第27話 お兄様と久しぶりの再開でしてよ!
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国王陛下の怒鳴り声に尻餅をつき驚愕しているアホ……いえ、チャーリー元王太子に対し国王は手にした書類を今にも破りそうな勢いでしたが、何とか抑え宰相に手渡すと元王太子の元へ歩み寄り、その顔面を足で蹴り飛ばしました。
床に倒れ落ちる王太子の頭を足で踏みつけ、それでもなお怒りが収まらないのか、怒鳴り声は続きます。
「そんな事を貴族がすれば重罪になることくらい何故知らないのだ! 何故お前は当たり前の貴族の規則を知らないのだ! 何故教会の当たり前の事も知らないのだ! 何も知らないお前は……お前なんぞ生まれてこなければ良かったのだ!」
「ち……父上……」
「嗚呼……クリスタルが……クリスタルがお怒りになる……もう真っ赤に染まって今にも王城を包み込もうかと言う炎が……炎が」
陛下の言葉に私は眉を寄せました。
父から教わった言葉に、王都が無くなる際、王城が燃え上がるほどの炎をクリスタルが放つと言われているのです。
私も何度か王太子である頃クリスタルを見ましたが、あの時は美しいクリスタルそのものの色を称え輝いていました。
「クリスタルが……燃えているのですか?」
私のこの一言に王は振り向き、今にも泣き崩れそうな表情で私を見ています。
「無くなるのだ……クリスタルが……王城を飲み込み無くなるのだ……」
「陛下」
「陛下、シッカリ為さって下さい」
その場に座り込んでしまった国王を私が支え立ち上がらせると、王は小さく私にだけに聞こえるように呟きました。
――もう、王都はお終いだと。
私はチャーリー元王太子が生まれた際、王に言った言葉があります。
「民の上に胡坐をかくような次代の王にはしないように、厳しく育てろ」と。
それすらも出来なった国王を責める気も失せましたが、最早今日の執務は無理だろうと言う事で陛下は部屋で休むことになりました。
心労が溜まっているのだとは思いますが、仕事もせず心労が溜まるのは、このアホ王子の所為だろうと同情したくもなりました。
陛下がいなくてはファーネス公爵も話が出来ません。
一旦屋敷に戻ることにはなりますが、夜にはファーネス公爵家の次代であり、リコネルの兄であるカティラス様が来られる為、その用意もしなくてはなりません。
溜息を吐き、今すぐにでもクリスタルの状態を見たいところですが……最早王としての資格を失った私ではクリスタルを見る事は叶わないでしょう。
「宰相様、国王陛下の心労はやはりクリスタルの事ですか? それとも民からの嘆願書の事ですか?」
「両方です。嘆願書、懇願書は届いていますが対応が出来ないほどに国王は精神がやられておられます。次代の国王に仕事をさせてみてはと言う意見もありましたが、アレではとても」
「ですわよね」
「ですよね」
私とリコネルの言葉が同時に出ると、今まで呆然としていた元王太子がハッとした表情を見せ立ち上がり、兵士にまた押さえつけられていました。
「くそっ! 私を馬鹿にして! 私こそが次の王だと言っているだろう!?」
「チャーリー様、無駄な足掻きはお止め下さい。陛下も教会もあなたを次期国王とは認めておません」
「リコネル! 私の許へ戻ってくるんだ! そうすれば全てが丸く収まる!」
「気持ち悪い、帰りましょう。耳障りな声なんか聞きたくもありませんわ」
「そうですね」
「リコネル! リコネル――!」
何度もリコネルの名を叫ぶ元王太子を無視し、宰相に礼をすると私達は王の間を後にしました。そしてその足で直ぐに屋敷に戻り、今晩、リコネルの兄であるカティラス様が来られる事を告げ、楽な服装に着替えると私とリコネルがホッと溜息を吐きました。
陛下の暴走と王太子の暴走。
まぁ派手な一日だったなと思いつつも、リコネルは久々の兄と会えることが嬉しいのか、アホな元王太子の事をキッパリ忘れることにしたようです。
「お兄様とお会いするのはジュリアス様との結婚式以来ですわね」
「そうですね、カティラス様はまだご婚約はされていないのでしたっけ?」
「ええ、女性への理想が高いんですって」
「おやまぁ」
確かに妹がリコネルでは、妹と比べてしまうことでしょう。
商才があり、発言力もあり、仕事もこなせて自立している女性とは中々見つからないものです。
それに「婚約破棄された悪役令嬢と言う汚名を、人選の振るいに掛けるにはピッタリですわ!」と帰りの馬車で言ってのけるのですから、ある意味でも強い女性でもあります。
そんな妹を見て育てば……と、思わず遠い目になってしまいましたが、きっと何時かカティラス様にも素敵な相手が見つかることでしょう。
そしてその夜、カティラス様がお越しになると、嬉しそうに辺境領地での生活や、今後の基盤となる園の事、そしてリコネル商会の事を語っておられました。
まさか花屋をするとは思っていなかったようですが「リコネルの目の付け所は何時も予想の斜め上を行くね」とカティラス様は呆れたように口に為さいます。
「元々妹は花が好きでしたが、リコネル商会に花屋が出来るとは予想していませんでしたよ」
「私も話を聞いた時は驚きましたが、領でのモデルケースを作るならとリコネルが決めたようです」
「滑り出しはちょっと怪しいところもありましたけれど順調ですわ」
「そっか、それは良かった。今度遊びに行きたいよ」
「是非お越しになって! ね? ジュリアス様!」
「是非そうしてください」
「そうだね、王都ではもうリコネルの新作は買えないからね」
そう言って苦笑いを浮かべるカティラス様に、リコリスが眉を寄せ申し分けなさそうに微笑みました。
すると――。
「と、思いましてお兄様には此方を」
「新しい本かい?」
「【愛すべきシリーズ】と呼ばれている新作ですわ」
カティラス様はリコネルの小説のファンの一人だとリコネルから聞いたことがありましたが、お土産だと本をカティラス様に手渡すと、輝くような笑顔を見せ、本を受け取りました。
それはもう、宝物を貰ったかのように抱きしめ……余程リコネルの小説が大好きなのだと夫婦で笑顔を送りました。
「辺境領では今とても人気がありましてよ?」
「とてもではありませんよ。増刷が間に合わないほどです」
「そこまでの小説……読むのが楽しみだよ!」
リコネルよりも垂れがちな目で微笑むカティラス様に、私達は微笑みました。
「ところで、お兄様の意見も聞きたいのですけど、今の王都ってどんな感じですの? 公爵家領にも何か問題ありまして?」
「そうだね、実は君達に伝えておかないといけないことがあるんだ」
こうして語られたカティラス様の言葉に、私達は追々、己の身に起こりうる問題が近付いている事を知る事になります。