第369話 かつてない危機でした
「あんの……ド阿呆がぁぁぁぁ!!」
フレイア様が立ち上がって吠えた。あの大剣は余程の代物らしい。
そんなヒラヒラの服で勢いよく立ち上がると見えちゃ――なんではいてないの?
「ちょっとそこの変態女神。なんで下着付けてないの。やっぱり殴っていいかな。変態なら遠慮無しでいいよね」
「誰が変態じゃ!見たければ好きなだけ見ぃ!そんな事よりもソレじゃ!」
「え。なになに。僕の剣がなに」
「お主のじゃないがな!それは神器!それも神が作った神器の中でも最上級にヤバい代物じゃ!」
何がどうヤバいのか。
それは勿論その能力にあった。
「神器カラドボルグに斬れぬ物は無い!空間じゃろうと次元の壁じゃろうと世界の要じゃろうと!そして神もな!何よりヤバいのは使い手を選ばぬ事じゃ!振る事さえ出来れば幼子でも神を斬れる!」
そして防ぐ手段は無く躱すしか無い。
使い手は選ばないが剣の達人が持てば当然脅威が増す。
「大昔の話じゃが戦馬鹿のアレスがカラドボルグを全力で振るいよっての。次元の壁を切り裂いて一時的に世界を繋げてしまったのじゃ。星々もいくつか斬っておったし……大惨事じゃたわ。砕けた星々の欠片が隕石となって降り注いでの。その時に生きていた生物はぼ全滅してもうたし」
それってもしかして恐竜が全滅した原因の隕石……いや、まさかね。
に、しても……そんなヤバい代物なのかカラドボルグ。
神話じゃ人間に与えたりしてたのに。
「人間に与えたのはレプリカじゃ。本物は神界で厳重に保管されておった筈じゃのに……あの阿呆が」
保管されて……それって普通に考えて盗んだって事だよな。
窃盗が神界ではどれ程の罪になるかは知らんが。ヘラ様の立場は益々マズい事になるんじゃなかろうか。
「兎に角じゃ!ソレは人が持っていて良いモノではない!わしに渡せ!」
「えーやだー。これ気に入ってるしー」
「駄々をこねるでないわ!下手すれば世界を斬る……いや滅ぼしかねんのじゃぞ!それはお主とて本意ではあるまい!」
「そりゃあね。でも大丈夫!なんてったって僕は勇者だし!それも剣の勇者!元から僕に斬れないモノは無いし斬りたく無い物は斬らない!」
「剣の勇者?」
「ん?まさか勇者を知らないなんて……ああ、そっか。別世界の話だから君達は知らないか。僕の世界にはね――」
七人の魔王と対になる存在として七人の勇者が居るらしい。
剣、槍、弓、斧、拳、盾、魔法。それぞれ最大で一人ずつ。
魔王が七人現れれば勇者も七人現れる。逆に勇者が三人現れれば魔王も三人。
そしてアイシスは傲慢の魔王を倒す為に生まれた剣の勇者……らしい。
「でもね?魔王も勇者も単体で世に出る事って今まで無かったんだぁ。僕が初めてだってさ」
それは魔王が魔王を喰らえば魔神になるというシステムがあるからだろう。
そして勇者も……
「勇者はね、死ぬ時に別の勇者に力を託せるんだって。槍の勇者が死んで力を託し、剣の勇者がパワーアップ!て感じ。僕は託されて無いんだけど」
パワーアップと言っても単に力が強くなるとかではなく。今の例えで言えば剣の勇者は槍も得意になるらしい。
アンラ・マンユがマイケルを喰らって色欲の魔王の力を使えたように。
では勇者が魔王を、魔王が勇者を倒した場合はどうなるのか。
「同じだよ」
「同じ?」
「そ。魔王が剣の勇者を倒したら勇者の剣技を使えるだろうね。先に別の勇者に力を託してたらダメらしいけど。で、勇者が魔王を倒したら」
魔王の力を使える、と。
つまり傲慢の魔王を倒したアイシスは傲慢の魔王の力を使える、と。
「魔王ほど使いこなせないし、魔王が出来た事全て出来るわけじゃないけどね。まだ慣れてないし」
「……因みに傲慢の魔王の能力とは?」
「うんとね、僕が出来ると確信した事は何でも出来る、かな」
なんじゃそら。よくわからんと、もう少し詳しく聞いてみれば。
一言で言えば頭で思い描いた事を現実にする能力だ。
何も無い場所に料理を出す事も出来るし、荒地に湖を作る事も出来る。
砂漠を草原に変える事だって昼を夜に帰る事だって出来る。
但し、それは出来ると確信しかなりリアルに想像出来ないと実現しない。
想像力が低く思い込みが弱いと湖を作ろうとしても水たまりしか出来なかったりするんだとか。
「傲慢の魔王は強かったよ。魔法じゃなくて能力で色んな物出せるし創れるし。新種のモンスターまで出して来たのはビックリしちゃった。カラドボルグが無かったら負けてたかも」
言ってしまえば傲慢の魔王の能力は何でも有り。想像出来さえすれば実現可能。
ほとんど神の如き能力。他の魔王と比べても別格と言っていいだろう。
「お主が倒した魔王の事はわかった。じゃがそれがなんじゃ。カラドボルグを持って良い理由には――」
「えー神様のクセに察しが悪いなぁ。傲慢の魔王の考えた事を実現する力、それを使えば話は簡単じゃん」
「えっと、つまり……さっき言ってたように斬りたく無い物と斬りたい物を選ぶ。それを魔王の力で実現するって事?」
「そう!そのとーり!流石王女様は察しが良いね!」
ああ……なるへそ。そういう使い方も出来るのね。
「あの……想像出来て、尚且つ思い込み?が強く無いと実現出来ないのですよね?それを戦いながらやるのは……無理では?」
「そうでもないよ?僕は剣の勇者だからね。剣で斬る事には自信しかないし。元から何でも斬れたし。選択の幅がちょっと拡がっただけ。剣以外の事だったら難しかったかもだけど。貴女も結構強いんでしょ?なら解るんじゃない?」
「……言いたい事は解るのですが。わかるからこそ難しいと……」
「私は解るけど……」
ソフィアさんは脳筋派でイエローレイダー団長は頭脳派ですもんね。
そして傲慢の魔王の力は思い込みが激しく単細胞……シンプル思考の脳筋派に向いた能力だろう。
『つまりアイシスは脳筋と。そう言いたいわけやな、マスターは』
そう言う事になるな……それが良い事か悪い事なのかは、まだ判断出来んがね。
「ちょっと良いだろうか、アイシス殿」
「ん?お、君も結構イケメンだね。なにかな?」
「もしかして、だが……その能力は他人にも使えるのかな。例えば特定の二人を恋人同士にするとか」
ゾックゥゥゥゥゥ!
これまでの人生、前世と今世併せても味わった事の無い悪寒と戦慄!
「え?……ん〜……まあ、何とかなる、かも?」
「おお!ならばお願いする!報酬は支払うから僕と彼を、ごっふぅ!」
「はーい、ジーク殿下。良い夢見ましょうね〜」
危なかった……少々手荒な真似をしてしまったがやむなし。
緊急避難、正当防衛、情状酌量の余地有りで無罪放免だろう。
ですよね、女王様。
「……今回だけ、今回だけは見逃してやるが。次は無いぞ、ノワール侯爵」
「あ、はい」
ですよね……




