Locus 31
「クレアさん、なんとかレッドボアを小川に落とすことができましたよ。これで少しは、時間を稼ぐことができましたね」
「リオンさん、フィリアさん、お疲れ様でした。おかげでこうして、エルルを助けることができました。ご助力下さりありがとうございました」
「いえいえ、そんな改まってお礼を言われる様なことじゃないですよ」
「そうですよ。それに、助けたと言ってもまだ、レッドボアは健在なんですから完全に助かったとは言えませんよ。だからお礼を言うにしても少し早すぎですよ」
「それでも、です」
クレアさんはそう言いつつ、にこやかに微笑んだ。
「私からも、お礼を言わせて!」
そう言いながら、深く被っていたフードを取り、エルルゥリアは俺達に頭を下げてきた。
「助けてくれてありがとう! 私はエルルゥリアっていうの。種族は鬼人族の悪鬼人族で、クレアちゃんのリアルフレでもあるの。私のことはエルルって呼んでね。よろしくね」
エルルゥリアは、少し残念な雰囲気が滲み出る、陽気なお姉さんといった印象だ。
髪は、紫色のボブヘアで、髪質に癖があるのか、所々髪の房が色んな方向に跳ねている。
目の色は、柘榴石の様なやや暗い赤色をしていて、耳は俺と同じ様に小ぶりでやや尖っている。
角は左右の米噛みの少し上から生えており、羊の角の様にとぐろを巻いた特徴的な形をしている。
エルルゥリアの服装は、髪の色より若干淡い紫色のローブに、黒い革靴を履き、ローブの下には黒革の胸当てを着けていた。
武器は、腰に杖と短剣を差している。
その後、俺とフィリアとシエルはエルルゥリアに自己紹介をし、俺とフィリア、エルルゥリアは互いに、フレンド登録をし終えると、クレアさんがおもむろにこんなことを言った。
「そういえば、エルル。ノエルはどうしたのですか?」
「ノエル?」
「あっ、ノエルっていうのはね。私の下僕のモノコーンラビットのことなの」
「「げ、下僕ぅ?!」」
エルルゥリアが言った言葉に驚き、俺とフィリアの声がハモった。
「う、うん。その……私の種族スキルでね。下僕化っていうのがあるの」
エルルゥリアの説明をまとめるとこういうものだった。
下僕化は、エルルゥリアの種族Lvが10の倍数になるごとに、下僕化できる数が増え、また一度に呼び出すことができる数は、エルルゥリアの種族Lvが奇数×10の倍数になるごとに増え、その上限は5体までらしい。
下僕化するためには、条件があり、ソレをクリアすることで下僕化ができるそうだ。
その条件は、下僕化専用魔法〔コントラクト・サーバント〕を使い、下僕にしたい相手を独力(自分の下僕やテイムモンスター等は可)で屈服させるか、交渉の末認めてもらうか、相手の好みの物を与える等をして気に入ってもらうかをしなければいけないようだ。
〔コントラクト・サーバント〕を使うと、相手の力量によって大きさが異なる方陣が出現し、その内側に相手が居る状態で、上記の条件を満たさなければならないそうだ。
もしも、相手が方陣から出てしまえば、下僕化失敗となり、2度と同じ個体を下僕にすることができないらしい。
また、下僕化に成功しても下僕化してから24時間以内に主が死亡しても、下僕化が解除されるとのこと。
因みに、今下僕化できるのは最大2体で、一度に呼び出せる数は1体までだそうだ。
「それで、ノエルは、その……あの赤い猪と戦った時に死んじゃって、今は呼び出せないの」
「そうですか……それでは、他に呼び出せる子はいないのですか?」
「んと、さっき捕まえたばかりのルカがいるけど、今はMPが足りないからやっぱり呼び出せないかな」
エルルゥリアは若干済まなさそうな顔をしつつ、頬を掻いた。
「それなら大丈夫ですよ。MP回復の対策はあるって言いましたでしょ」
クレアさんはそう言うと、アイテムボックスからティーポットと木製のカップを取り出し、ティーポットからカップへと、良い香りのする液体を注いだ。
「はい、どうぞ。これを飲めば、MPが回復できますよ。もっとも、全回復させるためにはかなりの量を飲まなければならないので、大変だと思いますけど」
クレアさんは若干困った様な表情をしつつ、エルルゥリアにカップを手渡す。
俺はクレアさんが手渡した飲み物が気になったので、素早くエルルゥリアの持つ良い香りのする液体入りのカップを鑑定してみた。
そして鑑定結果はこちら。
食品アイテム ハーブティー:雑多な香草を天日で干し、熱湯で煎じた飲料。爽やかな香気が精神を癒す働きがある。
効果:MP5%回復
「そうなの? でも、MPが回復できるのはありがたいよ。クレアちゃん、ありがとう♪」
エルルゥリアはクレアさんにお礼を言うと、ハーブティーをこくこくと飲んでいく。
「エルル、クレアさんも言った通りハーブティーだけ大量に飲むのは、ちょっと苦しいと思うんだ。だから、俺もMP回復アイテムを提供するよ」
俺は、虚空庫からMP回復効果のある各種串焼きと焙り焼きを出し、皿に盛り付けエルルゥリアに手渡してやった。
「えッ! いいの? ありがとーリオン! わぁ~美味しそう……じゅるり」
エルルゥリアは俺にお礼を言うと、各種串焼きと焙り焼きを食べつつ、ハーブティーを飲んでいった。
エルルゥリアが食事をしている間に、俺達も減っていたHP・MPを回復させる。
俺の作った串焼きや焙り焼きは好評で、美味しいとの言葉をもらうことができた。
しばらくして、エルルゥリアの食事が終わり、MPも全回復したようだった。
「ふぅ~♪ ごちそうさまでした。いや~クレアちゃん、リオン美味しかったよ。ありがとね。これでルカを呼び出すことができるよ」
「ふふっ。お粗末様でした」
「ははっ。良い食べっぷりだったな。喜んでもらえたなら、作り手冥利に尽きるってものだよ」
「クレアさんは分かりますけど、リオンさんも料理できたんですね……しかも、こんなに上手に。とっても美味しかったですけど、何だか女として負けた気がしてしまいますよぉ」
「ん? フィリア。もしかして、料理できないのか?」
「そ、そんなこと! あ、ある訳ないじゃないでしゅか。や、やだなぁ~もぅ」
フィリアは声を震わせつつ(しかも噛んだ)、俺と目を決して合わそうとしない。
この反応では、できないと言っている様なものだろう。
俺は生暖かい目で見つつ、慈悲の心でそれ以上の追及はしないでおいた。
「そうか。そうだよな。フィリアも料理くらいできるよな。うんうん」
「ちょッ! な、なんでそんなかわいそうな子を見るような目で、見るんですかぁ!」
「いや、そんなことはないぞ」
「ならどうして、そんな情け深い笑みを浮かべてるんですかぁ!」
「気のせいじゃないか?」
「わ、私だって料理くらいできますよッ! ホントですよっ!」
「ああ、分かってる分かってる」
「そんな明後日の方向見ながら言っても、説得力ないですよ! ちゃんと私の目を見て言って下さい! ほら、だからこっちを向いて言って下さいよぉ!」
フィリアは俺の両肩を掴み、ガクガクと揺す振って来る。
フィリアの揺す振りにより、俺の頭も激しく揺らされるが、高いAGIのおかげか、揺す振られても酔うことはなかった。
「アハハハハハハハ」
「笑ってごまかさないで下さいぃ! ちょっと、何か言って下さいよぉ! ねぇってばぁーーー!!」
そうやっていると、クレアさん達からフィリアに対し、フォロー(?)が入った。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい、フィリアさん。人には、向き不向きがありますし、例え料理が作れなくても、生きていけますから。大丈夫ですよ」
「そうそう。それに、そんなに反応していると、自分で料理できないってアピールしている様なものだよ。大丈夫!私もできないからさ、元気だしなよ」
「うぅ……はい。ありがとうございましゅ」
初めて会った時は、迷子癖のある礼儀正しい子という印象だったが、最近ではそれを除いても残念さが増している気がする。
「……リオンさん? 今何か、失礼な事を考えませんでしたか?」
しかも、妙なところは鋭い。
「いや、全然」
俺が、いかにも心外だという表情をしていると、フィリアは何度か首を傾げつつも、それ以上の追及はしてこなかった。
「よしよし。それじゃMPも回復したことだし、気を取り直して、ルカを呼ぶね」
「コール ルカ!」
エルルゥリアがそう唱えると、エルルゥリアの影が前方に膨張・拡大していき、影の中から、灰色の狼が出現した。
「ウォン!」
ルカは一声鳴くと、エルルゥリアの隣へ行き、行儀良くお座りをする。
俺はそんなよく見たことがあるというか、よく屠ったことのある灰色の狼のルカを視界に入れつつ、識別をしてみた。
ルカ・フォレストウルフ・Lv4・属性-・耐性:魔法・弱点:斬
「おぉ~。かっこかわいいー!エルルさん、ちょっと触ってみてもいいですか?」
「うん。ルカが嫌がらなければ良いよ」
「それじゃ、俺もいいかな?」
「では、私も」
そうしてルカを撫でつつ、和んでいると突然、ルカが身を翻して俺達の背後に向け、警戒する様に『ヴゥウウウウウ!』っと唸り声を上げる。
俺は、すぐ様ルカが向いた方向へ注視しつつ気配察知を使ってみると、こちらに向かって来る先程まで近くに居た、大きな気配が近づいて来ているのが分かった。
「どうやら、来たみたいですよ。クレアさん、どうしますか?」
「基本的な戦い方はそのままに、前衛はリオンさんがレッドボアを攻撃して引き付けて下さい。ルカさんは遊撃、私は中衛兼遊撃でレッドボアを牽制します。後衛は、フィリアさん、シエルさん、エルルで、MPに気を付けつつ戦って下さい。エルルは、地属性魔法を使うと、他の人の迷惑になりかねないので、ブースター系以外の地属性魔法は使わないで下さい」
「「「はい!」」」
「・・・・・・!」
シエルから『わかったー!』という元気の良い返事が伝わってくる。
「ウォン!」
「いいようですね。では各自で声を掛け合って、連携して戦いましょう」
「それじゃ、レッドボアが見えたらでかいのを撃ち込むから、皆は俺より前に出ない様に注意してくれ。今のままだと、一番ヘイト(敵愾心)を稼いでいるエルルを狙うだろうからな」
「はい!」
「分かりました」
「ありがとう! リオン、助かるよ」
「それと、フィリアとエルル、ブースター系の魔法を使えるなら攻撃力の底上げに欲しいから、掛けてくれると助かる」
「はい、分かりました」
「えっと、私ブースター系は2つあるんだけど、今回の場合は影属性の方だよね?」
「ああ、頼むよ」
「了解、了解♪」
俺が油断なく、レッドボアが近づいて来ている方向に目を凝らしていると、時折木々の間からレッドボアの赤い毛皮を目視することができた。
「いきます!―――パワーブースター・ファイア!」
「こっちもいくよ!―――メンタルブースター・シャドウ!」
俺の体全体がボゥっと赤い炎の様な光に包まれ消え、その後に仄暗い黒い光に一時包まれ、そして消えた。
視界の端を見てみると、STR↑とINT↑のアイコンが付いていた。
どうやら問題なく重ね掛けすることができたようだ。
「フィリア、エルルありがとな」
そうこうしている内にレッドボアとの距離は縮み、目測で残り10m程になっていた。
さて、それじゃ外さない様に気をつけてやりますか。
俺は心の中で呟きつつ気合を入れ、ノービスソードを抜剣して、アーツを使った。
「バーサーク!」
アーツが発動し、俺の体全体とノービスソードを赤いオーラで包み込んだ。
「えッ!?」
「ッ!?」
「んな!?」
そして俺は、レッドボアが攻撃の射程に入る様に調整して、アーツを使う。
「スパイラル……」
アーツを使う意思に反応して、ノービスソードの剣身に赤い螺旋状のエネルギーを纏い、馬上槍の形状を生成する。
「シェイバー!」
突き出しと同時に、ノービスソードの剣身を起点に赤いエネルギーが急速旋回しつつ発射され、エネルギー状の部分を膨張させレッドボアへと放出されていった。




