第330話 逃げの一手でした
「……確かにそう言ったのか?」
「言いましたね……」
一波乱……いや二波乱?あった歓迎の宴は終わり。
俺達王国組は一部屋に集まって情報の共有だ。流石に全員は入り切らないので代表格に集まってもらった。
議題は勿論、レイさんだ。
ジーク殿下とシルヴァンも混ざろうとしたが話が進まなくなるので遠慮してもらう。
「……またしても元神子が魔王、か。どうなってるんだ、エロース教は」
「えっと……それに関しましては、その……何と言いますか……」
「儂としてはすまんとしか言いようがないのぅ」
アニエスさんの言う事はわかるが。俺としては俺と関わったからレイさんとマイケルは魔王に選ばれたんじゃないかと思ってしまう。
マイケルはともかく、レイさんは人格に問題は無かったようだし。
マイケルが例外なだけで神子はまともな人がほとんどで。少なくともそこら辺の男よりは。
つまりエロース教に問題は無く、俺に関わってしまったから貧乏くじを引かされた被害者ともとれる。
「今は責任を問うても仕方ないだろう。それより私は魔王についてはよく知らないんだがね。魔王はジュンを狙っている、つまりレイ氏は私達の敵になった、という事でいいのかな」
「そう言う事になるんだよな。なぁ、ジュン」
「……ああ」
「院長先生には話したのかい?」
「……いや」
クリスチーナとアムが暗い顔で俺を見る。二人も院長先生には世話になった身。院長先生の息子が敵になると言うのは辛くて当たり前だ。
「……ステラさん」
「ま、また私か……私だって気が重いんだぞ。ジーニも一緒しろよ」
「わ、わかってるわよ……私、ここ数ヶ月で凄く老けた気がするわ……」
「俺も一緒しますから、お願いしますね」
申し訳ないとは思うが頼らせてもらう。因みに院長先生は此処には居らず、レイさんに話がしたいと直談判に行ってる筈だ。ドミニーさんに付き添ってもらっている。
「それでどうする。そのレイという男が敵ならば殺す、でいいのか」
「ノワール侯はお辛いと思いますが……」
「あのアンラ・マンユのように魔神とやらになる前に始末するべきだな」
「……私も同意見。戦うのは好きだけど負ける戦いはしない主義」
「ジュン君……」
船酔いから復活したポラセク団長を皮切りに。団長達が意見を出す。いや、ソフィアさんとイエローレイダー団長は俺を心配してるだけか。
「……レイさんは俺がなんとかします。誰も手出し無用です」
「なんとか出来るのか?ジュンが強いのはもう十分にわかってるが……殺す気は無いんだろう?」
「いざとなればウチがなんとかするから大丈夫よ、カタリナ」
「……殿下先生がそう仰るなら」
なんとかって……なんとか出来るの?正直、俺には思いつかないんだが。
『ハッタリやろ。それか殺すしか無いってなればアイが殺すっちゅうことちゃうか』
それも避けないとな。アイに押し付けるつもりもない……やはりアレしかないか?
『アレって……前に言ってた殺した瞬間蘇生させるって作戦か?上手く行く可能性がごっつい低いからやめとこうってなったやん』
だよな……人の命が掛かってる以上、最初っから一か八かの賭けに出るわけにもなぁ。
「……そう辛そうな顔をするな、ノワール侯爵。アイシャ殿下だけでなく、私も何とか出来ないか考えてやるし、最悪の場合は私が汚れ役をやってやる」
「お、お母様……それではお母様が……」
「なに。恨まれるのは慣れている。今更手を汚すのを躊躇ったりもせん。アイシャ殿下の手を汚すわけにもいかないしな。ヒルダ、お前も女なら惚れた男の為に手を汚す、それくらいの覚悟を持てよ」
……男前だなぁ、ブルーリンク団長。見た目は厳ついけど、すげぇ優しいよね。クー達だって訓練に付き合ってもらって慕ってたし。
「だが、もう一つ考えなければならない事がある。そうだろう、ローエングリーン伯爵」
「ええ。エスカロンが何処までやるつもりか、ですね」
「どういうこった?レイが敵になったからってエスカロンまで敵になるとは限らねえんじゃねぇの?」
「アム……レイ氏はエスカロンの部下という立場で此処に来てるんだ。エスカロンはレイ氏の協力者なのは間違いない。そしてレイ氏がジュンの敵だと宣言した。ならば――」
「エスカロンはアインハルト王国に戦争を仕掛けるつもりかもしれない、という事だ」
「ジュン君がツヴァイドルフ皇家と懇意にしてると知った上でのあの場で宣言よ。王国と帝国、両方を相手に戦争をするつもりかもしれないわ」
「ゲ……マジかよ……」
普通に考えれば気がふれたとしか思えないような話だ。ドライデンにそこまでの戦力も国力もない。まして内乱が終わってまだ一年しか経ってない。真正面から戦って勝てるとは誰も思わないだろう。
ただし、魔王が居なければ、の話だ。
ベルナデッタ殿下が聖女で未来予知が出来る。それはまだ秘密のまま。だが魔王が四体、ドライデンにいる事は話してある。当然、情報の出所を伏せて。
「アンラ・マンユと同等の存在を四体も従えているなら、二国を相手に戦争を吹っ掛ける気になるのもわからんではない。大義名分など、いくらでも用意出来るだろうしな」
「今の私達ならそうそう負けはしません。ですが……」
「ああ。誰も犠牲無く、とはいかないだろう。まして我々は敵地に赴くのだから」
流石に式典に招待しておいて宣戦布告、その場で襲い掛かって来る。なんて事はしないだろうが……とは思うが。
魔王にそこら辺の常識を期待するのは間違いだよなぁ、多分。どうせ四体の内の何体かは犬神やアンラ・マンユみたいに異世界から来たヤツが魔王になってるんだろうし。
「で。それならどうするってんだよ。ローエングリーン伯爵さんよ」
「決まってるだろう」
「だよな。あたいも本気出して――」
「逃げる」
「って、逃げんのかよ!」
アニエスさんの方針は逃走。俺達は強くなったし、戦力は揃ってると思うのだが。
「相手が魔王のみだったなら、戦う方針でもいい。が、ドライデンという国も相手にするとなれば話は別だ」
「ドライデンの兵士など烏合の衆だが、それでも我々だけで戦うのは無謀だ。それにエスカロン子飼いの暗殺者集団はまだ残ってる。それらも相手にするとなるとな」
「暗殺者達の相手は私達にお任せください。必ず皆様を御守りします」
カミラ曰く、ドライデンの大商人は必ず暗殺者を抱えていて、エスカロン派にも当然の如く暗殺者が居る。
勝者側のエスカロン派にはまだまだ多くの暗殺者が存在してるそうで。
「だから式典の最中、ドライデンに居る間に仕掛けられれば逃げの一手だ」
「その場合は此処ミトラスまで戻って船で王国まで逃げる。その頃には我がブルーリンク家の船のメンテも終わって迎えに来れる筈だ。援軍を乗せてね」
「つまり逃げる時は帝国も一緒だ。そのつもりで居るように」
アニエスさんはユウとも相談して、ドライデンと戦争になった場合の備えもしている。国境付近の砦に戦力を集めているそうだ。残りの五大騎士団もそこに居る。
「船の守りはどうする、ローエングリーン伯爵。我々が逃げるとなれば船を使うのはエスカロンも想定する筈だ」
「船の守備は帝国に任せる。その為に人魚傭兵団を残すようだしな。向こうもそのつもりの筈だ、ポラセク団長」
「我々からは人員を割かないのですか?」
「正直、戦争となればそんな余裕は無い。何せ敵地のど真ん中からの逃走だからな。それともイエローレイダー団長が全員を背負って走ってくれるか?」
「……ノワール侯だけなら可能です」
俺だけじゃ意味ないでしょうよ。あと、そこは王族であるアイやジーク殿下、ベルナデッタ殿下にしときなさい。
「私はレオナちゃんを背負って走る事になりそう」
「なるか!自分で走るに決まってるだろう!」
「でも逃げる時は馬に乗るか馬車に乗るか、でしょ。馬酔いした状態で戦えるの?最初っから私が背負った方がいいと思うんだけど。馬より私の方が速いし」
「……………………………………………………………………………………………よろしく頼む」
馬にも酔うのか。でもレッドフィールド団長に背負ってもらえば酔わないの?あ、酔わないんだ?
「戦わずに逃げるのなら儂に乗ればええ。お嬢ちゃんらや皇帝やらを優先して逃がせば動きやすいじゃろ」
「ファフニール殿…それは有難いな。場合によってはそうして頂こう」
リヴァにも同じようにしてもらえばそれぞれ二往復か三往復で非戦闘員は逃がせそうだな。今のリヴァなら魔王の相手も出来そうだし、俺と一緒に魔王を抑えてもらうのもアリだな。
『その場合はマスターも逃げろって言われると思うけど』
それは断固拒否する!最高戦力の俺が真っ先に逃げてどうするよ。いや決して俺Tueeeeが目的なのではなくて。
「ま、これは最悪の場合の話だ。式典には帝国と王国以外の国からも招待客はいる。式典で宣戦布告、そのまま我々に襲い掛かる、なんてしたら他国の人間も巻き込まれるのは必至だ。そうなると当然そことも戦争になる。そこまでバカじゃないと私は思うんだがな」
「でも何かやる。そう私の直感が言ってるの」
俺の直感もそう言ってるよ、ユウ。




