第370話 女の戦いが始まりました
暴走しかけた……いや暴走したジーク殿下は此処で強制退場。
近くで待機していたアズゥ副団長に背負われてドナドナされて行った。
此処がどんなに楽しそうに見えても暫く帰って来ないでね~。
「ええと……何事?彼の事は放っておいていいの?」
「ああ、いいのいいの。ジ……兄はちょっ~と血迷っただけだから。目が覚めたら正気に戻ってるから。多分、きっと」
そうだと良いなぁ、アイ。お互いの為に、な。
「ああ、そう……なんでお尻かばってるの?」
「き、気にしないで。ほんと、何でもないから」
「そ?まぁ、いいや。じゃ、次は僕から質問があるんだけど、いいかな」
「いや、すまぬがこちらの話がまだじゃ。アイシスよ、お主は話もわからぬ悪人という訳ではなさそうじゃ。お主が聞きたい事はわかるが、この世界はお主を、勇者を必要としてはおらぬ。ジュンは世界を滅ぼす存在ではないのじゃ。だから大人しく、元の世界へ帰ってはくれぬか」
フレイヤ様は……何というか、神様にしては随分と腰が低い。多少、尊大な物言いに感じなくもないが俺達人間と対等に接してくれている気がする。
騙されて送られて来たアイシスの意思を尊重しているようだし。これならアイシスも素直に帰って――
「ん~……イヤかな」
――くれないのかぁ。
ナンデヤネン。アレか、フレイヤ様の言う事を信じられないとかか。
「何故じゃ。わしの言う事が信じられんか。お主にはジュンをどうしても殺さなければならない理由なぞないじゃろ」
「いやいや、そうじゃないよ。フレイヤ様が言ってる事は多分、嘘じゃない。単なる勘だけど、信じてもいい。変態女神でも良い人っぽいし」
「だからわしは変態じゃないわい。わしの事を信じるっちゅうならなんじゃい、何故帰らんのじゃ」
「ん~……それはね……ちょっと恥ずかしんだけど~……モジモジ」
……あ、またこのパターンっすか。
「君がジュンだよね。メッチャ良い男じゃん!グヘヘ……ジュルリ」
やっぱりかー……つか、なんで俺がジュンってバレてんの。
「……こやつがジュンだと、誰か言うたか?」
「誰も言ってないけどさ。神様がジュンが居る場所に送るって言って、此処に来たんだよ。で、その場所に男は二人。で、さっきの彼は誰か特定の人と恋人になろうとしてた。世界中の女と子作りしようって男が特定の恋人なんて作らないでしょ。だから残った君がジュンって事だよね。まぁお城なんだし、他にも男は居るんだろうけど。僕の勘では君がジュンで間違いないよ。イケメンだし」
……なんつうか、この子は勘で生きてるのかな。
ユウとはまた別の勘の良さ……
「……そんなに勘が良いなら何故アヤツの嘘を見抜けんのじゃ」
「え?……あ~……多分だけど嘘と真実が混ざってるからじゃないかな。殆どが真実で、嘘がちょっぴり。世界中の女を孕ませるのが目的なのは本当で、世界を滅ぼすつもりなのは嘘、かな?」
ほんとーに勘の良さだけで正解を出してるのかな。だとしたらなんちゅう勘の良さ。ギャンブルにすげえ強そうだな。
「……で、俺がジュンだとしたら、どうするんです」
「どっちでもいいんだけどね。君がジュンかどうかは、ね。僕は君を気に入った。だから欲しい」
「……あんたもジュンと結婚したいって事?」
アイさん……怒気と一緒に俺の名前も洩らしちゃってますやん。
これ以上は隠す意味も無さそうだから良いけどさ。
「あんた、も?ジュンって結婚すんの?世界中の女を孕ませるつもりなのに」
「アイシス殿の世界ではどうか知りませんが、この世界では男は複数の妻を娶るのが普通です。ノワール侯爵の歳で妻が一人も居ないというのが異じょ……普通ではないのです」
宰相……あんた今、俺を異常だと言い掛けましたね。
『実際そうやん。なんせ千人以上と婚約してるし貞操の切り売りもしてるし。この世界の常識で考えても、マスターこそド淫乱の烙印押されてもしゃあなしやな』
お黙り!
「ノワール侯爵?ジュンって貴族なんだ。じゃあ妻を複数娶るのはわかるけど」
「それだけじゃないわ。この世界は女の方が圧倒的に多いのよ。それこそジュンが世界中の女を孕ませても問題ないくらいにね」
……うん、事実なんだけども。もうちょっと言葉を選ぼうか。事情を知らないアニエスさん達が「マジなのか、こいつ」って眼で見てるから。
「ふうん、そうなんだ」
「その通りじゃ。お主がこの世界の住人なら、妻の一人になるのは問題無い。じゃがお主は元の世界に帰らなければならぬ。じゃから――」
「でもジュンはもらってくね」
「――は?何を言うとるんじゃ」
「だから、ジュンはもらってくね。大丈夫!僕がちゃんと幸せにするから」
「いやいや……そう言う事じゃなくてじゃ」
「大丈夫大丈夫!僕なら必ずジュンを満足させられるから!なんせ僕は世界最高の美少女だし!」
……傲慢の魔王の力を獲得してるからか、えらく自信過剰だなぁ。それとも最初からこういう性格なのか。
何処から来るの、その自信。もう少し奥に仕舞いなさい。
「……ジュンはこの世界に必要な人間じゃ。友人も家族も恋人も、全てこの世界に居る。お主の世界に行かせるわけには行かぬ」
「あ~……家族かぁ。じゃあジュンの家族も一緒に連れてこう!それで解決!」
「いやいや……だからな、ジュンには使命があってな」
「世界中の女を孕ませる使命なんて、他の誰かにやらせればいいじゃん。ジュンじゃなくてもいいでしょ。問題無い問題無い」
「じゃから!そう言う事じゃないんじゃ!」
人の話聞かない系か……それとも強引に押し通すつもりなのか。つか、俺の意思を確認せぇや。
「アイシス、さん。俺は貴女の世界に行くつもりは――」
「あー!あー!きーこーえーなーいー!」
「ない……いや、聞けよ」
「わー!わー!きーこーえーまーせーんー!」
……なんなの、この子。駄々っ子か。
『フラれるのが怖いんやろ。そこは年相応の女の子っぽいやん』
ええ……さっきまでの出所不明の自信は何処へ。いや、奥へ仕舞えとは言ったけども。
『恋愛には臆病なんやろ』
……そっスか。
「兎に角!ジュンは僕が貰うから!僕はジュンと一緒に帰る!これで万事解決!」
「なんの解決になりゃせんわ……ええい、厄介な因果じゃな!」
「因果じゃなくて運命!僕とジュンは結ばれる運命なんだよ!」
「あんた、いい加減に――あっ」
皆、アイシスに――特にアイが怒り心頭という面持ちだったのだが、意外にも誰よりも早く我慢の限界が来たのはイエローレイダー団長。
アイシスに向かって槍を突き付けようとして――
「がはっ!」
「危ないなぁ。思わず手が出ちゃったよ」
返り討ちにあった。
電光石火の速さで動き、繰り出された槍を難なく掴み、腹部へ拳が一発。
本気じゃなかったとはいえ、イエローレイダー団長を一撃で沈める、か。
「イエローレイダー団長!」
「大丈夫だよ。気絶してるだけだから。勿論、殺す事も出来たけど。それにしても、さ。いきなりなんなの。これがこの世界の普通なのかな?」
「……家臣が無礼をした。だが、そちらも随分ではないか?ノワール侯爵の意思を確認せずに連れて行こうとは。身勝手にも程があるだろう」
「僕は良いんだよ、僕は。欲しいモノは必ず手に入れる主義だし、手に入れて来た。これまでも、これからもね。なんせ僕は勇者で世界最高の美少女なんだから」
……美少女なのは認めるが、その性格には難有り、だなぁ。勇者なら、もうちょっとそれらしく振る舞って欲しいものだ。
「さ、ジュン。僕と一緒に――」
「待ちなさいよ。ジュンは渡さない。ジュンはウチのだよ」
いつの間にかアイが戦闘用の装備に着替えてる……そして溢れ出す闘気……本気でやるつもりか。
「……やる気?この僕に勝てるとでも?」
「自分の男は自分で護る。そうでなきゃウチが廃る!」
わぁ、カッコいい。
『お?メインヒロイン決定戦か?なら、わいも参加しよかなぁ!』
……これ以上混沌は必要ないから。引っ込んでなさい。




