第33話 王都が炎上しましてよ!?
ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
王都に戻った大人達の大半が斬首刑になっていた事を伝えた時、レゴラスの表情は厳しいものになり、また話を聞いていた避難民からは小さな悲鳴が聞こえました。
以前リコネルが心を鬼にして避難民を思いとどまらせた『村の建設』を、今になって思えばどれだけ避難民を思っての事だったか、少しでも伝わってくれる事を切に祈ります。
一歩間違えれば、彼らも他の者達と同じ斬首刑にされていたのですから……。
「そうですか……」
「戻ってきている避難民もいるようですが、お話は?」
「彼らは何も話しはしないよ……王都はダメだとしかな」
レゴラスは小さく息を吐き、死亡者リストを見つめました。
そこにはレゴラスの息子2人も載っていたのです。
この辺境領での避難民がそれほどイヤだったのか、何を思って別の領地に向かい村の建設に手を貸したのか、今となっては分からない事ですが……お気の毒だとしかいえません。
「王都も最早機能していない……か」
「残念なことですが」
「それで、我々も王都に帰るか、避難民から領民となるかを決めなくてはならない」
「ええ、苦しい選択でしょうが」
「いや、苦しくは無い。王都が元に戻る事は最早無いだろう……我々も貴方に自分達が苦しい理由を押し付けて申し訳なかった」
そう言って頭を深々と下げたレゴラスに、私は震える小さな彼の肩に手を置き、掛ける言葉が見当たりませんでした。
息子2人が斬首刑になり、老い先短いのに一人残される孤独。
それは、想像を絶するものでしょう。
――老いた先が孤独の中の絶望での死。
これは、我が領でも見過ごせない問題の一つでもあるのです。
ですがその時――。
「レゴラスさん」
私が言葉を探していると、リコネルが優しく声を掛けられました。
「今残っている避難民は全員領民になるで、宜しいのかしら」
「はい……最早我々に帰る場所は無くなったのです」
「そう……ならば、あなた方はわたくしたちが守らねばならない領民になりますのね」
【わたしたちが、守らねばならない、領民】
その言葉がストンと胸に落ちてきました。
小さく震える肩、レゴラスは目を見開きリコネルを見ました。
「守らねばならない領民ならばわたくしは守ります。いいえ、わたくしたち領主が守らねばならない民。誰一人欠ける事無く、新しい生活に向けてあなた方を支えていかねばなりませんわ」
「リコネル……」
「さぁ! 決まったのでしたら手続きをサッサと終わらせてしまわれて! そして辺境領の領民として恥じることの無い生活を。幸せになれとは言いませんわ、幸せはあなた方が作ることなのですから。わたくしたちに出来るのは……あなた方の安全を守る事ですわ」
真っ直ぐとした瞳に私は目頭が熱くなりました。
ですが涙は流せません。クッと顔を上げると、大きく息を吸い「ええ、そうですね」と力強く口にします。
(此れからが大変なのです。今ここで感動して泣いている場合ではありませんね!)
そう思い、私はレゴラスさん達……避難民に向けて声を大きく語り掛けました。
「あなた方が領民となるのなら、私達領主があなた方の日々の安全を守る義務があります」
「ジュリアス様……ですが我々は散々あなた方に悪態を」
「その様な事は水に流しましょう。目の前にある問題は、あなた方をどう領民にして日々の生活に困らなくするかと言う事です」
「そうですわね、問題は山積みですわ。何せ残っているのはお年寄りと女性、そして子供達ですもの。園が開校していて良かったですわ。子供達は一先ず孤児院の協力と園の協力の元、守る事が出来ますもの。お年寄りで働きたい方は何人いまして?」
こうなると仕事が早いのがリコネルです。
避難民を集め事の事情を説明すると、お年寄り達は諦めの溜息が零れ、子供達はこれからの生活にワクワクし、女性や妊婦は今後の生活がどうなるのかと言う不安に満ちています。
「先立って、この領では孤児院もありますし、園というモノを最近開校したばかりですわ。事情があれば0歳でも預かれるのですけど、0歳から6歳までの子供を預かることが出来ますわ。ですが……王都で勉学に励み、文字の読み書き、計算が出来る子供、大人はどれだけいまして?」
そう問い掛けると、もう親の手伝いをしていても可笑しくない10歳くらいの男の子や上は16歳くらいの子供ですら、文字の読み書きがギリギリできるかどうかだと、計算も少し怪しいと言う話が飛び交いました。
するとリコネルは、彼らを特別に園で預かり、文字の読み書き、そして計算を教えることにしたのです。
「この領民となるのなら、せめて文字の読み書き、計算までは出来るようになってもらいますわ。そうすれば将来の仕事には困りませんもの」
「ボクたち、勉強してたら収入が……」
「無論働き口も増えますし、家に入るお金も増えますわ! さて大人のあなた方、特に母親だけの家庭、父子家庭の方は右に集まってくださる?」
そうリコネルが指示を飛ばすと、半数の親と子供が右に集まりました。
「あなた方は落ち着くまで孤児院で生活してもらいます。大人であっても魔力操作できる方、どれくらいいらっしゃるかしら?」
「少しなら……」
「魔力の暴走が怖くて使ってないけど少しなら使えます……」
「そうですの、魔力操作も園を上げて大人も受け入れますわ。もし、魔力操作を覚えた場合、花屋か園芸店に入って仕事をして貰いますから職には困りませんことよ。さて、問題はお年寄りの方々ですわね」
そう言うと、残されたお年寄り達にリコネルの目が向きました。
「体に不自由がある方は、ジュリアス様が領で作っていた老人院に入ってもらいますわ。無論希望者が多ければ老人院を増やす事も構いませんわ」
「そうですね、【老人院】に一先ず入って貰いましょうか。新しい老人院が出来上がったばかりの筈です」
老人院――とは、領地で子も無く一人老いて生活をしているご老人を集めた院の事です。本当に行き場所が無い方々が集まる為、急ピッチで一つ、大きな老人院を立てたばかりでした。
そこでは領を上げて、領に入ってくる税収で衣食住を賄い、最期の時まで面倒を見るというものです。
王都では聞いた事も無い老人院。そして園の話を聞いた避難民の方々は、呆然とした様子で我々を見つめていました。
「そんな素晴らしい施設が王都にもあれば、道端で死ぬ老人も減らせただろうに」
「本当にねぇ……」
「私も王に進言したことがあるのですが、国王が必要ないと言ってバッサリ切り捨てた案なのです。園に関してはリコネルの発案ですが」
「ジュリアス卿とリコネル様は、本当に領民を想って領地を纏め上げているのですね」
「その領民になれるのなら、これ以上幸せな事はないよ」
――こうして避難民は領民になる事を決め、その日の内に書類を作ったりするのに時間は掛かるものの、徐々に1ヶ月掛けて領民になる手続きを進めることになりました。
彼らの今後が決まってホッとしたその時、馬の嘶きが聞こえ振り向くと、顔を青くしたエリオが丁度馬から下りて私達の元へと駆け寄ってきていました。
「エリオ」
「どうなさったの?」
「大変ですジュリアス様! 王都が……王都が」
「王都が、どうなさったのです?」
「王都が火に巻かれました! 城から火が上がり、城下町までも呑みこんでいます!」
「何ですって!?」
「まさかっ!」
――クリスタルの暴走が始まった瞬間でした。




