第380話 それが人間でした
「死ね!死ね死ね!とっとと死ね!すぐ死ね!神に命令されたら喜んで死ねぇ!」
戦闘を再開してどれくらい経ったのか。
タダの斬撃、その全てが一撃必殺になるカラドボルグを持ったヘラを相手にするには此処は狭すぎる。
魔法やドローン、ビームライフルで牽制も慣れたらしく、距離を取ってもすぐに詰められる。
カラドボルグでビームも魔法も斬るし躱すし。有効打を与えられてない。弱い攻撃なら偶に当たってはいるが黄金鎧は防御力も高く貫けない。
対してこちらはヘラの斬撃は躱すしかない。ヘラも魔法が使えるはずだし魔王の能力だってある。
だというのにカラドボルグでの攻撃しかしてこない。何か企みがあるのか、それとも……
『はい、1分経過~僕の見立てでは後9分くらいでアイシスの魂は崩壊しちゃうよ。急いだ方が良いよ~』
「……ああああ!うるっせぇ!黙ってろつってんだろぉエロースゥゥゥ!」
焦ってるいるのか。
アイシスの身体を使う事で戦える能力は手に入れても武神ではないヘラは戦いに慣れてないのだろう。
精神的にはかなり追い詰められてるのかもしれない。自棄を起こす前になんとかしたい……追い詰められてるのはこっちも同じなんだけども。
『とはいえ、や。ヘラ様はこれが失敗すればもう後は無い。対してこっちはマスターが死なへんかったら勝ち、や。状況的に厳しいんはヘラ様やで』
……俺が死ななきゃアイシスは――いや、他の誰も死なせるつもりはないぞ、俺は。
俺さえ無事なら他の誰が死のうと問題無いなんて言うつもりか、お前は。
『勿論、マスターがそう言うんはわかっとるわ。今のはヘラ様の立場からの視点や。ヘラ様からしたらマスター以外の誰が死のうと意味ないんは確かや』
なら俺の勝利条件を達成できるように何か作戦は無いか!
『……カラドボルグはデウス・エクス・マキナでも防げへん……いや、アレ試してみる?』
アレ?……って、これか。実戦で使うのは何気に初だな。
『デウス・エクス・マキナ、イージスの盾モード。神器の中でも最高峰の強度を持った盾を模したもんや。これならカラドボルグでも――』
防げ――ねえじゃんか!
「チィ!盾ごと真っ二つになっちまえやぁ!」
何の抵抗も無く斬られたぞ、イージスの盾。どないなっとるんですかヘパイストス様!
『半歩ずらして構えてな左半身もってかれたやろなぁ。危ないとこやで……しっかし、こうもアッサリ斬られるかぁ。カラドボルグ、ヤバいなぁ』
左腕は持ってかれたしな!メーティス、畳み掛けて来る――来ない?
「……あんた、何で叫ばないのよ」
「……は?何だ、突然」
「人間は腕を斬られたら痛みに耐えかねて泣き叫ぶモノでしょ。痛みにのたうち回って涙を流して叫びなさいよ。それが普通の筈でしょ。何であんたはそうしないの。痛覚はあるんでしょ」
……何が狙いだ。時間が貴重なのはヘラも同じ筈。その時間を浪費してまで聞きたい内容とは思えないんだが。
「何が――」
「そもそも何であんたは神と戦うのよ。そりゃ今は戦うしかない状況でしょうよ。でも、あんたは仮に結界を解除しようと逃げないでしょ。アイシスを救いたいから。何で?アイシスと会って一日も経ってないじゃない。他人でしょ?何で命懸けで救おうとすんのよ。あんたの援軍に来た女達もそう。あんたが助かっても自分が死んだら意味ないでしょうに。何であんた達人間は自分を犠牲にして他人を助けるのよ」
「……」
……もしかして、マジの質問なのか?本気で理解出来ない存在として俺を見てる?
「昔っからあんた達みたいなやつらは居たわよ。新しく世界を創れば必ずあんた達みたいな人間が現れる。何で?自己犠牲が美しいモノだとでも思ってんの?」
「……大多数は友人や家族、恋人を助けたい人で赤の他人の為に命をかけ――」
「今まさに命賭けてんじゃない、あんた。仮にアイシスが恋人、家族だったとしても、よ。どっちも他人には違いないじゃない。なんであんたは他人の為に命を懸けて神と戦えるのよ。これっぽっちも理解出来ない」
「……」
「神にだって感情はあるわ。家族は大切だし恋人は大切でしょうよ。あたしにはどっちもいないけど。でも家族や恋人が大切だってのは理解出来るのよ。でも自分を犠牲にしてでも護りたいとか……理解出来ない。昔っから、どうしてもね」
「……」
「それどころか、よ。中には自分を犠牲に他人を助ける事に喜びを見出してるヤツまで居るじゃない。他人の身代わりに処刑されて笑いながら死ぬヤツとか……何なの、アレ。あまつさえ、よ。それを美談として語り継いだりするでしょ。全然理解出来ない。昔っから人間って理解出来ない生き物なのよ、あたしには」
「……だから人間が嫌いだとでも?」
「そうよ。あたしは人間が理解出来ない。神であるあたしが、よ。神に創られた存在の癖に、神の理解を越える。不気味で気持ち悪い……そんな存在を好きだって言える他の神も気持ち悪くて仕方ないわ」
『思い通りにならない存在だからこそ愛おしくて好ましいって僕も思うけどなぁ。4分経過したよ~』
……まぁ、ヘラの言ってる事はわかる。自分が理解出来ない存在を嫌悪してしまうのも。
しかし、そんな御大層な話でもないと思うんだがな。
「……あくまで俺個人の考えだけどな。それで良ければ答えてやるが」
「早く言いなさいよ。時間が無いのはあんたの方でしょ」
「……結論から言えば自己満足だな」
「……は?自己満足?」
「そう、自己満足」
人間は慣れる事が出来る。殆どの事に適応、順応出来る。出来てしまう。
もしも俺が戦争に参加したなら……慣れてしまうのだろう。殺人に。
そして他人を命懸けで助けるのは――
「他人を見捨てる事に慣れたくないんだよ、俺は。他人を見捨てる事に慣れてしまえば大事な人を見捨てる事も出来てしまう気がするから」
「……それの何が悪いってのよ。自分を犠牲にしなきゃ助ける事が出来ないなら見捨てるべきでしょうよ」
「そうだな。大多数の人間はそうするんだろう。だからこそ自分を犠牲に他人を助ける、その行動を美談にするんだ。尊い、美しいってな。別に自分の身可愛さに他人を見捨てる事を悪だと言うつもりも責めるつもりもない」
「だったら何で――」
「だが褒めて欲しいとも思わない。勿論褒めてもらった方が嬉しいけど……自分を犠牲に他人を助けても――逆に怒られるかもな?」
「……」
「だけど俺は……他人を見捨てるヤツより助ける事が出来るヤツでありたい。さっき悪と言うつもりはないって言ったが……助ける方が善だとは思うから」
「……自己肯定感が欲しいって事?」
「そう言い換えてもいいかもな。俺は悪の存在じゃなく善の存在で居たい。だから助けられる存在は助けたい。自分は善の存在だと思いたいから……な、自己満足だろ」
「そう、ね……少し理解出来たわ。ほんの少し、ね」
そりゃ何よりで。




