赤い、シルエット
早いですけど、そろそろ最後になってくるかと思います。詰まらないラストになってしまうと思いますんで、そこはすみません。
「誰からやる?」
「みんなでやればいいじゃん」
和義が言った言葉に、僕は即答する。
「いや、何か嫌だ。苛めみたいだからな。俺は一対一が好きなんだ」
「それが隙でもあるよね。多分、あれはそんなに生易しいものじゃないよ」
また僕が言う。うまいこと言ったなぁ。内心、自分を誉めてやる。
周りのみんな、つまり女子二人はすでに戦闘体勢に入っている。
僕達二人は、強大な敵を目の前に雑談しているだけ、普通の人にはそう見えるだろう。
もう、「仕込み」は終わった。ここから一気に叩く。
和義はただ雑談していただけかも知れないが。
「じゃあ、そろそろやりますか」
そう言って僕は、空を見上げる。何も変わらない、灰色の空。
雲ではなく、空がそういう色になっている。まるで、世界が終わったような。
「こんな世界、気味悪いしね」
空は青いモノ。こんなのは、空じゃない。
「そうするか。じゃあ、一番は俺から……」
「いや、だから」
僕達がそんな会話をしている間に、千夢はゴブリンに向かって歩き出す。
ゴブリンは、緑に染まっているその目で自分に近づいてきた人間の姿を捉える。
一歩一歩、距離は縮まっていく。
「千夢?」
僕が呼んでも、返事はない。
一定の距離を保った状態で静かに、右腕をゴブリンの方向に向けると
「打撃」
静かにそう呟いた。
すると、ゴブリンの頭が何者かによって殴られたように、身体が大きく後ろへ仰け反った。
遠距離による打撃、という表現が正しいだろうか。よく分からない。
勿論ゴブリンもずっとそのままにしているのではなく、そのダメージが千夢によるものだと分かると、高速で千夢に突進する。
千夢は技の反動なのか、動こうとしない。あるいは何かを狙っているのか。
「僕はあの突進を止めるから、和義くんはその隙にでかいのお願い!」
和義がコクンと頷くのを見ると、僕は駆け出す。勿論、間に合うわけがない。
でも、間に合う必要はない。
ゴブリンがビックナイフを千夢に突き出した時
「シールド・ソング」
そう呟いて鈴を鳴らす。
何も言わずに鈴を鳴らしても、何も起こらない。「曲名」を言わないと。
鈴の音が辺りに響く。まるで空間そのものに響いているような、そんな音だ。
鳴り終わるまでに掛かる時間は一秒にも満たない。
だが、僕にはその時間はとても長い。
この音は、僕にしか聞けない音。
鈴が奏でる、曲。
その終わりを迎えると同時に、千夢の周りに見えない結界が張られる。
それが、ゴブリンのナイフを弾く。
「ビースト・ショット」
後ろから小さな声。
体勢を崩されたゴブリンは、小さな身体の側面に大きな衝撃を与えられ、堪らず吹き飛ぶ。
道端に転がっていたゴミを撒き散らし、廃墟のビルの壁を突き破り、中に入る。
「よし、力は使えるようだな」
和義の言葉を背に、僕はゴブリンが入ったビルへと駆け出す。
「大丈夫?」
と立ったままの千夢に聞くと
「助けてって言ってな……」
そんな答えが返ってきたので、僕は速度を上げた。
道はゴブリンが吹き飛んだお陰で、障害物は何もなく、楽にビルに入れる。道の両端は勿論ゴミ。
突き破られた壁から侵入する。
ゴブリンはどこかへと消え、中は何もない、ただの空き部屋。
建物の中にはゴミはなく、割と綺麗だ。
ここ、どこかで見たような……
「おい、何ボーッとしてる! 上だ!」
そんな僕の思考は和義の大声によって打ち消される。
和義の言葉に従って上を見上げると、ナイフを天井に刺して、張り付いていた。
「嘘だろ……」
自然と口から言葉が漏れた。
ゴブリンはナイフを抜き、そのまま僕の頭上へ落下してくる。
「シールド……」
勿論、そんな言葉を発する暇はない。ゴブリンのナイフが頭に突き刺さる寸前で、僕は飛び退いた。
今まで僕がいた場所に鋭いナイフが刺さる。
危ない……なんで僕が命懸けで戦わないといけないんだよ!
心の中で愚痴を溢す。
だが、この化け物を倒さないとあの世界に戻れないのだから、仕方がない。
まあ、それでも戻れない可能性はあるから、さっき仕掛けたのだが。
ゴブリンよりも一瞬早く僕は立ち上がる。
「ショック・ソング!」
曲名を叫び、鈴を少し乱暴に振る。
この曲は嫌いだ……耳鳴りに近い音が、僕の耳に届く。
曲も一秒もない。だが、僕には確実に一秒以上、この曲が鳴ることになる。
ふっと、耳鳴りが消える。
と、立ち上がりかけていたゴブリンの身体は僕の音の効果によって吹き飛ばされる。
だが、さっきより強いものではなく、壁を貫通することなく、ゴブリンは少し壁に埋め込まれた状態で、停止した。
……動かない。気絶しているのか、死んだのか。
とりあえず、乱れた呼吸を調える。
それにしても、士野が言っていた言葉が気になる。
怪物と戦うと言っていた。これは生きているのか、士野が作り出した生物か、どちらか分からない。
もし、これが、命があるとしたら
もし、今、死にかけているとしたら
もし、これから死に行く未来を辿ることになるとしたら
「はぁ……はぁ……」
さっき調えた呼吸が、再び乱れ始める。
違う、そう自分に言い聞かせる。
脳が意識をシャットアウトさせようと働く。
駄目だ、まだ駄目なんだ。
足は震えだし、まともに立つことすら難しくなってくる。
「おい、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
尋常ではない僕の様子を心配したのか、和義が声を掛けてくる。
だが、返事をすることはできない。
今、ゴブリンを視界に入れていても何の変化も見られない。
だが、もうしばらくしたら変化が現れるかも知れない。
膝に手をつき、それでもゴブリンを双眸で捉える。
今、僕の目は蒼くなっているんだろうか。
でも、そんなことは気にしていられない。
「本当に大丈夫か? 待ってろ、今、俺が殺ってくるから」
僕にそう言うと、和義は歩き出した。
距離は少しずつ狭まっていく。
一歩、一歩、確実に。
そして、和義がゴブリンの目の前に来た時、ゴブリンの青い目が、薄く開いた。
そして、赤い影となって揺れた。
ノイズが入ったように、揺れた。
それは、死神の予言。
この世で一番、正確な予言。
駄目だ、もう声は出なかった。
たった三文字、それすらも出なかった。
和義は、ゴブリンの胸に手を当て
「ビースト・ショック」
命が、また消えた。
それと同時に大きく鈴の音。
気がつけば、もうそこはビルの中だった。
確実にこの世界に帰って来たんだろう。
だが、外の景色は前まであったものではない。
空が暗く、ビルが倒壊し、人々は泣き叫んでいる。
「…………」
あそこで時空移動の音を使ってよかった。
士野が、この世界を壊し始めた。
その事実を理解しても、僕は動くことができなかった。
世界が、暗転した。
僕の精神が、限界を迎えたんだろう。
世界が壊れる、一時間前のこと。