第50話 わたくし達を脅かす、二つの影①
ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
――アルジェナside――
遡る事数カ月前……私はネルファー様のお屋敷で女児を産んだ。
けれど女児であったことで、ネルファー様のご両親からは酷く残念がられた。
ネルファー様のご実家では、男児を産んでこそ一人前、女児は養女に出すのが普通だったから。
けれど、弟のシャリファー様に子種がないと言う事もあり、女児でもまぁ仕方ないかと言う空気が流れ始めた頃、魔道具でネルファー様の血を引いているのかどうかの検査が行われた。
――結果は、ネルファー様の血を引いていなかった。
その所為で直ぐに子供と一緒に屋敷を追い出されてしまった。
ネルファー様の子供であれば、その場ですぐに出生届が出される予定だったのに、ネルファー様の子じゃないが為に、親子ともども追い出されてしまうなんて。
本当に世の中は理不尽だ。
子守りもまともに出来ない私に、子供の世話なんてできるはずがない。
仕方なく、庶民に墜ちた両親に頼ったけれど、私が子供を抱えて帰ってきた途端、家の扉は固く締められてしまった。
「何で追い出すのよ! ここは私の家でしょう!?」
「煩い! 貴様の所為で庶民に落とされたんだぞ!」
「そうよ! 貴女なんて娘でも何でもないわ! その汚い子供と一緒に消えて頂戴!」
そう言って家に入れて貰うこともなく、子供と一緒に外に放置された。
それからはよく覚えていない。
ただ、第二の王都と呼ばれていた場所に向かう乗り合い馬車に乗ることが出来て、そのまま辺境領であり、今の王都へと入ることが出来た。
既に避難民たちは領民への手続きを済ませていたし、新たに来た私たちはそれぞれ新たな王都で生活するにしても、役所にいっての手続きが必要になると乗り合い馬車の人たちが語っていたのは覚えている。
とは言え、子供が邪魔だった。
子供がいたらまともな生活も出来ない。
子供がいたら、素敵な恋が出来なくなってしまう。
――本当に邪魔。
それに私自身が生活するためには、楽に生活をするには、子供がいないほうが都合よかったし、何より子供が汚かった。
ネルファー様のお屋敷にいるときは綺麗だったのに、追い出されてからはお風呂だって入れてないし、オムツも数枚変えただけ、本当に汚らしい。
泣きわめく子供を教会の玄関に置き、さっさとその場を去った。
子供を捨てると、その足で楽に生活が出来る教会へと向かった。
一時的にでも安定した衣食住が欲しかったのもあるし、ここは憎いリコネルの名を使って気が済むまで入り浸ることが出来ると思ったから。
教会での保護を伝え、私がリコネルの知り合いで学友だったと伝えると、あからさまに相手は不審な表情を浮かべた。
そして、隣のシスターがコソコソと何かを伝えると、その表情は更に厳しいものになった。
――私、何かやったかしら?
こんな辺境の地まで私の顔を知ってる人なんていないだろうし、リコネルがこの領地を治めている国王の妻であることは事実だし、そんな奴の学友が困ってるって言えば、同情して待遇だってよくなるだろうに何故?
「そうですか、リコネル王妃様のご学友ですか」
「はい!」
「貴女の事は国王夫妻から各所に連絡が言っているのでよく存じておりますよ、アルジェナさん」
「!」
思いがけない言葉に私が目を見開き驚いていると、彼女は更に不快な表情のまま私のお腹を見つめた。
「ご出産されていたはずですが……お子さんはどうなさったんです?」
「えっと、孤児院に置いてきました」
「置いてきた?」
「はい、門の前に置いてきました。私限界だったんで」
悪びれる様子もなく事実をそのままに伝えると、一人のシスターが慌てて外に飛び出していきました。
窓を見ると雨が降っていて、ああ、きっと汚れが落ちて綺麗になるなってくらいしか思わなかった。
私にとって子供なんてその程度。
別に死ぬような病気になっても、捨てた子供だもの、どうでもいいわ。
それよりも新たな土地で素敵な男性と恋に落ちなくては。
けれど、その前にまずは落ち着きたくて教会に来たのに、目の前にいるシスターたちは皆、私を汚いものを見るような目で見つめてくる。
ああ、私の容姿が美しいから嫉妬してるのね?
神のお嫁さんなんて器ならあなた方に差し上げるわ。
私は見目麗しくて優れた男性の妻になるんだもの。
ニコニコしていた私を見て、シスターの一人はため息を吐き、暫くの滞在を許してくれた。
けれど、本当に僅かな時間を過ごせるだけの時間しかくれなかった。
「え? 教会に保護されんじゃないの?」
「貴女を保護する理由がありません。落ち着いたら直ぐに仕事を探してこの教会を出ていきなさい。貴女の行いは神をも冒涜する行いです。本来なら直ぐに追い出す程の事ですよ」
「あはは! おっかしい! 神なんて偶像じゃない! 罰が当たるっていうなら当ててみなさいよって話よね」
「なんてことをっ!」
「まぁいいわ、暫く世話になるし。少しくらいは大人しくしてるから。疲れちゃったし暫くのんびり過ごしてから職でも何でも探すわよ。できれば教会から職の斡旋くらいはして欲しいんだけど」
「お黙り為さい!」
「何カリカリしてんの? 意味わかんない」
呆れた様子で口にした途端、数人のシスターに捕まれ、まるで牢屋のような部屋に放り込まれた。
「何するのよ!」
「貴女にはその部屋がお似合いです」
「静かにお過ごしください」
事務的にそれだけを伝えると、彼女たちは扉に鍵までつけた。
その時やっと、前の教会で理不尽なことを指摘したら、鍵付きの部屋に放り込まれたことを思い出し此処が折檻部屋だと分かった。
なんて人たちなの!?
あれが神に仕えるシスターのすること!?
怒りがわいて扉を何度も蹴ったけれど、誰も訪れることはなかった。
食事は一日1回だけ……質素なんて言葉じゃ言い表せない、固い黒いパンに水だけだった。
まるで囚人じゃない!
そう叫んだけれど、食事を運んできたシスターは何も言わず食事を置いて去っていくだけ。
お金だって底をついてたし、新しい仕事を探しに外に出る許可を貰うと、まるで二度と戻ってくるなみたいな表情で教会の外に追い出された。
町の中を着の身着のままで歩き回り職を探すために情報を集めていると、リコネル商会の事をよく耳にするようになり、リコネルがどれだけ精力的に仕事をして、国民の為に働いているのかを嫌でも聴くようになった。
ここは地獄なの?
私が学園で流した悪役令嬢の様な内容は消え去り、弱きを助ける王妃だの、仕事の改革者だの街の人たちはあの女を褒め称える。
そして、あのハゲの事だって褒め称えている。
本来ならチャーリー様が国王陛下になっていたはずなのに、きっとあのハゲが王都を燃やして国王の地位に就いたんだわ!
なんて非道な夫婦なの!?
心の腐った人間ってあんな二人の事を言うんだわ!
沸々とこみ上げてくる黒い感情。これをどこに投げつければいいの!?
そんな日々を送っていたある日、私は運命の出会いをしたのよ……。
嗚呼、見るも無残な姿になった彼は、高貴な血を引く貴方は、リコネル達に追いやられた可哀そうな男。
そうよ、彼を前みたいに持ち上げれば、私こそが王妃に返り咲けるんじゃない?
上手く動かないと。
上手くやらないと。
彼の自尊心を擽って、彼にやる気を出させて、もう一度華やかな世界に返り咲くの。
「貴方こそが本当の国王だわ、チャーリー国王陛下」
ほら、ピエロは私の言葉に直ぐに笑い出した。
ピエロはピエロ、私を捨てたことも後悔させてやるから覚悟してね――?




