第340話 ゲームでした
「やってやるよ!かかって来い!」
圧倒的に不利ではあるが、それを跳ね除けてこその俺Tueeeee !
此処で逃げる選択肢はない!
「あ、やりませんよ。此処ではまだ」
「って、やらんのかい!」
こっちはすっかりやる気だったのに!つうかこの状況で戦わないとか、通るのか?
「そりゃあもう。ジュン様の味方は此処に来れませんから。少々予定が狂いましたが、問題ありませんとも」
来れないって……例の結界か。精霊達も通れない、魔王の能力だと思われるアレ。
ステージ周辺を覆っていて、ソフィアさん達が入れずにいる。
「出る事は出来ますよ。どうぞ、御戻りください。早く治療もされた方がよろしいかと」
「……治療?」
「ノ、ノワール侯爵!手が、右手が!!」
……ああ。さっきので指が三本、吹き飛んでたか。
ま、これくらいなら即座に……おや。
「は、早く治療せねば!私を庇ったが為にノワール侯爵が死んでしまう!」
「落ち着いてください、アンリエッタ殿。もう治りましたよ」
「そんな強がりを言って……治ってる?」
今のはベルナデッタ殿下だな。アンラ・マンユ戦の時と同じで離れた場所からの治癒。
ただ、あの時よりも治癒速度が……いや、時間の逆行だったか。
あの時よりも逆行速度が速い。ベルナデッタ殿下も成長しているらしい。
「ノワール侯!今行きます!すぐ行きます!こんな結界!今すぐに突破してええええ!!」
「ジュンー!!大丈夫かぁぁぁ!あたいが今すぐ助けてやっからなぁぁぁ!」
「こんな結界ごとき!私の握力でぇぇぇ!!!」
「私の腕力でぇぇぇ!!!」
……結界を破って俺を助けようと、皆が必死になってる訳だが。
ちょっと怖いと思ってしまった。だって凄い形相なんだもの。幼児が夜中に見たらトラウマになるレヴェルッ。
『マスターの為に頑張ってんのに、かわいそ。あと、なんでちょっとレベルの発音に気を使ってんねんな』
気にするな、相棒。心に余裕を持たせてるだけさっ。
「行かないのですか?邪魔はしませんよ」
「……行きましょう、アンリエッタ殿」
「あ、あぁ……ノワール侯爵、私の為に怪我をさせてすまない……お詫びに結婚しよう」
結構余裕ありますね、あんたも。
「それより何故ノコノコとステージに上がっていたんです。様子がおかしい事くらいすぐに感じ取れたでしょうに」
「そ、それは……エスカロン陛下が、いやエスカロンから交渉を持ちかけられて。協力してくれれば今後のドライデンとの交易で優遇するからと……」
そのエサに釣られて殺されそうになった、と。次代の公爵がそんなんでセルドア公国は大丈夫かね……
「ノワール侯爵、私は――」
「お嬢様!御無事で!唯一の取り柄のお顔は御無事ですか!?」
「なぬ?」
「ああ、やはり御嬢様を御一人で行かせるのではなかった!二十歳を越えても子供でも騙されないような嘘を見抜けないオマヌケな御嬢様を!」
「おいこら」
「ありがとうございます、ノワール侯爵様!お嬢様を守っていただいて!ビビリな御嬢様は、また暫くは夜に一人でトイレに行けなくなるんでしょうけど!」
「やめろぉぉぉぉ!!!完璧なデキる女という私のイメージが崩れていくだろうが!」
いや、少なくとも俺はそんなイメージ持ってませんでしたが。昨日会ったばかりだし。
でも、今のやり取りで家臣達にはすごい愛されてるのはわかりますよ、ええ。
『せやね。しかし、エスカロンのやつ。ほんまになんもせんな。ニコニコ笑って……ほんまに見逃すつもりかいな』
式典の最中に宣戦布告があったとは思えないほどに、今しがた殺人未遂があったとは思えないほどに。
俺達は安全にステージから降りる事が出来た。エスカロンの言うように結界からも出れた。本当にどういうつもりなんだか。
「ジュン!大丈夫?!」
「我が友よ!大丈夫か!?」
アイにジーク殿下にベルナデッタ殿下、王国組の殆どがステージ近くまで来ている。当然ながら会場は騒然。各国の招待客らも護衛を近くに呼んでエスカロンに向かって抗議の声をあげている。
だけど、何故逃げない?抗議とかする前に逃げればいいじゃないか……ああ、いや。逃げても無駄なんだった。
自爆の有効範囲が世界の半分、というのを信じるなら、だが。
「それでも逃げ出す人が居そうなもんだし、パニックが起きそうなもんだけど」
「逃げれないみたいよ。あのステージを覆ってる結界と同じようなものが会場全体を覆ってるらしいわ」
「加えて。ドライデンの兵士、騎士が会場を囲ってるようですな。妙にやる気の無い……いえ、活力を感じられない連中だそうですが」
ツヴァイドルフ皇帝一行も集まって来た。
で、会場を結界が覆ってる、ねぇ。ステージのは出れるのに、会場からは出られない、と。随分と器用な事が出来るんだな。
結界の中に結界を張って、尚且つ結界の作用を逆にしてあるなんて。
「あー、そろそろよろしいですか?アンリエッタ殿を殺す事は出来ませんでしたが、私が本気なのは伝わったと思います。で、先ほどの話に戻ります。カルボウを破壊出来たら私の全てを譲渡する、という話の続きです」
そう言いつつ、エスカロンは指を鳴らすとフードをかぶった五人の内の四人。レイさんを除いた四人がエスカロンの傍まで来て、フードを取った。
フードの下の顔は一見して普通の女性。ただし眼に意思を感じられない、虚無のような眼をした感情の無い表情をしている。
「既に気付いてる方もいらっしゃるようですが、この会場は結界で覆っています。更に言えば王都からも出られないようにもしてあります。会場からは出られるように、後程解除します。ですが王都からは出られません。王都から出る方法は一つ、城を通ってカルボウがある建物まで行く事、です」
……生き残りたいなら、カルボウを破壊するしかない、と。
でも、簡単にはさせてくれないんだろう?
「当然、妨害はあります。道中はこのような者達が皆さんを襲います」
エスカロンがパチンと指を鳴らす。するとステージ上の四人の姿が化け物へと変わる。
悲鳴と共に。
「この熊の化け物は元は人間だったのですが。魔王の力で堕落させました。魔王の力で堕落した人間は意のままに操る事が出来、このように人間を辞めさせる事も可能なのです」
……マイケルがやったという女達をサキュバスに変えたというのと同系統の能力か。
色欲はサキュバスで怠惰は熊、ね。確か地球じゃ怠惰を象徴する動物が熊だったっけか?
サキュバスだろうが熊だろうが、変えられる方はたまったもんじゃないだろうが。
「この者達のように、熊になった者は王都中に居ます。それら全てが皆さんを襲います。城に着くまでにどれくらいの数が襲って来るのか。フフフ。私にもわかりませんね」
エスカロンが話す間も罵声が止まらない……なんて事はなく。人間が熊の化け物に変わったのを見て。多くの人がショックで絶句してしまった。
御蔭で聞き漏らす事なく聞けてはいるのだが。
「さて……それでは私はカルボウの所で待っています。一刻も早い御到着を願っていますよ。ああ、そうそう。城では私と同じ魔王である彼が待機する事になってます。先ずは彼を突破出来ますかね?フフフ……」
道中は熊の化け物、城ではレイさん、最後にカルボウとエスカロン……あれ?嫉妬の魔王はどこだ?
「それでは、私達は移動します。30分後、会場から出られるようにします。それがゲームスタートの合図です。頑張ってください、皆さん」
皆さん、と言いつつ。俺を見つめながら言うエスカロン。
ゲーム、ね……自分はゲームマスター兼ラスボスってか?
ならばそのゲーム、クリアしてやろうじゃないか。




