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第332話 異常でした

「イエローレイダー団長、王都ガリアが見えました」


「わかったわ。もうすぐ着くみたいですよ、ノワール侯」


「はぁ…そですか」


 ミトラスを出発して三日。ようやく王都ガリアが見えた。


 案内役だが俺の敵だと宣言したレイさんが合流した事で警戒を強め、慎重に進んだから少し時間がかかった。


 それから俺の側には必ず五人の団長の誰か……ポラセク団長は馬車に乗れずレッドフィールド団長が背負ってるので実質三人の団長の誰かが側に居る事になった。


 今はイエローレイダー団長が同じ馬車に乗ってるわけだが……隣に座らなくても良いと思うんだ。


 まあ、御蔭でジーク殿下はアイとベルナデッタ殿下と同じ馬車に移されたし、シルヴァンも別だ。


 ストレ……こほん。ジーク殿下からのセクハラから解放されたのは有り難いけど、ここまでせんでも。


 と、思いはしたが口に出して言う事は無い。でも距離が近すぎません?隣に座るにしても肩が触れ合う程近くじゃなくて良いと思うんだ。


「それにしても……意外です。王都まで特に何事もなく着くとは。難民にも盗賊被害にあった村を見る事もないとは思いませんでした」


「ですね……」


 事前に話し合った内容では王都に近付くにつれ治安は安定していくという話だが、それでも何回かは遭遇する事になるだろうと予想してはいたのだが。


 外国からの招待客が来るとわかってるのだから治安維持に努めてる……のだろうが。それなら国全体をそうするべきなのに、やってるのは王都周辺だけ。


 どうしてこうも出鱈目な政治をやってるのか。


『そういやぁエスカロンの目的について深く考えた事ないなぁ。マスターが狙いなんやろうけど』


 俺が狙い……俺を手に入れて、その先どうするか、か。


『いやマスターを手に入れた後はお決まり路線やろ。子作り三昧……だけやなく、エスカロンの掲げる思想的に王座が付いて来るな。まぁ、それはええとしてや』


 何にも良くないが。王座とか超遠慮したい。エスカロンに所有されるつもりは毛頭ないが。


 で?


『マスターを手に入れたいならマスターを殺そうとする魔王と手を組んだらあかんやろ。矛盾しとると思わん?』


 ……確かに。俺を手に入れる、つまり生け捕りするなり引き抜きがしたいなら、俺を殺そうとする一派と手を組んじゃダメだわな。


 いや、もしかして、アレか? 俺を狙う魔王を倒して俺に恩を売る、マッチポンプ的な。


『手を組んだフリして後ろからグサッて? 未来では歴史家が英雄扱いするかもしれんけど、現代を生きる人間には嫌われそうやなぁ。何より、マスターがそういうの嫌いやろ』


 ……まぁ、そやね。自分より強い相手を倒す手段として有効なのは認めるから全否定するつもりもないけれども。


「ジュン君、王都ガリアに入る……ちょっと、イエローレイダー団長? ジュン君に近いんじゃないかしら」


「大丈夫です。護衛ですから。レーンベルク団長こそ、その程度の伝令を団長自ら行う必要はないのでは」


「「……」」


 メーティスとの脳内会議をしてる間に王都ガリアに到着。王都に入る手続きも済んで、先頭の帝国の馬車群はもう入っているようだ。


「お前ら……余裕だな。これから私達は敵地に入るんだぞ。にらみ合いなどしてる場合か。見るなら周囲を見ろ、周囲を」


「私の背中に乗ったまま言っても説得力ないよ、レオナちゃん」


「う、うるさい!お前もいつまで背負ってるか!下せ!」


 仲良いなぁ……それはさておき。


 馬車から見える王都の景色は一見してこれまでの街と大きな差は無い。


 無いが……何か違和感が。


『違和感で済ませたらあかんのちゃう。はっきり言って異常やろ、この静けさは』


 静けさ……ああ、確かに。普通、隣国の皇帝やら王女やらが来るとなれば歓迎パレードやら市民の見物なんかでもっと賑わうはず。


 俺がベッカー辺境伯領でのお茶会に参加した時でさえあれだけの騒ぎになったというのに。


『いや、アレは例外やと思うけど……パレードが無いとか見物客が居らんとかを差し引いても、や。そもそも王都っちゅうたら国で一番の街、一番人が溢れてる街の筈や。せやのに出歩いとる人間が異様に少ないと思わん?』


 言われて見れば、確かに。店で買い物してる客なんかはチラホラ見えるが、街を行き来する人や馬車、遊んでいる子供の姿も見えない。いや、全く居ないわけではないが数える程度。


 その僅かな人もこちらに何の興味も示さない。あからさまに外国からの一団とわかる、目立つ集団なのに。


 ミトラスの女のようにナンパするとか野次馬が正しい行動とまでは言わないが、普通もう少し興味を示すだろうに。


「私、ドライデンに来たのは初めてで、以前のガリアを知らないのですが……内乱後、王都になってまだ一年だという事を差し引いても、人が少なすぎるように感じます」


「ですね。俺も同感です……近いです、イエローレイダー団長」


「あっ、ご、ごめんなさい」


 二人が並んで顔を出すには、この馬車の窓は小さすぎる。


 いい匂いするとか思ってませんよ、ええ。


 それにしてもメーティス。偵察機で王都の様子も探ってた筈だろう。その時はどうだったんだ。


『王都の様子は昨日まで探ってたけど、こんなんやなかったなぁ。普通……いや、そうか。普通なんが既に異常やったんやな』


 うん? どういう事だ。


『翌日には皇帝に王女に王子、オマケで公子まで来るんやで。普通なら……なんや普通普通言い過ぎて普通って何やろうってなって来たけども。普通なら街中歓迎の準備で沸いてるやろ。それこそベッカー辺境伯の街、メールスみたいに。それが前日になっても普通、なんも異常なし。異常なしなんが異常やったわけや』


 なるほど。しかし住民が居なくなった、わけじゃないよな。


『せやな。建物の中には人が居るんは間違いないわ。人は居る、それは間違いない。だからこそ異常やな』


 いきなり人がハーメルンの笛吹きが如く、連れて行かれて居なくなったわけでもない、しかし窓から顔を出してこちらを見てるわけでもない。


 なんなんだ、ここの住民は。ドライデンは無宗教が主流だから宗教的な理由で閉じ籠ってるわけでもないだろうし。


 現在の状況になってる理由がわからない……城の中はどうだ?


『城の中には入れへんままや。結界か何か……魔王の力かもしれんな。兎に角偵察機は入れへんままや。精霊らも入れへんままなんやろ』


 今日に至るまで偵察機、精霊達に王都ガリア、王城の様子を探ってもらっていたのだが、王城には入れないままだった。


 今はどうだろうか。


「ノーム様、どうですか」


【やっほい!ようやくノームの出番だな。街の住民が何処かへ移ったわけでは無く、王都内に居るのは間違いない。むしろ他所から来た兵士やらで増えている。王城内には精霊でも入れない。魔法による結界とはまた別の何かが阻んでいるようだ 】


 ……増えてる、のか。他所から来た兵士……普通に考えれば式典の為に警備増強の為の人員なんだろうが、それにしては街中で兵士の姿を見ない。


【それと。城の裏側、王都の外縁部に何かあるようだ。大きな建物があって中には入れないので調べられずにいる】


 そこも城と同じで何らかの力……恐らくはメーティスの言うように魔王の力で入れないようにしてるんだな。


「わかりました。ありがとうございます、ノーム様」


【やほほーい!では引き続き周辺を見張っておこう】


 うんうん。ノーム様は頼りになるなぁ。


『まぁ大精霊が頼りになるんはわかるけど……なんでノームだけ様付けなん?』


 いや、ほら。だってあの見た目であの凛々しい声。なのに【やほほい!】とか言われてみ。萌えとギャップ萌えが同時に襲って来て萌えの大渋滞やで。ぜひ女教師とか女上司とかの役をやって欲しい。女騎士も有りよりの有り!


『……マスター、やっぱそういうジャンルが好きなんやな。……まぁええ。そろそろ城が見えて来るで』


「精霊との会話は終わりましたか? そろそろ城が見えて……あ、アレがそうですね」


「どれどれ……アレが?」


 城というには少々小さいような。アインハルト王国やツヴァイドルフ帝国の城と比べるとかなり見劣りしてしまう。


『それはしゃあないんちゃうか。元々此処には城なんてなかったんやから。元々一番大きい屋敷やったエスカロンの屋敷を増築して城っぽく寄せただけなんやろ。もしかしたらノームが言ってた外縁部にある建物っちゅうんが建築途中の城なんかもな』


 ああ、そりゃそうか。王城なんてもの一年やそこらで作れんわな。しかし、城の前にも誰も居ないな。


『せやな。門の向こうで待ち構えてるんやろうけど……あ、城を覆ってた力が消えたで』


 何で突然……いや、俺達が来たからか。そりゃ消さなきゃ入れないよな。


『そやな。で、それはレイの仕業やったみたいやで。レイが馬車から降りて門前に居る……なんやえらい細長い物持っとるな。昨日まであんなん持ってへんかった筈やけど』


 メーティスは今でも偵察機からの映像を見てる。それでレイさんの様子を見てるわけだが……細長い物?情報にあった変わった剣、か?


『そう、なんかな?布で包んどるから剣かどうかわからんわ。でも長さからして長槍並やで』


 その長さで剣?しかも細いって。槍並みに長い刀身のレイピアとでも?


『わからんへんよ。それは。もしかしたらエロース教の宝物庫にあったんかもな……あ、城に入ってくで』


 門をくぐった先にメイドや執事、兵士に騎士達による出迎えが……無かった。


 門番らしき兵士のみで、エスカロンの姿も無い。国王がわざわざ此処まで出迎えに来る事もないだろうが。


 でも……


「……皆、気を引き締めろ。常に警戒を怠るなよ」


「はい、わかっています」


「ジュン君、常に私の側に居てね」


「……楽しむ余裕は無さそう」


 門をくぐった瞬間、俺も、団長達も。


 形容し難い、異様な空気を感じていた。

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