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甘い匂い

今までのコメディ路線とは全然毛色の違う、陰謀劇です

蔵で長期熟成してたのを蔵出ししてきました

暗めで重い話ですが、一部ヤバイネタも扱ってます

元帥ラブな作者の、かっこいい元帥話が書きたくて書きました

 楽師の奏でる音楽と招待客の話声、きらびやかに飾り付けられた室内、豪華な食事と美酒。表面的には最高の宴を誰もが楽しんでいるように見える。しかしその裏で、嫉妬が陰謀うずまくドロドロとした人間関係がいくつも隠れていた。

 泥沼の上に咲く作り物の花の様な不自然な宴に、男は心の中だけでつばを吐いた。


 男がそんな内心を取り繕って、作り笑顔で宴に一歩足を踏み入れると多くの視線が集まる。

 男達の冷たい視線と、女達の熱視線。温度差のある2つの視線を気にも留めずに悠然と室内に向かう。自分が招かれざる客なのはわかっているので、これしきの非難など痛くもかゆくもない。誰もが遠巻きに自分を見るばかりで、誰も近寄ってこない。

 そんな集団から一歩進み出て近づいてくる男がいた。


「これは元帥。ようこそ我が宴へ」

「ゲルハルト伯爵。招待状もなく勝手に参りました非礼をお許しを」


「いやいや、以前からお越しくださいと何度もお誘いしていたのを覚えていてくださったんですね。光栄です」

「ぜひ伯爵ご自慢の楽師の演奏を、一度聞いてみたくなりまして」


 表面的には笑顔で友好的な話し方だが、話してる内容は9割以上がお世辞と社交辞令だ。こんな中身のない会話がすらすらと続く、長年の習性が我ながら怖い。戦場にいた頃はこんなくだらない会話と無縁でいられたのに。


「今宵はえりすぐりの酒と食材を取り寄せました。心行くまでお楽しみください」


 伯爵は近くの召使からグラスを受け取り元帥に差し出した。まだこの国では高価なガラスのグラスには、透明な液体が満たされている。液体は室内の明りに照らされて怪しげに揺らめいた。

 表面的には平静を装いながら受け取ったが、内心大いに警戒しながらグラスに口をつけた。美酒の良い香りとやや強めの酒気を感じたが、おかしなものはふくまれてないようだ。


「初めて飲みましたが美味しく、すっきりとして飲みやすい。これはどこの国の酒ですか?」

「東方の名もなき島国ですよ。なんでも米を原料に作られた酒とか」


「ほう…。東方から。しかし大戦が終わったとはいえ、いまだ東の大国の脅威はなくならない。東方の品々を取り寄せるのは難しいでしょうに。どうやって取り寄せたのか、ぜひともお聞きしたいですな」


 聞き耳を立てている周りの連中に聞こえないように、低く囁くように脅しをかけた。他の馬鹿貴族共は東方から品々を取り寄せる困難さも知らずに、珍しいものをふるまわれて浮かれている。

 東方から品を取り寄せられないわけではない。ただ大国の監視をかいくぐり迂回するため、長い長い通商ルートになってしまうのだ。我が国に辿り着く間に、いくつもの国で関税をかけられ、護衛に払う費用が膨れ上がり、黄金より高い値がつく。

 それを何もわからぬ馬鹿どもに、湯水のように大判振る舞いする、その伯爵の資金源と意図がわからなかった。


「元帥は煙草もお好きでしたよね。よろしければ続きの話はシガールームで」

「宴の主人が席を外してよろしいのか?」


「ええ。元帥が最後のお客様。他の方への挨拶はすでに済ませております」


 自分が来る事を見越して手はずを整えていたか。罠だとわかってはいたが、飛び込まなければ何も手に入れられずに帰る事になる。それでは何のためにこの馬鹿馬鹿しい宴にやってきたのかわからない。


「ではお招きに預かりましょう」


 死地に向かう時ほど気持ちが高揚する。自分の悪い癖がうずいた。



 案内されたシガールームは窓がなく、扉も一つきりの密室だった。シガールームは元々煙草を建前にした密談用の部屋であるのだから特別おかしくはない。ただその機密性の高さから、部屋に匂いが染みついてなかなか消えない。前の利用者の残り香が鼻孔をくすぐり、思わず顔をしかめた。


「こちらは最上級の煙草をご用意しました。元帥も1本いかがですか?」

「あいにく、愛用の品を持ち歩いておりますので。せっかくですがご遠慮しましょう」


 伯爵の誘いを断り、懐から煙草を取り出す。伯爵は気を悪くする事なく、自分も煙草を取り出して火をつけた。

 2種類の煙が室内で混ざり合い、充満していく。伯爵の吸う甘ったるい煙草の煙がむかむかする。


「どうやらもうお気づきの様ですね。私が東方より酒や食料とともに持ち帰った物を」

「煙草に阿片を混ぜてますな」


 研究狂いのマッドな軍医に、昔盛られた事がある。あの時は大怪我をしていたから麻酔としてと言われたが、思い出しただけでむかむかする様な不快な記憶だ。


「国軍のトップの私の前で、ずいぶん堂々としているもんだ」

「阿片を持ちこむ事も販売する事もこの国では犯罪にならない」


「それは阿片から麻酔薬が生成されるから、医療用として認められているだけだ。医療外目的で販売すれば取り締まりの対象となる。大戦の終わった今、医療用の阿片の需要は少ない」

「勘違いされては困ります。私が持ち帰ったのは阿片その物ではなく、原料となるケシの種子だ」


「我が国では気候的にケシの栽培は不可能だ」

「南西の小国に土地を買いましてね」


 南西の小国は先の大戦で共に東の大国と戦った同盟国だ。足並みそろえて仲よくとはいかなかったが、それでも戦場では背中を預けた友軍。その国の民に対してひどい裏切りだ。

 伯爵は阿片に酔ったのか、蕩けたような笑みを浮かべている。取り繕った笑顔をやめ、イカレ親父に侮蔑の眼差しを浴びせた。


「まさか…同盟国で販売する気か?あれは人心を惑わし国を滅ぼす悪魔の薬。例え我が国の法で裁けずとも見過ごすわけにはいかない」

「まさか。南西の小国で生産するだけですよ。販売先はもう決まっている。東の大国だ」


 戦争中の敵国に麻薬を売りつけようとは、伯爵の胸糞悪い策略に吐き気がする。胸糞悪いのは自分も甘い煙に酔ったせいかもしれない。


「阿片戦争か。卑怯な」


 昔そう呼ばれた戦争があった。阿片で敵国の富を奪い、代わりに敵国の民には阿片中毒者を急増させる。敵国がそれに不満を抱き戦争をしかけても、金も民の心も奪われた敵国は戦う力をもてずに敗れた。卑怯にして卑劣な戦争。

 卑怯で卑劣な方法は嫌いではないが、個人的に阿片は大嫌いだ。何より罪もない敵国の民を阿片中毒者に仕立て上げる所が気に食わない。


「しかし我が国の兵の損耗を最小限に戦争に勝てる」

「大戦は終わった。これ以上無駄な戦争をする必要などない」


「軍のトップともあろう方が、臆病風に吹かれましたか?戦争を怖がるとは。終わったといっても形だけ、東の大国はいまだ我が国の領土を虎視眈々と狙っている」


 伯爵の言う通り、大戦が終わって人々は平和を満喫しているが、その平和は砂上の楼閣のようにもろい平和だ。


「敵国と戦うために、我が国軍がいる。素人は下手に首を突っ込まずに、大人しく見ていたまえ」

「貴方が邪魔なんですよ。貴方が元帥でいる限り、国軍は私の計画に賛同しない。東の大国を阿片で弱体化させるといっても、最終的に軍隊の派遣は不可欠ですからね。元帥の座には私と同じ考えを持つ人間が座るのが望ましい」


 自分を殺すために今日の宴を餌にしておびき寄せたか?扉の外には兵士達が待ち構えてるんだろうな。この部屋は密室。ここで始末してしまえば外部に漏れる心配はないってか?ずいぶんちゃちな計画だと鼻で笑った。


「殺す気か?」

「貴方が大人しく私の考えに賛同してくださるなら、命まではとりませんよ」


 人の命が自分の手の中にあると優越感に浸っている、伯爵の下種な笑みを俺は嘲笑った。


「あいにくだがそんな余裕でいられるのはいつまでかな?」


 そう言いながら、俺は咥えた煙草の煙を伯爵の顔に吐き出した。思わずせき込み不機嫌な顔で俺を睨んでくる。しかし伯爵はいつまでも強気を保っていられなかった。


「なん、だ、これは…」


 恍惚の笑みは恐怖に変わり、何もない虚空を見つめて恐怖におびえる。


「悪いな。俺の煙草もただの煙草じゃねーんだ」


 殺人医師特製の、阿片の副作用を増幅させる成分が入っている謎の薬。たぶん伯爵は今までも阿片を常用していたのだろう。加えて俺の煙草の煙を吸いながら阿片を吸い続けたものだから、副作用が強すぎて幻覚まで引き起こしている。一度薬で悪夢を見る恐怖を味わったら、二度と手を出す気にはならないだろう。もしも正気に戻れたらの話しだが。


「悪い夢でも見てるんだな。この下種野郎」


 阿片と増幅薬の体内カクテルで俺も気持ち悪くて仕方ない。まあ俺は普段阿片なんか使ってないから、この男ほどひどくはない。骨を切らせて肉を断つ。戦争中に何度も三途の川を拝んだ事に比べれば、これぐらい屁でもないわ。

 シガールームの扉を開けると、男にしては綺麗すぎる顔が厳しい表情で待ち構えていた。


「ゲルハルト伯爵の兵士はすべて取り押さえました」

「御苦労。ふんじばって転がしとけ。罪状は元帥殺人未遂だ。ついでにこの館中の証拠品を根こそぎ押さえろ」


「了解しました。元帥、大丈夫ですか?」


 いつも生意気な部下にしては珍しく神妙な顔で問いかけてきた。俺がくたばるのを虎視眈々と狙っているかと思っていたが。


「なんだ?俺の心配なんて珍しい。雪でも降るんじゃないか?」

「今貴方に死なれたら困ります。私は貴方に押し付けられた筋肉馬鹿だるまのお守と馬鹿貴族共の足を引っ張るので大忙しなんですよ。しばらくの間は元帥の座にふんぞり返って、貴族達の攻撃の的にでもなっててください」


 いつもの副官らしい辛辣な物言いに安堵する。貴族共のうわべだけのお世辞よりずっとすがすがしい。薬で痛みも悲しみも忘れる、作り物の幸せに酔った今の自分が胸糞悪くて仕方ない。痛みを知らない戦いなんか戦いなんかじゃない。


「あとは任せた。俺はしばらく休暇をとるわ。仕事が溜まったら兵站部隊長にでも押しつけとけ」

「何勝手な事言ってるんですか。どこいくんですか」


「野暮は言うなよ。わかるだろう?」


 わざと下品な笑みを浮かべて見せたのに、副官はちっとも動揺しなかった。可愛げがない。そういえば奴は娼館育ちで色事に免疫があったな。本当にこういう時しけこむ愛人の一人や二人欲しいわ。



「なんの様だよ」


 色気も愛想もないむさくるしい男が、仏頂面で出迎えた。


「相変わらず酒臭い部屋だな。おい。ジジイ軍医はどこだ?」

「また薬の材料の買いだしだよ」


「んじゃ、おまえでいいや。ちょっと治療しろ」

「なんだ?どっか悪いのか?また刺されたのか?」


「いや。阿片とジジイの妙な薬のコンボ攻撃だ」

「何無茶してんだよ、馬鹿野郎。ああ、解脱症状で手足に震えがきてんじゃねえかよ」


「相手はこんなもんじゃすまないな。今頃地獄の夢を見てる頃だよ」

「何言っても無駄なのわかるんだが、頼むから俺が被害被るような事は勘弁してくれ」


「こういう時にこき使うために、おまえを手元に置いてるんだろ。大人しく言う事聞いてろ。このジャリガキ」

「なんか言ったかコラ?この不良ジジイ」


 互いにメンチ切りながら、それでもハサンは手を休める事なく解毒薬の調合をしていた。だいぶ酔ってるみたいだから、今日の所は任せても大丈夫だろう。酔った方が信用できるって言うのはおかしな医者だが、これぐらい癖の強い人間じゃないと弱み握って手ごまにしにくいからちょうどいい。


 ハサンの調合した解毒薬を飲んで一息つく。まだ手足のしびれや震えが収まらない。


「薬が抜けるまで2~3日かかるから、安静にしてろよ」

「じゃあそれまで寝てるから起こすなよ」


「ちょっと待て!そこは俺の寝床だろう。勝手に寝るな」

「誰にも居場所を言うなよ。特に兵站部隊長。あいつはうるさいからな」


「だったら自分の家に帰って寝ろよ」

「ラリって情けない姿、部下にも貴族たちにも晒せるか。隙を見せればつけあがる。それにここなら万が一具合が悪くなってもすぐ処置できるだろう。なにせあのマッドな医者の謎の薬だからな。何が起こるか予測不能だ」


「それだけやばいってわかってて何で使うんだよ。いつものあんたなら自分の手を汚さずに相手を陥れる方法なんざいくらでもあっただろう」

「どうしても自分の手で地獄に叩き落してやりたかったんだよ」


 昔、長引く戦争に不安を抱く新兵達に、コカの葉から作られる薬を支給した馬鹿士官がいた。恐怖や疲労を忘れた兵士達は活躍したが、中にはとちくるって味方の兵や民まで襲う奴まで現れた。味方が味方を殺す地獄の中で、何人もの同朋をこの手で葬った。今でもあの悪夢が忘れられない。

 だから薬は嫌なんだ。嫌な事を思い出したら気分が悪くなった。手っ取り早くストレス解消しようと、手近な酒瓶に手を伸ばしたが、ハサンに邪魔された。


「酒はだめだ。薬の効きが悪くなる。いつもみたいに煙草でもふかしてろよ」

「当分煙草は見たくない」


 仕方なく、手近に転がっていた菓子箱を漁った。チョコがはいってた。しかも酒入りだ。ハサンにしては気の効いたものがある。


「チョコレートボンボンか?おこちゃまだな。おまえも」

「何人の非常食勝手に食ってんだよ。しかも酒は駄目だっていっただろ」


「たいした量入ってないだろう。酔っぱらいが何言ってやがる」

「酔っぱらっててもこっちは医者なんだよ」


「こっちは仮にもおまえの上官なんだがな」

「そんなにお偉いんだったら無茶するなよ」


「まったくですね」


 第三者の声に俺とハサンは同時に振り向いた。一見穏やかそうに見えて、静かな怒りを湛えた兵站部隊長がたっていた。これは相当やばいな。かなり切れてる。


「ハサン。元帥を特別室のベッドに縛り付けて、監視付き看護をお願いします」

「ちょっと待て、人をベッドに縛り付けるとか物騒な事勝手に…」


「そうでもしないとあなたは逃げるでしょう。看病してほしいなら、みっちり私が付き合ってあげましょうか?下の世話まで見てあげますよ」

「いや、結構。たくさんです。それマジ勘弁」


 馬鹿にしたり、顎でこき使える分、まだハサンの方が気が楽だ。


「それと目下の人間の食べ物を奪うような、意地汚い真似はおよしなさい。口寂しいならこれでも食べたらいい」


 そう言って口うるさい友人が、どこからともなく取り出したのは飴玉だった。乳白色の飴玉を口に放り込むと、乳の匂いと一緒に妙な匂いがした。


「なんだこれは?」

「リラックス効果のあるハーブと牛の乳を混ぜた飴ですよ」


「ハーブとか言って、甘ったるくて気持ちの悪い匂いだな。まずい」

「優しい匂いじゃないですか。人を狂わすのではなく、癒してくれる花なんですよ」


 友人が何を言いたいのかすぐわかった。俺が今回やった事も、なぜこんな事までやったのかも、本当に理解できるのはもうこいつぐらいしか残っていない。ともに悪夢の中で同朋に手をかけたこの男だからこそわかる。

 薬は人の使い方一つで狂わせる事も、癒す事も出来る。薬を憎むより、それを使う人間を憎めとでも言いたいのか?相変わらず綺麗事の好きな男だ。


「まずいけど…嫌いじゃないな」


 それからしばらく、煙草代わりに口寂しい時にその飴をなめた。飴が気にいったわけじゃない。ただそれをくれた友人の甘い綺麗事を忘れたくなかっただけだ。

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