五歳児はいい感じにフラグカットホームランします!
五歳児がいい感じの棒と共にフラグをいい感じに吹き飛ばします
「えいっ!」
ぱしん!
「たぁーっ!」
ぱしん! ぱしん!
前世を思い出した時にはしっかりと保っていた自分が、五歳児のマーガレットへと統合されていたように感じる。
マーガレットと前世のアイデンティティを守りながら統合された今の私は、乙女ゲーに関する事以外の記憶は曖昧だ。
ただ素直で純粋でちょっとおバカな、警戒する気も起きないような五歳児を装う事は、しっかりと心に根ざしていた。
つまり性根の根幹からちょっと阿呆の子になっていた。
侯爵家の裏庭、その一角にある訓練場。私マーガレットは、今日も元気に走る。
走って。
転んで。
起きて。
また走る。
そして途中で見つけた、いい感じの棒を拾う。
大事なのだ。いい感じの棒は。なにせいい感じなので。
「ふっ!」
ぶんっ。
「せいっ!」
ぶんっ。
相手は木。
もちろん木は動かない。
でも気持ちは大事だ。
私は未来の魔法騎士。
二人の姫様を守る魔法騎士になるのだ。でないと破滅する。
ぺちん。
……うん。
棒が軽すぎて全然迫力がない。
でも五歳児なので仕方ない。
「熱心ですね」
穏やかな声が聞こえた。
振り返ると、一人の老紳士が立っていた。
白髪を綺麗に撫でつけ、燕尾服を寸分違わず着こなし、背筋は真っ直ぐ。優しそうな笑みを浮かべている。
「あ!」
昨日、お姫様が二人もいるって言った時に、吹き出しそうになっていた人だ。
「こんにちは!」
「ええ、こんにちは。マーガレット」
「訓練してるの!」
棒をぶんぶん振ってみせる。
「魔法騎士になるから!」
「それは頼もしい」
老紳士は目を細めた。
「少々、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「いいよ!」
私は棒を腰に下げた。
なんか騎士っぽい。
「まずは、ご紹介が遅れました」
老紳士は胸に手を当てる。
「私はこの侯爵家で執事長を務めております」
「しつじちょう?」
「使用人たちをまとめる者、と思っていただければ結構です」
「おおー!」
偉い人だ!貴方も媚びる対象とします!
「そして、一つお伝えしておきたいことがあります」
執事長は屋敷を見上げた。
「マーガレットがお姫様と呼んでおられるお二人ですが」
「うん!」
「お綺麗と称された方のお名前は、ヴィクトリア様」
「ヴィクトリア姫様!」
すぐ復唱する。
「そして、お嬢様はエレノア様でございます」
「エレノア姫様!」
やった!
お姫様達のお名前を知れた!
すごい!
私は一人でぴょんぴょん跳ねる。
「ヴィクトリア姫様!」
「エレノア姫様!」
「お名前綺麗で可愛い!」
なんか物語のお姫様っぽい!
テンションが上がる!
執事長はそんな私を微笑ましそうに眺めていた。
「では」
穏やかな笑みを崩さぬまま尋ねる。
「あのお二人をそのようにお呼びになるとして」
「うん?」
「――あの方は、どのようにお呼びになりますか?」
白い手袋をした手が、廊下の向こうを示した。
そこには父親がいた。
仕事帰りなのか騎士服姿で、こちらを見ている。
……なるほど。
私は感心した。
(すごい)
執事長さん。
優しそうなのに、ちゃんと仕事してる。
相手が五歳児でも油断しない。
片親が平民の庶子。
侯爵家に突然やって来た異物。
もし私が「お父様!」なんて大声で懐けば、周囲はどう思うか。
侯爵家の一人娘であるエレノア姫様の立場だってある。
だから確認してるんだ。
(プロだ……)
さすが執事長。
昨日は吹き出しそうになってたのに。
仕事になると隙がない。
私は元気よく答えた。
「スカウトおじさん!」
………………………………………。
空気が止まった。
父親の表情も止まった。
執事長の笑顔も止まった。
ほんの数秒。
沈黙が流れる。
「……なるほど」
執事長は口元をひくりと震わせながら、なんとか声を絞り出した。
「そのように、お呼びになるのですね」
「うん!」
間違ってない。
だってそうだ。
魔法適性があるから迎えに来た。
つまり才能を見つけてスカウトしに来た人。
スカウトおじさんである。
論理は完璧だ。
「そうですか……」
執事長の肩がぷるぷる震えている。
「ねぇ!」
「はい?」
「おじいさまのお名前は?」
「……私、ですか?」
「うん!」
こんなに優しい人なんだから知りたい。あとこの人絶対におもしれー執事だ。
執事長は軽く一礼した。
「セバスチャンと申します」
「セバスチャンおじいさま!」
「ええ」
「覚えた!」
私は満足して棒を持ち直す。
「じゃあ訓練に行くね!」
「はい」
「ばいばーい!」
私はぶんぶん手を振って、そのまま裏庭の奥へ駆けていった。
「えいっ!」
「たぁー!」
元気な声だけが遠ざかっていく。
やがて小さな背中が裏庭の木々の向こうへ消えた。
その瞬間だった。
「――っ」
セバスチャンの肩が震える。
「……っ、く」
限界だった。
執事としての仮面が、音を立てて崩壊する。
「ぶふっ!」
崩れ落ちた。
地に片膝どころか両膝をつき、そのまま手をばんばん叩く。
「ス、スカウト……っ!」
ばんばんばん!
「スカウトおじさん……!」
ばんばんばんばん!
「ふ、ふふっ……!」
笑いが止まらない。
「はははははっ!」
涙まで滲んできた。
「スカウトおじさん……!」
何度口にしても駄目だった。
腹筋が痛い。
息ができない。
「スカウトおじさん……!」
「…………」
入婿の騎士はゆっくりと目を閉じた。
お付きの部下達が目を逸らし全員肩を震わせている。
侯爵家の裏庭にて笑ってはいけない24時が開催された。
「ふっぐっ!…ひっ!…スカウトっおじさんっ!」
1名を除いて。
続きました。まさかの執事さん回です。
ゲラの片鱗を見せていましたが、どこに出しても恥ずかしくない立派なゲラとなりました。
ここまで当初予定していた流れだったのでこれからは投稿が遅くなるかと思います。申し訳ありません。




