青い空と青い春
確かあれは専門学校一年の夏だった。
中学三年の時から付き合っていた志衣と初めて二人で旅行に出掛けた。私たちはそれまでの間バイトを必死で頑張ってその日の為に旅行資金を貯めた。
私はカフェで志衣は家庭教師のバイトをしていた。
私たちは中学だけが一緒で高校は別々だった。志衣は頭がよかったが私はまあまあといったところだった。だからという訳ではないが、私は専門学校で保育士になるための勉強を、そして志衣は大学で教員を目指し教育学部で勉強をしていた。
志衣は名前のとおり、志を身に纏ったように自分の夢へといつも真っ直ぐな人だ。私は優瞳と書いてゆめと読むのだか、志衣いわく名前のとおり眼差しが優しいらしい。志衣は「目がキラキラしているところが好き」とも言ってくれていた。
私たちは今までデートといえば一緒に映画館で映画を観たり、ショッピングモールに出掛けたりごく普通のデートを重ねていた。ちょっと前まで高校生だったので旅行などには行ったことがなかった。もちろん周りの子たちの中には行っている子もいた。でも私たちはそんなに焦って大人になる必要性をあまり感じていなかった。二人で少しでも同じ時間を共有できているだけでも十分だった。
しかしそれぞれ大学・専門へと進学してから、その関係性だけではなんだか二人を表せなくなってきていた。
そして志衣は大学一年の春に「夏に一緒に旅行に行こう」と言い出した。私は思わず「旅行?」と飲んでいたカフェラテを吹き出してしまった。そんな私を見て志衣は笑っていた。
待ちに待った旅行の日は二人のバイト先の休みの関係でお盆休み中の二泊三日だけだった。どこもかしこも人だらけだった。旅行先はずっと前から千葉と決めていた。二人の共通の趣味が音楽で、付き合いはじめたきっかけも音楽が関係していた。千葉でお盆休み中にある音楽フェスに行くのが二人の夢だった。泊まる場所は会場近くのちょっと二人にとっては敷居の高そうなホテルにした。その為にもバイトを頑張った。
先ずは一日目に千葉へ行く前、東京にある二人ともが好きなバンドにゆかりのあるライブハウスのある街を散策して歩いた。そしてそこから二回乗り換えをして目的駅へと到着した。ホテルは圧巻だった。画像で見るよりも高級感が漂っていた。二人はエントランスで顔を見合せた。二人とも「場違いだよね」と言っているような焦った顔をしていた。
部屋に通されると内装も景色も素敵すぎて、もう笑うしかなかった。
「どうしようか?」
「何が?」
「なんか場違いじゃない?」
「でもちゃんと料金は支払ってるんだからいいんじゃん?」
「それはそうだけどさ」
「あっ、優瞳」
「んっ?」
「ここさ、ウェディングでも有名らしいよ」
「そうなんだ。素敵だもんね」
「だから、ここで僕が大学卒業したら結婚式挙げよう」
「志衣、大丈夫?」
「おかしい?僕本気なんだけど」
「・・・」
「ダメ?」
「ダメとかじゃなくて、これってプロポーズみたいだよ?」
「そうなんだけど」
「・・・」
「どうしても優瞳のことを大事にしたいから」
「嬉しいけど真面目すぎだよ志衣は」
そんなやり取りをしていると志衣は私に小さな額に入った明らかに子供が書いたようなクレヨン画を私に渡した。
「これバイト先で英語を教えている生徒の男の子が僕にくれたんだ」
そこには男の子と女の子が描かれていて、その二人の頭上には傘が開いていた。カップルを子供ながらに一生懸命描いてくれたのが伝わってきた。私は思わず泣きだしてしまった。そんな私を見て志衣は私の頭を撫でた。私はその温かな志衣の手のひらの温度を感じて、そこから志衣の気持ちがダイレクトに伝わってきた気がして嬉しくてもっと泣いた。泣きながら志衣に尋ねた。
「これが志衣でこれが私?」
「そうだよ」
私は志衣の瞳を見て、
「さっきの答えしてもいい?」
と私が言うと、
「うん」
と志衣は答えた。私が、
「私でよかったらよろしくお願いします」
そう答えると志衣は、
「ありがとう。こちらこそよろしくお願いします」
そう言って微笑んだ。
二人は目を合わせて小さく笑った。
その後はよく覚えていない。ただもう朝日が昇りフェスへと行く日になっていた。
フェス当日は晴れ渡っていて海が空の色に染まって青く光っていた。青い空の元で二人はお互いに好きなバンドのステージを観て回って、お昼にはフェス飯なるものを食べフェスを満喫した。夜になり全てのステージが終演すると花火が上がった。夜空の星たちと花火が両方キラキラとしていて、あまりにも綺麗すぎて私はまた泣いた。そんな私の頭を志衣は優しく笑いながらまた撫でてくれていた。
あれから7年が経った。
約束どおり私と志衣は結婚し、一人息子にも恵まれた。
志衣は小学校の教員、私は保育士として働きながら二人で協力をして家事と育児をこなしていた。
子供の名前は「十有」と書いて「じゆう」と名付けた。有ると十で「ありがとう」。最初はダジャレだと周りに反対されたがもうひとつ意味があった。
「十分に有る。あなたには十分に志も夢もある」という意味だ。
この子には志衣のように志を持ち真っ直ぐにそれに向かって育って欲しいと願っている。そして志衣は口癖のように「ママみたいに優しい瞳で周りを見るんだよ」と十有に言い聞かせていた。
壁には二人を結んでくれた、クレヨンで描かれた男の子と女の子の絵が大切に飾ってあった。