第336話 居ませんでした
「結婚しよう」
「わー……久しぶりだな、この流れ」
「君の為なら私の全てを捧げよう。そう大公の地位でさえ君の物になる。セルドア公国は君の物だ」
「最近のシリアス感から一転してのこの流れにちょっとホッコリするわー」
まさかの突発プロポーズにホッコリする日が来ようとは。
……今、俺達は記念式典前夜祭、招待客を集めたパーティーに参加している。
招待客にはアインハルト王国とツヴァウドルフ帝国以外の国からも来ているので、当然初対面の人が大勢いるわけで。
そして当然ながら招待客はほぼほぼ女性なわけで。
皆、それぞれがアプローチしてくる……初手からプロポーズはこの人が今日初だが。
ちなみに彼女はセルドア公国の公女。アンリエッタ嬢21歳。いつぞやのダンジョン攻略で赤薔薇騎士団と黒薔薇騎士団が派遣された際にポラセク団長とレッドフィールド団長と顔見知りになったらしく、二人からの紹介されての今なわけだが。
「……お前は本当に節操がないな、ノワール侯爵。初対面、それも他国の公女相手に色目を使うな」
「あれあれ?おかしいな。俺がいつ色目なんて使ったと言うのかなレオナちゃん」
「レオナちゃん言うな!貴様にそんな親し気に呼ばれる覚えは無い!」
社交辞令のように挨拶してにこやかにしてただけですやん。それ以外はなーんもしてませんよ。
『確かになんもしてへんな。こいつもマスターのフェロモンにやられたクチやろ』
それも久しぶりに出たな、フェロモン。メーティスが意図的に抑えてるが僅かに出るフェロモンはどうしようもないってヤツな。
「我が国には観光地にもなってる湖があってね。そこには私の別荘もある。無論、その別荘も君にあげよう。そうだ、式典が終わったらそのまま別荘に行こう。ちょうど帰り道だしね。そうだそれがいい」
「ほらほら、お友達が暴走してますよ。お友達なら止めてあげて」
「チッ……子供扱いするなと何度も言ってるだろうが。ハァ~……アンリエッタ殿、この男はやめておいた方が良い。既に何人もの女に手を出してるし婚約者は千人以上だ。アイシャ殿下とも婚約しているのにも関わらずだ。もっとマシな男が居るだろう。ハッキリ言ってクズだぞ、この男は。皆、顔の良さに騙されているだけだ」
Oh……中々に辛辣。ほぼ真実だし止めろと言った手前否定しづらい。
でも、誰にも手は出してないんだからね!
『最後まで行ってへんだけやん。キスはしてるし混浴もしてるし。十二分に手を出してるやん』
お黙り!
「む……しかし、千人以上の女が居るなら私一人増えたってかまわないじゃないか。それに彼が本当に、ポラセク団長の言うようにクズだとしたら千人以上もの婚約者が出来るとは思えないし、何よりアイシャ殿下との婚約を白紙にしようと動くんじゃないのか、君は」
「む……それは……ア、アウレリア!お前も何とか言え!」
「え~……そうだなぁ~……ノワール侯爵はそこらへんの男とは違うとは思う、仕事してるし鍛えてるし。手当たり次第に女に手を出してるのは間違いないけど。私の妹達も犠牲者みたいだし」
……お宅の妹さんとはほぼほぼ何にもありませんけどね。何だろう、この二人における俺の心象悪すぎない?
演技じゃないよね、これ。微妙に褒めてくれてもいるけどさ。
「アウレリア……褒めてどうする。アンリエッタ殿が不幸になるのを見過ごすつもりか」
「え~……嘘は言ってないでしょ。レオナちゃんが言ってる事も本当だけど、私が言ってる事も本当でしょ。私とレオナちゃん、二人掛かりでも勝てなかったし。そんな男、他にいる?」
「ぐぬっ……!こ、今度は私一人で勝つ!」
「ほう。素晴らしいなノワール侯爵は!五大騎士団の団長二人を相手に勝てるなどと!ぜひとも我が国にお招きしたい!」
だめかー。この二人、仲が良いのにこういう時は息が合わない。戦闘時は息ぴったりの連携攻撃とかしてくるんだけど。
「お待たせ。ポラセク団長、レッドフィールド団長」
「私達の挨拶回りは終わりました。ポラセク団長はローエングリーン伯爵に。レッドフィールド団長はジーク殿下らの御傍に」
ソフィアさんとイエローレイダー団長が戻って来た。二人は五大騎士団の団長であると同時に貴族家の当主でもあるので、こういう時にも挨拶回りは必須。
ポラセク団長とレッドフィールド団長は当主ではないので最低限でいいらしい。
俺?俺はほら、挨拶回りしなくても向こうから来てくれるんで……殆ど覚えてないけど。
「ああ、了解だ。ノワール侯爵の護衛よりは気が休まるだろう。アンリエッタ殿も挨拶回りはまだ終わってないのだろう。行った方が良いぞ」
「……くぅ、仕方ない。また後でね、我が愛しのノワール侯爵」
「じゃ~ね~……」
此処でアンリエッタ殿と一緒にポラセク団長とレッドフィールド団長は散り。
代わりにソフィアさんとイエローレイダー団長が俺の護衛に付く。エスカロンが動くのは明日だと予想してはいるが護衛は必須らしい。
「今のところ、何も無いけれど……油断しちゃダメよ」
「そうですよ、ノワール侯。本当ならエスカロン……陛下が魔王だと判明した今すぐにでも王国に帰還するべきなのですが……」
エスカロンは認めなかったが俺は確信に近いものがあるし、ファフニール様も同意見だった。俺達の中でエスカロンは魔王だと結論が出ている。
そうなるとジーク殿下やシルヴァン、ユウ達非戦闘員は一足先に帰らせるべきという意見も出たが全員断固として拒否。帝国の皇女らも、まだ誰も帰らずにいる。
しかし何もしてないわけでもない。
ブルーリンク辺境伯領で待機していた部隊は船で秘密裏にドライデンに入るように伝令を出し。退路の確保を傭兵団に出したらしい。
そこらへんの作戦はアニエスさんとユウが中心になって進めていた。
子供のユウが会議に参加してる事に不満を言っていたポラセク団長もユウの頭脳に途中から脱帽。それくらい完璧な作戦を提案していた。
ただ、まだ二体の魔王の存在が不明な状況での作戦なので、全て御破算、行き当たりばったりになる可能性も高いとユウは言っていたが。
「ふぅ~……ようやく解放されたよ。ただいま、ジュン」
「クリスチーナ、おかえり。良い商談でもあった?」
「あったけどね。流石は元商人の国。海千山千の強者ばかりさ。裏がありそうな話ばかりで参ったよ。他国のお貴族様の方は裏は無さそうだったけど、流石にドライデンを飛び越えての商談はねぇ」
今回の式典には各国の大きな商会長も招待されている。クリスチーナもその中の一人なわけだが、平民である彼女は護衛を付ける事が許されていないので、アム達は別室待機だ。
「その他大勢はまだ挨拶回りかい?白と黄の団長は戻ってるみたいだけど」
「白と黄……」
「クリスチーナ、貴女ね……私達じゃなきゃ問題になるわよ」
クリスチーナはわかってて言ってるんですよ……ソフィアさんは兎も角、イエローレイダー団長はまだそれほど付き合い長くないんだから気を付けなさい。
「アイ達はまだ挨拶回り。終わってもジーク殿下とベルナデッタ殿下の側に居なきゃだろうし、此処には来ないんじゃないかな。ジーニさんは……まだしばらくは無理なんじゃないかな」
「ああ……なんてったってエロース教の大司祭様だからねぇ……」
未だドライデンから手を引いたままのエロース教の大司祭であるジーニさんはある意味で一番人気の招待客だ。
ドライデンの人間は神子を派遣して欲しいと交渉したい。各国のお偉いさんはエロース教本部移転の話を聞きたいしで。
パーティー会場の一角に出来た人だかり。その中心で対応に追われているのがジーニさんだ。
あの様子だと、まだ解放されそうにはないな。
「あとは……公子一行はどこだい?」
「マルレーネ殿も人気だな。ドライデン周辺国からは遠い国の要人、接する機会の無かった人が殆どだし。この機会に縁を結びたいんだろ」
貴族的には正しい行動なんだろうけども。
本音を言うとあまりバラバラに居られるといざという時に護り辛いから、ある程度は固まってて欲しいんだけどな。
「お待たせしました、ノワール侯……そう言えばイエローレイダー団長もノワール侯と呼んでましたか。では私はこれからは愛を込めてジュンさんと」
「むっ……」
「愛を込めるのは勝手だけど、ジュンの愛が貴女に込められるかどうか。ねぇ、ジュン」
ジェノバ様も俺達の輪に入って来た……のはいいけども。妹さん達の面倒は見てくださいね、ほんと。
「ところで何かありましたか」
「え?……あ、いえ。今のところは何も。そちらでは何か?」
「こちらも何も」
メーティスが偵察機を使って。精霊達にカミラ達も城内で情報収集に当たってるが今のところ新しい情報は無し。
どうやっても入れない部屋、区画がある以外に情報は無い。
無いんだよな、メーティス。
『無いな。エスカロンもレイもこの会場に居るし。兵士や騎士も怪しい動きはしとらん。これと言ったもんはないわ』
残りの魔王の存在も不明なまま、か。出来れば明日までに正体を掴みたかったが――
「御主人様」
「っとぉ。カミラか」
突然、カミラが戻って来た。カミラが直接来たという事は何かあったか。
「どうした。何かあったか」
「いえ、何も。ですがおかしいのです」
「おかしい?」
「エスカロン子飼いの暗殺者の姿が見えません。何処にも」
……それはそうじゃね?暗殺者がそこらを探して見つかったなら。それはそれでおかしいような。
「カミラみたいにメイドに扮してるとかじゃないのか。もしくは入れない部屋に待機してるとか」
「調べる事が出来ない場所にいる可能性は勿論あります。ですが私なら変装してても見破れますし、相手も同じです。私達元暗殺者が城内を捜索していても何の動きも見せないというのは……引き続き捜索しますが、此処に居ないという可能性は高く、それはつまり……」
……エスカロン配下の暗殺者が動いている可能性が高い。それはつまりどういう事かと言えば……
『何処かで誰かを暗殺しに行ってる可能性が高いってわけやな。このタイミングで、誰かを。誰なんやろな、狙われてるんは』
そういう事だよな、やっぱり……




