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農女~黄金の波に乗るものたち~  作者: 結野セキ


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1 仕事探し

 430円のうどんを盆に乗せて歩く。少し先にいつもの2人の姿が見える。いつもの場所は取れなかったようだ。

 場所取り用の鞄を退かしてもらい、席に着いた。自分の鞄から、朝握ってきたおにぎりと生卵を出してきて、トッピングでもしたかのようにどんぶりの横に置いた。

 正面の席からうどんおも冷ましてしまうような、冷たいため息が流れてくる。湯気が揺らいでいる。


「なーにー? またダメだったの?」


 励ます気なんてさらさらないけれど、一応言っておく。


「そりゃ、この反応で受かってたら逆にすごいわ」

「これで21社目。もうだめだー」

「あたしも、昨日ので20社の大台を突破しましたー」

「ずっと仲良くしようね」


 涙目で結束を高める2人が突然わたしを見つめる。


「樹衣は何社だっけ?」


 知っているくせに。共通の敵を作ることでまた結束を強くしようという試みだろう。


「2社」


 ぼそっと言うと、二人の目つきが変わる。わたしを舐めるように見て言う。


「なにが違うんですかねー?」

「ねー?」


 まあ、いつものことなので軽く聞き流す。

 うどんに生卵を入れてからすすり始めた。


「もう起業でもしてやろうかな」

「三秒倒産株式会社」

「ギャンブル性のある、楽しい会社です」

「絶対いや」


 吹き出しそうになったうどんをギリギリのところで飲みこんだ。

 



 就職が困難になって、2年になる。これまで仲良くしてもらった先輩の話を聞く限り、就職できたら奇跡といっても過言ではなさそうだった。じゃあ、アルバイトをしながら就活する。そう流暢にも言ってられないのが、経済の残忍なところだ。バイトと実家からの仕送り、奨学金。それらを合わせているからいまの生活ができている。ひとつでも欠ければ、田舎に出戻ることになってしまう。

 わたしは奇跡を起こしてしまったようだった。なんとしても田舎に帰りたくない。実家には帰らない。そう決め込んでいて、職を選ばなかったからなのか。最初に受けた2社の内1社から内定をもらった。やりたくもなかった営業の仕事だが、背に腹は代えられない。


 でも、まさかこんな運命をたどることになってしまうなんて。このときのわたしは想像すらしていなかった。

 それは正月休み明け、おじいちゃんとおばあちゃんからこっそりお年玉をもらって帰って来た頃だった。

 スタバのカップを持った朱璃と杏奈が私に近付いてきた。わたしですら、スタバなんかここ数カ月飲んでないのに。


「樹衣! お願い! 仕事紹介して!」


 朱璃とは大学で知り合った。杏奈の紹介だった。朱璃は染めた髪を胸まで伸ばしている。休み期間中に染め直したようだ。髪色自由の企業が増えていっているとはいえ、書類で落とされる原因のひとつにはなるのではなかろうか。趣味は流行を追いかけること。新しいものが好きだ。

 杏奈は高校からの同級生だ。寮で同じ部屋になったことで仲良くなった。朱璃まで派手な性格ではないが、朱璃に影響されている痕跡がある。ただ本人は、落ち着いた物や人が好きだったりする。趣味は写真。突然一人旅に行ったりもする。

 そんな2人がわたしの前で手を合わせている。何事かと嫌な想像を膨らませる。たぶん、実家に帰って何か言われたか。


「就職が決まるまで帰ってくるなって言われてー」

「あたしもー」


 だからなんだってんだ。就活して就活して就活していけばいいだろう。もう時間がないという訳でもあるまい。


「樹衣の実家って、会社でしょ? だからとりあえず、そこから内定出たってことにしてもらえないかな?」

「それで、首の皮一枚で耐えられるからー」


 まったく、なにをわけのわからないことを言ってるんだ。


「話を合わせるために、今度の三連休、樹衣の実家、いこ?」

「えっ!?」


 こういう話はなぜかとんとん拍子で進む。1月の三連休、わたしたち3人でわたしの実家がある福井へと向かうことになった。

 北陸新幹線に乗り込んで3時間半。帰省ピークも過ぎているからか、福井駅は日常を取り戻していた。新幹線ってこんなにも楽なのか。偶然手に入れた初体験の余韻に浸ることも許されず、朱璃と杏奈を追いかける。


「おぉ! 恐竜!」

「朱璃、こっちは首の長いのがいる!」


 不本意ながら、小学生のようにハイテンションの2人を見るのも悪くないと思ってしまった。

 鞄の中から、スマホが音を響かせる。取り出して画面を見ると、通話の通知だった。指をスライドさせる。


「もしもし、お兄ちゃん?」

「あ、もしもし。ごめんなさい、樹衣ちゃん。わたし、絵里です」


 思っていた声とは違っていて一瞬戸惑ってしまったが、絵里さんの優しい声に落ち着きを取り戻した。


「あ、絵里さん。こんにちは」

「こんにちは。そろそろ着きそうなんだけど、西か東、どっちにいるかな?」

「えっとー。じゃあ、東口で待ってますね」

「東ね。わかったわ。じゃあ、後5分もかからないと思うから。また後でね」

「はい、ありがとうございます」


 通話を切り、急いで2人を招集した。

 約束の東口に出ると、すぐに兄の車である黒のワゴン車が入って来た。手を振ると、車内からも手を振り返してくれる。

 ワゴン車が歩道に幅寄せしてとまる。助手席側の窓が開き、2人の笑顔が見えだした。


「ごめん、お待たせ」

「いえいえ、ありがとうございます」


 絵里さんは色の濃いサングラスをしていて、女優をしていると言われても驚かないオーラを漂わせていた。

 兄がいつの間にか車から降りて、朱璃と杏奈の荷物を車内に積んでいる。2人はよそ行きの声で礼を言っていた。

 5人乗ってもスペースには余裕がある。兄に今日のことを伝えてから、仕事用に使っているこの車を掃除してくれたのだろう。


「じゃあ、行こうか」


 シートベルトの閉める音を合図に、兄はアクセルを踏んだ。兄の性格を表したような優しい発進だった。

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