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Struggle Locus On-line  作者: 武陵桃源
第4章  夢現フィールドと再起の遺構
113/123

Locus 102

厄事のトリプルブッキング(大腸菌O-177+インフルエンザ+薬によるアレルギー反応)により更新がかなり遅れました。

申し訳ありません。


また、何時の間にやらブックマーク数は1万の大台に乗っており、感無量であります!(つT^T)

本当にありがとうございます。


では、どうぞ。


 どうにか、全員無事に回収し、一箇所に集めることができると、皆一様に口を揃え、お礼を言って来る。


「お兄ちゃん、シエルちゃん、ありがとね! ほんっっっとーうに、助かったよ」


「リオンさん、ありがとう! おかげで酔わずに済みました」


「シエルちゃんに手を引かれるって~、あんな感じなんですかね~? 助けてくれて~、ありがとうございました~」


「リオンさん、この度は本当に助かりました。あんなに高い所をロープも支えるものも無しで行ったことが無かったので、ガラにもなくパニクってしまったようで……。お手数をお掛けして申し訳ありませんでした。そして、助けて下さり、ありがとうございました」


「キュキュウ! キュー、キュキュ!」


「どういたしまして。それに、パーティーメンバーが困ってたら、助けるのが普通だろ? だから、そう(かしこ)まらないでくれよ」


『えへへ~。どういたしましてー! みんなになにもなくて、よかったね!』


「そう言って頂けると、助かります」


「それで、この後のことなんだけど……」


「あー……あの穴のことですよね?」


「ああ。今までの施設同様、制御球で開いた場所で、尚且つ制御球からの光の帯も、あの縦穴を指しているから、制御球を安置する場所ってのが、あの穴の先にあることは間違い無いはずだ」


「とすると、どうやって下に下りるか、ですね」


「いや、どうやっても何も、重力が何十分の1かに抑えられてるんだし、そのまま下りればいいんじゃない?」


「確かに、行きはそれでいいかもしれませんが、帰りまで今の状態のままである保障は、何処にもありませんよ?」


「あ、そっか。なるほど」


「ですけど~、ロープを下ろすにも~、引っ掛ける場所がありませんし~、誰かが残って引き上げるんですか~?」


「それだと、一番力がありそうなお兄ちゃんが適任だけど……。まだ、あの穴の深さが分からないしなぁ。う~ん……。とりあえず、あの穴の周辺に何か無いか見てみようよ。もしかしたら、帰りの手段か何かの手掛かりがあるかもしれないしさ」


「そうですね。ここで考えてても仕方ありませんし、まずは行動しましょうか」


「だね!」


「分かりました~」


「それじゃ……えっと、どうする? また俺とシエルで運ぶか? それとも自力で行けるか?」


 そう問い掛けると、先程の救助の際のことを思い出したのか、リーゼリアの(ほほ)が朱に染まる。


「…………。いえ、自力で行きましょう。いつまでも、ご好意に甘える訳にもいきませんし、何よりこの状態での移動に慣れれば、下りる時に不安にもならないでしょうし」


「ういうい、らじゃー!」


 そう言うと、リーゼリアとナギは、ややおっかなびっくりと床を()り、空中を飛び進んで行った。


「むぅ。せっかく、合法的にくっ付けるチャンスなのにぃー」


「アリル。おまえ、そんなことを(たくら)んでいたのか?」


「え? あ、その……。な、何のことかな?」


 俺がじとっとした(まなこ)で見つめると、アリルはしまった! という顔をした後、不自然に目を逸らす。


「あ、それじゃ、私も行くね。多少慣れてるからって、油断しちゃダメだよ、お兄ちゃん! でゅわ!」


 更には話まで逸らして、どこぞの3分間だけ巨人でいられる超人の(ごと)く、新たに開いた通路の方へと(ゆる)やかに飛んで行った。


「はぁ。何だかなぁ」


「きっと~、リオンさんのことが大好きなんですよ~。(……異性として~)」


「な、なぁ、ユンファ。何か今、聞き捨てならないこと言わなかったか?」


「……気のせいですよ~。それでは~、私達も行きましょうか~。あまり遅れるのもアレですし~」


 そう言って、ユンファも新たに開いた縦穴の方へと移動して行く。


「あ、おい、ちょっと!? 何だよ、今の間はぁ!?」


 俺はすぐに、ユンファの先程の言葉の言及(げんきゅう)をするが、ユンファからコレといった回答は得られず、空しく声が広いドーム状の部屋へと反響し、消えていった。


「くそぅ、逃げられたか。まぁ、あまり気にしてても精神的に良くないか。……うん。この事はサクッと忘れて、クエストに集中した方が賢明(けんめい)な気がするな。よし! 行くか」


 そうして、俺もまだ残っていたシエルとネロを伴い、この部屋の中心部に新たにできた縦穴へと進んで行った。




 ◇◇◇




 縦穴に到着すると、既に全員縦穴の近くに到着しており、不用意に穴に落ちることがないよう、穴の(ふち)で腹ばいになり、穴の中や穴の周辺を見回していた。


 因みに、新たに開いたドーナツ状の縦穴の大きさは、ドーナツの穴の部分に相当する所に半径3m程の円形の床、及び柱が立っており、その外堀に幅5m前後の穴が開いている。

 

 確かにこの格好なら、そう簡単に穴に落ちることは無いだろうが、一言その格好は女の子としてどうよ? っと言ってやりたい気もするが、ここは()えて言わない事にして置く。

 せっかく真剣に探しているのに、水を差すのもよくないだろうし。

 無駄に反感を買う必要も無いしな。


 そうして、俺も縦穴に何かギミックのような物がないか探すため、腹ばいになっているアリル達を踏まないように、縦穴の周辺をぐるりと回るように、移動しつつ穴の中を見ていく。

 

 穴の中の壁は、大きな銀色の金属板を接合して作られており、所々から赤・橙・黄・緑・青・紫・白といった、まるでPCのLEDライトのような光がチラチラと(またた)いている。

 ドーナツ型の穴の中心に立っている柱の側面見れば、柱の天辺から2~3m下の外周を3分する位置に、逆三角形になるように直径20cm前後の円形の穴が3つ開いており、その反対側の外周部分の内側には、その穴に嵌るような大きさの杭が3つずつ、並んでいた。


 ふむ、これはたぶん……空間の制御球から照射された光が当たった時に聞いた、『ドンドンドン!』という連続した3つの打音の正体だろうな。

 形状から考えて、恐らくあの3つの穴に杭を差し込んで、この場所が容易に開かないように、ロックしていたのだろう。


 だけど、今探しているのはそんなことじゃないんだよな。

 外周側から見て何もないなら、あるとしたら、穴の底か、あの柱の外周になるかな。

 でも、普段なら5m前後でも走り幅跳びの要領でいけば、いけると思うが、今は重力が抑えられている不安定な状態だから、最悪そのまま穴の中に落ちる可能性がある。


 仕方無い、またシエルの手を借りよう。

 ネロは自力で移動することを諦め、現在俺の頭の上に張り付いて、役に立ちそうにないし、見た限りじゃモンスターの気配はおろか、トラップ等の仕掛けすらも見当たらないから、たぶん危険は無いはずだしな。


『シエル。ちょっと頼みたいことがあるんだけど、良いか?』


『ん? なーに?』


『ああ。今の状態だとちょっと何処に着地できるか分からないから、この穴の内側にある柱の外周……周りに、何か無いか見て来てくれないか?』


『んと、あのはしらの、まわり? うん! いいよー。ちょっと、まっててー』


 シエルは無邪気な笑顔を振り撒きつつ、頼み事を了承すると、さっそくとばかりに空中を滑るように移動し、先程言った柱の外周を見て、回り始める。


 俺も引き続き何かないか穴の周囲を移動しつつ探してみるが、コレといったものは見つからない。


 う~ん、この人数で探して見つからないんじゃ、やっぱり帰りの仕掛けはこの穴の下にあると仮定した方が良さそうだな。

 だけど、俺がただ単に見落としてるだけかもしれないし、一応確認は取って置くべきだよな。


 そう考え、俺はパーティチャットを使い、アリル達に探索の進捗(しんちょく)状況を聞いてみる。


『皆、何か見つかったか?』


『んー……特にコレといった物は無いかな?』


『だね。ボクの方も無いっぽいです』


『私の方は、一応ロープを掛けることのできそうな突起物を見つけましたが、穴の深さを見る限り、相当な長さのロープでないと、無理そうですね』


『さすがはリアちゃんです~。私の方も~、見つかってませんね~。リオンさんの方は~、どうなんですか~?』


『ああ。たぶんだけど、リーゼリアと同じ突起物を3つ見つけているな。それと、この穴の向こうの柱の外周に何か無いか、シエルを派遣(はけん)してる』


『なるほど。それでは、シエルちゃんの結果如何では、1度下に下りる必要がある訳ですね』


『だな』


『それにしても、この穴って、実際に見てみると、深いよね~。天井の照明で照らされてても、底がまるで見えないよ?』


『だよね。それ、ボクも思った』


『こんなに深いと~、何となく~、不安になりますね~』


『確かに。例え、重力を何十分の1に抑えられていたとしても、こうも先がどうなっているか分からないと、二の足を踏んでしまいそうですね』


『ふむ。言われてみれば、確かにちょっと危なそうに見えるな。…………よし。それじゃ、シエルを待っている間に、この穴の深さを調べてみるとするか』


『え? どうやって?』


『そうだな。今あるアイテムでやれそうなものだと……こういう穴の深さを測る定番の1つの石を投げ込むってのをやってみようと思う。ただまぁ、今は重力が何十分の1かに抑えられているから、投げ込むと変な方向に行く可能性を考えて、自由落下させるんだけどな』


『あ。その方法なら私も知ってます。ですが、それは投げ込んだ石の反響音で、どの位の深さか測るものですよね? 重力が抑えられている現状だと、その反響音も響き難いのではないですか?』


『だろうな。()しんば響いた所で、現状では聞こえてこない程の小さいものになる可能性が高い。その上、聞こえて来るのも穴の深さにもよるけど、相当遅くなるはずだ』


『んん? そこまで分かってるのに、ソレをやるの? お兄ちゃん』


『ああ。といっても、もう1つ工夫をするけどな』


『工夫? 何をやるんですか? リオンさん』


『光の汎用魔法を使うんだよ。光の汎用魔法【ライトアップ】には、物体か空間を指定して光球を貼り付けることができるから、石……だと貼り付ける面積が小さくて照らされる範囲が狭いかもだから、使うなら小岩かな? それに、光球を貼り付けて落下させる。途中で穴の中が曲がっていたり、何かに衝突したりしない限りは、見失うということはないはずだ。光の強さも調節できるし、光の強さによって効力の長さも変わらないから、ある程度深い所まで行ったら、光を強くすればいいしな。最も、穴が長過ぎて魔法の効力が切れれば、話は別だろうけど、それでもある程度穴の中がどうなっているか分かるから、不安も抱き難くなるだろ?』


『なるほど。聴覚だけでなく、視覚でも確認が取れるという訳ですか』


『はぁ~。ほんっっっと! リオンさんの発想には感服するよ。よく、そこまで考えられますね』


『だよね~。って、そうだ! お兄ちゃん。その実験? をするなら、少し待ってもらえないかな? できれば、この目で見て置きたいし』


『ですね~。なので~、移動が終わるまで~、待ってもらえませんか~?』


『ん。分かった。それじゃ、スキルの入れ替えをしながら、待ってるな』


『では、私もそちらに行きますね』


『あ、ボクも行くー』


 そうして、アリル達がゆっくりと腹這いで寝そべった状態から起き上がり、緩やかに空中を移動するのを横目に、装備スキルを入れ替え、そのままアリル達の集合を待つ。


 俺に対して比較的距離が近かった、リーゼリアとナギが到着すると、穴の中心部にある柱の外周の調査を頼んでいた、シエルが戻って来た。


『ただいまー』


「ああ、おかえり」


「あ、シエルちゃん。おかえりー」


「おかえりなさい。シエルちゃん」


『あ、リーゼリアとナギもいたんだー。ただいまー!』


 シエルは、リーゼリアとナギに元気良く手を振り、帰って来たことを伝える。


「それで、何か見つかったか?」


『うんうー。コレといってなにもなかったよー』


 シエルは俺の問いに対して、首を横に振る。


「そうか、分かった。ありがとうな、調べてくれて。何も無いと分かっただけでも、収穫だ」


『どういたしたしましてー!』


 そうして、シエルが合流して少し経つと、ユンファとアリルが到着する。

 その後、虚空庫から手頃な小岩を出し、またシエルに協力を頼み、俺達の居る穴の外周と、先程シエルが調べていた柱の外周との丁度真ん中辺りの位置から、小岩を落としてもらう。

 魔法の持続時間を節約? するため、小岩に光の汎用魔法の【ライトアップ】を付与するのは、小岩を自由落下させた直後にして、更に持続時間と効力を上げるために、バーサークとクインティプルマジックを使用して、魔法を付与した。


 結論からいえば、5つの光球が張り付いた小岩は、およそ50m前後の深さになるまで、光の強さを変えなくても、穴の中を普通に観測でき、その後は光を観測できても穴の中を見ることは難しかったので、最大光量にして落下させた。

 俺は反響音を聞き逃さないために、暗殺系アーツの【サウンドアセンブル】を使いながら、落下していく小岩の様子を観察していった。

 そしてしばらくした後、目測にして約100m程の所で、小岩が何かにぶつかる反響音を聞くことになる。


 反響音は、重力が抑えられている現状には似つかわしくない、荒っぽい音をしており、短い間隔で3~4回音がした後、音と光の動きが止まった。

 このことから、穴の底には重力を抑える効果がココより薄い、若しくは無い可能性があることが分かった。


「止まった……よね?」


「止まりましたね」


「うん、止まったね」


「ですね~」


「ある程度予想はしましたけど、かなり深い穴みたいですね。これでは、ロープで引き上げる、又は上るというのは無理そうですね」


「だねー。って、お兄ちゃん? 静かだけど、どうしたの?」


「ああ、うん。その……アーツを使って反響音を聞いていたんだけど、その反響音が重力を抑えている現状ではあり得ないような音を響かせていたから、ちょっとな」


「反響音って……聞こえたんですか!? こんなに離れてても!?」


「結構ギリギリだったけどな」


「それで、リオンさん。その、現状ではあり得ないような音、というのは?」


「ああ、この実験を行う前にリーゼリアも言ってたことだけど、今の状態で物を落下させても、あまり音ってしないだろ?」


「うん、しないね。なんてたって、落下の速度がもの凄く遅いし、床に物が当たっても、バウンドが普段よりもずっと大きいもんね」


「そう、ソコだ。だけど、この穴の底で出た音は、荒っぽい普段の時のような音に、短い間隔で3~4回音がしたんだ」


「……ということは~、この穴の底では~、重力を抑える効果が無いということですか~?」


「或いは、効果が薄いか、だな」


「なるほど。このまま穴を下りて行くにしても、穴の底では通常の重力である可能性があり、着地に気を付けなければならないということですね」


「そういうこと。それで、どうする? 穴周辺に帰りの手段が見当たらないってことは、穴の底にある可能性が高い訳だけど、このまま全員で穴の底まで行って調べるのか?」


「んー……どうしましょうか。そうした場合、何かあると上に戻れなくなったりしませんか?」


「それなら、空間の制御球と何人かをここに置いて行って、先行偵察すれば良いんじゃない?」


「だな。空間の制御球を持っていくと、イベントが進む可能性もあるから、ここに置いて行けばその心配もない。それに、シエルと一緒に行けば、最悪穴の底が通常の重力であっても、重力が抑えられている場所までジャンプやアーツを使って行けば、引っ張ってもらって戻って来ることもできるしな」


「確かに、シエルちゃんがいれば、戻ってこれそうだね」


「ですね~」


「それでは、少し心苦しいですが、先行偵察の方を頼めますか? リオンさん」


「ああ、任された」


「あ、ボクも行くよ。さすがに罠とかは無いと思うけど、調べるなら人手はあった方が良いでしょ? それに、純粋に見に行きたいっていう好奇心もあるし」


「そうだな。それじゃ、行くか。ということで、シエル。同行してくれ」


『はーい!』


「あー、それとネロはどうするんだ? 一緒にこのまま付いてくるのか?」


 俺はそう尋ねながら念話を使い、ネロに今後のことを聞く。


『シエルおねぇちゃんもいくんでしょー? だったら、いくー』


「そうか、分かった。それじゃ、穴の底に付いたら、探索の手伝いよろしくな」


『うん! わかったー!』


 そうして、シエルが念動で支えていた空間の制御球をリーゼリアに渡した後、光の汎用魔法【ライトアップ】を自分の左手に付与し、俺とネロ、シエルとナギは落下に身を任せるように、穴の底へと進んで行った。




 ◇◇◇




 穴の底に到着する少し上、高さにしておよそ1m程の所で、足が……というか体全体が、穴の底に引っ張られる感覚に襲われ、既に忘れかけていた通常の重力の落下速度と重さを強制的に体感させられる。


「っと!」


「わわっ!」


『とーちゃっく!』


「キュ? キュ? キュウ?」


 俺とナギはバランスを崩しそうになるが、何とか転倒すること無く、無事に着地するに成功する。

 シエルも空中に浮かびながら、いつも通り無邪気な様で、両手を腰に当て、楽しそうに落下が終わり、穴の底に来たことを告げる。

 しかし、ネロは何故だが、頭の感触から察するに、右を向き、左を向き、正面を向き、その後小首を傾げるような動作と何かを疑問に思うような鳴き声を上げている。


「ネロ、どうしたんだ? 何か気になることでもあるのか?」


 俺はそう尋ねながら、念話でネロからの返答を聞く。


『まだ、ふわふわするよー?』


「ふわふわ? それは、穴の上のドームで感じてたのと同じか?」


『うん。そう』


 そう言われ、俺は先程この穴の底に着地する直前のことを思い出す。


 そういえば、高さ1m位の所で通常の重力に切り替わったような感覚があったな。

 ということは、俺の頭にへばり付いているネロはまだ、重力が抑えられた空間に居ることになる訳か。

 なら、高さ1mより低い所なら、通常の空間と同じ重力が掛かることになるはず。


 そう考え、俺は頭の上に張り付いているネロを両手で(つか)み上げ、そのまま穴の底に下ろしてやる。


「どうだ? まだふわふわする感じがするか?」


『…………うんう。だいじょうぶみたい。もう、ふわふわしないよ!』


 ネロは異常な程ゆっくりと穴の底の床に立ち上がり、1歩1歩踏みしめるように歩き、小さくジャンプしては、今の状態を確認し、空中に浮かび上がらないことに気付くと、嬉しそうに跳ね回る。 


「あの様子だと、よっぽど、重力が抑えられた空間が嫌だったんですね。慣れれば、アレはアレで結構面白いと思うんですけどね」


「確かにな。俺もああいうのは好きだけど、ネロは苦手だったんだろうな。なんせ、自力での移動を諦め、俺の頭に張り付いて、離れなかった位だからな」


「ですね。っと、それじゃそろそろ、リアちゃん達に無事底に着いたことを(しら)せときますね。何も連絡が無いと、何かあったんじゃないかって思われちゃいますし」


「ああ、頼む」


 その後、ナギがリーゼリア達に報告している内に、はしゃぎ回っているネロとそのネロの後ろを楽しそうに追従しているシエルに、声を掛けて集まるように言う。

 そうやっている内に、ナギの報告も終わり、いよいよ穴の底の探索を開始する段になる。


「それじゃ、探索を始めようか」


「はい」


『はーい!』


 シエルは右手を勢いよく上げ、了承の意思を伝えてくる。


「キュウ!」


 ネロもシエルの行動を真似するように、右前足を上げ、元気よく鳴き声を上げる。


「で、どう探索しましょうか?」


「そうだな。まずは二手に分かれて、この柱をぐるっと回るようにしよう。もしも途中で新しい通路があっても一先ずは放置で良いと思う。遭難(そうなん)はしないだろうけど、範囲を絞らず好き勝手に動けば、いらない心配を生むことになるからな」


「分かりました」


『うん、わかったー!』


 シエルは大きく頷くと、これからの探索に心を躍らせているのか、見るからにわくわくとした表情を浮かべる。 


「キュキュウ!」

 

 ネロは、最近よくやるようになった敬礼のポーズをしつつ、元気のよい鳴き声を上げる。


「シエルはナギに付いて行ってくれ。ネロは俺とな。何か見つけたらパーティチャットで連絡を入れるようにな。それじゃ、気を付けて探索をしよう」


「はい!」


『はーい!』


「キュウ!」


 そうして、俺とネロは降りた所から右回りに、ナギとシエルは左回りに探索を開始していった。

 

 因みに、シエルと分かれてすぐ、『たんさく♪ たんさく♪ わくドキたんさく♪ なにがあるかな? たのしみだー♪』という即興の歌が聞こえて来て、かなりほっこりしたのは、ココだけの秘密だ。


 しばらく道なりに歩いて行き、左右の壁と床を注意しながら観察していくが、よくあるメンテナンス用の梯子(はしご)や階段みたいなものは一切無く、ただただ様々なLEDライトの様な明かりが瞬く薄暗い回廊が続くだけだった。

 そして、歩き出してからおよそ柱の外周の3分の1程に達した頃、ナギの方からパーティチャットで連絡が入った。


『リオンさん、見つけました。たぶんコレが上に戻るための仕掛けだと思います』


『おっ、そうか。お手柄だな』


『あはは。いえいえ、進んだ方向が良かっただけですよ』


『それじゃ、今からそっちに合流するから、そのままソコで待っててくれ』


『分かりました』


 その後、俺は来た道を引き返すか、このまま道なりに進むか、(わず)かに逡巡(しゅんじゅん)したものの、このまま道なり行けば、例え何も見つからなかったにしろ、探索していない場所が無くなると思い、なるべく急ぐようにしてそのまま道なりに進んで行った。


 案の定と言うべきか、ナギと合流するまで何も発見できなかったが、探索し終えたという行為(こうい)自体に意味があったのだと自身を納得させる。


 ナギが待つ場所まで行くとソコは、様々なLEDライトの様な明かりが瞬く、薄暗い回廊だけではなく、新たな通路が続く廊下から、廊下の天井を照らす光が()れている場所だった。

 ナギが居るのは、その新たな通路のある丁度向かい側に位置する柱から出っ張っている、縦20cm、横15cm、高さ1m程の四角柱で、その天辺は柱の方から新たな通路側に低くなるように、緩やかな(なな)めになっており、色は牛乳を水で溶いたような白濁(はくだく)色をしていた。


 新たな通路は、幅5~6m、高さ3m強もある広い通路で、通路の先を見てみれば、今までに見て来たように緩やかな下り坂になっており、先がどうなっているかは分からない。

 だが、通路の両壁、およそ7~8m間隔の壁には地下墓地(カタコンベ)でも見たような、二等辺三角形に下が広い台形が組み合わさったような五角形の(みぞ)があり、その全ての溝に、っという訳ではないが、なにやら武装した人型ゴーレムのような物が、いくつかあり、更に隠された採取ポイントのような所もチラホラ見られた。


 そういえばココってまだ生きている施設だっけ。

 だったら、空間の制御球を持っていない今は、この通路の先に行かない方がいいだろうな。

 あの通路の壁の溝に立っている武装ゴーレムが動き出して、戦う羽目になるかもしれないしな。

 まぁ、経験値的にはその方が美味しい気もするが、上にいた守護者(バリアブルゴーレム・マッドネス)より強い可能性もあるから、下手に刺激しない方が建設的かな。


 そう考え、俺は当初の目的だったナギとの合流を果たし、ナギに近付きながら声を掛ける。


「お待たせ。それで……その柱から出っ張ってる四角柱が、上に戻るための仕掛けなのか?」


「あ、はい。特に罠も無いようだったので、調べてみたんです。ちょっと見てて下さい」


 そうナギは言うと、柱から出っ張っている四角柱の天辺に手を(かざ)す。

 すると、『ピピッ! ポーン!』という音がし、四角柱全体が薄緑色に微発光する。

 そして……。


《ゲスト権限を確認。上へ参りますか?》


 という機械的な声と共に、よく目にするYes/Noボタンの付いた半透明なウィンドウが表示される。


「なるほど。これは分かり易いな。だけど、この上ってのが俺達が思っている上。つまり、リーゼリア達が待ってる所まで行けるかが問題だな」


「あー……確かにそうですね。それじゃ、そのこともリアちゃん達に報告する時に相談してみますね。それと、リオンさんも見たと思いますけど、あっちの通路は……どうしましょうか?」


 ナギは振り向き、新たな通路を見つつ、声を掛けて来る。


「あっちの通路は、今は放置でいいと思うぞ。俺達はこの穴から上に行く手段を探しに来たのであって、この通路の先に、空間の制御球を安置しに来た訳じゃないからな。それに……」


「それに?」


「この施設はまだ生きているから、いくらゲスト権限を持っているとはいえ、この先の通路をこのまま通ると、通路の壁の溝に立っている武装人型ゴーレムが立ちはだかる可能性も否めないから、万全を期するためにも、空間の制御球がある時に行った方が良いと思うんだ」


「ああ! 確かに言われてみると、そんなの居ますね。んー……識別しても何も情報が出ないってことは、動力が落ちてるのかな?」


「或いは、上で戦ったゴーレムみたく、特定領域内に入ることで起動するのかもな。まぁ、どっちにしろ今はこっちを優先すればいいんじゃないか? 上でリーゼリア達を待たせてるんだし」


「ですね。それじゃ、リアちゃん達に連絡して見つけたことを報告しますね」


「ああ、頼めるか」


「はい! それじゃ、ちょっと待ってて下さいね」

 

 そう言うとナギは口を閉じ、視線を若干上に向けながら、パーティチャットで報告を上げる。


 そのまま少し待つと、ナギがこちらに顔を向け、声を掛けて来る。


「リオンさん」


「ん? どうだった?」


「リアちゃん達に報告と相談した結果、この仕掛けで上にちゃんと戻れるかどうか試すことになりました。なので、何かあった時の用心のため、一緒に来てもらえませんか?」


「分かった。……って、ウィンドウ消えてるな」

 

 俺がナギからの要請に答え、ふと柱から出っ張っている四角柱に目を向けると、(ほの)かに光っていた緑色の光が消え、最初に見た時の白っぽい色へと戻っていた。


「あぁ、ソレ無操作状態で時間が経つと、自然に消えるみたいですよ。もう1度起動させるためには、また手を翳せば動き出すはずです。今度はリオンさんがやってみてはどうですか? ボクはもう2回もやりましたから」


「ん? ああ。そういうことなら、そうさせてもらうよ」


 その後、ナギがやって見せてくれたように、四角柱の天辺に片手を翳し、再度ウィンドウを表示させ、ナギにYesボタンを押すことを告げ、ボタンを押した。


 シュイン――キュアー――ゴォォォン!


 すると、四角柱に向かって30cm程の右隣の柱から、柱の表面に縦3弱m、横2~3m程の光の線が走り、次いでその光の線で囲まれた範囲が、若干柱自体に落ち(くぼ)む。

 そして、落ち窪んだ範囲の丁度真ん中から縦に割れ、新たな入り口が現れる。


 新たな入り口の中を(のぞ)いて見ると、半径2m弱、高さ3m強位の円柱状の空間があった。

 円柱状の空間の天井には照明のようなものがあり、行動する上で申し分無い程の光量が保たれていた。


「「『おおー……』」」


「キュゥゥゥ……」


 俺達は一様にその変化に言い知れぬ感動のようなものを覚え、思わず口から感嘆のような声が漏れ出る。


「っと。それじゃ、ナギ、シエル、ネロ、行くぞ」


「はい!」


『はーい!』


「キュウ!」


 その後、いち早く感動から立ち直った俺はナギ達に声を掛け、新たに現れた円柱状の空間へと入って行く。

 俺達全員が円柱状の空間に入り切ってから2~3秒経つと、先程まで口を開けていた入り口は完全に閉まり、それと同時に床一面に複雑な幾何学模様が浮かび上がり…………。


《上層で重力抑制機構の稼働を確認》

《安全のため当機内においてのみ、一時的に重力抑制機能を遮断(しゃだん)---完了》

《上へ参ります》


 現実でよく聞くようなセリフと共に、現実でもよく体験する、上から若干押し付けられるような感覚を感じた。


 っていうか、コレ。

 ちょっとハイスペックなエレベーターじゃないかッ!!




 ◇◇◇




 あの後、俺達は無事リーゼリア達の待つ上層へ戻ることができた。

 上層に残っていたリーゼリア達の話からすると、ちょっとハイスペックなエレベーターが上層に到着する少し前に柱の床の一部が、一般的な裁縫(さいほう)道具として知られる、ボビン状に迫り上がり、その後『ピンポーン♪』という音と共に、俺達が入った方と真逆の方向……つまり柱の外周に接して無い方向にドアが開き、その中から俺とナギ、シエルとネロが出てきたそうだ。


 因みに、ちょっとハイスペックなエレベーターは下から上へ行くだけの一方通行型だったようで、俺達が降りた後、自然と扉を閉めて、また穴の下へと戻って行った。


 そして現在、俺達はリーゼリア達と共に、空間の制御球をシエルに持ってもらい、穴の底で見つけた通路にあった隠された採取ポイントで採取しながら、空間の制御球が指し示す場所へと移動している。

 通路の両壁の溝に立っている武装人型ゴーレム? は、先の心配が杞憂(きゆう)であったかのように動くことは無く、ただただ場の雰囲気(ふんいき)を盛り上げるオブジェと化していた。

 もっとも、空間の制御球無しだったら、どうなっていたかは分からないけどな。

 また、移動中に隠された採取ポイントで採取したアイテムの鑑定も済ませた。

 

 普通だったらそういう行為は危ないのだが、空間の制御球があるおかげか、武装人型ゴーレムや罠等が起動することなく、安全な道のりとなったため、移動時間を有効活用した結果というわけだ。


素材・消耗アイテム  魔水晶(火)の破片:火属性を持つ魔水晶の破片。様々な物に混入することで、所有者の物理攻撃力を高める特性を持つ。また、使用することで一時的に火属性を付与することもできる。


素材・消耗アイテム  魔水晶(水)の破片:水属性を持つ魔水晶の破片。様々な物に混入することで、所有者の命中力を高める特性を持つ。また、使用することで一時的に水属性を付与することもできる。


素材・消耗アイテム  魔水晶(風)の破片:風属性を持つ魔水晶の破片。様々な物に混入することで、所有者の移動速度を高める特性を持つ。また、使用することで一時的に風属性を付与することもできる。


素材・消耗アイテム  魔水晶(地)の破片:地属性を持つ魔水晶の破片。様々な物に混入することで、所有者の物理防御力を高める特性を持つ。また、使用することで一時的に地属性を付与することもできる。


素材・消耗アイテム  魔水晶(光)の破片:光属性を持つ魔水晶の破片。様々な物に混入することで、所有者の魔法防御力を高める特性を持つ。また、使用することで一時的に光属性を付与することもできる。


素材・消耗アイテム  魔水晶(影)の破片:影属性を持つ魔水晶の破片。様々な物に混入することで、所有者の魔法攻撃力を高める特性を持つ。また、使用することで一時的に影属性を付与することもできる。


素材アイテム  インディグタイト鋼の断片:沈青(ちんせい)石を精錬して作られた群青(ぐんじょう)色の金属断片。敵対者からの敵愾(てきがい)心を抑制する特性を持つため、古来よりお守り等の装飾品の材料として人気が高い。


素材アイテム  マダーライト鋼の断片:煽赤(せんしゃ)石を精錬して作られた朱色の金属断片。敵対者からの敵愾心を促進する特性を持つため、前衛系クラスの武装具や囮等に使う疑似餌等の材料として、古来より人気が高い。


素材アイテム  スタグナイト鋼の断片:殿黒(てんこく)石を精錬して作られた漆黒の金属断片。対象の体内に接触することで、対象の自己回復能力を低下させる特性を持つため、古来より暗殺者や狩人から重宝されている。


素材アイテム  ウリリウム鉱石の欠片:非常に(もろ)く、加工することが難しい鉱石の1種。美しい瓜縞(うりしま)模様をしており、水の綺麗な水辺の岸壁等からよく採掘される。うまく加工することに成功すると、運気が上昇すると言われ、加工の成功は、古来から数多の細工師の登竜門の1つとされている。


 そうやって歩きながら採取したアイテムの鑑定をしたり、皆と雑談をしながら長い通路を下って行くと、ふいに通路が終わり、今まで行った施設の最奥にあったどの部屋よりも大きく、また部屋の形が五角形であるという変わった部屋へと辿(たど)り着いた。


 部屋の中には、部屋の中奥付近に真ん中部分の無い、中折れの太い柱が立っており、その太い柱を取り囲むように、赤色と白色、青色と緑色、黄褐色と黒色の光の各線が走っている、中央部にある柱より少し細い柱が、3本立っているだけだった。

 シエルの持つ空間の制御球からは依然として、淡い5色――赤色・青色・緑色・黄褐色・白色――の光の帯を照射しており、その光は部屋の中央付近にある中折れの太い柱にある(くぼ)みを指している。


「いよいよ、最後ですね」


「だね! ここまで来るのに、ほんっっっとうに! 長かったよ」


「だけど、ソレもコレで終わりだね」


「ですね~。苦労した甲斐あって~、実りも多かったですし~、今思い返して見れば~、色々な意味で~、かなり美味しかったですね~♪」


「ああ。本当に色々あったよなぁ」


『うんうん。いつもとちがったけいけんができて、たのしかったね!』


「キュウ! キュキュウ!」

 

 そうやって全員で感慨(かんがい)(ふけ)る。

 その後、誰とも無く顔を上げ、全員に目配せし、代表としてリーゼリアが、シエルに声を掛ける。


「それでは、シエルちゃん。今まで同様、あの柱には近付かないようにして、制御球を置いて下さい」


『はーい!』


 シエルは右手を上げ、元気良く返事をすると、そこから念動を使って、空間の制御球を部屋の中央にある中折れの柱の窪みの上まで運び、その窪みへと嵌め込んだ。


 コトッ……カチッ! ヴィィィィィ! ガコンッ!! バチンッ! キュルルル! ガキンッ!


 すると、空間の制御球を嵌め込んだ(ふち)()り上がり、空間の制御球を中折れの柱から離れないよう拘束・固定する。

 次いで、中折れの柱の上にあった柱が下へと伸び、中折れだった柱の下半分と合わさり、柱の中から何かが()まる音がし、その後上から伸びた柱だけが回転し、金属同士を打ち付けるような音を響かせる。


 ヴゥン! ヴゥン! ヴゥン! ヴゥン! シュパァァァーーー!!


 その直後、空間の制御球を安置した柱とその周囲にあった3本の柱の周りに方陣が出現し、中央付近にあった柱からは、周囲の3本の柱へと複雑な回路を模した太い線が伸び、周囲にあった3本の柱からは中央付近を除く周囲の3本の柱へと、同様な回路を模した太い線が伸びて、(つな)がっていく。


 フォンッ! フォンッ! フォンッ! フォンッ! フォンッ! フォンッ!


 そして、他の施設でもあったように、五角形をした部屋全体に回路のような模様が浮かび上がると同時に、脳内に普段のインフォメーションとは違う、機械的な声が響き渡る。


《空間の制御球の再接続及び、魔力の再供給を確認》

《三律機構:浄化、循環、安定、全て共に、正常稼動を確認》

《これより当機の再稼動準備を開始---完了》

《再稼動にあたり、当機の命令権限を有する保持者をサーチ---完了》

《現在当機の制御室にて、5つのゲスト権限を確認》

《ゲスト権限保有者に、当機の再稼動許可を申請します》


 機械的な声がそう言うと、俺達5人の前にウィンドウが現れ、『霊脈式転移機構の管理者が、ゲスト権限保持者に対し、霊脈式転移機構の再稼動を申請しました。申請を受諾しますか? Yes/No 』と出た。

 

 俺達は霊脈式転移機構という聞き覚えのない言葉に一瞬どうするか迷うが、このイベントを進めなければ、今までがんばってこなしてきたクエストが終わらないので、意を決して、一斉にYesボタンを押す。


 Yesを押すと、いつものように確認ウィンドウが現れ、『霊脈式転移機構の再稼動申請を受諾すると、霊脈式転移機構自体が故障及び、破損するまで停止させることができなくなります。本当に霊脈式転移機構の再稼動申請を受諾しますか? Yes/No 』と出たので、再度全員の意思を確認し合った後、Yesを押した。


 すると再び、機械的な声が脳内に響いてくる。


《ゲスト権限保持者全員から申請受諾を確認》

《これより当機:霊脈式転移機構の再稼動を始めます》

《三律機構内及び、霊脈式転移機構内の魔素の乱れを精査---完了》

《再稼動理想状態であるため、そのまま実行---完了》

《当機は正常に再稼動しました》


 機械的な声が霊脈式転移機構が正常に稼動したと告げると、部屋全体に浮かび上がった基盤の回路のような模様が、今まで行ったことのある地下水路や地下墓地(カタコンベ)、そしてバリアブルゴーレム・マッドネスと戦ったドーム状空間の床や壁、天井のように(へこ)んで溝のようになる。

 更に、昨日と今日に見た地下水路や地下墓地(カタコンベ)内の溝のように、時折スーっと光が基盤の回路のような模様に沿そって流れて行く。


 そして、部屋内の変化が終わった次の瞬間、待ちに待った音が鳴り、インフォメーションが流れる。


『パパ~ン♪ キークエスト《復活! 古の遺構》をクリアしました』


『報酬は、霊脈式転移機構から出てから付与されます』


『ピロン! パパーン♪ 〔称号:再起させし者〕を取得しました』


「おおっ! 称号きたぁあああー!!」


「再起させし者? どんな効果なのかな?」


「さぁ? それは、分かりかねますから、詳細を見るしかないと思いますよ?」


「ですね~」


「報酬は他のクエストと違って、特定エリアを出てからの付与なのか。いったいどんな報酬なんだろうな」


 そうやって口々に話していると、ふいに脳内に今まで聞いたことのない音が鳴り、インフォメーションが流れた。


『ピンピロリロリロリン♪ あるプレイヤーが条件を満たしたことにより、ブレンディー大陸に眠っていた先史文明の利器の1部が再利用可能になりました。詳しくは、一斉送信された《再利用可能になった先史文明の利器について》というメールをご確認下さい』


「んなっ!? 今度はワールドアナウンス!?」


「このクエストって、そんなに重要なクエストだったの!?」


「と、とにかく。ここは落ち着いて、送信されたメールを見てみましょう。話はそれからです」


「は、はいです~!」


「だな」

 

 その後俺達は、一斉送信されたというメールを開け、その内容を読み込んでいった。

 そして、その内容はこういうものだった。


 まず、再利用可能となった先史文明の利器は、アストラルトランスポートゲート……通称:転移門と言い、条件を満たしていれば、ゲーム内通貨のR(ロゼ)やMPを消費することで、様々な場所から場所へと転移することができるというものだった。


 現在は、ブレンディー大陸……今俺達が居る大陸の転移門の親機だけが活性状態で使用することができ、大陸中に散らばる子機の方はまだ不活性状態なので、今のままでは使用することができない。

 転移門を使うためには、最低でも親機と子機の2つが活性化していないと、意味を成さないみたいだ。

 もちろん、この大陸以外の大陸や列島群等に移動した場合は、またその地に眠っているアストラルトランスポートゲートの親機を活性化……正式稼動させる必要があるらしい。

 また、現在俺達がいるブレンディー大陸以外での場所のアストラルトランスポートゲートの親機を活性化すれば、親機同士を接続し、別大陸から別大陸への転移が可能となるみたいだ。

 

 子機の活性化は、様々な場所…各街や村、古代施設や洞窟、森や迷宮の入り口等にある、五角錐のオベリスクみたいなものに接触し、指定量のMPを込めることで、活性化させることができるようだ。

 また、明言はされていないが、各子機を最初に活性化したプレイヤーには、ちょっと嬉しい報酬があるみたいだ。

 いったいどんな報酬なのか、楽しみだ。


 それと、転移門の使い方は、活性化状態の親機か子機に直に接触し、転移場所を指定。

 転移に必要な対価として、指定された料金かMP、或いはその両方を支払うことで、転移が可能となる。

 ここで注目すべきことは、対価に支払うものが、RとMPとの混合でも良いという点だ。

 いざ転移しようとして、指定された料金が足りず、MPで支払おうにも足りないという時に、足りないもの同士を補い合うことのできるというのは、かなり嬉しいサービスだと言えるだろう。


 また、例え子機を誰かが活性化させたとしても、その子機の所まで直接行って、直に子機に触れて個人の魔力波形を登録しないと、転移することはできない仕様らしい。

 まぁ、他のプレイヤーが苦労して活性化させた転移門の子機を、何の努力もしてないプレイヤーが使えるとなると、完全な寄生プレイになるから、すごく納得できるけどな。


 そうしてメールの内容を確認した後、ふと顔を上げるとまだ他のメンバーはメールの内容の把握に努めてるようだったので、先程取得した称号の効果も読み込んでいく。


〔称号:再起させし者〕:眠りに付いていた先史文明の利器を再起動・正常稼動させ、再利用可能にした者の証。


効果:アーツ<リプート>が使用可能となる。


□  リプート:行動不能になる状態異常(麻痺・眠り・気絶等)に自身が掛かった場合、任意で発動が可能。

残存MPの半分を消費することによって、行動不能になる状態異常を即座に回復することができる。

また、この技を発動する時は、技名を肉声で唱える必要はなく、最大で3回までリキャストタイムを0にし、連続使用が可能となる。

但し、この技を自分以外に掛けることはできず、3回目のアーツ使用後には、必ず24時間のリキャストタイムが発生する。

消費MP:残存MPの50%  リキャストタイム:3回目のアーツ使用後に限り、24時間


 ふむ、肉声で唱える必要がないアーツか……。

 まぁ、行動不能になる状態異常が発生してる時に、理路整然と言葉を発するなんて、普通は出来ないから、助かると言えば助かるけど。

 効果が強い分、消費MPが大きく、自分以外に掛けることができないというマイナス補正が目立つな。

 だけど、ゲームバランスを考えれば、大きな効果には相応の反動があって然るべきということなのだろう。

 

 それに、使えるか使えないかで言えば、間違い無く使えるアーツなので、使いどころさえ間違わなければ、形勢を逆転できる一手になるかもしれないし、新たな保険が出来たと考えればいいかな。


 そうやって新たに取得した称号の効果を読み込み終わると、今までメールの内容に没頭(ぼっとう)していた他のメンバーが次々に顔を上げ、声を掛け合う。


「なるほど。つまり、このキークエストをクリアしなかった場合、街から街へと転移できなかったという訳ですか」


「まぁ、そういうことだろうね」


「運営も意地が悪いよね。転移位、別の街とかに行けたら、使わせてくれればいいのに」


「ですけど~、それでは~、一箇所から全く動かない寄生さんを~、擁護(ようご)することになりますから~、仕方無いのではないでしょうか~」


「だな。寄生プレイをして嬉しいのは、寄生する方だけだから、他のプレイヤーのモチベーションを考えれば、何かしら対策があって然るべきだと思うぞ」


「う~ん。そう言われると、確かにその通りかも……。ボクも寄生はされるのも、するのも嫌だし」


 そうやって他のメンバーと話合っていると、ふいにアリルから声が掛かる。


「さて、それじゃキークエストも無事終わったことだし、そろそろもう1つのクエストも終わらせちゃおうよ!」


「あー……そういえば、まだあったね」


「ですね。クエスト終了時間まで、まだたっぷりと時間はありますが、後顧(こうこ)(うれ)いを()つためにも、終わらせることにしましょうか」


「ですね~。賛成です~」


「だな」


 そうして、俺達は来た道を引き返し、ハイスペックなエレベーターに乗り込み、地下書庫へと戻って行った。


 因みに、ハイスペックなエレベーターに乗り込む時には既に、上層に開いていたドーナツ状の穴は(ふさ)がっており、重力抑制機構も停止していた。

 また、地下書庫に俺達全員が戻ると、地下書庫から続いていた階段は跡形も無く、元の床へと戻り、大きな黒い書架も元の場所へと戻っていった。




 ◇◇◇




 地下書庫へと戻った俺達は、念のため、汎用魔法が報酬のクエスト詳細を確認後、恨みっこ無しのジャンケンをして、係りの人を呼びに行く者を選んだ。

 因みに、負けたのはリーゼリアだった。


 そして現在、係りの人のチェックを受け終わり、クエストの成否の判定が下されるところだ。

 もっとも、クエスト詳細を再度確認し、依頼状況の返却率も整頓率も共に100%だったから、不合格なんてことは無いだろうけどな。


「確認できました。全ての資料本はきちんと整頓されていますね。特に問題は無いと思いますので、依頼達成とさせて頂きます。お疲れ様でした。それでは…………こちらが今回の依頼の報酬となります。ご確認後、防犯上、横流しや売却、強奪等を防ぐためにも、お渡ししたこの場で習得をお願いします」


 そう言って渡された袋の中を見ると、エメラルドカットされた緑色の結晶と楕円形型の所々濃淡のある黒い結晶が、それぞれ5つずつ入っていた。


【製作者:グレイス】

消耗アイテム  汎用魔法習得結晶・風:古代文明の術式をスキル習得結晶に転写した、特定技能習得結晶の一つ。使用することで、使用者は風属性汎用魔法を習得することができる。


【製作者:グレイス】

消耗アイテム  汎用魔法習得結晶・影:古代文明の術式をスキル習得結晶に転写した、特定技能習得結晶の一つ。使用することで、使用者は影属性汎用魔法を習得することができる。


 俺は確認後、その場で袋を開け、中に入っていた結晶を全員に配り、そして係りの人が見ている前で一斉に汎用魔法を習得していった。


『これまでの行動により、スキル〔汎用魔法(風)〕、スキル〔汎用魔法(影)〕を習得しました。既に同種のスキルが存在するため、スキル〔汎用魔法(風)〕とスキル〔汎用魔法(影)〕は、スキル〔汎用魔法〕に統合されます』


 無事に汎用魔法を習得すると、ふいに懐かしい音とインフォメーションが流れる。


『ピロン! パパーン♪ コンプリートボーナス〔スキル:汎用魔法(無)〕を取得しました。既に同種のスキルが存在するため、スキル〔汎用魔法(無)〕はスキル〔汎用魔法〕に統合されます』


「はい、結構です。どうやら問題無く習得できたようですね。おめでとうございます」


「ありがとうございます。ところで……グレイスさんからは、街役場が管理している汎用魔法は、悪用される可能性があると聞いたんですが、どう使うと悪用ということになるんでしょうか? 知らずに使って、捕まったりするのは避けたいので、できれば教えてもらいたいんですが……。どうでしょうか?」


「なるほど。確かに一理ありますね。分かりました。では、今し方習得された汎用魔法の効果とその悪用例をお話しましょう。但しコレは、悪用を阻止するための説明ですので、くれぐれも別の方向からの参考にして、悪用することが無いようにお願いします。……よろしいですね?」


「「「「「はい」」」」」


「ではまず、先程習得された汎用魔法についてお話します。風属性汎用魔法【プロヴァイドエア】には、使用後一定時間、使用された者に新鮮な空気を送り続ける効果があり、影属性汎用魔法【シャドーロッジ】には、指定した影を入り口に、影の中に簡易宿泊施設を作り出す効果があります」


「使用された者に、新鮮な空気を、送り続ける? それって、何の意味が……?」


「影の中に、宿泊施設、ですか? ……なるほど、確かに使う者によっては良くないことですね」


「お気付きになられましたか。さすがは、グレイス様が認めた方なだけはありますね。それでは順に説明しますね。風属性汎用魔法【プロヴァイドエア】は、私達の見解では、元は水中や危険地帯での採取・採掘を安全に行うために生み出された魔法であると、考えられています」


「水中や、危険地帯を、安全にですか?」


「はい。(ゆえ)に、危険でもあるのです。通常では呼吸ができない場所での採取・採掘を可能とするならば、そのような場所を擬似的に作り出し、自身は安全を確保しつつも、他者だけを害することができるようにもできてしまいます。例えば……自分には【プロヴァイドエア】を掛け、その場で毒を散布する、とか」


「……あ」


「なるほど。」


「確かに~、使いようによっては~、危ないですね~」


「ご理解頂けて、嬉しい限りです。次に、影属性汎用魔法【シャドーロッジ】についてお話ししましょう。私達の見解としましては、明確な安全地帯が存在しない迷宮(ダンジョン)内で、安全に休むために生み出された魔法であると、考えられています」


「あの、ちょっと待って下さい。今、明確な安全地帯が迷宮に無いって言いませんでしたか?」


「言いましたが、それが?」


「…………うぇえええええ!? え? え?! ほ、本当に迷宮内って安全地帯って無いの?」


「はい。現在発見されている段階迷宮・迷宮共に、明確な安全地帯の発見の報告は上がってませんね」


「って、ことは……迷宮内で休んでいると、最悪の場合、休んでいるその場にモンスターが現れるって、こと?」


「そうなりますね」


「うわぁ……それは、酷い」


「場合によっては、即全滅もありえますね」


「はい。ですので、それらを回避し、安全に休むために、影属性汎用魔法【シャドーロッジ】があるのだと思います」


「でも、だとしたら、安全に休むための簡易宿泊施設を作り出すだけなら、悪用なんてできないんじゃないの? ただ安全に休むだけなんて、使い方は1つしかないんだし」


「いや、そうでもないぞ。よく考えてみれば分かると思うが、影の中に入って安全に休むってことは、人知れず、安全に他者を待ち伏せできるってことになるんだ。もっとも、魔法を探知する魔法や魔力の流れなんかを見ることができるスキルとかを持っていれば、話は別だろうけどな」


「あぁ! 言われてみれば、その通りですね。影の中に入っていれば、普通は見えないから、不意打ちし放題っという訳ですね」


「それに付け加えますと、街や村等に入れない犯罪者の安全な(ねぐら)にもなり得ますから、犯罪増加にも繋がってしまいます」


「なるほど。本当に使い方次第では、危なくなるんですね。よく分かりました」


「ご理解頂き、ありがとうございます。さて、こちらからお話することは以上となりますが、何か他に質問等はありませんか?」


 俺達は互いに目配せをしつつ、パーティチャットで話し、質問があるかの確認をする。

 すると、アリルが聞きたいことがあるということで、アリルから係りの女性へと質問が投げ掛けられる。 


「それじゃ、私からいいですか?」


「どうぞ」


「既にこの街役場で管理してる汎用魔法を習得した後なので聞いちゃいますけど、結局汎用魔法を習得するために行った審査って、何を基準にして行っていたんですか?」


「質問を質問で返すようで悪いのですが、どうしてソレを?」


「いや、その~……ぶっちゃけ私達異邦人って、全体的にかなり嫉妬深かったりするんですよ。もちろん全員が、という訳ではないんですけどね。それで、ですね。既に習得している汎用魔法を使えば、自然と目に付いちゃって。そうするとどうしても、ソレは何だ? とか、どうやって習得するのかって聞かれちゃうんですよ。その時にどう答えて良いか分からないので、その参考にでもと、思いまして」


「なるほど。そういうことですか。分かりました。それなら、審査の基準をお教えしますよ。例え、審査の基準が分かっていたとしても、審査の結果に響くことはありませんから」


「えっと……それはどういう……?」


「簡単に言いますと、審査の基準は3つあります。それは、私の質問に対して、嘘・偽りなく、本当のことを答えることと、この街にどれだけ貢献(こうけん)したかということと、このディパートに限ってですが、信頼できる有力者から、信用できると判断されることです」


「ふむふむ。つまり、審査員の人の質問に正直に答えること、この街でどれだけクエストを消化したかということ、信頼できる有力者から信用を得ているかどうかの、3つですね」


「そうなりますね」


「その有力者というのは、聞いても?」


「はい。この街で先程上げた有力者は全部で7人の方達がいます。まず、この街を治めている現領主様のゴンザレス様。現兵士ギルドギルド長を務めている、パルシェナ様。現調合ギルドギルド長を務めている、アメリア様。このディパートの街にある教会の教区長を務めている、ルドルフ様。現在このディパート唯一の複写師を務めている、ビーン様。現在獣魔屋を開いている、ランドル様。そして、現在東の森で隠居しつつ、様々な事象の研究をしている、グレイス様の7人となっています」


 うわぉ! 知らなかったとはいえ、俺ってその有力者7人の内の過半数に当たる4人と、既に会ってることになるのか……。

 偶然って、すごいな。


「なるほど。結構って言っていいのか分からないけど、会う機会は多そうですね。でも、信用ってそうそう得られるものじゃないと思うんですけど、そもそも信用って、何の信用ですか?」


「それは、その人の人柄や性格、性根といったものを見て、少なくともココで管理している、風と影属性の汎用魔法を悪用したりしないかの信用、ですね」


「う~ん…………言われてみれば、納得の信用の種類でしたね。そもそも悪用されないために管理してたんですし」


「お分かりなられましたか?」


「はい。そのことについては分かりました。なので、最後に1つ聞いていいですか?」


「何でしょう?」


「有力者からの信用を得ようにも、私達異邦人の数はかなり多いんですけど、この情報が出回ったりしたら、大変なことになりませんか? それこそ異邦人が大勢押し掛けたりして、逆に迷惑を掛けるんじゃ……?」


「その可能性は否めませんが、有力者の皆様は百戦錬磨の猛者揃いですので、どうにかなるかと思います。それに、有力者方達の信用を得る以外に、その条件を満たすための制度がありますので、多少は負担も軽減されるはずです」


「制度、ですか? それってどんな?」


「それは、私が認めた方達……つまり、審査を合格し、風と影の汎用魔法を習得したあなた方に、紹介という形で信用の保障を行うというものです」


「え~っと、それって私達が有力者の代わりをするってこと、ですか?」


「そういうことになりますが、紹介できる回数は制限させて頂きます。…………こちらのカードを手に取ってみて下さい」


 そう係りの人が言いながら、俺達に赤いカードを渡してくる。


「あっ!」


「色が……」


 そして、俺達がカードを手に取った瞬間、カードの色が変わる。

 俺を除く4人は赤色から橙色へ、俺は赤色から青色へと変わった。


「そのカードは先程述べた有力者7名に加え、私が認めた方々の信用の数に応じて色が変わる仕組みとなっています。私だけなら、赤色。2人なら橙色、3人なら黄色、4人なら緑色、5人なら青色、6人なら藍色、7人なら紫色、8人全てなら虹色に。そして、そのカードが変わった色に応じて、紹介の回数が決定します。リオンさんは青色ですので紹介数は5回。その他の方々は橙色ですので、2回までになりますね。あ、それとこのカードは信用の数を計るだけの物ですので、この場で返却をお願いします。代わりに、紹介状に相当する割符を色に応じた数だけ、お渡ししますので」


 そう係りの人は言いつつ、俺達に渡したカードを回収しながら、そのカードの色に応じた数の割符を渡していく。

 因みに、割符はこんなのだ。


【製作者:ビーン】

証明アイテム  信用の割符〔ディパート〕:ディパートの街役場で管理している、汎用魔法を習得する審査の条件の1つをクリアするための証明書兼、紹介状。ローン属性が付与されており、所有者が真に渡したい者以外に与えることができず、また所有者がどのような状態・状況でも強奪されたり、紛失することがない。

但し、所有者が1度他者へ渡すと、渡された者は正規の使用以外のことはできず、また別の誰かに譲渡することもできない。


「おおー……。確かに割符(コレ)があれば、有力者さんの負担は減らせそうだね」


「だな。それに、このアイテムを渡した相手が審査に合格すれば、(ねずみ)算式に増えていくだろうから、合格者が増えれば増える程、有力者達の負担が減る計算になるな」


「ですね。しかし、このアイテムを持っていることがバレると、粘着してくるプレイヤーもいそうですから、渡す時は注意しなければいけませんね」


「渡すなら~、こっそりと~、ですね~」


「だね! ……あ、そういえばこの割符を渡した人がもしも悪用したりしたら、どうなるのかな? 何かペナルティとかあったりする?」


「いえ、特にそういったものはありませんが……。強いて言うなら、割符の元の持ち主の見る目がなかったと思われる程度ですかね」


「むむむ。ソレはソレで何か嫌だけど、まぁ仕方無いかな?」


「ですね。さすがに習得した後、どういった心境の変化起きるか分かりませんから、そこまで面倒は見られませんよ」


「ですです~」


「それじゃ、もう聞くことが無ければ、そろそろお(いとま)しないか? 今の今まで忘れてたけど、もう深夜の2時を回っているし、係りの人も疲れているだろうしさ」


「いえ、職務とあらばこの位、大丈夫ですよ。ですが、そのお気遣いはありがたく頂いて置きますね」


 俺が係りの人を出汁(だし)にそんなことを言うと、係りの女性は気丈に振る舞うように、両腕を胸の前で(かか)げ、元気元気といったポーズをした後、最初の印象を払拭(ふっしょく)するかのような、優しい笑顔を見せる。


「あー……もう、そんな時間なんだね」


「確かに、コレ以上聞くことが無ければ、迷惑になりますね。何か聞きたい人はいますか?」


 リーゼリアが俺達の方を見ながらそう尋ねるが、その声に答える者はおらず、皆一様に首を横に振り、聞きたいことが無いことを示す。


「無いみたいですね。それでは、お暇しましょうか。えっと……」


「シャーリーです」


「シャーリーさん。長い間お付き合い下さって、ありがとうございました」


「いえいえ、これも私のお仕事ですので。また何かあれば、気軽に尋ねに来て下さい」


「ありがとうございます。それでは、失礼します。おやすみなさい」


「失礼します」


「ありがとうございましたー!」


「何かあった時はまた、お願いしまーす。お疲れ様でしたー!」


「おやすみさないです~」


『ばいばーい!』


「キュゥゥゥーウー!」


「はい。お疲れ様でした。おやすみなさい」


 そうして、俺達は口々に別れの挨拶(あいさつ)をし、街役場から出て行った。




 ◇◇◇




 街役場の玄関口から出ると、ふいにインフォメーションが流れた。


『ピロリン♪ 霊脈式転移機構から出たことにより、ゲスト権限が報酬へと変わり、付与されました。クエスト報酬:アストラルトランスポートゲートフリーパスライセンス(ブレンディー大陸)×1を入手しました』


 ああ、そういえば報酬は後で付与されるとか言っていたっけ。

 だけど、まさかゲスト権限が報酬に変わるだなんて思わなかったな。

 まぁ、キークエストが終わった今となっては、一プレイヤーが所持しているには過ぎた権限ではあるから、仕方が無いことなのだろう。

 名前から察するに、この大陸内での転移門の使用料を無料にするとかかな?


 そうやって聞こえて来たインフォメーションについて考えていると、ふいにアリルが全員に声を掛ける。


「あ、そうだ! ねぇね、この中で眠たい人っている?」


「? いえ、私は大丈夫ですよ」


「ボクも平気だね」


「私も~、まだ眠くは無いですね~」


「お兄ちゃんは?」


「俺もまだ大丈夫だけど……何でそんなことを聞くんだ?」


「んっふっふー。それはねー……これから今回のキークエストの打ち上げをしようと思ったからなのです!」


「は? 打ち上げ?」


「そそ。せっかく皆で大きなクエストをクリアしたんだから、その記念にね」


「あ、いいねソレ!」


「良い思い出になりそうですし、私もその案に賛成です」


「確かに~、この機会を逃すと~、祝い辛くなりますし~、良いのではないですか~」


「んー……まぁ、そういうことなら」


「そうでしょ、そうでしょ? あ、もちろん支払いは、お兄ちゃん持ちだからね!」


「って、なんでだよ!? …………まさか、あの地下墓地脱出レースの時に言ってた事って本気だったのか!?」


 唐突に告げられるアリルからの言葉に最初は突っ込みを入れるが、そういえば今日……正確には昨日の夕方頃、ビリの人は全員に何かを(おご)るという()けレースをしたことを思い出す。


「イーエースゥ! オフコース! 冗談であんなこと言わないよ? それに、お兄ちゃん言ってたよね?」


「な、何をだ?」


「交渉の時に、今は懐がある程度潤ってて、お金はいらないって」


「た、確かに言ったけど……」


「なら、懐が(さみ)しい時よりも、ある程度潤ってる時に(おご)る方が断然良いよね!」


「もう、奢ることが前提になってるだと!?」


 俺はアリルの言葉に、もう後が無いことを悟り、最後の抵抗を試みる。


「で、でもさ。ゲーム内だと無制限に食べることができたりするんじゃないか? それなら、懐が潤っていようがいまいが、関係無くないか?」


 俺がそう質問すると、アリルはその質問が来ることが分かっていたのか、落ち着いた様子で妙ににこやかな笑顔で答える。


「それが不思議な事にね。個人差はあるにせよ、ちゃんと食べられる量に限界があるんだよ。だから、安心して打ち上げ代を払ってくれればいいよ♪」


 アリルの答えにより、俺のささやかな抵抗は無に帰し、俺の退路は完全に絶たれた状態になった。


「リオンさん、ゴチになります!」


「リオンさん、ご馳走様です♪」


「リオンさん~、ありがとうございます~♪」


 そして、今まで俺とアリルの問答を静観していたリーゼリア達も、ここが攻め時と考えたのか、アリルを援護するような事を言い、俺が奢るということを強引に確定付けさせてくる。


「っく、おまえ等まで~~…………っ。あーもぅ! 分かった、奢るよ! 奢ればいいんだろ!」


「やったー!」


「さすが、お兄ちゃん! 見事な英断だよ!」


「それでは、打ち上げ場所は何処にしましょうか?」


「それなら~、やっぱり~、ケーキが美味しい~、トワイライトですよ~♪」


「だね! 賛成!」


「それじゃ、トワイライトに向けてしゅっぱーつ! ほらほら、お兄ちゃん。そんなに(むく)れてないで、早く行こうよ! 今夜は楽しい、ケーキパーティだよ!」


「…………はぁ。そりゃアリル達は俺の奢りだからだろうが」


「うん♪ 他の人のお金で食べるケーキは、とっても美味しいって言うしね!」


「ったく。しょうがないなぁ」


 そうして、俺はアリルの言動の本気具合を見破れなかった、過去の自分を呪いつつも、ある程度の踏ん切りを付け、アリル達の後を追うように、打ち上げ会場に決定したトワイライトへと歩き出して行った。

 その道中、少しでも気を(まぎ)らわそうと、気配感知で人にぶつからないようにしながら、先程習得した汎用魔法とキークエストの報酬で入手したアイテムの鑑定と内容を読み込んでいった。


〔風属性汎用魔法:プロヴァイドエア〕:指定した者に、継続して新鮮な空気を供給し続ける、汎用魔法。

この魔法の持続時間はINT・MID・DEX・LUK の値に依存する。

また、この魔法の持続時間が残っていたとしても、使用者の任意で魔法を解くことが可能。

但し、水中等で息をすることは可能だが、プロヴァイドエアを掛けた同士での会話は、することはできない。

消費MP:10  リキャストタイム:3秒


〔影属性汎用魔法:シャドーロッジ〕:指定した影を入り口に、影の中に簡易宿泊施設を作り出す、汎用魔法。

この魔法により生み出された宿泊施設の大きさは、使用者のINT・MID・DEX・LUK の値に依存する。

影の中は簡易的なセーフティエリアと同じ扱いになるが、使用者と使用者の契約相手(調教獣・獣魔・召喚獣等)や使用者のフレンドしか入ることができない。

また、使用してから1時間経過毎に、自動でMPを5吸収し、MPの供給が止まるか、使用者が任意で効果を解かない限り、効果は持続する。

消費MP:10  リキャストタイム:3秒


〔無属性汎用魔法:クリエイトテイブルウェア〕:魔力を収束・物質化し、食器類を生み出す、汎用魔法。

生み出す食器類は、使用者のイメージによって物質化することができるが、イメージが曖昧(あいまい)であると失敗することがある。

食器類を生み出す時、魔法名の後、生み出す食器類の名称を唱えると、失敗し辛くなる。

また、生み出した食器類は任意で消すことが可能。

生み出す食器類の大きさや色、質感や重さにより消費MPは変動し、最大物質化時間は、INT・MID・DEX・LUK の値に依存する。

但し、生み出された食器類はあくまでも食事道具であるため、食事以外の用途に用いると、1度で消滅するので、注意する必要がある。

消費MP:物質化の種類や大きさ、色、質感、重さにより変動  リキャストタイム:1秒


証明アイテム  アストラルトランスポートゲートフリーパスライセンス(ブレンディー大陸):ブレンディー大陸内にある転移門を使用する時に掛かる対価を0にして、転移門を使用できるようになる特別許可証。

ブレンディー大陸から他の大陸へ渡る時や、他の大陸からブレンディー大陸に渡る時の対価が半減し、また、他の大陸等で転移門を使用する時に掛かる対価が、通常の対価の1/3になる権限を有する。

※ このアイテムは個人に付与されているため、バインド属性と同じ効果を持つ。


 ふむ、風や影の汎用魔法については、シャーリーさんから粗方(あらかた)聞いていたから分かるけど、このコンプリートボーナスで取得した無属性の汎用魔法はちょっと使ってみないことには分かりそうにない。

 確か、シャーリーさんが言うには、街の中で他者に害を成す攻性魔法等でなければ、魔法の使用の禁止は無いらしいし、ここでちょっと使ってみようかな。

 詠唱破棄のおかげで、詠唱すること無く魔法が使えるし、生み出す場所を(そで)の中の(てのひら)に指定すれば、他の人の目にも付かないから、無用な注目も集めることも無いだろうしな。


 ……よし、いっちょやってみるか。

 さて、何を作るか……だけど。

 フォークじゃ刺さった時に危ないし、ナイフだと切れる可能性があるな。

 だったら、スプーンにして置くかな。


 そう考え、俺は装備スキルを入れ替えた後、(ささや)くような小さな声で魔法を唱える。


「(クリエイトテイブルウェア・スプーン)」


 すると、生み出す場所に指定した袖の中の掌に硬くて細長い、先が丸くなっているスプーンのような感触の物が現れる。

 袖から手を出し、改めて出現した物を見てみると、そこには青白い色をした半透明のティースプーンが存在していた。

 なるほど、大きさや色、質感や重さを指定しないとこういう風になるのか。

 食事以外の用途に使うと1度で消滅するってあったけど、一応鑑定してみるとしよう。

 新しい事が、何か分かるかもしれないしな。


道具アイテム:食器  名称:マテリアライズスプーン  ランク:1  強化上限回数:―


ATK1  要求STR:-  耐久値:食事に用いる限り∞


説明:魔力を収束し物質化して生み出されたスプーン。食事に関する事柄に使用される限り、どんなことをしても壊れることはないが、食事以外の用途に使われた場合、1度で消滅する特性を持つ。


 …………ほほう。

 食事以外の用途で使用された場合、1度で消滅するが、攻撃力はあるのか。

 ということは、使い捨ての投擲武器として使える可能性があるな。

 さすがに、ATK1じゃ今の俺のレベル帯の敵には効きそうにないけど、草原にいるモンスター相手なら、今の俺のステータスでごり押しすれば、倒せる……はず。

 

 ならやる事は決まったな。

 地下墓地で入手した称号と同種の称号を得るために、草原のモンスターを狩る予定だったし、その時にでも試してみるとしよう。

 うまくいけば、新しいアーツか魔法を習得できるかもしれないしな。


 そうやって今後のことを考えていると、前方12~3m先からアリルが声を掛けて来る。


「ちょっと、お兄ちゃん? 何してるのー? 置いて行っちゃうよー? 早く早くー!」


 どうやら、気配感知で人に衝突することは無かったが、考え事のせいで歩行速度が大分落ちたようだ。


『あー……悪い。考え事してた。今行くよ』


 俺は深夜とは言え、人通りの多い場所で大声を上げることに躊躇(ちゅうちょ)し、念話を使ってアリルに返事をして、離れていた距離を早足で縮め、アリル達と共に移動して行く。

 

 打ち上げが楽しみなのか、それとも人の金で好き放題食べられるケーキが楽しみなのか、アリル達は表情は一様に明るい。

 もしかしたら、既にナチュラルハイのような状態になってるのかもしれないな。

 今夜は騒がしくも長い一夜になりそうだと思いつつも、だんだんと近付いて来るトワイライトの看板を見つめ、せっかくの機会なんだし、親交を深めるつもりで楽しんでみるのもいいかなと思い直すのだった。


 因みに、打ち上げは最初、今回のキークエストの反省会兼、慰労会だったが、次第に話す内容が変わっていき、最終的には知っているとちょっとお得な情報交換会となった。

 内容は、何処にいけば、どういうアイテムが取れるとか、どうやって倒すとドロップアイテムがどう変わるかや、スキルのレベルを上げるには、そのスキルにあった方法を実践することで、レベルの上がり方が早くなる等々……。

 今まで知らなかったこと、知っていたこと、様々な情報が行き()った。


 そして、ナチュラルハイゆえの高テンションと、太ることを気にせず満足するまで食べられる美味しいケーキ三昧(ざんまい)と、ワイワイと騒がしくも楽しげな雰囲気により、結局、朝の7時まで打ち上げという名の交流会は続き、5人+シエル+ネロの7人? 分で、合計84700Rも出す羽目になったのであった。


 所持金:582163R⇒497463R



ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

この話で、本編の第4章が終了となります。


いかがでしたでしょうか?


この第4章を構想した時点で、絶対長くなると思ってましたが、ここまで長くなるとは予想できませんでした。

実際、他の章にある1話の文字数よりもかなり、長くなってますし。

何故こんなに長くなってしまったのでしょうか?

不思議でなりません!


尚、落下速度と物体の重さは関係ありません。

自由落下の公式 v=gt、y=(1/2)gt^2

に質量の項目はありませんので。


それでは、またExtra Locusか第5章で。


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