第353話 出て来ました
「ああ……レイ……レイ……」
溢れる涙をそのままに。愛おしそうにレイを抱きしめる院長先生。
完全に救えたとは言えないかもしれないが、今はこれで良かったのだと思おう。
少なくとも、殺すしかなかった魔王が普通の人間になって生きて行けるのだから。
「お、男の子って、ああなっているのですね……わ、私、初めて見ました」
「私も。レオナちゃんは?」
「あ、あるわけ無いだろう。しかし、なんだな……随分かわいいモノなんだな」
「そりゃあ、あんな小さな子供のだからな。ノワール侯爵のはさぞかし立派だろうさ。そうなんだろ、レーンベルク」
「え!?そ、それは、その……こ、このくらいかな、と」
「あーた達はこの光景を前にそんな会話しか出来んのか!」
普通ならハンカチ片手にもらい泣きとかする場面じゃないの。
てか、ソフィアさんとは後でじっくり話し合う必要があるようだ。
『んな事よりもマスター。早う次行こうや。まだ終わりとちゃうんやで』
はっ!そうだった!ハッピー?エンド感があったからつい!
「熊も片付いてるみたいだし、次に行きましょうか」
「そうだな。まだエスカロンが居る。ドラゴン達が上手くやってくれていればいいが」
「次に行くのはいいけどよ。院長先生はどうすんだ。流石に子供を抱えては戦えねぇぞ」
「それにベルも動けないみたいだし、今日はもう力を使えないなら、ローエングリーン伯爵達の所に戻ってもらった方が良いと思うんだけど」
負傷は俺が治せるが……体力や魔力はそうもいかん。
動けない、戦えない者を連れてはいけない。当たり前だな。
「というわけで。ステラさん達は院長先生を護衛しつつ会場まで戻ってください」
「む……仕方ないか」
「あの巨大ゴーレムの破壊は私達は不向きだし、仕方ないわ」
「……」
院長先生が戦えないとなると、ステラさん達だけじゃちょっと不安だな。子供も抱えてる事だし。
「というわけでアム達も院長先生を頼む。ピオラお姉ちゃんもついでに」
「え、あたいらもかよ」
「ジュンも護りたいけど……院長先生もだしね。仕方ないかも」
「護りたい、あの笑顔」
「わふっ」
……納得してくれたようで何より。しかしファウよ、何処で覚えたそのセリフ。
「ジュン~?なについでにお姉ちゃんを帰らせようとしてるのかなぁ~?」
「……正直、此処まで来させるのもどうかと思うんだけど。この後はもうピオラお姉ちゃんの出番は無いよ。危険すぎるし。お願いだから言う事聞いて」
「危険だからこそ、尚更お姉ちゃんは――」
「聞き分けなさい。王女として命令してもいいのよ」
「むぅ……」
「ほら、姉御。姉御だって院長先生は助けたいだろ」
「ジュンを困らせたくもないでしょ~」
「いい女は聞き分けがいいもの」
「わかったわよ、もう……」
一応は納得したものの不満アリアリって感じだな。後で何かフォローしなきゃならんか。
「カタリナとイーナはベルナデッタ殿下を。道中に熊はほぼ出て来ないとは思うけど、油断はしないように」
「うん。まあ一匹や二匹程度なら出て来ても何とかなる。心配するな」
「ではベルナデッタ殿下はわたくしがお抱えしますわ」
「「イーナはダメだ」」
「どうしてですの!?」
どうしても何も。ベルナデッタ殿下を抱えたまますっころんで熊の前に放り出す未来がリアルに想像出来るからだが。
いや、もっと酷いかも。
「んじゃ、エスカロンのとこにはウチとジュン、団長達五人ね」
「あの時と同じですな。道中の熊はお任せを」
「あの時は爆風で気絶してしまいましたが……今度は最後まで御守りしますノワール侯!」
「そこはアイシャ殿下と言わないかイエローレイダー団長……」
「私は……魔王は遠慮しとこうかな。熊に専念するね」
「レッドフィールド団長……いえ、まあいいわ……」
エスカロンの相手はこの七人か。カルボウはリヴァとファフニール様が破壊してくれてるといいんだが。
まぁ、この七人なら魔王二体が相手でも何とかなる――
『そうもいかんみたいや、マスター。団長らには各方面の応援に向かってもろたほうがええで』
――何?
『熊の数が多すぎるんや。アイアンゴーレムは既に半数以下。死者は出てへんけど重傷者は出とる。精霊らも頑張っとるけど、このままじゃ犠牲者が出るんは時間の問題やで』
……そこまで具体的な状況はわかってなかった筈だよな。どうしてわかる。
『偵察機が使えるようになったがな。結界があるから王都の外には出せへんけど』
……そうだったな。わかった、団長達には各方面に行ってもらおう。ゴーレムも追加で出す。
『問題無いのは会場と中央区のみや。せやからソフィア以外の団長にそれぞれの団員が居るとこ行ってもらい』
俺、アイ、ソフィアさんの三人だけ、か。ま、俺Tueeeeeのチャンスと思う事にして、だ。
「む?どうしたノワール侯爵。またゴーレムなんて出して」
「魔力は大丈夫なのですか?」
「白薔薇騎士団以外の守りがマズい状況にあるようです。まだ死者は出ていませんが、このままでは時間の問題です。ソフィアさん以外の団長は応援に向かってください」
「オッケー。それじゃお先に」
「あ、おい!アウレリア!」
そっちの方が楽しめそー、という捨て台詞と共にレッドフィールド団長が一抜け。それでいいんだけど、なんだかなあ。
「……ああ、本当にあのバカは。おい、その情報は間違い無いんだろうな、ノワール侯爵。どうやって知った」
「情報の出所を説明するのは難しいですね。そういう力があるから信じて欲しいとしか、今は」
「……チッ。いくつギフトを持ってるんだ、お前は。アイシャ殿下の事は任せたぞ、レーンベルク団長」
いやギフトじゃないっスっけどね。誤解したままで問題ないけども。
「くっ……部下も大事ですが、ノワール侯も護りたい……私はどうすれば……」
「誰か一人でも死んだら、ノワール侯爵にお願いを聞いて貰えなくなるんじゃなかったか。だったら先ずは部下を救いに行くべきじゃないか」
「そーでしたぁ!ノワール侯を必ず御守りしてください、レーンベルク団長!行ってきます!」
「そこはウチの事も頼むべきじゃ……って、もういいや」
イエローレイダー団長ってあんなんだったかなぁ……最初の真面目でお堅そうなイメージは何処へやら。
「じゃ、私も行く。白薔薇騎士団には余裕があるなら私の権限で応援を要請……いや命令するかもしれんが、構わんよなレーンベルク団長」
「普段なら越権行為だと拒否するところですが。この状況では仕方ないでしょう」
「うむ。ま、そうならんようにするさ。では、ご武運をアイシャ殿下。死ぬなよ、ノワール侯爵。私は孫の顔が見たいんだ」
「ハハハ。ミレルトイイデスネー」
アレかな。ブルーリンク団長は俺に娘と結婚しろって言うつもりなのかな。御褒美に。
『言わんやろ。娘のブルーリンク辺境伯は居るんやし。あ、いや、カミーユの事は言うかもな』
……考えないでおこう。追加で出したアイアンゴーレムの操作も任せたぞ。
『はいな。ところでや、マスター。さっきから気になっててんけど』
なんだよ、まだ何かあるのか。進みながら聞くよ。
「アイ、ソフィアさん。行きましょう」
「うん。エスカロンが言うにはカルボウへ続く道は城内にあるって話……だったっけ?」
「裏手にあるのですから……方角はこちらですね」
城の裏手に回るように城内を進むと、御丁寧に開きっぱなしの扉があり。
そこから外に出る事が出来るようだ。門番も騎士も熊も居ない。エスカロンにとっては魔王も捨て駒、か。
で、何が気になるって相棒。
『静かやない?』
……うん?
『城内ではもう戦闘が無いみたいやから城内が静かなんはええんやけど。城に入るまではファフニールらの戦闘音が響いとったやん。それが今はどうや?』
……ほぼほぼ聞こえないな。つまり、戦闘が終わっている?いや、リヴァの力で隔離されてるんじゃないか?
『ああ、それもあったなぁ。しかし、や。それならそれでマスター行っても何も出来んで?』
……それでも現地まで行こう。想定外の事になってても現地にいなきゃ対応出来ないからな。
『……せやな。ああ、魔力の回復しといたほうがええで。またゴーレム出したんやし』
そうだった。魔法薬の飲みすぎでお腹壊さないか心配になるな……
「あ、見えて来た。あそこにカルボウがある筈……だよね?」
「その筈ですが……カルボウもドラゴンも見えませんね。戦闘の跡はありますが……」
焼け焦げた地面に破壊された建築物。しかしカルボウもエスカロンも見えない。ファフニール様もリヴァも。
これはやはりリヴァの力で――
「って、出て来るぞ!」
「へ?出て来るって……うきゃああ!?」
「ド、ドラゴン!?突然、空中から落ちて!?」
ファフニール様とリヴァが……ボロボロじゃないか!それに……アレはカルボウ、か?
『ぐぅぅっ……ご、御同輩、か……』
『うぅ……や、やられちゃった……』
良かった、生きてる。なら、治せる……が。
「ファフニール様、何があったんです。カルボウの姿が変わってるように見えるのですが」
『アレは……魔神じゃ』
『怠惰の魔神なのか強欲の魔神なのかは……わかんない』
……わからない?
『ゴォォ……ジュンサマ!ワタシハ……アナタヲ、オウニ!アナタガ……ホシイ!』
……エスカロン?カルボウの顔がエスカロンになっている、のか?




