Locus 107
お待たせしました。
ダグラス達と別れた大岩が見えると、大岩の周囲には、既にダグラス達が集まっていた。
俺が丘の上から下りて近付くと、俺達が来たことに気付き、ダグラスが声を掛けてくる。
「おっ! 来たな。それじゃ、リオン。改めて、礼を言わせてくれ」
「は? 礼?」
「ああ。救援要請を受けてくれて、助けてもらった時といい、呪いの効果時間が切れるまでの避難場所を提供してくれたさっきといい、本当に助かった。今こうしていられるのも、全部リオンのおかげだ。ありがとな」
「あっ! ずるいですよ、ダグラスさん。私だってちゃんとまだ言ってないですのに!!」
「そうですよ、ダグ。抜け駆けはいけません」
「え、えぇー……?」
開口一番に俺に礼を言ったダグラスだが、何故か女性陣の反感を買い、素直に礼を言うという良い事をしたにも関わらず、責められているという不思議な光景を生み出している。
ダグラスも理解が追い付かないのか、微妙な表情をしつつ、口から意外そうな声が漏れ出る。
「まぁまぁ、セルピナも姉上も抑えて、抑えて。まだリオンはここにいるのだから、今から全員で言えば良いではないですか」
「ふむ……それもそうですね」
「それじゃ、皆でこの機にお礼をちゃんと言うのですよ!」
「「「おぉー!!」」」 「お、お~?」
「は? え? ちょっ!?」
その後、怒涛の勢いで且つ、波状攻撃のように繰り出されたお礼の嵐に見舞われたのだった。
◇◇◇
お礼の嵐が過ぎ去った後、俺は言いようのない疲労を感じていた。
おかしい……。
お礼を言われたんだよな?
なら、なんでこんなに、俺は疲れているんだろうか?
そう心中で疑問を浮かべていると、済まなそうな表情をしつつ、ダグラスが声を掛けてくる。
「あー……その、大丈夫か? あいつらも悪気はないんだけど、ちょっと過剰過ぎたみたいだな。悪い!」
「いや、ちょっと驚いたけど、感謝されてるってことは、すごく伝わって来たから、大丈夫だよ」
「……そうか。それで、話は変わるんだが、リオン。この後、俺達と一緒にインスタンスダンジョンに行かないか?」
「はぁ? いや、さっきも言ったけど、俺。まだ、昇格クエストの途中なんだけど?」
「だからこそ、だ。リオンも昇格クエストは、1発合格したいよな?」
「そりゃ、まぁな」
「だけど、インスタンスダンジョン……それも、4段階目に入ってしまった今だと、周囲のモンスターが凶暴化して、採取や戦闘も一苦労だろ?」
「確かに……」
「それに、もしも、インスタンスダンジョンが攻略されず、そのまま放置されたなら、どうだ? 最悪、ダンジョン外へダンジョン内のモンスターが溢れ出して、周囲の生態環境を狂わせることになる可能性も否定できないんじゃないか?」
「あぁー……そうなると、採取アイテムやドロップアイテムの数が揃わなくなる可能性も出て来るな」
「だろ? 更に言えば、インスタンスダンジョンの進行具合は正確には分かっていないから、今、この時にでも段階が移行する可能性だってある。だったら、昇格クエストを無事終えるためにも、インスタンスダンジョンを攻略し終わってからの方が、よっぽど確実性が上がるはずだぞ。インスタンスダンジョンが攻略されれば、この丘陵地帯のレベルも元に戻るしな」
「んー…………分かった。そういうことなら、俺も一緒に行くよ」
「よし!」
「ダグ、ナイス交渉!」
「やった! リオンさんとダンジョン攻略なのです!!」
「ふっ、新たな盟友と共に行く迷宮巡り! 燃えてきたぁあああ!」
な、なんか、すごい盛り上がってる?
「同意を得られてよかったぜ。でもまぁ、まずはインスタンスダンジョンの入り口を探さなきゃだけどな」
「あぁ、それならたぶん、どうにかなるんじゃないか? 俺、同じエリアにいればインスタンスダンジョンがどの方向にあるか分かるから、普通よりも探し易いと思うぞ?」
「えっ! そうなのか?」
「ああ」
「私達、リオンさんに、助けられっぱなしですね。これではもう、リオンさんに足を向けては寝られませんよ」
「リオンさん、凄過ぎなのです!」
「ははは、新しき盟友は、格が違うなぁ……」
っと、そういえば……。
「えっと、一度了承してからで悪いが、思い出した事がある。今受けているクエストの関係上、ダグラス達とパーティを組むなら、少し条件を出させてもらうことになるけど、いいか?」
「条件、ですか?」
「どんなことでしょう?」
「ああ、今受けているクエスト……ギルドの昇格クエストなんだけどな。不合格条件に、試験が終了するまで、他者からのアイテム譲渡及び、買取または、物々交換ってのがあるんだ。だから、アイテムの分配をするなら、俺から他の人に渡すだけになっちゃうから、アイテムの分配はなしにしてもらいたいんだ」
「そうなのか? そういうことなら別に構わないが……一応念のため、俺達にも確認させてもらえないか?」
「いいけど……どうやって?」
「もしかして、リオンはウィンドウの視覚化の方法を知らないのかい?」
「ウィンドウの視覚化? なんだソレ?」
「あー……ウィンドウの視覚化ってのは、メニューにあるステータスやクエストなんかの情報を、自分以外に見せることのできる機能のことだ。ステータスなんかは、通常公開しないが、クエストを手伝ってもらう時は、クエスト内容を把握するために、口頭で内容を伝えるよりも確実性が高いから、やってるやつは結構いるぞ?」
「へぇ~、そうなのか。それってどうやるんだ?」
「結構簡単だな。まずメニューを開いて、ヘルプボタンを押す」
「ふむふむ」
「ヘルプ内にある、クエストタブをタップすると、受注中クエストとクリア済みクエスト、そして視覚化のタブが出るから、視覚化のタブをタップする」
「これか」
「それで、視覚化リストに、受注中クエストとクリア済みクエストのタブが出るから、今回の場合は、受注中クエストのタブをタップする」
「ほうほう」
「んで、クエスト名の横にチェックボックスがあるから、他の人に見せたい、見せても問題ないクエスト名のところをタップすると……」
「あ、確認画面が出て来た」
「後は、Yesを押せば、視覚化完了だ。因みに、メニューを閉じれば、チェックボックスに入れたチェックは自動解除されるから、一々チェックボックスのチェックを外す必要もない、親切仕様だから、安心だぞ」
「なるほどな。それじゃ、はいコレ。視覚化したはずだから、確認してみてくれ」
『Dランク昇格試験:高級机の材料集め
試験内容:
Dランク相当の能力があるか試験を実施。
ディパートの北にある丘陵地帯で、指定された素材を日付が変わるまでに集め、冒険者ギルドの受付に納品する。
指定素材一覧:
・黒檀樹の材木×3
・黒檀樹の枝木×20
・紫檀樹の材木×3
・紫檀樹の枝木×20
・スティッキーゼライスの粘液×20
・滑り草×20
・ガードゴーレムの核片×15
合格条件:自力で集めた指定素材を日付が変わるまでに、冒険者ギルドの受付に納品する。
不合格条件:
①:試験終了まで、他者からアイテムの譲渡及び、買取または、物々交換。
②:日付け変更までに、指定されたアイテムの納品不可。
③:試験進行途中に、死亡。
』
「うぅわっ、マジか。ってか、オレの時より、不合格条件厳しくないか?」
「それだけじゃないのです! 指定素材も私が知っているのよりも、種類も数も多いのです!」
「でも、試験終了時間は日付が変わるまでですから、やってやれないこともないのでは?」
「それにしたってなぁ。合格させる気があるのか、疑わしくなるレベルだぞ、コレ」
「まぁ、それだけリオンの評価が高いということなのだろうな。ギルドからの評価が高いと、昇格試験が難しくなる傾向にあるらしいからな」
「へ? そう、なのか?」
「ああ。だが、デメリットばかりではないぞ? 昇格試験が難しくなる分、昇格試験が合格した時にもらえる貢献ポイントに色が付けられるそうだから、結果的に早くランクを上げることに繋がるしな」
「へぇ~。そいつはオレも初耳だな」
「ということは、リオンさんはギルドから期待されているということですね」
「流石はリオンさんなのです!」
「う~ん……そうなのかな? 実感は全くないんだが……」
俺がそう言っていると、何かに気が付いたように、おずおずと天翼人族の女性…ミカエリスから、声が発せられる。
「あのー……ちょっと思ったのですが、この不合格条件だと、ダンジョン内にある宝箱からのアイテムの分配はどうしましょうか?」
「え? あっ! そういや、ソレがあったか!」
「ドロップアイテムの場合は、そのままその人に来たものでいいのでしょうけど……。宝箱からのアイテムは、開けた人に所有権が発生しますから、分配してしまうと、不合格条件に引っ掛かってしまうのです!」
「んー……それなら、宝箱をリオンに開けてもらえばいいんじゃないか? 不合格条件には、他者からのアイテムの譲渡と買取と物々交換が―ってあるのだから、リオンからの譲渡であれば、条件に引っ掛からないはずだしな」
「あー……ソレっきゃないか。宝箱を開けるなら、この中で一番LUKが高いやつが理想だったんだけど、まぁ仕方無いな。ってな訳でリオン、参考にLUKの値を聞いてもいいか? 宝箱の内容に対する耐性を今の内に持っときたいしな」
「ああ、そういうことか。別にいいぞ。俺の今のLUKの値は100ジャストだな」
「……へ?」
「……はい?」
「……ほぇ?」
「……は?」
「「「「……………………」」」」
「ん? どうした?」
「「「「えぇええええええ!?」」」」
「3桁? 今、LUKの値が3桁って言ったか!?」
「100って、どうステータスを成長させたら、そうなるんですか!? LUK特化でも、そこまでにはならないでしょう!?」
「さ、流石はしっ! ……じゃない。リオンさんなのです! まさか、私の2倍近くもあるだなんて……ッ!! これで勝つるのです!」
「ははっ。本当にリオンには驚かされてばかりだな。だけど、これで宝箱の問題も片付いたし、よかった、よかった。あ、姉上。他の人のステータスを詮索するのは、マナー違反ですよ」
「あー、えっと……もしかして、LUK100って高いのか?」
「「「「あたりまえ(だろう)/(でしょう)/(なのです)!!」」」」
「そ、そう、なのか。あ、でも、俺よりシエルのLUKの方が高いから、シエルに宝箱を開けてもらった方がいいかもな。物理干渉もできるから、問題無く開けられるはずだし」
「そうなんですか?」
「!? 現時点でLUK100超えなんて、凄過ぎるのです!」
「だけどこれなら安心して、任せられるな」
「だなぁ。宝箱を開ける時は、LUKの値が高ければ高い程、宝箱の中身のレアリティが良くなるから、いい意味で覚悟を打ち砕いてくれて、本当に助かるよ」
「あ、あははは……」
パン!
そうやって、段々と話が終わりに近付いていくと、天翼人族の女性…ミカエリスが合掌をするように手を1度叩き、全員の注目を集める。
「それでは、今後パーティを組むメンバーになるんですから、ちゃんとした自己紹介もまだですし、ここで1度キチンとしておきましょうか」
「あッ! そういえば、まだ自己紹介してなかったのです!」
「まぁ、結構ドタバタしてたしなぁ。あ~でも、ディーノのやつはしっかりとしてたっけな」
「はっはっはっはっは!」
「ディーノ? 笑ってごまかさないの」
「……すみません」
そうして、各自の自己紹介が始まった。
「改めまして、私はミカエリスと言います。ディーノとはリアル姉弟で、ダグ…ダグラスとはリアル幼馴染です。種族は鳥人族のレア種族の天翼人族になります。パーティでは主に、回復兼遠距離攻撃の後衛をやってます。名前の方は、ミカエリスだと少し長いので、ミカと呼んで下さい。よろしくお願いしますね」
ミカエリスの外見は、オフゴールドの髪のセミロングで、モミアゲの辺りからの髪を両肩の少し上までを、巫女さんが付けるような熨斗のようなもので纏めている。
前髪であまり見えないが、頭…というか、額の辺りに、銀白色のサークレットのようなものが嵌まっている。
目の色はアクアマリンを想起させる水色で、背中には1対の白い翼が生えているが、鳥のソレとは違い、絵画等で見る天使のようなふんわりとしている。
服装は、白のブラウスの上に、胸から腰の辺りまで覆う、青い縁取りに、なにやら何かの紋章のような白い刺繍が施された白いコルセットを付けている。
鎖骨のやや下から胸の下辺りまで太めの涙滴状に開き、その下には開いているところを止めるように群青色のバンドが付いており、更に鳩尾から下まで開いている、変則的なジャケットとスカートが組み合わさったような、群青色を基調にした、袖口や裾が白く縁取りされている外套を身に付けている。
下半身には、白いタイトミニスカートと、内側から外側に斜めに上がるような白い刺繍の付いた、変わった白いニーソックスを穿き、足には脛辺りまである茶色い編みブーツを履いている。
白いタイトスカートとニーソックスの間には、金色の金具が付いた黒いガーターベルトが見えており、透けるような白い肌との対比が眩しい。
武装は、手に杖を持ち、腰に短剣を差してしている。
「あ、改めまして! 私はセルピナと言うのです。種族は猫人族なのです。パーティでの役割は、主に弓矢での後衛で、偶に短剣での遊撃をやっているのです。どうぞ、よろしくお願いしますなのです」
セルピナの外見は、赤みがかった錆色の髪のショートヘアで、猫耳と尻尾の毛色も同じ赤みがかった錆色だが、こちらの先端は白色をしている。
目の色は、レモンイエローだ。
服装は、黒いシャツの上に艶消しがされた赤黒い胸当てを付け、その上に時間が経った血のような暗い朱色の朱殷色の縁取りのある、黒い肩掛けの付いた黒緋色のジャケットを羽織り、指貫きされた黒いグローブを付けている。
下半身には、黒みを帯びた赤の蘇芳色のミニスカートを穿き、その下には、膝下辺りまであるダークグレーのレギンスを穿き、足首辺りまで覆う、黒い編みブーツを履いている。
両膝には、革を多重構造にして強化された黒いプロテクターのようなものが付けられている。
武装は、背中に弓と矢筒があり、腰には短剣を差している。
「じゃ改めて、だな。オレはダグラスと言う。種族は人族で、パーティでの役割は、主に前衛、偶に中衛をしている。今後ともよろしくな」
ダグラスの外見は、ダークブラウンの髪のウルフヘアーで、肌の色は程よく焼けた褐色。
目の色は明るい金色のライトゴールドだ。
服装は、黒いシャツの上に、艶消しがされている鈍色の胸当てをし、その上に肘辺りまで袖がある白いジャケットを羽織り、左肩にも胸当てと同じ鈍色の肩当てを付けている。
腕には指貫きされた、肘上まである黒い長手袋を付け、その上から胸当てや肩当てと同様に、艶消しがされた鈍色の手甲を付けている。
下半身には、黒いズボンを穿き、脛の中程まである黒いブーツを履いている。
腰には黒いベルトがあり、そのベルトと連結するように、小さい箱状のホルダーが連なった、サイドポーチを吊り下げている。
武装は、手に偃月刀を持ち、背中にショートソードを吊るしている。
「では、改めて僕も自己紹介するとしよう。僕の名はアフロディーノ! 友愛を込めて、ディーノと呼んで欲しい! 決して、アフロではなく、ディーノ、とね!! そして種族は水人族になる。パーティでの役割は、前衛アタッカーがメインとなるが、仲間がピンチになれば、ディフェンダーもこなすぞ。今後ともよろしくして欲しい」
アフロディーノの外見は、ミカさんと同じオフゴールドの金髪で、髪型でいえば肩まであるボブカットヘアーだが、耳の上辺りから毛先にかけて若干のウェーブが掛かり、ソバージュになっている。
目の色は、ミカさんと少し違い、サファイアを想起させるような濃い青をしている。
服装は、青い半袖シャツに、ベスト風に改造されたデザートカラーのレザーアーマーを着、腕には肘まで覆う白色のガントレットを付けている。
下半身には、若干青みがかった灰色のズボンを穿き、脛下辺りまである、少し暗い白色のブーツを履き、その上から膝まで覆う白いグリーブを付けている。
両腿の外側には、ポーションホルダーが備え付けられており、移動中にズリ落ちないようにか、腰に付けているベルトと連結されている。
武装は、左側面の腰に両手剣を吊り下げ、後ろの腰に短剣を差している。
「それじゃ最後は、俺かな。名前はリオン。種族は真竜と人族との混血のハーフドラゴンだ。一応、人族というカテゴリになるらしい。パーティ戦では、前衛・後衛・遊撃に、回避盾と色々やってるから、どこでもある程度はできると思う。こちらこそ、よろしく。それと……」
俺は自分の自己紹介の後、そう続け、上空にいるシエルとネロを念話で呼ぶ。
『なになに~?』
「ホホオォォォー! ―――ッキュウ!」
すると、シエルは無邪気な笑顔で、上空から滑るように、ネロは何時ぞやの時と同様に、上空から降りてくる途中で、専化影装を解き、俺へ向かって落下してくる。
「っととと。こ~ら、ネロ。それは危ないって、前に言っただろ?」
「キュウ?」
俺が再度注意するが、『なんで?』と言いたげな顔付きで、かわいく小首を傾げるネロ。
う~っむ、コレは絶対に分かってない表情だぞ。
絶対に受け止めてくれるという、信頼感があるのか、それとも、あの程度の落下は平気という意思表示なのか、よく分からない。
どうしたものかな?
そう、ネロの困った行動について考えていると、ふいに誰とも無く声が上がる。
「梟が……」
「兎になった?」
「え? ええ? どういうことなの、です?」
「おぉ! 先程の小さな女神ではないか」
「えっと、紹介するよ。こっちの黄金色に光ってるのが、俺の調教獣のシエルで、こっちの黒い梟から、黒い兎になったのが、獣魔のネロだ。見ての通り、変身能力を有するタイプなんだ。シエル、ネロ。こっちは新しい友人達だ。仲良く頼むな」
「今紹介された、ミカエリスです。よろしくお願いしますね」
「えとえと、セルピナなのです。ど、どうぞ、よろしくお願いしますのです!」
「ダグラスだ。さっきの戦闘介入時は助かった。ありがとな。今後ともよろしくな」
「僕の名は、アフロディーノ。是非、友愛を込めて、ディーノと呼んで欲しい。これからもよろしくお願いしたい」
『よろしくねー!』
シエルは、にこやかな表情を浮かべながら頷き、歓迎するように両手を上げつつ、無邪気に挨拶を返す。
「キュキュウ!」
ネロは、俺の腕の中で片前足を上げ、元気良く鳴き声を上げる。
互いに自己紹介が終わると、ふと気になったことがあったので、その人物に声を掛ける。
「そういえば、セルピナ」
「はい? え!? 私なのです?」
「あ、ああ。ちょっと気になったんだけど、背中の矢筒に矢が入っていないようだけど、大丈夫なのか?」
「え? ……あ。そうだったのです! 矢はさっきの戦いで終わったのでした……。うぅ、せっかく(始祖様に良いところを見せるチャンスが……)」
セルピナは、ハッっとした表情をした後、嘆くように顔を歪めながら、ガックリと項垂れ、何事かを呟く。
心なしか、顔色も暗いように見える。
最後の方は聞き取れなかったけど、これからインスタンスダンジョンに行くなら、戦力は多いに越したことはないよな……。
矢があれば、後衛のMP節約にも繋がるし、戦略の幅も広がるしな。
どうにかできればいいんだけど……。
そうやって考えていると、何かに気が付いたようにダグラスが声を掛けてくる。
「なぁ、リオン。確かさっきの戦闘介入時に、武器を作って飛ばしてなかったか?」
「やってたけど……あ、もしかして」
「ああ、そのスキルか魔法かは分からないが、それで矢が作れないかと思ってな」
「あー、なるほど。それは名案かもな。1度使ったら壊れるって制約はあるけど、武器であれば種類問わず作れるから、いけるかもしれない」
「いや、それはどうでしょう? 確か矢は、武器屋じゃなく道具屋で売られてましたから、武器扱いじゃないかもしれませんよ? ピナちゃん、その辺りはどうなのですか?」
「えっと、残念ですけど、矢は道具アイテムなのです。なので、せっかくですけど……」
「あー、そうなのかぁ。結構いいアイデアだと思ったんだけどなぁ」
そこまで話が進んだところで、ふと、地下墓地で手に入れたアイテムのことを思い出す。
確かあそこで手に入れたアイテムには、道具と武器との2面性を持っていたよな。
だったら、矢自体が道具であっても、矢の形をした武器を作り出せば、いけるんじゃないか?
矢に似た性質を持つ武器っていうと……先端が尖って、目標を突き刺し、柄が長いもの、だから……槍かな。
そう考え、とりあえず今考えついたことを実行に移す。
「ダンパードアームズ……」
「ちょっ!? リオン、何を……」
種別:槍 形状:矢 数:1
「スピアアロー」
すると、俺の胸位の高さに、長さ1m程の1本の矢が出現する。
俺はその矢を待機状態にさせ、ネロを頭の上へ乗せてから、素早く手に取る。
ふむ、見た目はどこにでもある普通の矢と遜色ないな。
後は、性能の方だけど……。
そう思いつつ、俺は素早く装備スキルを入れ換え、鑑定を使ってみる。
武器アイテム:槍 名称:マテリアライズスピアアロー ランク:- 強化上限回数:-
ATK43 要求STR:3 耐久値:175/175 物質化限界【03:04:52】
説明:魔力を収束し、物質化して生み出された矢型の槍。弓に番え、射ることも可能だが、弓スキルによる補正は一切掛からない。1度使うことにより消滅する特性を持つため、再利用することができない。
うん、弓スキルの補正は掛からないみたいだけど、矢としては機能するみたいだな。
物質化の限界時間は3時間ちょいだから、移動や探索にも十分耐えられるだろう。
「リオン、それはまさか……」
「ああ、前に見たアイテムを参考にしてやってみたら、できたみたいだ。後は実際に使えればいいんだけど……。セルピナ、試してみてくれないか?」
俺はそう言いつつ、今し方作り出したスピアアローをセルピナに渡す。
「へ? わ、分かりましたのです!」
「ありがとう。それじゃ、あっちの丘に向かって射ってくれ」
セルピナは俺の言葉に従い、背中にある矢筒から弓を取り出し、渡したスピアアローを弓弦に番え、弓を引く。
そして、数瞬の溜めの後、その手を離す。
すると、スピアアローは狙い違わず、俺が指定した丘の斜面に突き刺さる。
柄の部分のおよそ1/3程が丘に刺さり、刺さった時の衝撃でスピアアロー全体が振動し、その振動が治まるのと同時に、青白い光の粒子へと変わっていった。
「ほう、射る分には良さそうだな」
「ああ、これなら戦闘にも支障なさそうだ」
「よかったですね。ピナちゃん」
「はいなのです! リオンさん、ありがとうなのです!」
「どういたしまして。といっても、元々はダグラスの案だから、お礼を言うならそっちにもな」
「はいなのです! ダグラスさんも、ありがとうございましたなのです!」
「ま、コレも今後のためだからな。気にするな」
「はは。ダグも素直じゃないなぁ」
「うるせー」
「それじゃ、セルピナ。一応その弓に合った長さの矢の方が良いだろうから、ちょっといつも通りに弓を引いてくれるか?」
「は、はいなのです! えっと、こうなのですか?」
「ああ、じゃそのままで少し待ってくれ」
「分かりましたのです」
そうして、おおよその長さを測り終え、槍の柄の長さも決定した。
「それで、セルピナ。その矢筒には、何本の矢が入るんだ?」
「えとえと、50本なのです」
「分かった。それじゃー、サクッと作るな」
そう言い、俺は万が一にも誤って発射して、他のメンバーを巻き込まないように、別の方向に向く。
すると、俺が置いた大岩が見えた。
そういえば、後でアレの回収もあるんだったよな。
だったら、先にアーツを使っておいてもいい気がする。
これから作るアイテムがさっき以上強くても何も問題はないし、諸刃の剣のような特性を持つものだから、移動中に発動しっぱなしだと、少し危ないかもしれない。
なら、比較的安全な内に効果時間を潰すようにすれば、その心配も少なくて済むはず。
そう考え、アーツを使っていく。
「ライオットバーサーク」
瞬間、俺の体全体が緋色のオーラに包まれる。
「って、おい!?」
「なんですか、ソレは!?」
それと同時に、なんだか後ろが騒がしくなるが、まぁ放って置いてもたぶん大丈夫だろうと判断し、気にせず、魔法を使っていく。
「ダンパードアームズ……」
種別:槍 形状:矢 数:50
「スピアアロー×50 全待機!」
すると俺の眼前には、先程生み出した矢……の形をした槍と寸分違わぬ物が、空中に50本、時間が停止したように動きを止めたまま、ズラリと並ぶ。
俺はその矢型の槍の柄を腕に抱えるようにして持ち、素早く回収していく。
そして、全てを回収し終えた後、念のためアイテムの能力が下がっていないか再度鑑定を使い、確かめる。
武器アイテム:槍 名称:マテリアライズスピアアロー ランク:- 強化上限回数:-
ATK53 要求STR:5 耐久値:215/215 物質化限界【03:57:47】
説明:魔力を収束し、物質化して生み出された矢型の槍。弓に番え、射ることも可能だが、弓スキルによる補正は一切掛からない。1度使うことにより消滅する特性を持つため、再利用することができない。
うん、よし。
ATKも耐久値も物質化の限界時間も上がってるな。
これなら、さっき作った矢型の槍に輪を掛けて、戦闘に貢献できるだろう。
もっとも、使い切った場合は、状況次第で先程作ったものになるけど、まぁ、その時はその時かな。
それでも、なるべくはこの品質を保った方がいいだろうから、使える時は使っていくとしよう。
「うん、大丈夫そうだな。それじゃセルピナ。矢を入れるから、矢筒の口をこちらに」
「は、はは、はいなのです!」
そうして、無事セルピナに矢……の形をした槍を渡し、その後に、ライオットバーサークの効果が切れる前に大岩を虚空庫にしまい、ようやく出発の準備が整ったのだった。
「それじゃ、用意もできたことだし、さっそく探しに行こうか?」
「あ、ああ。そ、そう……だな」
「え、ええ。それでは、行きましょう、か……」
「ん? どうしたんだ2人共? なんだか、元気なくないか?」
「そりゃまぁ、あれだけ驚くことが続けば、多少疲れもするんじゃないかな?」
「???」
「と、とりあえず! リオンさんは、インスタンスダンジョンのある方向が分かるのでしたんですよね?」
「あ、うん。同じエリアにあれば、だけどな」
そう答えつつ、インスタンスダンジョンがどこにあるかを意識しながら考えると、今いる場所から1時の方向。
方角で言うなら、東北東と北東との中間の先から、何かに引っ張られるような感覚がする。
「んー……感じからして、あっちにあるみたいだな」
「そうなのか? なら、リオン。先導を頼めるか?」
「それはいいが、まだパーティ組んでないぞ?」
「あ! そういえば、そうなのです! これじゃ、インスタンスダンジョンに入っても、バラバラになっちゃうのです!?」
「すっかり忘れていましたね」
「ですね。今は共闘ペナルティもありませんし、一緒に行動してても違和感が全くなかったですからね」
「まぁ、それだけ馴染んでたってことだろうが、うっかりするにも程があるな……オレ等。すまん、リオン。今から申請を送るわ」
「ああ…………それじゃ、改めてよろしくな。先行するから、付いて来てくれ」
そうして、俺達はアライアンスを組んだ後、インスタンスダンジョンがあると思しき方向へと進んで行った。
◇◇◇
何かに引っ張られる感覚を頼りに移動していく道中、ダグラス達は俺にもらってばかりでは悪いからと、インスタンスダンジョンが見つかるまで、昇格クエストに必要な採取アイテムの捜索を手伝ってもらったり、指定されているアイテムがどの辺りにあるかの情報を教えてもらった。
昇格クエストに必要な採取アイテムの捜索は、主に滑り草で、最終的には、必要な数のおよそ2.4倍もの数が集まった。
俺は、取り過ぎじゃないかと思ったが、ダグラス達が言うには、不測の事態……例えば、仮にどこかで死に戻ってデスドロップしたり、モンスターにアイテムを盗まれたり、罠によってアイテムを強制的に落としたりした時に、指定数以上の数のアイテムを持っていれば、数が足りなくなって困ることがないと力説され、思わず説得されてしまった。
俺には虚空庫があるから、虚空庫以外のインベントリにアイテムが入っていれば、アイテムの窃盗や紛失は避けられるのだが、虚空庫に入れておけば、腐ることもないし、多めに持っていても困ることはないと考え、なにより、ダグラス達からの厚意を無碍にするのも忍びないと思い、そのまま受け取ることにした。
指定されているアイテムの黒檀と紫檀は、この丘陵地帯にある小さな林に点在するらしいが、行き当たりばったりで行動しても時間を浪費するだけだと、黒檀と紫檀が繁茂する群生地を教えてもらった。
黒檀は、この丘陵地帯の西側に、紫檀は、反対の東側に多く分布しているらしい。
それと、ガードゴーレムの核片は、この丘陵地帯の中心といえるべき場所にある遺跡に出没する、ガードゴーレムから入手することができるようだ。
ガードゴーレムは両手に盾を持ったゴーレムらしく、常にその盾の片方で、自分の身を守るようにしているそうだ。
ガードゴーレムの核は、胸にある留め金の付いた鉄板部分の下にあるため、まずは守っている盾を弾き、その後で胸にある留め金をこじ開けてから突くか、そのまま上から貫くかすることで、核片がドロップするみたいだ。
因みに、その中央にある遺跡はこの丘陵地帯の東西南北に通じている通路があるらしく、その遺跡内の通路を通れば、丘陵地帯を移動するよりも楽に移動ができ、更に時間も短縮できるから、広域を探索や散策する場合は効率が良いのだそうだ。
但し、まだその遺跡は生きているらしく、通路を使うなら、罠に注意する必要があるらしい。
また、東西南北に通じている通路の出口には、石造りの尖塔が両脇にあり、見ればすぐに分かるとのこと。
そうやって、ダグラス達の話を聞きながら移動していくと、3度目の小さな林に突き当たった。
俺はダグラス達に断りを入れ、林の周囲少し行き来する。
すると今までとは違い、引っ張られる感覚が全て、目の前にある小さな林の中にあることが分かった。
どうやらこの先が目的のインスタンスダンジョンの入り口のようだ。
そのことをダグラス達に伝えると、興奮とやる気に満ちた表情を浮かべ、再度気を引き締める。
そして、全員の意思を確認した後、林の中へと入って行った。
俺とセルピナは周囲の気配を伺いながら、少し先を先行し、無用な戦闘を回避するよう移動していく。
そして、林に入って数分後、色は違うが、以前に1度見た異様なものをついに見つけ出す。
ソレは、緑色を基調として、怪しく明滅を繰り返す灰白色の不規則な線が浮かび上がった、魔素の渦だ。
渦の中心は、以前に見た通り変わらず、そこだけぽっかりと穴が開いたように黒くなっており、向こう側を見通すことはできない。
渦の形状は縦に細長い小判のような楕円形で、大きさは地上2~30cmの所から、高さ1.8m、幅50cm強と、以前に見たものより少し大きくなっている。
『あったぞ。インスタンスダンジョンの入り口だ』
『おっ! 本当だ。掲示板にもあったが、本当にフィールド毎で、渦巻きの色が違うんだな』
『うわぁ……。なんというか、小さいブラックホールのようなのです』
『恥ずかしながら、僕はまだインスタンスダンジョンに入ったことはないのだが、本当にコレに入っても大丈夫なのかい? 今更になって、不安になって来たんだが』
『ディーノ。気持ちは分かりますが、つい先程、意思確認したばかりですよ? それに見た目はあまりよくありませんが、入ってみれば、その不安もきっとなくなりますよ。この渦の外と中では、風景がガラリと変わりますからね』
『そう……なのですか? そう聞くと、どこまで違うのか気になりますね』
そうパーティチャットで話ていると、ダグラスが仕切り直すように、声を発する。
「さて、おしゃべりはその辺にして、最終確認な。今からこのインスタンスダンジョンに入って攻略をする。戦闘での編成は基本、前衛は、オレ、ディーノ、リオン。後衛は、ミカさん、セルピナ、シエル、ネロでやる。移動中は、先頭をリオンに、殿をセルピナに任せるから、気付いたことがあれば、言ってくれ」
「ああ、分かった」
「任されましたなのです!」
「次に、戦闘中や地形、罠等で分断された場合は、近くにいる者同士で組んで行動すること。戦闘中1人の場合は、ガンバレとしか言えないが、見えていたら、隙を見てフォローを入れてやってくれ。戦闘中以外の場合は、なるべく戦闘を避けて、生き残ることを最優先に考えるように。周囲にモンスターがいないようなら、無理に動かず、他のメンバーが到着するまで待つこと。一応、中で逸れた場合の集合場所を最初に入った場所に決めておくから、可能であればそこに行くようにな」
「分かりました」
「了解だ」
「それで、宝箱があった場合は、不用意に開けず、パーティチャットで知らせた後、リオンかシエルに開けてもらうこと。せっかく現時点で、LUK3桁なんてメンバーがいるのに、普通に開けちゃ、2重の意味でもったいないからな」
ダグラスがそう言うと、皆その意味が分かっているようで、ある者はにこやかに、ある者は真剣な表情で頷く。
「それから、宝箱の中身の分配は、その都度行うが、1度でも分配された者には、優先権はなくなると思ってくれ。掲示板での情報によれば、パーティメンバーの数以下しか宝箱はないみたいだし、諍いはなるべく無しの方向で頼む」
俺達は、皆一様に目配せをした後頷き、了承の意をダグラスに伝える。
「いいみたいだな。それじゃ最後に、何か質問や言いたいことがあれば言ってくれ」
俺達は互いに目配せをしつつ、軽く相談し、質問や意見があるかの確認をする。
すると、何かに気付いたようにハッとセルピナが顔を上げる。
「あの、ダグラスさん」
「なんだ、セルピナ」
「その、今は2パーティ7人(?)なのですが、インスタンスダンジョンにアライアンス以上でも入れるものなのですか?」
「ああ、そのことか。それなら、問題ないはずだ。コレも掲示板での情報だが、インスタンスダンジョンへは、パーティさえ組んでいれば、ユニオンまでは一緒に入ることができるらしい。但し、人数が増えれば増える程、内部構造の規模も大きくなるようだから、攻略をまともにするなら、2パーティまでが理想的みたいだな」
「へぇ~? そんなことまでよく調べたな。人数を集めるの、結構大変そうなのに」
「まぁ、検証が好きな連中もいるからな。さて、他に質問や言いことはあるか?」
ダグラスが俺達の方を見ながらそう尋ねるが、その声に答える者はおらず、皆一様に首を横に振り、聞きたいことが無いことを示す。
「無い……みたいだな。よし! それじゃ、行くぞ」
「「はい!」」
「「ああ!」」
『はーい!』
「キュウ!」
そうして俺達はダグラスの後に付いて、ダンジョンの入り口である、魔素の渦の中に入って行った。
◇◇◇
魔素の渦の中に入ると、一瞬で、今までいた低木の林の風景ではない、全く別の場所に俺達はいた。
そこは、薄暗い石造りの遺跡の中のようだった。
遺跡内では、天井の一部が所々崩落しており、外からの光が、まるで雲間から漏れる、薄明光線のように差し込み、ある程度遺跡内を見渡すことができる光量を保っている。
遺跡内部の大きさは、床から天井までが5~6m程、両壁の間も7~8m程と広く、現在いる場所はその両壁から更に2~3m程減り込んだ、四角い小広場のような形をしている。
石造りの遺跡内は、天井、両壁、床と場所を限らず、所々に苔が生え、ヒビ割れがあり、宛も長い時間この場に存在し続けたかのような、年季が見てとれる。
床には、崩落した天井や崩れかけている壁からの破片と思しきものがいくつか散在し、場所によっては、陥没している床があり、崩落した天井から入ったのか、水が溜まっている。
後ろを見てみれば、案の定、魔素の渦の形にそこだけ空間が切り取られたかのように、青々とした草の絨毯を敷き詰めた、低木の林が映し出されていた。
「「おぉ~!」」
「へぇ~? 丘陵地帯はこんな感じなのかー……」
「丘陵地帯はってことは、ダグラスも経験者か」
「ああ。それに、ミカさんも潜ったことがあるはずだぞ? ですよね?」
「ええ。何度来ても、この景色の変化には、慣れることなんてなさそうです。っといっても、まだ2回目ですが……」
『うんうん、だよね~! わたしもそうだもん!』
ミカさんの言葉に同意するように、2度シエルは頷き、したり顔で両腕を組み、俺達の頭上を浮遊する。
「キュウゥゥゥ~!」
ネロもシエルの真似をしているのか、両前足を組み、さも当然とした風に何度も頷いている。
俺もシエルもネロも、まだ2回目の攻略ですよ?
なんで君達……そんなに訳知り顔のような表情を浮かべてるの?
「すごいのです! 初めてインスタンスダンジョンに入りましたが、外と内では、こんなにも違うものなのですね!」
「確かにコレは、不安がどうとかよりも、なんとも言えない感動の方が遥かに大きいな。見事だ! …………ん? あれは……」
そうやってインスタンスダンジョンの内部の感想や話をしていると、ディーノが何かに気付いたのか、インスタンスダンジョン出入り口周辺から離れ、向かい側の壁へと向かって行く。
「ん? どうした、ディーノ」
「いや、あちらの壁に何か描かれてるみたいなのだが、何かと思ってな」
ディーノはそう言いながら、向かい側にある壁を指差し、尚も向かいの壁へと進んで行く。
ディーノに言われるまま、向かい側の壁を注視してみれば、暗過ぎてその全容は分からないが、確かに壁画のようなものが描かれている。
「ちょっ! ディーノさん! 先に行っては危ないのですよ!」
「って、おいおい……。さっそく、独断専行かよ。まぁた、ディーノの悪い癖が出てるな」
「ですね。熱くなる性格はともかく、どうしてこうアグレッシブなんでしょう。もう少し、思慮とか分別を持って欲しいところなんですが……」
そう言いつつ、ディーノの方へ視線を向けてみれば、ディーノは既に通路の中央付近にまで移動していた。
「まぁ、このままって訳にもいかないし、追い掛けるしかないんじゃないか?」
「だな」
「ですね」
「なのです」
『もー、しょうがないなぁ』
「キュウー……」
そうして、俺達は先行するディーノを追随するように、向かいの壁へと移動を始める。
すると、移動後から3歩目の所で、天眼の効果によって、視界内にいくつかの赤い光が見える。
その光は、床だけに限らず壁にもあったが、ディーノが進む先にも1つ存在していた。
まずい!
「全員ストップ! 罠がある! ディーノ戻れ!」
「「っ!?」」
「っく!」
「え?」
しかし、時既に遅し。
俺が注意の言葉を発すると同時に、ディーノの足は赤く光る床を踏み締めていた。
『「「「「あ」」」」』
「キュ」
そして、俺達は見た。
ディーノの頭上から落下してくる、黄金色の薬缶を……。
「っ! プロテクトシ―」
「リオン、待った!」
「ええ、これは良い薬になります!」
俺は咄嗟にディーノを助けるため、魔法を唱えようとするが、致死性は無いと判断したのか、ダグラスとミカさんから静止の声が掛かり、俺は魔法の発動を止める。
その結果……。
ガァンッ!!
「ぐぁッ!?」
ゴンッ! ガカンッ! ガラガラガラガラガラ…………。
黄金色の薬缶はディーノの頭に見事命中し、ディーノはその場でよろめき、転倒する。
ディーノの頭に弾かれた黄金色の薬缶は、その衝撃で凹んだ後、遺跡内へ落ち、甲高い金属音を響かせながら壁際へと転がっていった。
「ぐっ。いったい、何が……」
ディーノは頭を振りつつ、起き上がると、パーティチャットで叱責の声が掛かる。
『おまえは、罠に掛かって、今そうなってるんだ。コレに懲りたら、独断専行は控えるようにしろよな』
『そうですよ。今は私達だけじゃないんですから、他の人達の迷惑を考えて、行動しなさい』
『……すみません』
しかし、結構音が反響するなぁ。
こんな大きな音が立てば、モンスターに気取られる可能性が高そうだ。
まぁ、その点で言えば、ディーノを助けたとしても、結果は変わらなかったかもしれないが……いや、それよりも先ずは備えるべきか。
そう考え、俺は気配偵知を使い、辺りの警戒に勤める。
すると案の定、気配偵知に反応があり、両側の通路から徐々に大小様々な気配が移動して来るのが分かる。
あー、来ちゃったかぁ。
そう思いつつ、シエルやネロにも伝わるように、念話で全員に話し掛ける。
『取り込み中すまないが、さっきの反響音に引かれて、モンスターが来たみたいだ。どうする?』
『どうするって、まぁ、迎撃するしかないな』
『ですね。幸い、出入り口はすぐ後ろにありますし、最悪、ダンジョン外に出ることも可能ですしね』
『おぉ! なんとタイミングの良い! この機会に、先の非を雪ごうではないか!』
『はぁ~。ディーノさんは、仕方無い人なのですよ……。それよりも、迎撃するなら、罠の場所が分からないと、戦闘中に触っちゃいそうなのですが、そこのところはどうするのです?』
『確かに説明されただけじゃ、戦闘中につい忘れそうだよな。何か一目で判断できる目印みたいなのがあればいいんだが……』
『ああ、それなら俺がやるよ。丁度良い魔法があるから、その照らされた範囲に罠があると思ってくれ。ただ、壁にも罠があるみたいだから、基本的には壁に触らないようにしてくれ。壁まで照らすと、場所によっては目が眩むかもしれないしな』
『分かりました。それでは、リオンさん。よろしくお願いしますね』
『ああ、任された』
そうして、俺は床にある罠の真上4~50cmの所にエクリプスライトを発動させ、罠の場所が正確に分かるように、光を絞り、罠の場所がすっぽりと収まる位の平行光線を照射させていく。
一先ず目に付く罠全てを照らし終えると、視認できる距離までモンスターが近付いて来ていた。
「来たのです!」
セルピナの声に釣られるように左右の通路を見ると、どうやら全部で3種類のモンスターがいるようだった。
左右どちらの通路にもいて、最も数が多い、赤黒い萎れたトンガリ帽子を被った、赤い目と薄汚れた長い髪に、鉄の長靴を履いた、全長50cm程の赤銅色の肌をした老人。
その手には、帽子と同色の赤黒い染みが付いた、短剣や斧を持っている。
右側の通路だけにいる、灰色を基調に、緑と黒の斑模様のある、全長1m程の蛙。
左側の通路だけにいる、体高40cm前後、大きな皮膜の端から端までで1m強はありそうな、赤紫色をした蝙蝠。
これは、どちらの通路を担当するかで、対応が変わりそうだな。
蛙や蝙蝠は分からないが、あの姿から察するに、あのモンスターは有名なアレな気がするな。
そう思いながら、素早く左右にいるモンスター群を識別していく。
【右側】
レッドキャップフェンサーE:Lv33・属性:闇・耐性:闇・弱点:-
レッドキャップアキサーA・C:Lv33・属性:闇・耐性:闇・弱点:-
レッドキャップアキサーD:Lv34・属性:闇・耐性:闇・弱点:-
セラーズフロッグA・D:Lv31・属性:水・地・耐性:水・地・弱点:火・斬
セラーズフロッグE:Lv32・属性:水・地・耐性:水・地・弱点:火・斬
【左側】
レッドキャップフェンサーD:Lv33・属性:闇・耐性:闇・弱点:-
レッドキャップフェンサーA・B・C:Lv34・属性:闇・耐性:闇・弱点:-
レッドキャップアキサーB:Lv33・属性:闇・耐性:闇・弱点:-
ブラッディバットB・C:Lv30・属性:-・耐性:-・弱点:火・光・突
ブラッディバットA:Lv31・属性:-・耐性:-・弱点:火・光・突
ブラッディバットE:Lv32・属性:-・耐性:-・弱点:火・光・突
【モンスター辞典】
『レッドキャップ』
スコットランド南部境界地方に現れる邪妖精。
身長50cm程、目は赤く、手の爪が長い。
猫背で老人のような顔をし、鉄製の長靴を履き、殺した相手の返り血でトンガリ帽子を赤く染め上げるのが生きがい。
伝承によっては、赤いトンガリ帽子を目出し帽のように被っているとか、いないとか……。




