第10話 領民の模範となる妻になりますわ!
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式の日を翌日に控えた本日、リコネルは新しい従業員の名簿や特徴などが書かれた書類を見ながら頷いておりました。
「この人員なら問題はありませんわね。あとはどれだけのやる気があるか否か」
リコネルは王都にいた時から様々な商売を考えていたらしいのですが、その中身は、基本的に主婦やシングルマザーを受け入れるものが多かったと記憶しています。
夫が兵士で不慮の事故、及び魔獣に襲われ命を落とされた場合、国から補助金が出るとは言え、生活していくにはとても厳しい金額。
大半のシングルマザーは身を売ると言う生活方法が一般的でした。
しかし、そこにリコネルのメスが、当時入ったのです。
王都には本屋を営んでいたリコネルは、従業員にシングルマザーを中心とした女性を雇い入れ、印刷所にも女性を入れました。管理には基本男性を入れていたようですが、そこはリコネル。男女の管理者を入れていました。
理由は何となく解るのですが、一度リコネルに聞いてみたいと思い、アフタヌーンティーを楽しむ時間にリコネルに質問してみました。
「ところでリコネル、貴女に一度御聞きしたいと思ってたことが御座います」
「なんでしょう?」
「貴女の商店では基本的に女性、特にシングルマザーを従業員に入れていますよね? 理由は何となく解るのですが、王都では特に女性を雇い入れると言う点で苦労したのでは無いですか?」
そう、王都では女性が働く事を余りよしとしない風潮があります。
女性は家を守るもの。
男は外で仕事をするもの。
女性が仕事をしていたとしても、女性は家を守りながら仕事をする事。
そういった風潮が当たり前でした。
私の問い掛けにリコネルは「そうですわね」と紅茶を一口飲むと、一言だけ「少しだけ大変でしたわ」と苦笑いされました。
「確かに王都では女性が働く事を、まるで禁止しているかのようなところが御座いますわよね」
「そうですね」
「でも、この領ではその様な事は余りなさっていらっしゃらない。それは何故ですの?」
「女性でも働けると思ったからです。王都のようにがんじがらめにすることは、女性は男性の言いなりになるのと同じこと。それでは夫婦の意味がありません。男女で家族を守りぬくものだと思ったのです」
「ええ、わたくしもその考えに同意しますわ。ですけど、シングルマザーはそうはいきませんわよね?」
その言葉に私は次の言葉が出てきませんでした。
この領地でもシングルマザーは身を売る商売をしているところがあるからです。
「わたしくね? シングルマザーで子供も幼いのに、一人で全てをするのは無理だと思いますの」
「……そうですね」
「本屋で気がついたところがありませんでしたこと?」
「いえ……申し訳ないですが、キッズスペースがあったことくらいしか」
「なんですの、気付いていらっしゃるじゃありませんの」
「え?」
首を傾げて問い掛けると、リコネルは真に伝わっていない事を察したのか、私に説明をしてくださいました。
なんでも、店の裏手のほうにあったキッズスペースには、働く女性の子供を預かる場所を用意しているのだそうです。
年齢にあわせ文字の読み書き、数字を覚えられるようにもしてあり、幼い子供の面倒を見る従業員も既に数名入っているのだと言って、私に名簿などが載った書類を見せてくださいました。
「こちらは子供達を見てくださる従業員の名簿ですわ」
「……随分とお年を召した方をお雇いになるのですね」
「お年寄りでも家にずっといるよりは仕事がしたいと言う方が数名いらっしゃったの。それで雇用したのですわ。既に子育ても終え、孫守もある程度終わった方ですから、子守には最適でしょう?」
「確かに……」
「子供が病気になった際の対応、対策の知識も残っている女性達ですわ。ですから母親達も安心して子供を預けることが出来ますの。これは王都でやりたくても出来なかったわたくしの商売のあり方の一つですわ」
そうリコネルが嬉しそうに口にすると、更に言葉を続けられました。
「元気のある子供達用の仕事も追々考えていこうかと思ってますの。社会が少しだけ楽になるような循環はやはり必要ですわ」
「ですが、男性は女性に外で働いて欲しくないと思うのも……止められないでしょう」
「いいえ、止めますわ」
「リコネル」
「何故なら、ジュリアス様……貴方の妻であるわたくしが働いているんですもの。領地を治めるジュリアス様の妻が働いて、何故民の女性は働いてはいけないんですの? 私が模範となり率先して働きますわ」
私を射止める真っ直ぐな瞳。
確かに領のトップに君臨する私の妻が働いて、平民の女性が働かないと言うのは可笑しな話ですね……。
「それに、体を売る商売をしているシングルマザーはいつ体を壊して子供共々路頭に迷うかも解りませんもの。その結果が孤児院にいる子供達でしょう?」
「……そうですね」
「我が子を捨てなくてはならなくなった親の悲しみ、苦しみは、わたくしには解りませんわ。けれど、そうしなくては生きていけない……。そんな領は、わたくし、イヤですの。だから、変えますわ」
ハッキリと口にしたリコネルに、私は一瞬だけ呆然とした後、やはりリコネルはなんと素晴らしい女性なのかと胸が震えました。
私よりも領の経営に向いているのでは無いでしょうか?
天才ではないのですか?
素晴らしい考えを持っていれば、悪役令嬢や婚約破棄といったマイナス面など吹き飛ばしてしまうのではありませんか?
そんな事を思っていると、気持ちが伝わったのか執事のサリラーとメイド長のメルサは涙を拭い頷いています。
「我が儘を言ってごめんなさいね、ジュリアス様」
「いえいえ、とんでもない! 私の領地経営の穴を貴女が助けてくださるのです。我が儘でもなんでもありませんよ。貴女の思い描く領地経営も聞きながら、そして模範となるようにリコネルが動いて下されば良いのです」
「ありがとうございますわ!」
「貴女の考えは素晴らしいですリコネル。明日の結婚式が終えたら、2人で一緒に領地経営を頑張って行きましょう。無論無理の無い範囲で構いませんし、リコネルは商売もしていますからね」
「わたくし、ジュリアス様を支える良き妻になりますわ!」
そう言って花の咲くような笑顔で答えてくださったリコネルに、私も優しく微笑みました。
「さ、領地の話よりも明日の結婚式の話を致しましょう? 対策も一応練ってはきましたけれど、再確認しておきたいですもの」
「それもそうですね。ですが、いよいよ明日ですか……貴女を妻と迎えられる事を、誇りに思います。そして何より誰より幸せ者だと言えるでしょう」
「もう! 今話したい事はそう言う事ではありませんの! でも嬉しいですわジュリアス様! もうもうもう大好き!」
突然抱きついてきたリコネルに慌てる私。
それを見て微笑むメイド長と執事。
さぁ、明日は幸せな結婚式――とは言えないものの、気合を入れて結婚式に挑みましょう。
そして、多少なりとリコネルを捨ててくださっての感謝も込めて【プレゼント】も用意しましたし、何時渡しましょうか。
「フフッ 楽しみですね」
「ええ、楽しみですわ!」
きっと噛み合っていないのでしょうが、今はそれで良しとしようと思った幸せなひと時。