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舞踏会

城下の春の舞踏会——それは貴族たちが新しい社交の芽を育て、恋を芽吹かせる華やかな夜。


だが、この夜ほど、王宮機関が総力を挙げて“ある任務”に臨んだ舞踏会は、後にも先にもないだろう。


なぜなら、その裏に存在したのは——


「アランの恋愛成就ミッション」


そう、皇太子フィリップ・フォン・エルツバインの命によって展開される、前代未聞の国家総動員・恋愛作戦である。



「──イザベル嬢のドレスは、刺繍糸が王家御用達の金糸か確認したか?」


「は、はい 皇太子殿下。王妃陛下のご依頼のときと同じ職人を手配いたしました。」


「香水はどうなっている? アランの嗅覚に合うものを選べ。刺激の強すぎるものは禁止だ。」


「承知いたしました。 植物性ベースで、柔らかいローズ系をお持ちします。」


侍従や女官たちは、目を血走らせながら準備に奔走していた。


それもこれも、すべては皇太子の偏った愛情のせいである。


「愛しいアリシアの周囲に、独身で誠実で見目麗しい男など存在してはならない。」


ごく冷静な顔で言い放った皇太子殿下が、恐ろしい速さで命令を下していた。


「アランが独り身であれば、彼女がふとした気まぐれで好意を向ける可能性もある。たとえ一言、話しかけるだけでも、だ。」


「は、はあ(いや、それはさすがに)」


「ゆえに、アランには恋人が必要だ。理想的な、完璧な相手を。今夜、舞踏会の場でそれを公的に成立させる。」


「ご命令、承りましたっ!!」


こうして、イザベル侯爵令嬢のドレス、髪型、登場タイミングからBGMまでが国家単位で調整される事態となったのである。



一方その頃——当のアランは、近衛騎士として会場の警備に就いていた。


(変だ)


剣の柄に手をかけながら、アランは眉間をわずかに寄せる。


会場の空気が、明らかにざわついている。


視線を感じる。しかも、妙に期待を含んだ種類の。


「アラン様、お一人なのですか?」


「えっ!?今夜はエスコートなさらないのですか?」


数名の令嬢たちが、いつになく積極的に話しかけてくる。


(いや、今日は警備任務だし)


しかし次の瞬間、会場の扉がゆっくりと開いた。


「──おお!」


まばゆい光と共に現れたのは、


──イザベル嬢。


品ある勝ち気な笑顔、薔薇色のドレスに身を包んだその姿は、まさに舞踏会の華。


その腕を取るのは、


「近衛隊長、アラン・ベルナー公子。イザベル・フォン・ロズリン嬢 婚約者としてのご入場です。」


──という、公的コール。


「は!?」


アラン、絶句。


「婚約者!?」


もちろん、彼の耳には初耳である。


「何かの間違いでは?」と訝しんだ次の瞬間、会場の片隅、王族席にふんぞり返っている皇太子と目が合った。


その唇が、にやりと動く。


『完璧な段取りだっただろう?』


無言のメッセージを読み取ったアランは、無意識に頭を抱えた。


だが──隣のイザベルが、照れたように微笑んで、そっと彼の腕に力を込める。


「私、今日のためにすごく頑張ったの。似合ってる?」


アランの喉が、ごくりと鳴った。


「ああ。綺麗だ。」


もう、抗えなかった。


アランの胸の奥に巣食っていた感情。


この女を誰にも渡したくない


それが、確かに芽を出した瞬間だった。

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