」
「俺は伝説って意味のレジェンドがすぐに出てきたけど、このクエストには不釣合いすぎるから、やっぱり分からないな」
「そうですかぁ」
「でも、このクエストをクリアすれば、自ずと分かる様になると思うからさ、このことは一旦置いといて、薬の材料集めをがんばってやってみようぜ」
「そうですね。そうしましょうか!」
「ああ! ……あ、そういえば、ランドルさんの店、何の店だったのか聞きそびれたな」
「あ、そういえば、そうですね。L・クエストのインパクトが強すぎて、すっかり忘れてました。何のお店なんでしょうか。気になりますね~」
「まぁ、俺も正直気にはなるけど、それも材料集めの後にでも、聞けばいいじゃないか。それに、今はランドルさん、腰やられてて、動けないから逃げるなんてことはないだろうしな」
「ふふっ。そうですね」
そうやって、冗談交じりの話をしつつ、俺達は薬の材料を取りに、西の森の南西部へと向かって行った。




