Locus 33
―――困った。
レッドボアのHPバーが1割を切ってから、レッドボアの動きが激的に変わり、容易に近づけなくなっている。
正面に立てば、頭突きや牙による攻撃をしてくるし、側面に立てば、体を勢い良く半回転させて、牙で薙いでくる。
かといって背後に回れば、馬や駱駝の様に後ろ足で蹴りを入れてくる。
そして、2人以上(1人と1匹でも)で囲めば、あの範囲攻撃である衝撃波を使ってくるので、今のところ打つ手がない。
それならばと後衛組みが、魔法による遠距離攻撃をしているが、レッドボアは前衛が近くにいないため避ける余地があり、巧みに身をかわしシエルの魔法以外全て避けてしまっている。
またシエルの魔法が突属性であるためか、レッドボアに当たっても与えるダメージは微々たるもので、レッドボアも脅威足りえないと思っているのか、シエルが魔法で攻撃しても避ける素振りすらしない。
さらに言うと、何だかレッドボアのHPが徐々に回復していっているようなのだ。
この状態になる前までは確かに、HPバーが残り1割を切っていたのに、今では3割に届こうというところまで回復してきている。
これはもしや、空腹時に運動をすると空腹感がなくなるというのと、同じ原理なのかもしれない。
アドレナリンは、代謝を促進して脂肪組織の脂肪を分解し、血糖を上げる働きがある。
つまり、怒りによってアドレナリンが分泌。⇒代謝促進により脂肪を分解し、血糖が上がる。⇒(実際には食べていないが)腹が満たされる。⇒セルフで、生命力回復する。ということではないかと思われる。
だが、このまま放っておけばHPは怒りが続く限り、へたをすれば全回復までしてしまうかもしれない。
かといって不用意に近づけば、レッドボアの攻撃の餌食になりかねない。
さらに俺達が近づいてこないとレッドボアが悟れば、突進を使われ各個撃破されてしまう可能性が上がってしまう。
そう考えた俺は、何かないかと思いつつ、フォレストボアと戦った時の様に、普段は使わないアーツを使って見た。
「ウィークネスアイ」
するとウィークネスアイの効果により、俺の目にはレッドボアの弱点が赤く微発光して視覚化される。
レッドボアのオーラが赤く見にくかったが、なんとか該当部位を把握することができた。
視覚化された場所は、フォレストボアと同じ場所で、生物の弱点である頭・首・心臓と四肢の膝関節だった。
膝関節か……そういえば、フォレストボアも膝関節を攻撃したら動きを止められたよな。
でも、今は簡単に近づけないし、今のレッドボアの状態で攻撃するには……。
と考え、俺はある作戦を立てた。
もしも失敗しても恐らくは死にはしない……といいなぁと思いながら、俺はクレアさんに声を掛けた。
「クレアさん、俺に考えがあるんですが、協力してくれませんか?」
「なんでしょうか?」
「うまくいけば、レッドボアの動きを止められると思うので、アイツが範囲攻撃を使う様に攻撃してもらえませんか?」
「ふむ……分かりました。その案に乗りましょう。それにこのままでは、じり貧になりますからね」
「ありがとうございます」
そうして俺とクレアさんとルカで、レッドボアを包囲しながら攻撃を加えつつ、その時を待った。
そして、その時は然程待たずに、来ることになった。
レッドボアは『プゴォォォオオオオオ!!』と雄叫びを上げると、勢い良く前足を空高く振り上げた。
ここだ!俺は心の中でそう叫ぶと、素早くバーサークを掛け直し、体全体とノービスソードが赤いオーラに包まれるのを確認しつつ、レッドボアの背後に回り、レッドボアの前足が上がり切る瞬間を狙い、渾身の力を込めてアーツを使った。
「パワースマッシュ!」
ゴッ!
まるで大木を棒で殴りつけた時の様に、ノービスソードを持つ手が痺れるが、それを無視して力一杯押し込む。
「ッ! ぅぅぉぉぉおおおおおおおおおッ!!」
「ピギィ?!」
裂帛の気合を込めた渾身の一撃は、レッドボアの全体重を支えていた後ろ足の片方のバランスを崩し『ズズン!』と地響きを立てつつ、レッドボアを横倒しにすることに成功する。
「ッ! 今です!―――セットバックスナイプ!」
「いきます!―――ファイアーボール!」
「うん!―――シャドウエッジ!」
「・・・・・・!」
シエルから『ライトアロー!』と唱えているのが伝わってくる。
「畳み掛けます!―――アクアストライク!」
クレアさんは後衛組みの一斉遠距離攻撃に巻き込まれない様に、後方へ退避しつつナイフを投げ、さらにその後魔法による追撃を行う。
レッドボアのHPバーを見ると、まだ1割弱残っていたので、俺も残り少ないMPを使い切る勢いで追撃していった。
「スラッシュ!」
「レイスラッシュ!」
「ダブルスラッシュ!」
「サークルスラッシュ!」
レッドボアのHPバーはガリガリと減っていくが、まだ数ドット残りがあった。
「っく、地味にしぶといな。なら、これで!―――ヘッドクラッシュ!」
「プグィィ!!」
頭上から勢い良く振り下ろしたノービスソードがレッドボアの頭に減り込み、レッドボアから発声が若干濁った悲鳴が上がる。
口からは白い泡を吹き、四肢をビクンッビクンッと痙攣させているが、レッドボアはまだ光の粒子にならない。
ほんとにしぶといな。
そう呆れ半分に思っていると、ルカが走り寄りレッドボアの喉笛に噛み付くことでようやく、レッドボアは光の粒子へと変わっていった。
「ルカ、ありがとうな。ナイス噛み付きだ!」
俺は技後硬直が解けると、ルカの方へ近づき頭を撫でつつ、褒めてやった。
そうやっていると、クレアさんが後衛組を伴い近づいて来た。
「皆さん、お疲れ様でした。ルカさんもラストアタック助かりました。ありがとうございました」
クレアさんはお礼を言いながらルカの頭を撫でると、ルカは気持ち良さそうに目を細めて、されるがままになっている。
「「「お疲れ様でした」」」
「いや~助けてもらった身としては、もう感謝しかないよ!ホンットありがとね!それからルカも、ナイス噛み付き!」
エルルゥリアは、『えらい、えらい』と言いつつ、ルカの頭を撫で働きを労っている。
「リオンさんも、お疲れ様でした」
「あぁ、フィリアもな。お疲れ様」
「・・・・・・!」
シエルから『おつかれさまー!』と元気な挨拶が伝わってくる。
「シエルも、お疲れ様。良いサポートだったよ。ありがとな」
「・・・・・・♪」
シエルから『えへへ~♪』と照れている様な雰囲気が伝わってくる。
「そういえば、リオンのアレすごかったよね。こう赤いオーラに包まれた後、剣からビーム? っぽいの出してたじゃん」
「そういえば、そうですね。アレって何なんですか、リオンさん?」
「確かに……気になるところではありますが、言いたくなければ言わなくて良いのですよ。本来こういった質問の方が、マナー違反なのですし」
クレアさんはそう言いつつも、ピコピコそわそわと豹耳を動かし、やや上目遣いで聞きたそうにしている。
うっ、ちょっとかわいいかも。
俺は少し考えた後、バーサークについてだけセーフティエリアに移動する道中に話した。
正式サービス開始日の夜、一人で東の森で狩りをしていたこと。
そろそろ狩りを切り上げ、セーフティエリアに戻ろうとした時、犬の遠吠えの様なものを聞いたこと。
気配察知で調べてみると、フォレストウルフが居たので、コレと戦ったこと。
フォレストウルフを倒すが、次々と仲間を呼ばれ窮地に立たされたこと。
フォレストウルフがある時、仲間を呼ばなくなったので、その機に一気に倒していったこと。
フォレストウルフが残り3体になった時、フォレストウルフより1回り以上大きい、黒毛金眼の狼……ボスウルフが現れたこと。
どうにかボスウルフを倒し、力の欠片というアイテムを入手したこと。
そして、ソレを使用したら固有スキル:狂化を取得したこと。
そこまで話したら、フィリアとエルルゥリアは、初日に何をしているんだと呆れられ、クレアさんには驚かれた。
何故に?
クレアさんが言うには、力の欠片というアイテムは、特定条件を満たした時に発生する突発イベント等で出現するイベントモンスターからしか、ドロップしないのだそうだ。
そして、このボスウルフ襲来と呼ばれる突発イベントはβ時代にもあった様で、このイベントの犠牲者は後を絶たず、またボスウルフが出てくるまでの無限湧出するフォレストウルフを倒しても、経験値もドロップアイテムもなしという、プレイヤー泣かせの鬼畜仕様だったらしい。
あの時結構フォレストウルフを倒しても、種族Lvが1しか上がらなかったのは、こういう背景があったからだということだろう。
だけど、この正式版では無限湧出中? のフォレストウルフから、ドロップアイテムは出ていたので、修正はされているのだと思う。
そしてボスウルフを倒したということは、ボスウルフのドロップアイテムを持っているということなので、クレアさんはレア素材で防具が作れると、先程からすごく良い笑顔をしている。
俺はついでとばかりに、他のレア素材であるフォーチュンラビットやレッドボアの素材も使って欲しいとお願いしたら、非常に喜ばれた。
顔は終始ニコニコ顔なのに、目は獲物を狩る猛獣のソレだった。
……あっ。そういえば、クレアさんって豹人族だっけ。それなら納得か?
っていうか、良く考えたらクレアさん、女豹じゃないか!?
……まぁいいか、深く考えないでおこう。うん、そうしよう。
そうやって歩きながら話している内に、セーフティエリアに到着したので、話を切り上げてセーフティエリアへと入って行った。




