第339話 始まりました
「アレはセルドア公国の公女アンリエッタじゃないか?どうして彼女がステージに。ジュン、何か聞いて……どうした?」
「………へぁ?!い、いへ、にゃにも!?」
「明らかに動揺してるじゃないか……ノワール侯爵にとって彼女があそこに居るのはそれほどに衝撃的だったのか」
違いますけどね!衝撃的な事があったのは確かだけど、それは俺の事情ですけんども!
それよかメーティス!このタイミングでメンテナンスってどういう事だ!使えなくなる機能は?!
『ええとなぁ……バトルスーツやらスクリーンなんかの防御機構を含む武装全般。稼働中やった偵察機も強制回収されたし、マテリアルボディも使えへんわ』
………それって戦闘に必要な物、ほぼ全部って事か?
『そういうこっちゃなぁ』
おいいいいいいい!なんだってこのタイミングで!?メンテナンスの中止は出来ないのか!?
『出来へんなぁ。一応、エロース様経由になるけど連絡はしとくわ』
エロース様経由って………前々から思ってたけど、デウス・エクス・マキナのメンテって誰がやってるんだ?
『そら製作者の神様に決まっとるやろ。ヘパイストス様らしいで。わいのもう一人の親みたいなもんやな』
ああ……メーティスって神様が祝福を与えて生まれた存在がお前だったな。で、デウス・エクス・マキナの製作者はヘパイストス様、と。
『せや。で、そのヘパイストス様から連絡が来ててな。なんでもアンラ・マンユに一部とはいえデウス・エクス・マキナが破壊されたんが許せへんらしいわ。で、デウス・エクス・マキナのメンテナンスのついでに強化改修をするって話みたいやで』
遅っっっそ!あれから何カ月経ってると思ってんだよ!何で今なんだよ!
『わいに言われても知らんがな……まぁ推測になるけど、普段はデウス・エクス・マキナのメンテはヘパイストス様の部下……眷族がやっとるんやろ。で、最近になってデウス・エクス・マキナが一部破壊された事聞いて激怒したってとこちゃうか。なんせ神様やし。忙しいんやろ』
……最近になってようやく報告受けたから今やるって?ほんとかよ……
『多分やで。ヘパイストス様のメッセージもあるけど、えらい気合い入っとるみたいやで。「わしの芸術作品を下界の魔王如きが破壊するたぁほんま屈辱じゃけぇ!二度と破壊されんようにしちゃるけぇ、期待してまっちょれやぁ!」やって』
……神様、誰も彼もこっちの都合考えない。強化は有難いが肝心の魔王戦に間に合わないんじゃ意味ないだろうに。
で、そのメンテはどれくらいかかるんだよ。
『全部終わるんはこっちの時間で三日やって』
……ダメじゃん。絶対に間に合わないじゃん。
『メンテが終わったパーツは順次使えるようになるみたいやから幾つかの武装は使えるようになるやろ、多分。それまで何とか魔法とドミニー作の武具で凌ぐしかないわ。空間収納とかは使えるからな。いつでも取り出せるで』
それしかないか……ドミニーさんの武具はどれも一級品だけど、正直魔王相手だと力不足だ。
『贅沢やなぁ。オリハルコンやアダマンタイトをふんだん使うた、この世界じゃ最高水準の武具やねんで。そらデウス・エクス・マキナと比べたら見劣りするけども』
そうは言ってもな……兎に角、魔法メインで何とかするしかないな。
『空間転移も可能やから、最悪逃げる事は簡単や。そない深刻にならんでもええやろ』
それって逃げれるのは俺と、精々が数人だろ。俺は身内を見捨てる気はないぞ。
『マスターならそう言うと思ったわ。でも、全員を転移で逃がす必要はないやろ。時間稼ぎしてから転移で逃げたらええんやから』
そうだな……もしかしてだけど、ベルナデッタ殿下の予知で俺が死んだのって、このメンテナンスが原因じゃないだろうな。
『可能性はあるけど……確認のしようがないやろ。取り敢えず、マスターはステージに注目しとき。周辺の警戒はわいがしとくから』
ああ。武具もいつでも取り出せるようにしといてくれ。
「――そして、一人の商人が男性を商品にしてしまった。これがきっかけとなり、男性が虐げられる国となり、エロース教がドライデンとの関係を断つ事に繋がる事となった。全く、恥ずべき歴史です」
エスカロンの演説はドライデンのこれまでの簡単な歴史を語っていたらしい。周りの様子からして此処までは問題無い内容だったようだ。
「故に、私は仲間と共に立ち上がり改革を成したのです。いえ、その改革はまだ道半ば。私はいずれ世界中に改革を拡げたい、そう思っています。その為の力も手に入れました。これを御覧ください!」
ステージ上、エスカロンの背後の幕がめくられ。出て来たのは……え、テレビ?
「これは離れた場所の景色を映し出す事が出来る魔法道具です。そして――」
魔法道具に映ったのは……巨大なゴーレム?
「これは城の裏手にある建物、その内部の映像です。中央にある巨大なゴーレムはカルボウ。ドライデンの一部地域では鴉をカルボウと呼ぶのです。鴉の紋章が刻まれているので、そう名付けました」
………西洋甲冑を着こんだ騎士のような巨大ゴーレム。ドライデンはあんな物まで造れる技術が?
『いや……アレはちゃうやろ。あんなもん造れる技術があるなら一体だけやのうて複数ありそうなもんやし。多分、神様からもらったんとちゃうか』
ヘラ様から、か。だとしたらアレはかなりヤバい兵器なんじゃ。
「ここで少し、話を変えますが。皆様は魔王という存在をご存知でしょうか」
突然、未知なるゴーレムの存在を知らされ、魔王の話題が出た事で周りがザワつき始めた。アインハルト王国組とツヴァイドルフ帝国組の面々には緊張が走っている。
これは、いよいよか?
「魔王と言っても御伽噺に出て来る魔王ではなく。異世界から来た魔王の事です。最近、アインハルト王国で暴れた化け物がその魔王なのですが………実は私も、あのゴーレムも魔王なのです」
………………は?あのゴーレムが魔王?
「おいおい……エスカロンのヤツ、まさか……」
「そのまさかだろう、ローエングリーン伯爵。エスカロンめ、かなりの自信があると見える。まさか、こんな大胆な……」
周りのザワつきが大きくなって行く。しかしドライデンの民は全く動じていない……それがまた不気味だ。
レイさんも当然だが動じた様子は無い。しかしアンリエッタ嬢はオロオロとしてる。何故、彼女をあそこに連れ立った?
「魔王の力は一人で国を墜とす事も可能なのです。それがドライデンには四人……いえ、あのゴーレムは私が動かす必要がありますし、もう一人の魔王も人間ではないので実質二人なのですが。それでも世界を相手にするのに十分な戦力と言えるでしょう」
……四体の魔王の内、二体は人間じゃない。一体はあのゴーレム。ならもう一体は……アンラ・マンユのような化け物か、はたまたゴーレムと同じような物なのか。
「しかし御安心を。あの巨大ゴーレム、カルボウが皆様の国を蹂躙する事はありません。何故ならカルボウは此処で自爆させるからです」
「「「「「……は?」」」」」
意味不明な事を言うエスカロンに対し、皆の心が一つになった。
……ゴーレムを、いや魔王を自爆?何の為にだ?
「勿論、意味があります。カルボウは魔王、強欲の魔王なのですが。その力の一つに欲しい物を奪う、奪う対象を選ぶ事が出来る能力があります。その能力と自爆をかけ合わせれば。特定の対象のみ、爆発に巻き込まれる。そういうわけです」
……指向性爆弾ならぬ指向性自爆だと?なら選ぶ対象は……他国民か。でも、此処で自爆したって他国に大きな被害を出す事は難しいんじゃ。
「そして各魔王に共通した力……カルボウは強欲の魔王で、私は怠惰の魔王なのですが。魔王はそれぞれが司る力、その感情を奪う事で己の糧に出来る。そして自身はその感情に逆らう事で力を高める事が出来るのです」
それは、つまり……怠惰の魔王であれば勤勉に働けば力を高めていける、と?なんじゃそりゃ!?
「そしてカルボウはゴーレム。感情なんてありはしません。それはつまり、今もなお、力を高めているという事。これまでに貯めた力と共に自爆した場合……実例が無いのでハッキリとした事は言えませんが。まぁ、軽く世界の半分は範囲内に入ってると思って間違いないでしょう」
……メーティス。
『エスカロンの言葉と映像から得られる情報だけやから何とも……でも、嘘やないと思うわ』
……逃げても無駄って事か。
「此処まで御話しすれば、もう皆様も御分りだと思いますが。此処に宣言しましょう。私、エスカロン・ガリア・ドライデンは!世界各国に対し!宣戦布告します!」
アインハルト王国だけじゃなく、世界各国……全世界を相手に戦争をするつもりなのか、エスカロン。
「カルボウの自爆によって世界の半分から二十歳以上の女は消えていなくなります。勿論、ドライデンは除いて。カルボウは明日の夜明けと共に自爆させます。それを防ぐにはどうすれば良いか。わかりますよね?」
今、俺を見て言ったな。俺に止めろ、と言いたいのか?
「ふ、ふざけるな!エスカロン陛下、いやさエスカロン!そんな事が許されると思っているのか!」
招待客の一人が我慢出来ずに声を上げる。それをきっかけに多くの人が声を上げ始めた。
「わかります。記念式典に呼ばれ、いきなりの宣戦布告です。理不尽に思い、怒りに震える事でしょう。ですから賭けをしましょう。今から明日の夜明けまでにカルボウを破壊する事が出来たなら。破壊した者には私が持つ権力、財、全てを譲渡しましょう。望むなら私の命すらも!」
……それが狙いか、エスカロン。あんたは、俺がカルボウを破壊する事で英雄にしてドライデンの王に据えるつもりなんだな。
そして自分は隣に居る、と。
その計画にはあんたが気付いてない、いや知らない穴があるんだがな。
「ほ、本気なのか!」
「本気ですとも!契約書を交わしても構いません!元商人として契約を結ぶ、その意味はよく解っていますから!しかし、それでも御疑いの人は居るでしょう。その為に私が本気であるという事をお見せしましょう」
エスカロンが指を鳴らすと、後ろで控えていたフードを被った五人の内の二人がアンリエッタ嬢の腕を抱え、エスカロンの前に立たせた。
「エ、エスカロン陛下……これは一体、何故、わ、私を……」
「アンリエッタ殿……申し訳ないのですが」
……嫌な予感がする。
……メーティス!
『はいな!跳ぶででぇ!』
エスカロンがアンリエッタ嬢に手を向ける……間に合うか!
「死んでください」
「な、なにを……ヒッ!……あ、あれ?」
「む……これはこれは」
エスカロンから放たれた力……魔王の力ではなく、魔王の力が乗った魔法だったが……アンリエッタ嬢が受けたら確実に死んでいたな。
「流石ですね、ジュン様。今、客席から此処まで一瞬で移動したようですが、どうやったので?」
「……今から戦う相手に教えるとでも?」
デウス・エクス・マキナが使えない上に敵地のど真ん中、完全なアウェイ。オマケにアンリエッタ嬢を守りながらとなると、かなり不利な状況だが……こうなった以上、覚悟は決まった!
「やってやるよ!かかって来い!」




