7 「青い少女」 一
扉をたこ殴りにする音で目が覚めた。
当然の裸族も今回はいつかを彷彿とさせる布団に包まれ絵面を守っている。
横になると目が滲む癖をやめたいと思っているのだが、アバターにまでこれが影響されるのは聞いていない。
零れるまでに溢れるそれを、吸水機能のない手で拭っていると追い風が吹いた。
「早く起きて!プレーヤーでしょ!」
「やかましいなぁ」
キンキンと鳴る女声に、嫌気のまま扉を開くと同時に肘を突き出す。
なんとなくで女性の平均的な身長から顔面を狙って打ったそれだったが、存外のみぞおちにクリーンヒットを迎えたこ殴りの犯人は伏す。
ここまでで既に、今回も複数人ゲーに放り込まれたのだと察する。
閉鎖空間の殺し合い、曰く「二重奏」から既に五度のゲームを経ている。
「寝台列車」で負い治療の出来ていなかった背中の火傷は、「二重奏」の次のソロゲー利物によって完治し体の調子は抜群。
その後4回のうち半分を複数人ゲーで経験し、プレーヤーが相手の殺し合いにも慣れてきていた。
今考えれば、珍しく6回連続でデスゲーム型だったなと振り返る。
茶笠のこれまでのソロゲーのうち、七割近くはミステリー型だった。
おかげで無駄な推理力と脱出のための足の速さが身についたといっても過言ではないものの、ゲームで得た知識が後のゲームで役立ったことはない。
それは毎回のゲームのネタに被りがないということであり、運営のいらぬ気合いの入りようが窺える。
複数人ゲーではデスゲーム型が多いということだろうが、茶笠が参加するゲームはどれも墨括弧から提案されよく考えずに茶笠が受注しているだけなので、彼女(彼)が意図的にデスゲームを集めただけの可能性もあるが。
プレーヤーによってゲームの受注方法は異なるよう(「二重奏」後3回目で共に生き残ったプレーヤーから聞いた)でこのアプリには同時に腐りきるほどの大量のゲームが常に提示されているので、こうして同じゲームで巡り会うのも数奇な運命。
と言いたいところだったが。今までなら。
三日前の夜9時
長引いた墨括弧のとの通話を断った瞬間だったと記憶している。
いつも通りの独特なフレームイン――画面右上に到着するにも関わらず右下から長距離やってくる――をしてきた運営からのメールを開く。
某ゲームには不定期で運営からの強制参加指令というものがやってくることがあり、それが来た時点で離脱をしていないプレーヤーは必ず指定されたゲームに参加しなければならないものだ。
運営からのメールの内容といえばほとんどがこの強制指令なので今回も例に漏れずこれだろう。
「寝台列車」も茶笠にとっては強制指令だったのだが、頻度が多いなとふてくされながら題を見て驚く。
一風変わった文面であった。
「寝台列車」を突破された探偵様へ
続くのは結果として強制指令の内容であったのだが、茶笠の衝撃の理由は、こうして人間味のある文面で運営が話したことがなかったからである。
いつもなら、
強制参加指令 日時〇〇 デスゲーム型
だけのような端的極まりないもの。今回の口調はどことなく、ゲーム内の進行役・引用符を彷彿とさせた。
疑問は山ほど出た。
まず探偵という呼び方。運営は我々のことを一律してプレーヤーと表記してきた。
様という敬称も含め、題名にまず違和感。
次に内容だ。
題の印象そのままに、文字通り「寝台列車」をクリアしたプレーヤーを対象に強制指令としてゲームに参加してもらいたい、というもの。
これもおかしいのだ。
まず茶笠は「寝台列車」をソロゲーとして認識していた。
この探偵様とやらが茶笠1人を指しているならそれでよかった。が、今回強制指令の対象となったゲームはミステリー型、であり複数人ゲーと同載されていた。
つまり、「寝台列車」には複数のプレーヤーが個々にソロゲーとして参加していたことになる。
あの規模感を何人分か用意したとは運営も手が込んでいる。この題の言い回しを踏まえれば、「寝台列車」は今ゲームのための選抜試験のようなものだったのかもしれない。
そして最後に。
「寝台列車」「二重奏」含み、これら後々のゲーム名は全てゲーム終了後のアプリによって知ることが可能である。
「寝台列車」が分かりやすい例であるように、ゲーム名は内容の根幹に触れたものであることがほとんどであり、アプリの募集中ゲーム一覧にもたとえ強制指令のメールであっても、ゲーム名が開示されることはない。
それが今回、提示されていたのだ。
文面に堂々と。
強制参加指令 日時・本日より三日後 / 深夜ログイン開始
ミステリー型複数人ゲーム 「青い少女」
(まぁ要は今回の強制指令は、とにかく高難易度ということ)
茶笠が今一度自分の考察に1人して頷くのも自然の流れなのだ。
メールを一読した後、再び墨括弧に通話をかけ今回の強制指令について問うた。
彼女も当たり前に、多くは語れないと前置いた上で「本当に気をつけていけ」とだけ述べられた。
死を恐れるなというよりも純粋に難易度の桁が違う、とのこと。
ミステリー型におけるプレーヤーの死因は脱出出来なかったペナルティであることが大抵だ。首ちょんぱ、体内に仕掛けられた爆弾が爆発、という現場はこれまでに目撃したことがあるが、案外多種多様らしいというのは察している。出来れば溺死を選びたいところだがさすがに叶いそうもない。つまり、この死因に気をつけるわけではなくミステリー型として推理に腰を据えろという忠告。
『探偵様が全員起床されたわ。これより、ゲームを開始します』
引用符の靄が生まれる。
複数人ゲーになってから毎回、このような文面でゲームの開始を知らせるのでこいつに違和感はない。
が、その後続けて出現した赤い靄には目がもっていかれた。
『難易度最高レベル 要注意』
(めっちゃシンプルな忠告)
それだけ運営側から忠告しておいて、どうせ死に方は決まっているのだから何だと問いたいが。
しかし、運営は既にヒントを出していた。
強制指令メール最後に添えられた一文
『光の魔術を習得されることをお勧めしますわ』
ファンタジック世界じゃないのだ。光魔法も闇魔術も当たり前にない。
何の事なのか、三日悩み続けて用意した答えに、茶笠なりの“習得”を終えてゲームへ参加することとなっていた。
(眠たい)
「生きてます?」
「ゲームスタートか」
「おぉーい」と金切り声はどこへやら、穏やかな声で大きな手が揺れていた。
茶笠の視線を誘導するように動く手を途中で掴み、自分の精神をちゃんと今のゲームに昇格する。
「おはようございます」
複数人ゲーに参加し始めてから、なんとなく続けるルーティーン。
そのゲームでお初に見た他プレーヤーに挨拶。白兎には似合わない口調と共に誠意の頭を下げる。
当然の如く動揺されるのだが、あの強制指令の内容を思い出したからだろうか。それともぶっ飛んだ人間は見慣れているとでもいいたいか。
今回のお嬢さんの対応にもいらない納得がいった。
「ええ。どうぞよろしく」
アバターいじりが好きなのだろう、複雑にヘアアレンジが編み込まれた飴色のうち耳前の触覚が、傾けられた首と共に揺れていた。
「身長いくら?」
「アバターは170です。あなたは?」
「こっちは53くらい」
「随分と低めにしているんですね」
「……まーね」
殴打の相手よりログイン部屋内に着替えが用意されていることを教えて貰い、茶笠も無事裸俗を防いでいた。部屋は利便に十分な広さをもったサイズ感で特別大小は感じない。ベッドに着替え等を置くタンスが置かれるのみ。窓からは古風欧州らしさを感じる静かな住宅街が背景として流れていた。
そんなステージでの今回のプレーヤー仲間。
大きな手が見合う、茶笠より遙かに高い身長を包んでいたのは今回から始まった呼び名さながらの探偵服。
某茶色チェックの地味な代物ではあったが、印象深い二件の衣装用意の悲惨具合をみれば、事前に起床時の室内に服が用意されているのは良い待遇といえるだろう。
採寸されたように茶笠の体にもぴったりな衣装を用意した弊社の美術部には涙を禁じ得ない。
「サカサちゃんちぃっちゃいねぇー。もしかしてリアルもそんなものだったり?」
「ウッ」とあからさまな図星リアクションをするのを堪えると同時に、嫌に絶妙なところを突く男に顔だけでもしかめっ面を強める。
緩い口元で常にヘラヘラした雰囲気も、茶笠には新鮮すぎる。出会って二分。もう殺したいまである。
「そんなわけあるか。動きやすさを重視しただけ」
「けれど、実体とアバターにおいて身長ってあまりいじれませんよね~」
「ウッッ」
「まーまーセツナさん。そんなに言ったらサカサちゃんに殺されるよ~」
言い切る前に蹴り上げた茶笠の足だったが、あっさりと止めたてみせたのは飄々とした長身の男。
二分前に茶笠の美しき裸体を凝視した変態である。
***
「俺はリゼ。特技、というかスタイルは慎重派ではないってところかな。危険に見える場所を自分の判断で開ける自信はある。勿論殺し合いなら2人を瞬殺できるけどね」
「セツナと申します。殺しも得意ではありますが、謎解きが好きなのでミステリー型の経験がほとんどです。頼って頂けるだけの実績はあると思いますよ」
さすがにミステリー型というコアな分野の古参なだけあるようだ。
2人の自信たっぷりの発言を嘘だとは思っていない。2人して物騒にも殺しではプレーヤーの中でトップクラスを張れるだけの実力が、既にオーラと僅かな手合わせで分かっている。
確実に回数は積んだプレーヤー。あるいは歴だけでも茶笠より長いかもしれない。
前者、リゼは見た目の偏見だけならがっつりデスゲーム型の中毒者という印象。
身につけるロングコートの探偵服も実に似合っていない。サバイバルの迷彩服なんかがお似合いだろうに。
現に茶笠の足を止めて見せたことにも若干の驚きはある。
セツナの背後からひょっこりと顔を出した位置にいたはずが、顎を下から蹴り上げるような姿勢の足の首を力みもなく片腕で制止した。
今の所は三者とも頭脳を示すような瞬間がないため、推理力というなんとも探偵らしい分野での力は測りかねる。
後者セツナ
自称170㎝の長身に見合う四肢の長さが、彼女も自称の殺しに自信ありをそれっぽいものにしている。
閉鎖空間に動揺しない様子、出会い頭に肘打ちする茶笠を見ても動じないあたり、誰よりも肝っ玉の据わった印象を受ける。
まとめ役を担ってくれようなタイプと認識。
しかし、茶笠と比べるのは些か可哀想かもしれないが、一般的な女性として見ても割とふくよかな肢体。
足が太い腹がどう、というよりは女性らしさに溢れていると言った方が正しいか。戦闘面で茶笠の驚異には見えなかった。
「なんだかすごく失礼なことを考えてそうだねー」
「サカサさんもどうぞ」
茶笠には出会い頭相手を苛つかせる才能でもあるのかもしれない。
決して2:1の体制は作られないように、とせめてもの愛想を示しながら、茶笠も口を開く。
「サカサ、です。なんやかんやゲーム回数は800回を越えたみたいです。とりあえず目指せ1000回ってことで今はやっています。比重はミステリー重め。どうぞよろしく」
代わり映えしなかったポーカーフェイスが、明らかに数ミリ歪んだ。
2人のように特技は述べなかったが、これだけで全てを把握しただろう。
誇れることは瞬発力でも適応力でも知識でもない。
純粋なゲーム回数。
ソロゲー800回を生き抜いてきたことだった。