晴天の日曜日
場面コロコロ変わりますね。この小説。はい、申し訳なく思います。
一歩一歩、ゆっくりと緑の大地を踏みしめて、前に進む。
何歩進んでも、同じような景色ばかりが続く。
薙ぎ倒された木、荒れた地面。
あれから何時間経っただろうか。それは分からない。
「寿さんとは、すっかりはぐれたな。」
僕の怒りはとっくに収まっていた。時間は簡単に僕の怒りを静めた。
そもそも、なぜあんなにも怒っていたのか分からない。
空はオレンジ。日が暮れるまでには犯人を見つけよう。
そう考えて歩く。
***
「…………」
和義は出会った。
大人と大差ない身体から、丸い触手が何本も伸び、足は枝のように細い。
手はなく、人間でいう頭の部分には黒い玉。側面に大量に触手が付いているため、手はない。
異質、その言葉がとても似合う化け物だった。
人間ではない足跡はこの化け物のものだった。
和義が足跡を辿って歩いた先にいたのは木を触手で薙ぎ倒す化け物の姿。
全身黒く、気味の悪いその姿に身震いしたが、その思いを抑え、戦った。
結果、惨敗。
そもそも、能力を使えない普通の人間が素手で勝てるわけがない。
和義がそれを知ったのは、数時間前のこと。
そして今は、その化け物から逃げて、戦ってを繰り返している。
「自分から喧嘩吹っ掛けときながら、情けねぇな。」
小声で呟く。
木は細いので、隠れることができず、川は底まで透けとおるほど透明。隠れられるわけがない。
左腕は力なくだらりとぶら下がり、指から赤い滴が滴る。
あの化け物とは距離がある。あちらのほうは交戦意識がないようで、追い討ちを仕掛けてはこない。
仕方なく、その場から退散した。
だが、このまま引き下がる気はない。腕が回復し次第、もう一度殺りに行く。
回復能力のほうは使えるようで、白い煙が傷口から出ると、すぐにその部分は回復した。
「よし、第二十三ラウンドだ。」
和義は立ち上がる。
が、一回の爆発音が起きた後、遠くからでも見えるほど無数にあった触手は、一本残らずなくなっていた。
***
「こんなに強かったっけ?」
目の前にいた気持ちの悪い化け物は、たった一撃で吹き飛んだ。
どうしてこんなにも楽に力が出せるのかか不思議だ。こういう空間なのか。ここは。
爆発後の砂煙が風に流されていく。その中にあるのは、月明かりで赤く輝くビー玉サイズの玉。
僕はそれをすぐに拾い上げると、ポケットに突っ込む。そして全速力で駆け出した。
理由は、誰かいるから。
千夢か、青髪の人か、どちらかは分からない。ただ、どちらにしても面倒そうだから逃げた。
その途中、地面に膝を抱えて座る小さな少女を見つける。赤髪の。
人間は、ここには四人しかいない。
中学生少女と、荒っぽい少年と、僕と、もう一人の少女。
この少女が誰か、顔を見なくても分かる。そもそも髪が赤かったらここじゃなくても分かる。
膝を抱えたまま、少女は上目遣いでこちらを眺めてくる。少し震えているようだ。
目が合った。
茶色く濁った大きな瞳。
「……やあ、奇遇だね。じゃあね。」
そう言ってさっさと横を通り過ぎようとした時
「待って」
少女が呼び止めた。
それは、今までで聞いたことのないような、怯えた声。
まだ出会って三日も経っていないが。
「ここ……どこ……」
その声は徐々に涙声変わっていった。
この時に、七つの赤い玉が揃った。
一瞬、目の前が眩む。
「……え?」
もう次の瞬間には、始めの部屋に戻っていた。
さっきまで、森の中にいたはずだ。疲労も空腹もそのまま残っている。
夜だったはずなのに、窓からは日が差している。自分の電源オフにしていたスマートフォンを起動させ、時刻を確認すると、午前十時。
座っている席は、出発前と一緒。
青髪の少年はいない、この場にいるのは一香と、千夢のみ。
士野は、僕から見て左端の席、つまり出発前の席に座ってニヤニヤしていた。
目の前で千夢の目に涙が溜めながら俯いているのを見ると、どうやら夢ではないみたいだ。
「ふぅ……」
終わったのか……
「どうだった? 二日の大冒険は。三日じゃなくて残念でした。」
士野がニヤニヤしながら聞いてくる。
「大冒険というほどでもなかったでしょ。まあ……最悪だったね。」
僕はうんざりと答える。
「ふ……そうだろうね。まあ、ここでは一切時間が経ってないから、僕は一秒も待ってないんだけどね」
士野がニヤニヤしながら言う。
「時間が経ってない? じゃあなんで二日って……」
「まあ、それは置いといて。景品、何がいい?」
士野はニヤニヤするのを止め、普通の表情に戻る。
「景品って……ああ、千夢が五個集めてたのか。だから僕の集めた玉と共鳴して?」
さりげなく士野に聞いてみたが
「そんなことより景品景品。ほら早く」
急かすだけで質問には答えてくれない。多分合っていると思うが。
千夢は現状を把握できたみたいだが、一香はしていないようだ。
というより机に突っ伏して寝ている。
「私は、別に何も……」
「本当に?」
士野は鼻の頭が当たりそうになるくらいまで顔を近づける。
「ほ、ほんとうに……」
千夢は焦っているのか、言葉が小さくなっていく。
まだ目に涙が溜まっていて、今にも泣き出しそうだ。
「じゃあ僕に五つ、頂戴。使わせてもらうから。」
という僕。千夢の表情は少し暗くなったが、
「うん、いいよ。」
というと、両手で二個ずつ、机に置いていった。
願いで動く人間が嫌だったのか、願いで動く人間でないことを期待していたのか、どちらかは分からない。
僕は、後者の人間だ。
「ありがとう。」
僕は千夢に礼を言うと、ポケットに入っていた玉二つも机の上に置く。
さて、どうしようか。
一つ目の願いはもう決まっているが、後六つの願いが決まらない。
そもそも、何となく貰っただけで、願いなんてない。
とりあえず、一つ目の願い
「満腹になるまで食べ物が欲しい。勿論みんなの分も。青髪の人は帰ってきた時に。」
もう、限界だった。
「欲がないね。君も。はい」
士野がパチンと指を鳴らすと、目の前に食事が現れた。
豪華なものばかり。
「いただきます、言ってからだよ? 千夢。」
僕がそんな食べ物を見ていると、千夢が手で取ろうとした巨大な肉に、緑の若干透けているバリアが張られた。
肉を掴もうとしていたその手は、バリアによって弾かれる。
……いつ取りに行ったんだろ。見えなかった。まあ視界に入れてなかったから見えないのは当然だけど。
少し躊躇するような表情を見せた後
「……いただきます。」
「はい、どうぞ。」
千夢は素直に言うことを聞く。
すると、肉に張られていたバリアが解除された。
千夢は、目にも止まらぬ勢いで肉を掴み取る。
一香はまだ眠ったままで、起きる気配もない。起こすのも可哀想なので、今はそっとしておく。
「いただきます。」
あっちでは食い物争奪戦、こっちでは睡眠という、そんな光景に苦笑いしながらも、僕は手を合わせて言う。
箸を手に取り、食を進める。
「で、二つ目の願いは?」
千夢に食べ物を横取りされた士野が僕に聞く。
「ん、鈴を僕の目の前に出して。探すの面倒だし。」
「ほいほい。一、二の三っと。」
ボン、という音と煙の後に、黒い鈴が現れた。
軽く指でつつくと、チリン、と心地よい音色が部屋に広がり、消える。
なんだか、安心した。
「ありがとう。」
僕は鈴をズボンのポケットに入れる。この鈴は核爆弾でも壊れないと士野が言っていたので、ポケットに入れたくらいで壊れるはずがない。
それにここだと、いつでも好きな時に音を聞けるし。
「どういたしまして。」
士野は、そういうとすぐに争奪戦に戻る。
皿とかかなり割れてるけど大丈夫なんだろうか。大体士野そんなにお腹空いてないだろ。
「……ま、いっか。」
自分の分を取られない限り。いつの間にか自分の皿に乗せてあったパンがなくなってたけど。
ふと、考えてみる。
今、この瞬間、どこかで命が失われているんだろう。そんな時に、僕は楽しんでいていいのか。
そう考えてしまうと気持ちは一気に冷めてしまう。
でも、もう僕は止めたんだ。そういうのは。人のことを考えるのは。
人のために行動しても、報われるのはその人だけ。決して、助けた人が報われるわけじゃないんだから。
……助けのせいで不幸になった人だっているんだから。
***
「どうなってんだ……」
ここ、数ある自動販売機前。
不良少年一人が、缶コーヒーを飲む。
目立った事件も起きなかった、晴天の日曜日のこと。