ミッション
「これは冗談か?」
精鋭中の精鋭が集う帝国の近衛騎士団。その頂点に立つ隊長――アランは、静かな怒りと困惑に眉を寄せていた。
手元にあるのは、金色の封蝋がされた直筆の手紙。送り主は、我が主人である皇太子フィリップ・フォン・エルツバイン。
> 『近衛隊長へ
皇太子命令により、至急恋人を作ること。猶予は十日間。成就しない場合、給与階級査定は次期まで保留とする。
皇太子より愛を込めて』
「愛を込めてじゃない。」
アランは額を押さえた。
どう考えてもこれは私信という名の嫌がらせ。だが、この国で皇太子の命令を笑って無視できる人間はいない。しかも、今回の件に限っては、妙に裏に本気の気配を感じる。
「なぜ、また私が。」
つぶやきが空中に消えたそのときだった。
「あら隊長。ずいぶん難しい顔ですわね?」
後ろから柔らかな声音がかけられる。振り向くと、夜会服に身を包んだ赤毛の女性がそこにいた。
「イザベル・ロズリン侯爵令嬢」
「ごきげんよう。おひとり?」
「今、皇太子殿下からの公文を読んでいた。」
「まぁ。そんな顔になるほどの内容なの?」
アランはため息と共に書状を渡した。
イザベルは読み始めると、きょとんとしたあと、
ぷっ、と噴き出し、そのまま腹を抱えて笑い出した。
「まさか降格しちゃうの!?」
「笑い事ではない。」
「でもこれ、本気なの? 皇太子殿下が書いたの?」
「筆跡と印章に偽りはない。」
「凄いわ。愛しすぎて人事まで動かすなんて。褒めてないけど。」
イザベルは肩をすくめると、手紙を返した。
「つまり貴方、恋人が必要なのね?」
アランは表情を変えないまま小さくうなずく。
「必要、というか命令だ。」
イザベルは顎に指をあてて、わざとらしく考えるような仕草を見せる。
「ふふ。じゃあ、私が仮にでもなってあげましょうか?」
「は?」
「仮の恋人よ。期間限定で。どうせ適当な相手と騙すくらいなら、侯爵家の私を使えば、周囲も納得するでしょ?」
「なぜそこまで?」
イザベルは少し目を伏せて、艶やかに笑った。
「だって――面白いじゃない。
それに、近衛隊長の素顔を見てみたくなったの。」
その瞬間、アランの心臓が、ひとつ強く打った。
鋼鉄のように冷静で無表情と称される男。だが今、彼の胸にほんのかすかに、熱が灯ったのを、誰よりも先に気づいたのは――もちろん、アリシアを独占したい皇太子フィリップだった。
そして彼はその夜、何より愛しい皇太子妃アリシアに告げる。
「アランに恋人ができた。これでひとまず、俺以外の男に君が心を奪われることはないだろう。」
「フィリップ様、それって嫉妬?」
「当然だ。君が他の男に“こんにちは”って言っただけで、世界を滅ぼしたくなる。」
「え。」