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農女~黄金の波に乗るものたち~  作者: 結野セキ


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2 二度目の帰省

 朱璃と杏奈の簡単な自己紹介が済むと、次は兄と絵里さんの紹介に移る。


「俺は樹衣の兄、片山智。5つ上になるのかな。よろしく」

「私は絵里と言います。2年前に智さんと結婚して、いまは一緒に働いてるの」


 あえて年齢は言わなかったのだ。わたしも兄もそう思っていた。こういうとき、訊いてくるのが朱璃だ。


「絵里さんは、おいくつなんですか?」

「ふふっ。いくつだと思う?」


 ほら、言わんこっちゃない。地雷を踏むか、回避するか。もしかしたら、面接はもう始まっているかもしれないのだぞ。

 わたしはもちろん絵里さんの年齢を知っている。だから、2人から助けの視線を送られても、気付いていないふりをした。


「えー、でも、お兄さんと同じくらいのじゃないですか?」


 ほうほう、無難に事故を避けたか。朱璃にしては良い答えだ。

 絵里さんはどんな表情で笑っているのか、後部座席からは見えない。


「まぁ、ありがとう。嬉しい。でも、もう36になるのよ」

「えぇー!?」


 その反応、どこか懐かしい感じがした。

 確か、兄が絵里さんを婚約者として紹介しにやってきたとき、年齢を聞いていまの2人と同じような反応をわたしたち家族はした。その驚きには、2つの感情があったとわたしは思う。ひとつは、絵里さんが実年齢に見合わない顔立ち、スタイルをしていた事。それはいまでも変わらず、セーラー服すら似合ってしまうような、可愛らしい顔をしている。ふたつ目は、兄が生粋の年下好きだということ。自分で言うのも可笑しな話だが、まさかあの妹を溺愛する兄が年上を嫁として迎えるとは想像していなかったのだ。

 そんな物思いにふけっていたら「雪だー!」という杏奈の声で我に返った。トンネルを抜けると積雪の量が増えていくのが見て取れる。

 福井駅から山地に向かって走っていた。曇った窓ガラスを手で円を描くように拭く朱璃の目は輝いて見えた。朱璃の出身は、生まれも育ちも東京だと聞いた。こんな何もない田舎でも歓声を上げられる感性が羨ましい。あれ、いまわたし柄にもなくうまいこと言った?


「ところで樹衣の実家の仕事ってなんなの?」

「えっ、聞いてないの!?」


 開いた口が塞がらない。

 前の席から、2人の笑い声が聞こえる。


「何の仕事かわかんないのに、働きたいと思ったの?」


 兄が腹を抱える勢いで笑うため、車が左右に揺れた。


「ちょっと、お兄ちゃん! 気を付けてよ」

「ごめんごめん。あまりに面白くて」


 目尻に溜まった涙をぬぐい、なんとか体勢を整えた兄は「良い友達だ」とバックミラーを覗き込む。どこでそんな感想を抱いたのか、さっぱり理解できない。

 道の端にある除雪機で押し固められた雪が身長を超えた頃、わたしたちを乗せた車は家の前で止まった。


「お待たせ。樹衣、寒いから2人を家に案内してあげて。荷物は持っていくから」

「ありがとうございます!」


 2人と一緒に車を降り、中学卒業まで住んでいた家に不本意ながら帰ってきた。



 兄がわたしたちの荷物を二階の部屋に運んでくれた。


「あれ、ご両親は一緒に住んでないの?」


 杏奈が訊いてくる。


「うん。お兄ちゃんが結婚してから、両親は別の古い家を買って住んでる」


 正月に帰省したときはそっちの家で3日間過ごした。この家に来るのは久しぶりだ。


「樹衣ちゃんのご両親は、私たちが結婚すると同時に仕事も引退したのよ」


 絵里さんが暖かいお茶を人数分、こたつの上に置いた。早速口に含んだ朱璃と杏奈は「あったまるー」と白い息を吐く。

 時刻は午後3時を過ぎていて、今日はどこにもいかずゆっくりできそうだ。


「あ、これ。お土産なんですけど。良かったら食べてください」


 朱璃と杏奈がそれぞれ鞄からお菓子を差し出した。


「あら、良いの? ありがとう」


 絵里さんが受け取ると、それぞれ箱を眺めて「美味しそう」と小さな声で呟いた。

 絵里さんと就職や大学について雑談していると、一仕事終えた兄が部屋に入ってくる。絵里さんからお茶を受け取って、こたつに足を突っ込むことなく座った。


「えーっと。早速だけど、仕事、だっけ」

「ニュースでもやってるから知ってると思うけど、大学に行っても就職できない人がほとんどって言われてて。朱璃も杏奈も内定が出てないの」


 兄がこくこく頷いている。


「大変ねえ」

「俺は大学出てないし、就職活動もしたことないからわからんのだけど。来年または再来年も就活を続けていくことはできないの?」

「お金に余裕があれば可能」


 わたしがぼそりと言った。


「なるほどね」


 少し間を開けて、兄は自白でもするかのような口調で話し出す。目は朱璃と杏奈の方を向いていた。


「うちは俺たちの祖父の代から農家で親父もずっと働いててな。土地を大切に守ってきたんだ。でも、こんな時代だろ? 人を雇う余裕はない。でも雇わないと手が回らない。それで」


 兄はチラッと絵里さんを見てから言う。


「離農を決めた」


 兄の決定を初めて聞いて思わず「えっ」と声が出た。農業なんてやらない。こんな田舎なんて、いますぐにでも出ていく。ずっとそう思ってきた。けれどなぜ、寂しいと思ってしまうのだろう。

 泥だらけになりながら走り回ったあの場所が。寒い冬に入ったビニールハウスが。自分で割った薪で作る美味しいお餅が。すべてなくなってしまうなんて。


「聞いてないよ、そんなの」


 わたしはいつの間にか立ち上がっていた。

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