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逆さの茶笠  作者: 藤乃葵
4/7

4 二重奏 一

 ―――― 茶笠にしては深めの眠りが、いつにない爆音で起こされた。


 否、爆音だと思ったものは声だった。


 耳元もいいところの耳元で何かを叫ばれるも、寝起きの機嫌がえらく悪い茶笠はガン飛ばす。

 飛ばしてしまった。


「協調性ないやつに関わるな。ほっておけよ」


(ああぁぁぁ)


 決して拒絶したかったわけじゃないんだが、機嫌とは欲以上に抑制できない人間の感情だよ。


 耳元の大声は別の男声に止められ、大声の気配も早々に去って行った。


(人?)


 出社一日目に寝坊を悟ったくらいの反射力で茶笠は飛び起きた。

 10割ソロゲーの某ゲームにおいて、ステージに他人がいるのはまずない。

 あるのは某列車での医師のように、ゲーム運営側の要員だ。


「え?」


 起こした上半身に遅れてやってきた白髪が目元を邪魔するのを切り裂く勢いで払い、去って行く人々を眼に収める。


「ちょっと待って!!説明――

「静かに」


 自分が切り裂いた(てない)目元を、すぐに別のものが覆った。

 体温の低そうなそれを自分のものでない判断で今度こそ切り裂く。

 弾かれたそれは避けるように身を引くが、前に飛ばされた反動で初動が遅れる。

 茶笠が背後を向ききり首筋に手を入れる方が速かった。


「誰だ」

「静かに」


 再び同じ声色で言われた。

 初心者じゃないな、とそこで判断がつく。


「同業、だよね」


 目の前の黒髪の女性は両手を肩より上に固定し、冷静にこちらを吟味する。

 同じだけの判断力がある。


「さあ」


 若干年上臭いが同年代といって差し支えのない年頃。

 黒髪は長いストレートヘアを揺らし、正常な返答をしない茶笠に不信感を募らせている様子だった。

 茶笠は女性から早々に目を逸らす。


「ちょっと」


 室内には最初の2つの声と黒髪、そして茶笠の四人。

 殺風景な現場には確認出来る1つの隣室があり、内情はこの場では確認出来ない。


『』(引用符)、もう出てきた?」

 

 一番話の分かりそうな黒髪を見直って尋ねる。

 自分から無視した癖に、そう言わんばかりに不満げな表情で、けれど正直に返す。


「出てきたからあの子は起こしたんじゃない」


 これは悪いことをした。

 背後に黒髪、そして正面二人のプレーヤーの会話に耳を傾ける。


「脱出ゲーか」


「最近ありがちダ」


「そうだな」



「・・・そうなの?」


「・・・・・・・脱出ゲームという言い回しはされていないけれど、実際その通りだと思う」


「この部屋から脱出しろ。脱出できる人数は二人まで。それだけ伝えられた」と付け加えると、冷たい地面に座り込んでいた黒髪は立ち上がった。

 裸体が実に美しい人だ。


「寝てる間に刺せばよかったのに」


 この説明なら、隣室は人数を二人まで絞るための道具庫で間違いないだろう。

 さっさと開けて、一人減らしてしまえば良かったものを。

 それとも珍しい良心の集まりなのだろうか。


「それは出来ないようになっている。道具を得るには四人でパネルに向かわないといけないの」


 何度も説明した、面倒くさい、と副音声で言われたように不機嫌が加算されてる気がするけど。

 隣室の扉は透明でなく、中は見えない。

 が、そばの壁には黒髪の発言通り何かを打ち込む用のパネル。

 某列車の最終ステージで使用されたパネルと同じものに見えるため、名前でも入力するのだろうか。


「あなたが中々起きないから、その間に二人は勝手に徒党を組んだ。迷惑だよ」


「・・・・他と比べる事例がまずないじゃん。なんで自分の目覚めが遅いって把握してなきゃいけないの」


「?いつもは一番に起きていたの?」


「?いや一番とかないじゃん」


【茶笠はこれまで特殊ステージだったのよ。プラン変更に伴って通常ゲームが解放されたわ。一旦話を合わせるのが賢明だと思うわ】


 【】(墨括弧)からの余計な一言も、今回ばかりは仰るとおり懸命な助言だ。

 どうやらこれが、参加費減額以外のメリットとやらだったらしい。


「そう」

「……そう」


 相手の適当な解釈に適当に乗ると、まだ何か言いたげながらも黒髪は話題を終わらせた。

 運営側としては勿論戦前勝利など避けたいだろうが、例え凶器として使用できる武器がなくても首を絞めるとか全身の骨を体重掛けて砕くとか、いくらでもやり方はあっただろうけど。

 良心の塊か、平等を謳う偽善者かの二択に絞られた。

 茶笠なら絶対やってる。



「あと説明しておきたいのは、あれ」

 

 別の壁に向けた視線を茶笠も追う。

 複数人ゲーって珍しいね、と言いたかった喉も助言に欲を封印される。いつか同郷の方に出会ったら意を決して告白しよう。

 黒髪はあるものを指さしながら述べた。


「デシベル?」


「知ってるのね。大きな声や音を出すと音源を問わずに部屋が消し飛ぶ。だから静かに。ここについては協力事項だよ」


「……そうだね」


 黒髪はデシベルの上限を示さなかったが、パネルの桁数が二桁分しかないため、99デシベルが限界で間違いないだろう。

 99デシベルといえば工事現場の内側やカラオケでの爆音に匹敵するくらいだ。早々出る音量ではない。

 これ以上と計測されるだけの騒音を運営に確認された場合は、音源に関係なく全員ゲームアウト。

 単身でここまでやってきた身としては実にやりにくいルールだ。

 それもあるせいで、まだルールを説明していない睡眠野郎を急に攻撃することは避けたわけか。

 突然跳ね起きて叫ばれた日にはもろともお陀仏。


 何かしら衣類を纏っていれば、口周りに巻いてせめて抑えることも出来ただろうが、開始時点で全裸が毎度恒例のこのゲームではそれも望めない。

 大抵は見栄えのためか進路途中に服があったりするのだが、黒髪が何食わぬ顔で直立しているあたり、複数人ゲーでは終始全裸が当たり前なのかもしれない。嘘だろ、絵面保たれるのか。


「あ、服着たいならあそこだよ」


「はよ言えよ」


 ただの変態が。クソが。


 ***


「慣れかな。プロなら服装に実力を左右されないものでしょ」


「やかましいわ」


 何がプロだ。ただの変態をさっさと認めろ。運営の手先か疑ってやるぞ。

 まだ本番でもなさそうな雰囲気の中、黒髪の腹を思い切り蹴飛ばし部屋の隅に積まれていた服から簡素なワンピースを身につける。


「てめぇも着ろ。見苦しいわ」


「・・・・変わってるね」


「やかましいわ」


 だいたい正面のコンビは何かしら着てるじゃないか。

 三人が起きてからある程度経つんだろうから、もっとそのへんのお気持ち表明済ませて協力しとけよ。


 しぶしぶ茶笠が適当に選んだ服を押しつけられた黒髪も、袖を通している。

 絵面・これで保たれたり。



 改めて状況を整理する。

 二対一、今は二対二っぽくなりつつある関係性の室内。

 隣室は四人全員の合意がないと開かない武器庫。

 開ければ間髪なく殺し合いが始まることは間違いない。

 二人に絞ればクリアー。

 そして、その間に99デシベル以上の音量は出してはいけない。

 シビヤだ。某列車に戻りたい。ただの推理ゲーの方が楽しかったよ墨括弧。


【ある意味、いかにして99デシベル以上を出さないかと推理しなければ、脱出は難しいわよ】

 

 そうだね。


 それは事実だ。

 二人に絞る事なんて造作もないが、死に際に大声を発されないように、また道具の使用でも99を越えないようなど条件の突破は難解だ。

 仮に、前者をクリアーするために拳銃を急所に撃ったとしても、室内での発砲音は通常140~160デシベルほどの爆音を有する。

 無知を誘うために、武器庫にこれらが置いてある可能性は高かろうが引っかかってはこちらが死ぬ。


 あとは利物の位置なんかも。これだけデスゲームという要素に特化したゲームでは利物を宝探しの方法では獲得出来ない。

 クリアーと同時に2つか、はたまた利物という存在もソロゲー勢だけの特権だったのか。

 なんとなく天の声を待つ雰囲気を出すが、墨括弧は動いてくれなかった。


 

「俯瞰してるみたいだけど、時間が経てばたつほどやるづらくなるんじゃない」


(99を越えないやり方。銃器以外の使用でそんなもの困難を極める。なら、


「・・・そうだね」


 それは間違いない。

 お二人はまだ仲良く話し続けている。

 このまま徒党を組まれては最悪三・一になる布陣の可能性がある。

 その考えは同じようで、既に会話歴のありそうな黒髪が先陣を切って二人へ歩み寄った。

 裏切りませんように。頼むよ裸族。


「武器庫開けよう」


(気が早いんよこの人ずっと)


 徒党組む人間違えたかも。


 ***


「名前を入力するシステムみたいね」


(やっぱりそうか)


 システム及び機械は使い回しの運営らしい。


「何か知ってそうなカオ」


 耳元で爆音を発した少女に見上げられるので、幼稚園児を宥めるノリで眉尻を落としておく。


「黙れガキが」


「・・・・おこられた」


「ほら見ろ。協調性のないやつだって言ったろ。さっさと首の骨折っておけば良かったんだ。せっかく細いんだから」


 早くに起きていたら男の裸体を白昼堂々眺めていたのかと思うと、操作遅めの墨括弧に感謝の涙を禁じ得ない。

 男性とはいえ自分とそれこそ同い年に見える。それよりは背が低く見えるのでそれ相応、女性との殺し合いが適任な非力男児だろう。

 ちなみに幼稚園児が発した爆音は79デシベルだったそう。一歩間違えれば目覚める前に死亡案件だ。

 ガキという暴言では足りない気がして思い切り拳骨を落とした。


 三人とも何かしらの抑止力が働いているらしく、武器庫を開けるまで張り合うことはしないようだ。

 幼稚園児を虐める兎になったせいで大人げないと言わんばかりの目は向けられたが。

 そもそも幼稚園児じゃあないだろ。


 殺し合い前に、一帯に群がって談笑する集団の方が稀な気がして錯覚に追い込まれている感が否めない。

 黒髪(入力した名前は黒子。もう黒髪でいい)の言う通り、時間をかければ変な情が湧くものだ。

 きっと、この男はもう幼稚園児を殺せないだろうな、とデメリットを打ち立てた。


「次」


 黒髪、幼稚園児、非力と順に名を入れ、茶笠も入力を促される。


 さ、か、さ、と三文字入力。


「へんな名前」


「黙れ幼稚園児。お前と話すとストレスがめっちゃ溜まる」


 もはや目すら合せたくない。

 これほどの大人の理不尽も早々ないだろう。


「本名?」


 黒髪までどうでもいい話題に乗るので「そうだよ」と投げやりに言っておく。


「それは変わってるね」


 一周回って感心した様子の黒髪も見捨て、茶笠は集団の視線が確かにパネルにあることだけ確認すると、合図なく解錠をクリックした。


「じゃあね。一時の友人たち」


 特に意味も無く、そう言ってみた。

 言ってる間に、三人の姿は背後から消えていた。

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