晩餐会の黒真珠
月夜が幼かった頃、兄の一夜は、いつも激しいトレーニングをしていたり、夜は年配の男とベッドを共にしていた。それを、いつも物影から見ていた。そして、ジッと見ている月夜を見つけると、一夜は、いつも優しく頭を撫でてくれた。
「いいかい、月夜。兄ちゃんが、嫌なこと全部やってやるから、良い子にしてるんだよ。」
いつまでも、忘れられない。兄の優しい笑顔。
そして、10年前に突如一夜の行方が分からなくなった。
「一夜が行方不明!?すぐにでも探しだせ!あれは、わしのお気に入りだ!!」
この館の主は、派手な服装で、指には多くの大きな宝石をつけていた。
『兄さん、何処に行ってしまったの!?僕をおいて、出て行ったりしないよね!?』
月夜は、体を震わせる。一夜の居ない時には、あの男がキツく当たってくるのだ。
「クソ!おい、お前。お前が一夜の代わりに、仕事をしろ!」
「あっ!」
男は、月夜の前髪を無造作に掴む。
「一夜のおまけで、養ってやったんだ!こんな時に役に立たなくてどうする!?」
月夜は、目に涙を浮かべる。
「…ける。」
「ああ?なんだ!」
「僕が、兄さんを探し出すから…!!」
月夜の言葉に、フンッと地面に叩きつける。
「その言葉、覚えておくからな!」
そして、月夜は、一夜の代わりに特訓をしたり、大嫌いな男と寝屋を共にした。その行動は、一夜の時のように可愛がるのではなく、とても暴力的な行動だった。次第に、月夜はカウンセリングが必要なほど、心を病んでしまった。
「毎晩、お兄さんの夢を見るの?」
女医が、問いただす。
「うん。いつも、僕の嫌なことを、全部やっていてくれてたんだ…!なのに…、何処に居るの!?」
泣き出す月夜を、女医は優しく頭を撫でる。
「じゃあ、一刻でも早く、お兄さんを見つけ出さないとね。」
月夜は、ただただ頷く。
ある花屋は、綺麗な女性が働いていて繁盛していた。
「ありがとうございます。」
「お姉さ〜ん。僕にも、一輪ください。」
声をかけてきた青年に、女性はにっこりする。
「あら、月夜。いらっしゃい!今日は、何をご所望?」
「いつもの薔薇を一輪。青いのがいいな!」
そう言って笑顔を向けると、女性もにっこり笑って返す。
「ええ、分かったわ。ちょっと時期が過ぎてるけど、構わないかしら?」
「いいよ。」
女性は、客が居ないことを確認し、店の奥に入っていく。しばらく経つと、青い薔薇と呼ばれる青い紙を持ってくる。
「前回の得物は、残念だったみたいね。」
「それは、言いっこなしだぜ、李。」
李と呼ばれる女性は、にっこり笑う。月夜は、紙を受け取り、中身を見る。
「ふ〜ん。豪邸のお宝ね…。」
「この男、気をつけたほうが良いわよ。裏とも繋がっていて、周りには用心棒が沢山いるそうだわ。」
「用心棒ねぇ〜。」
「元殺し屋もいるんですって。この健蔵という男、とんだ娯楽者で、よく晩餐会をしては客人たちを皆、廃人同然にしているそうよ。行方不明になってる人間も何人もいるみたい。」
月夜は、ピクリと眉を上げる。
「ふ〜ん。」
月夜は、健蔵の写真を見ながら、きな臭そうな顔をする。
「あのクソ爺を思い出すよ。」
月夜は、雇い主を思い出す。
「これが、例の得物よ。」
李は、もう一つの写真を渡す。それは、真珠で飾られた大きなネックレス。中央に、大きな黒真珠が飾られている。それを見て、目が輝く。
「黒真珠!しかも、こんなにデカい物なんて、初めてみたよ!」
「特注で造らせたそうよ。滅多にお目にかかれないわ!」
「決定だ!今回の得物!!」
はしゃぐ月夜に、李はため息をつく。
「でもね、今回本当はオススメしないのよ。私たちだけで、どれだけフォロー出来るか分からない。相手が大きいだけに、危険もつきものよ!」
月夜は、ニヤリと笑う。
「危険じゃない時なんてないよ!チャレンジあるのみだろ?それに、この前スカくっただけに、大物じゃなきゃまたあのクソ爺に、なに言われるか分かったもんじゃない!」
李は、ため息をつく。
「それもそうね…。じゃあ、予告状を出すけど良いのね?」
「ああ!怪盗シルバー、参上ってデカデカとな!」
月夜は、笑顔で店を出て行く。
「フューたちにも言ってくる!」
「本当に、大丈夫かしら…。」
李は、顎に手を当てる。店の近く、木陰に止まっていた大きな黒いボックスカーに近く。
「フュー、ジェリー、俺だよ!」
月夜が、取っ手に手をかけようとすると、声が返ってくる。
「人は城、人は石垣、人は堀…。」
それを聞き、月夜はムッとする。
「情は味方、仇は敵なり!」
言うと、ドアが開く。
「ようこそ月夜〜!」
いつも、無線を担当しているフューが、笑顔で迎える。
「なんかさ、これっていつも思うんだけど、原始的じゃねぇ?」
合言葉に、月夜は不満をぶつける。
「仕方ないじゃないか。俺たちゃ、天下のシルバー様のサポート係なんだからよ!サツに捕まったら、お前も困るだろ?」
「そりゃそうだけど…。あ、それよりも、李からもらった得物だぜ!今回は、大物間違いなし!大金が舞い込んでくるぞ!」
「月夜ぁ~。武器の調子どう〜?」
ジェリーが、機械をいじりながら聞いてくる。
「順調順調!それより、ジェリーにまた頼みたい事があるんだ。どうも、今回のターゲットが、元人殺し雇ってるみたいでね、戦闘になりかねない。」
「じゃあ、持ち運び良い武器を見繕っておくよ!服も、防御力が高い物にしておく!」
「頼んだ!」
「お安い御用だぜぃ!ボクちんは、自分の威力が見れれば、それで満足だからねぇ!」
フューは、健蔵の顔を見て首を傾げる。
「このおっさん、確かどこかで…。ああ!資産家の健蔵聡!!こっちの業界じゃ知らない奴はいないぜ!?こんな、危なっかしいのがターゲット!?」
「危ないのは、いつも同じだろ?何ビビってるんだ!」
あっけらかんと、月夜が言う。
「お前なぁー、ジェリーの武器があるから今までやってこれたんだぜ?武器なしじゃ、こっちは丸腰だっての!」
「丸腰?お前は、いつもみたいにドローン飛ばしてくれれば良いじゃないか。」
「それが出来ればの話しだ!健蔵の屋敷は、断崖絶壁で、道は一つしかない!いつもみたいに、お前も、俺たちも逃げられる場所がないってことだ!」
月夜は、やっと青ざめる。
「あ、でも、一つ方法がないわけじゃない!」
フューの呟きに、月夜が反応する。
「な、なんだ?」
「クルーザーだ!あそこは、海に繋がっているから、船さえあればサポートできなくはない!」
「船?でも、船運転出来るのって…。」
フューは、ある人物に電話する。
「あ、バスク?仕事だ。ちなみに、船運転出来る?おお、じゃあ頼むわ!」
フューは、スマホを切りOKサインを出す。
「まったく、あいつはいくつ資格を持ってるんだ?」
バスクは、臨時のサポーターだ。今は、引っ越し作業をしているが、様々な資格を持っている。運転免許はもちろんのこと、飛行機、重機、電車、ヘリコプターなどなど、とても頼りになる。
「恐れ入るぜ。バスク様々だな、月夜。」
月夜は、苦笑いを浮かべる。
※
一条のもとに、案の定依頼が来た。健蔵の晩餐会招待状と、"海の一滴"の護衛だ。タキシードを着た月夜を見て、一条はクスクス笑う。
「言いたいことは、分かってますよ。孫にも衣装だ、とか思ってるんでしょ!?」
月夜は、不満そうに一条を見た。
「いや。よく似合ってるよ!」
「説得力ありません!これでも、25歳なんですからね!顔が、童顔なだけですから!」
月夜が、食ってかかると、再び一条は笑う。
「すまないね。今回は、私だけ行こうと思ったんだけど、助手の君を置いていくと、文句を言われそうだったからね。」
月夜は、ため息をつく。
「君、健蔵氏についてだが、あまり彼に近づかない方が良い。とても、物好きだという話しだからね。」
「は、はあ…?」
言い終えると、一条は健蔵氏の屋敷の方へ歩き出す。フューの話の通り、道は一つしかなく、周りは断崖絶壁で、暗い海の波だ。空にも、明かりがいくつも点滅していて、ヘリコプターが飛んでいる。一条が、招待状をポケットから出す。
「お待ちしておりました。どうぞ。」
月夜は、一条の後を歩いて行く。すると、轟警部が近づいてきた。
「一条さん、お待ちしておりましたよ!」
「轟さん。あなた方は、中の警備ですか?」
「ええ、それなんですが…。」
言おうとすると、後ろから声が飛んでくる。
「わしが、入り口だけで良いと申したまで。こちらには、幾人もの用心棒がいますからな。」
「はあ…。用心棒…ですか。」
一条は、健蔵の周りを取り囲む幾人もの武器を装備した人間たちを見る。
「し、しかし、なかなか物騒な…。」
「まあ、日本ではそう思われますがね、私のコレクションのためですよ。」
健蔵は、言いながら月夜の顔をチラッと見る。
『ん…?』
月夜は、一瞬感じた視線に辺りを見渡す。何か、悪寒がしたのだ。
「では、楽しんでください。」
健蔵が奥に引っ込んだ後、轟が一条に耳打ちする。
「ご安心を。何人か、部下を忍ばせています!」
「そうですか。それにしても、健蔵氏は聞きしに勝る道楽者のようですね。パーティーというより、カジノか風俗店にいる気分ですね。」
「ええ。私も、そんな気分です。」
二人の言う通り、ホスト、ホステス波の綺麗どころが揃い、好きに酒を楽しんだり、ポーカー、スロット、チェスなどしている。そして、もっとも貴重な得物は、なんと会場のど真ん中に置いてあった。驚きと共に、健蔵の自信が感じとられる。月夜は、"海の一滴"の美しい輝きに、舌なめずりする。
『わざわざ、得物を外に出してくれるとは、酔狂にもほどがあるぜ!』
だが、それは月夜に危険を伴うことを記していた。
※
健蔵は、ある一つの部屋で、ホルマリン漬けにされている数体の人間が、壁際にあり、部屋の中央の椅子に座っていた。
「怪盗シルバー…か。奴も、わしのコレクションの一体に加えてやろう!」
月夜たち3人は、会場を歩き回っていた。
「一条さん。奴は、来るでしょうか?」
「来るでしょう。でも、かなりハイリスクだ。」
轟は、会場の中央に飾ってある宝石を見て、ため息を吐く。
「正直、今回の仕事は、あまり気乗りしなかった。健蔵氏には、黒い疑いがかかっています。現に、一番奥の部屋は、立ち入り禁止ときている。絶対に、何か良からぬ事をしています!」
一条は、うん、と頷く。
「例の、行方不明になっている人達の事ですね?」
「ええ。どの人物も、この晩餐会から行方を晦ましています。そして、健蔵氏にも容疑がかかっています!問題は、証拠探しなんですがね…。」
「もしかしたら、シルバーがカギを握っているかもしれません。」
「と、言いますと?」
一条は、中央にある"海の一滴"を見る。
「彼が、真相を…解き明かしてくれるかもしれません。そんな気がするんです。」
「真相…ですか。」
轟は、力無い返事を返す。
「それにしても…。」
一条は、ハンカチを口に当てる。
「妙に、甘ったるい匂いがして、体がダルい気がしませんか?」
一条に言われて、轟も口に手を当てる。
「た、確かに…!」
月夜は、二人の近くで"海の一滴"を見ている。
『これまでのようにはいかない…!こんな、人の多いところじゃ、かえってやりずらいだろう。それに、なんだこの違和感は?皆、正気を失ったかのように、あるモノに固執している!…もしかして…!』
「それが、気になるかね?」
考えていると、後ろから男の声がする。その声に、月夜はハッとする。健蔵だ。
「美しいだろう?どこに行っても手にする事の出来ない一品だ。」
「え、ええ。こんな黒真珠、初めて見ました!」
月夜は、冷静を装う。
「調度、一部屋空いている。どうだね、君も?」
健蔵の言葉に、月夜は首を傾げる。健蔵は、月夜にシャンパンを差し出してきた。
「あ、今は、仕事中でして…。」
「わしの一献が、受けられないのかな?」
健蔵の一押しに、これ以上怪しまれてはいけないと、渋々グラスを手に取る。
「そ、それじゃあ、少しだけ…。」
月夜は、ほんの少しだけ口にする。
「もっと、飲みたまえ。」
言われて、もう一口だけ口にし、ため息をつく。
「そう、それでいい。」
健蔵は、ニコリと笑うと、ようやく解放してくれた。健蔵の後ろ姿を見て、月夜は深いため息を吐いた。
『これから仕事だってぇのに、酔ってなんかいられるか!』
さてと、と一条たちの方を見るが、二人の姿が見当たらない。
「あれ?一条さぁ~ん、轟警部!?」
『二人が居ない…ってことは、今がチャンス!?』
月夜は、さり気なくトイレへと向かうのだった。そして、フューと連絡を取るため、イヤホンをする。
「フュー、俺だ!ちゃんと届けてくれたんだろうな?」
「ばっちりだ!お前のGPSのおかげで、大体の見取り図が分かった。物も、奥から2番目の所にある!準備が出来たら、合図しろ。ジェリーが、電気を落とす!」
「了解!」
月夜は、トイレの奥から2番目の扉を開けた。そこには、いつものシルバーグッズが揃っていた。
「さすが、頼りになる!」
月夜は、早速グローブをはめる。
「これが、新兵器ってやつかな?力が、みなぎる!」
すると、突然心臓がドクンッと波打ち、頭がフラフラする。
「あ、あれ…?おかしいな。頭が…!!」
月夜は、急にフラついて、その場に倒れ気を失ってしまう。
「…月夜?どうした!?」
フューのよびかけも届かず、月夜はまんまとある男の罠にハマってしまった。
「ははは!やはり、こいつがあの怪盗シルバーだったか!」
月夜は、薄れゆく意識の中で、笑う健蔵の顔を見た。
※
「ハハハッ!美しい!傷が一つもないではないか!」
男の声に、月夜は目を覚ます。タキシードは乱れ、肌が剥き出しになっている。しかも、両手には鉄の腕輪がはめられている。ボタンを外していく健蔵の異様な顔を見て、ゾッとする。
「…け、健…蔵…!」
「なぁんだ。もう、目を覚ましてしまったのか。今からが、お楽しみだというのに。」
健蔵は、月夜の肌を触っていく。その気持ち悪さに、鳥肌がたつ。月夜は、どうして抜け出そうか、辺りを見渡す。すると、部屋の壁際に、多くのホルマリン漬けされた遺体が並んでいた。そして、あるモノに目がいく。それは、とある首だけの遺体だった。
「っ…!!」
その顔は、とても見に覚えのある顔。一夜の顔だった。
「…に、い…さん…!?」
「お前が、盗っ人だということは、すぐに解ったよ。あの宝石を見る目が輝いていた。年格好も、調度だ。わしは、人を見る目がある。特に、見目麗しいものはな!お前も、お楽しみの後、仲間入りだ!」
健蔵は、イヒッと気味悪い顔を見せる。それを見て、月夜は、ワナワナと怒りが込み上げていた。
「…まえが。…お前が、兄さんを…!!」
怒りのまま、拳に力を入れると、付けていたグローブが起動し始め、頑丈な鉄の腕輪を壊していく。
「な、なんだっ…!?」
月夜のバカ力に、健蔵は驚いて手を止める。
「許さねぇ!!」
月夜は、思い切り健蔵の横っ面を殴る。
「ぐぅ~っ!!」
部屋の大きな音を聞き、用心棒たちが入ってくる。そして、健蔵が吹き飛ばされているのを見る。
「こ、コイツ…!!」
用心棒たちが、銃を放つ。月夜は、寝かされていたベッドを盾にして身を守る。すると、瀕死の健蔵が、
「ぶぁっ!ぶぁかみょのぉ~!!コレ…クショ…ンを、キズ…ちゅけりゅなぁあ〜!!」
回らない口で、健蔵が用心棒たちに命令する。と、用心棒たちは、戸惑いながらも打つのを止める。その隙に、月夜は服や防具がある事に気づき、装備する。
「っ…!」
右腕に、一発銃弾を受けたことを確認する。だが、止血する暇もない。
「仕方ねぇ!!」
月夜は、いつものアクロバティックな動きで、用心棒達をのしていく。
「ぐぁあ!」
「うごぉお~!」
簡単に、やられていく用心棒達を見て、健蔵は舌打ちをする。
「仕方ない!あまり傷つけずに、あいつを止めろ!!」
だが、健蔵が命令している頃には、ほとんど用心棒達は倒れていて、月夜は、部屋を出ていた。逃げながら、月夜はイヤホンを付ける。
「…悪い、フュー!」
「おい、大丈夫かよ月夜!?」
右腕を庇いながら、月夜は走る。
「っ…!問題ない!」
言いながら、ドアを開けると、異様な光景を目にする。麻薬漬けになっている、廃人の人間たちだ。思わず、鼻を押さえる。
「ックソ!もうすぐ、得物の所に着く!明かりを消してくれ!」
「了解!ジェリー!!」
「あ〜い!」
会場が、急に暗くなり、一条と轟たちは驚く。
「なんだ、いきなり?」
「警察官でも、金と権力には逆らえないようですね!手土産を残してあげますよ!」
シルバーの声が響いたと思うと、轟たちの足もに、袋が投げられる。
「な、なんだ!?」
轟の声と共に、会場の明かりがつく。すると、中央にあった"海の一滴"は無くなっていた。
「おのれ、またしても…!」
「轟さん。足元を!」
一条の言葉に、轟が足元を見ると、麻薬の袋が転がっていた。
「こ、これは…!?」
シルバーが出て来たと思われる、奥の部屋から、濃い麻薬の臭いが会場に流れ込んできて、轟は部下を招集する。
「健蔵が、尻尾を出したぞ!奥の部屋を探せ!!」
「了解!!」
一条は、姿を隠した月夜を探す。
「月夜君!何処にいるんだ!?」
轟たちが、奥に行った後、床に血痕の跡があることに気づき、その跡を追って行くと、それは外に繋がっていた。今、外は雨の嵐である。
「…月夜君!月夜ぁ~!!」
すると、物陰から右腕を負傷した月夜が、体を引きずって姿を現す。
「っ…。い…、一条…さっ…。」
月夜は、力つきて倒れる。
「月夜!!大丈夫か!?どうして、こんな傷を…!」
「…け、健…蔵に…。」
言いかけて、気を失う。
「おい、しっかりしろ!!」
一条の声が遠ざかり、月夜は暗闇の中に落ちた。
※
『…兄さん。ようやく、見つけられたと思ったのに…。あんな姿になってたなんて…!』
一条は、月夜を見つけた後、救急搬送してもらい、病院で手術を受けさせた。幸い、銃弾は貫通していて、傷口を縫うだけですんだが、当たり所が悪く、まだ、目を覚まさなかった。
月夜は、昔の事を思い出して夢を見ていた。
「一夜君、月夜君いらっしゃい!新しい、お義父さんですよ!」
宇佐美は、優しい顔で手を差し伸べた。
「おいで。新しい家に帰ろう。」
優しくほほ笑んでいるのに、一夜には胡散臭そうな感じがしていた。思わず、月夜を庇う。二人をリムジンに乗せると、宇佐美は二人を見ずに椅子に座る。
「出せ。」
一夜は、無言のままだったが、月夜は初めて乗る大きな車に嬉しがっていた。二人がたどり着いたのは、大きな屋敷だった。
「うわぁ!おっきい!!見て、兄ちゃん!」
一夜は、月夜にほほ笑んで見せる。屋敷の中に入ると、大勢の執事やメイドたちで溢れていた。長い廊下を歩いて行くと、美味しそうな匂いが立ち込めていた。月夜は、勢いよくダイニングの扉を開けた。すると、そのテーブルいっぱいに、たくさんのご馳走が並んでいた。
「うわぁ~、美味しそう!兄ちゃん、見て!ボク、もうお腹ペコペコだよぉ~!」
月夜は、テーブルの上に置いてあった食べ物に手を伸ばす。すると、不意に宇佐美が月夜の手を叩く。
「しつけのなってないガキだ!」
それを見て、一夜が月夜を自分の背中に隠す。
「すみません!まだ、月夜は3歳。遊び盛りなんです!」
それを見て、宇佐美は一夜の顎を掴む。
「お前は、合格だ。今日から、可愛がってやろう。弟の方は、オマケだ!使い物になるよう、しつけておけ。」
涙を流している月夜の顔を撫でて、一夜は先ほど宇佐美に叩かれた手をとり、撫でる。
「いいかい、月夜。これからは、分からない事があったら、兄ちゃんに聞くんだよ!テーブルマナーも、兄ちゃんの真似をして覚えるんだ!いい?」
「う、うん!」
月夜は、優しくほほ笑んでくれる兄を見本にした。そして、10歳差の一夜が18歳になった時に、宇佐美の計画で、高価な品を奪い取る怪盗シルバーが誕生したのだった。
月夜が寝ている病室に、見知らぬ人間たちが現れ、一条は目を見開く。中央には、豪華なスーツを着た杖をつく年配の男が立っていた。
「連れて行け。」
年配の男の言葉で、両サイドのうちガタイのいい黒スーツの男が、月夜に掛けてあった布団をめくり、点滴が付いているのも構わず、肩に担ぐ。あまりの事に、一条がイスから立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってください!月夜君は、今安静にしてなくてはっ…!」
全て言い終わる前に、もう一人の黒スーツの男が、一条の腹に拳を入れる。
「ガハッ!!」
あまりの痛さに、一条はうずくまる。
「コイツは、わしの物だ!」
年配の男がそう言うと、担がれた月夜は病室から連れて行かれてしまう。
「待っ…て…!」
うまく呼吸が出来ず、一条は見送るしかなかった。
長い夢の後、目を覚ました月夜は、見覚えのある嫌いな部屋の天井を目にして、目を細めた。
「やっとお目覚めのようだな、眠り姫。」
『宇佐美…!』
月夜は、久々に見る顔にウンザリする。
「今回は、お前にしては上々な働きをしたな。この前の失敗に免じて許してやろう。」
「ふんっ。」
月夜は、わかりやすく鼻を鳴らす。そして、重い口を開く。
「…兄さん、見つかったよ。健蔵の屋敷に、コレクションとして飾られていた。まぁ、首だけだったけど…。」
宇佐美は、杖を突きながら月夜の寝ているベッドに近づく。
「健蔵。奴め、羽目を外しすぎたようだな。死体遺棄に、ドラッグ製造。刑務所から出てくることはできまい。宝石の事よりも、世間はそちらのほうに目がいっているようだ。」
「全部、情報済みってことね。」
「しかし…。」
言いながら、月夜に近づく。
「お前、奴に姿を見られたな?」
月夜は、ギクッとする。
「ははっ、隠し事の出来ない奴め。安心しろ、健蔵も薬中ということで、誰も相手にしないようだ。第一、お前の名前を知らない。話しにならんということだ。」
月夜は、内心ホッとする。
「…どのくらい、寝てた…?」
「ここへ来て、3日だ。」
「一条さんは、なんて…!?」
宇佐美は、ため息をつく。
「奴のもとには、もう行くな!正体がバレでもしたらどうする?」
月夜は、宇佐美の言葉に飛び起きる。
「それはだめだ!かえって怪しまれる!それに、あの探偵と居れば、得物を取るための下準備が出来る!仕事のためだ!!」
月夜は、真面目な顔で宇佐美を見る。それを見て、宇佐美は、フンッと鼻を鳴らす。
「それだけか?わしには、それ以上の感覚にみえるぞ。」
「そ、それ以上って、なんだよ…!」
宇佐美は、月夜の肌けた上半身を見て、中央をなぞる。
「っ…!」
「お前、奴に惚れてるな?」
「なっ…!」
ドクンッという胸の高鳴りを感じ、それは宇佐美に触れられているからだと、自分に言い聞かせる。
「何、馬鹿なこと言ってるんだ!一条さんは、ただ利用しているだけだ!」
ムキになる月夜を見て、宇佐美はニヤリと笑う。
「そうか?あの探偵と一緒にいる時のお前は、いつになくはしゃいで見えるぞ。」
宇佐美は、ベッドの上に何枚もの写真をばらまく。それは、普段日常を暮らしている月夜と一条の笑いあっている写真だった。それを見て、愕然とする。
『普段から、監視されていたってことか…!』
「わしから逃げられると思ったか?勘違いするな。お前達を買った時から、わしの所有物だ!」
月夜は、拳を握りしめる。
「俺たちは、お前の道具じゃない!一人の人間だ!!」
月夜の反発に、宇佐美は平手打ちを食らわせる。ドッとベッドに倒れ込む月夜。
「誰が、お前たち兄弟を育ててやったと思ってるんだ!勘違いするな!!」
宇佐美は、部屋のドアの前で立ち止まる。
「お前の怪我、全治3カ月だそうだ。1カ月で治せ!次の仕事だ。」
言いながら、部屋を出て行った。月夜は、クソッ!!と左の拳で布団を叩く。
「結局、籠の中の鳥じゃねぇか…!!」
頬に、一粒の涙が落ちる。
「…誰か…!誰でもいい!俺をここから出してくれ…!!」
フッと浮かび上がったのは、何故か一条の顔だった。