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逆さの茶笠  作者: 藤乃葵
3/7

3 I was on an express train 三

『クリアーおめでとう。利物を与えるわ』


 独特のクリアの発音が癪に障っているあいだに、『』(引用符)は上機嫌に言う。

 通知音が目覚ましとなり、自室の椅子で開眼する。

 そのまま、煌々とライトで主張するPCの運営アプリへ。メールボックスに来ていた、「利物」と題された追加報酬を開く。

 と同時に、外面の大部分を占めていた、先ほどまでの茶笠の兎容姿の左腕が復旧する。

 アバターだ。

 仕方ない。


 急行列車を舞台としたデスゲーム型。いや、今回の場合はミステリー型との融合タイプといった方が適切かもしれない。


 アバターのボロボロ具合とは裏腹に不自由なく動くリアルの指を曲げながら、尻を容赦なく打撃した椅子に回転をかける。

 そうこうしているうちに、本命のマネー報酬もやってくる。

 モニター右上部で輝く桁数を数えるのも面倒なほどに莫大な数字が、チャリンといらない効果音と共に増加。

 包み隠す概念を知らぬ、堂々と円で示すこのシステムは是非変えることを勧める。


 本報酬に追加報酬、それぞれ開封は終わりこれで今回のゲームも幕を閉じる。

 成功を意味する、現金な報酬にも最初こそ興奮したものの桁が大きくなるにつれどうでもよくなっていた。

 参加履歴を開けば、ゲームの題は「寝台列車」シンプルなものだ。

 同列に載る生存率が10%であることに一瞬眉が吊るが、あれを攻略出来るほどミステリーに特化したプレーヤーもそう多くないのだろう。

 となれば、細かい増加量は見なかったが今回の報酬はかなりの多額と考えて良いのだろう。生存率の低さが本報酬の金額にそのまま比例するのは経験から分かっていた。



 にしてもボロボロだな、と中央で無駄にポーズを決めてみる兎茶笠を眺めているとスマホのバイブレーションが鳴る。

 なぜこうもタイミングが毎度適切なのか、いい加減家の中で盗聴器かカメラを発掘しないとな、というストーカー対策は一旦置き、電話へ応える。


 いつもの連絡相手。先ほどまで聞いていたナレーション声が何倍も心地よく耳を刺激した。


【お疲れ様です~】

 

 毎度のことすぎて慣れを通り越しただの雑音だ。わざわざ返事はしない。

 口調の変化には驚かされるが。

 電話に出たはずが一切言葉を発しない茶笠を見向きもしないように、通話相手はそのまま続ける。


【1つ目の利物、残念でしたね。獲得していれば利益利物で参加回数券でしたよ】


「いらない」


【……作用ですか】


 既に終わったゲーム、過去回のものとはいえ平気で内部事情を教えるのが、彼女の役割として規約違反にならないのか、若干心配である。


 ゲーム中に登場する「利物」には「利益利物」と「不利益利物」の二種があり、これが俗に(墨括弧が)言う利物ガチャだ。

 クリアすれば必ず獲得出来る今回のような利物は、確定で利益利物になり要はガチャ要素なしなのだが、今回茶笠が取りこぼした1つ目のように、ゲーム途中に獲得可能な利物は問答無用、ガチャの対象になる。

 二分の一を引き当てなければ不利益利物を得てしまうことになり、内容は多岐に及び墨括弧曰く「内容に被りはない」とのこと。


 利益利物の内容はそれに釣り合うだけ豪華であり、既に潤沢なクリアー報酬から遙かに多い賞金が得られる。印象では5倍~8倍ほど。


 今回のようにアバターに明確な欠損があり自然治癒が不可能と判断された場合は、利益利物の内容が金からアバター修復に優先して当てられるのだが。

 まさに今回の茶笠である。

 逆に言えば、利益利物を獲得しなければアバターはそれ以外で修復不可ということ。


【あれ、ご存じありませんでした?2000万ほどあれば片腕欠損は修復可能ですよ~」


「誰が2000万も持ってるっていうの」


【茶笠さんはたとえ四肢丸ごと欠損してもまだ残りますからね。安心安心】

 

 どうやら、換金システムに終わりはないらしい。



【茶笠様。最近参加の頻度も上がってきましたし、プランの変更を検討されてみては?】


 茶笠が運営の蓄えを想像して勝手に震えている間に、墨括弧の声は弾んでいた。

 日中問わず電話越しに明るい彼女であるが、きっと茶笠から元気を吸い取って生きているに違いない。病みそう。


【茶笠様?】


「なに」


【プランの変更。いかがですか?】

 

「そんなの何でもいいよ」


 珍しい内容を切り出してきた。

 プランと題されたものはゲームに参加するにあたる参加費用のことであり、茶笠は携帯プランと同じようなものと認識している。

 今、茶笠は一月で8回以上参加し、報酬から3割が参加費として引かれるもの。所得税みたいなものでモニターに貯金されるものは事前にこの参加費が引かれている。源泉徴収。


「私の、既に一番上のプランジャなかった?減らすつもりはないよ」


 3つか4つくらいあるうちに、そもそも墨括弧が茶笠の参加頻度に合わせて勝手にプランを変更してくれていたはずだ。

 今更なんの確認を取るという。


【まぁまぁ。ちょっと動画送りますね。弊社の企画部が何か作っていたので】


 間もなくPCにスライドインする、らしくないサムネイルの動画を渋々クリックする。


[古株プレーヤーの皆様~。そろそろ、プランの上限に不満が出始めたのでは?そんな皆様に、更なる上限解放のプランをご紹介します!]


「……これ、お前が喋ってんの?」


【全然?なぜですか?】


「あそう」


 彼女の言う弊社には、墨括弧と同じテンションのやつが多いらしい。

 別にプランに不満もないし上限を解放されてもやることは変わらない。と主張する暇も無く、墨括弧似の女声が画面を変えた。

 表のようなものが出て来、上段に回数、下段に某所得税の割合が示されている。


[15回御参加で2.5割、25回参加で2割、それ以上では一律1割、どうでしょう!?お得じゃないですか?]


 8回以上は一律という、今の茶笠のプランから考えれば大幅な回数アップだ。

 一番下でも15回。茶笠が今何回参加しているのかは知らないが。


【茶笠様は平均12回なので、3回増やして貰えれば1.5割、参加費が減額になりますね。いかがです?】


「それ、参加費以外にメリットあるの?」


 参加費が減るのはいいとして、そもそも3回回数を増やさなければならない。

 今回のように大きめの負傷を癒やす時間が減ることは勿論、不利益利物などに対しても巡り会う確率が増える。

 何もお楽しみのためだけにゲーム参加は決められない。


【……ありますよ。特に、貴方様のような方々には】


 やけにどっと落ち着いた声で墨括弧は進言した。

 ぴくり、と茶笠は僅かに眉を動かすだけでそれ以上追求しようとはしない。

 世話焼き、言いたがり、おしゃべり好き、デスゲームのマネージャーとして異質な三拍子が揃う彼女は基本秘密がない。

 何かあればこちらから聞く前に自分から言うタイプなのだ。

 つまり、ありますとだけ言った今の彼女には、追加メリットとやらを教える気がない。


「そう」


 それだけ答え、茶笠も何も言わない。

 絶妙にいらん空気が流れるうちに、まだ1人でくっちゃべっていた企画部動画が終わる。

 昼の捨てチャンネルでやってるネットショッピングの回りくどい紹介方法とそう変わらないものだった。

 どこかに隠しネタでもあるかと探したが何も無し。本当に古株へプラン上限を伝えたかっただけなのか。


【じゃあ、15回プランに変更でよろしいですか?】


「よろしいよー」


 どうせ茶笠がこう答えなくても勝手に変更し、予定を詰めていただろう。

 3回の追加、アバター補修への課金解放も近いかもしれない。

 円は計画的に使わねば。


【お夕食、お済みですか?】


「まだ」


【いつものでよければデリバリー頼んでおきましょうか?】


「んー」


 換金システムに終わりなし。

 一般世界で通用されている宅配サービスに、ここに貯金している円をそのまま使用できるため食事どころか日用品、ネットショッピングも可能なのだ。

 自炊の文化があるはずもない茶笠宅に食事を入れてくれるのは――金の出所は茶笠口座だが――いつも墨括弧であった。

 

 挨拶もなく、いつの間にか墨との通話は途切れている。

 ふらっと来、ふらっと去る、ある意味茶笠以上に存在感のない人だ。


(飯くるまで風呂行くか)


 自宅で風呂に入るのが嫌いなので2日に1回の銭湯常連客。

 「寝台列車」のレコードを見ようとも思ったがやけに体に違和感があり風呂を優先。

 こうしているせいで、毎回デリバリ-が置き配になるのも、いつの間にか墨にはお見通しらしかった。

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