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第329話 厄介でした

「だから!一人や二人で構わないと言ってるじゃないか!」


「人数の問題じゃないって何回言えばわかるのよ!あと口の利き方!他国の人間だろうと処すわよ!」


 ……騒ぎが聞こえる方に来てみれば。皇帝陛下と代官が言い争いしとる。


 争いの原因と非があるのはどちらなのかは知らないが。普通に考えて代官はヤバい事になるんじゃないだろうか。


 皇帝陛下と代官の近くにはジェノバ様達皇家の人間が数人。宰相の姿は……見えないな。


 それからアニエスさんとブルーリンク辺境伯。


 周りにブルーリンク団長もいる。


 皆、辟易とした表情だ……いや、半数…帝国の人と代官の使用人達の中には怒りの形相……まではいかなくてもハッキリとイラついてるって顔に出てる人がいる。


 マズいな…此処には例の爆発事件の犯人が居るんだぞ。


 これ以上エスカレートする前に止めなくては。


「ね、代官にあるまじき暴言でしょ。よりにもよって皇帝陛下に」


「はぁ……それで僕にどうしろと?具体的に仰っていただけますか、アイシャ殿下」


「だからぁ。あの代官のおっさんをなんとかしてよ。できるだけ穏やかに。爆発事件が起きる…ううん、起こす前に。権力でもなんでも使ってさぁ」


「権力、ですか……やってみますけど、期待はしないでくださいね」


 嫌々感を隠さずにレイさんは皇帝陛下と代官に近付いて行く。


 もしかしたらレイさんの仕込み、茶番劇かと思ったが、そうではない?


『爆発させる為に、怒りを貯めさせるのが狙いでか?ありそうな話やけど、違うっぽいな』


 だな。今、代官か皇帝陛下か。或いは周りにいる誰かを爆発させたとして。


 レイさん自身も爆発に巻き込まれてしまう。


 自分だけは爆発の影響を受けない、なんて事は…無いと信じたい。


「あー…アデルベルト・ミトラス殿。何の騒ぎですか」


「ん、あぁ、レイ殿!貴方からも言ってやって欲しい!帝国も王国も、わしに手土産の一つも持って来ておらんのです!」


 ……ん?手土産……確かに用意はしてないが……招待された側が用意するもんなのか?


『いやぁ?普通は招待した方が、この場合はドライデン側が用意するんが常識やで。少なくともこの世界では』


 だよな。手土産を渡すにしてもエスカロン、国王にだけだろ。わざわざ代官に手土産を用意する必要は無い、はず。


 レイさんも、そこら辺はわかって……ますよね。


「はあ、そうなんですか……問題あります?」


 良かった、わかってた。でも、そのセリフは良くない。


「あるに決まってる!そんな事もわからんのか!あんた王都の役人じゃないのか!」


 ほらぁ、こうなる。いや間違ってるのは代官なんだけども。


「全く!それで、だ!土産が無いなら女を寄越せと言ったんだ!そしたら断りよった!ふざけとる!」


「ふざけてんのはあんたよ!女を食べ物だとでも思ってるの?大切な家臣達をあんたなんかに渡せるもんですか!」


「なら貴女の妹でもいい!」


「ぶっ殺すわよ?!」


 ううむ……ある意味では凄いな、あの代官。皇帝陛下にあの要求……流石のおっさん(ユーグ)もやらんぞ。


「えっと……代官殿。普通に考えて、そんな要求は通りません」


「何故だ!男が虐げられる時代は終わり、男が女を支配する時代になったはずだろう!違うか!」


「チッ……違いません。その通りです」


「そうだろう!なら!」


「ですが。それはドライデンのみの話。他国の、それも皇族と王族に適用されるわけないでしょう。まさか男で代官である自分の方が偉いとでも思ったんですか」


「なっ……えっ、いや、それは……」


「思ってたんですね。馬鹿ですね」


 レイさん……あんた、ワザとやってます?それともやっぱり仕込みか、これ。


「な、誰が馬鹿だ!役人だかなんだか知らないが何様だ貴様は!」


「それは私が貴方に向けて言うべきセリフよ。代官、貴方が言っていいセリフじゃないわ」


「だ、黙れ!皇帝と言っても所詮は、んがぐ!?」


「あー…面倒臭い。もう黙れよ、お前」


 突然、仲裁に入った筈のレイさんが代官の顔面を鷲掴みに。


 ちょっとイライラしてる感はあったが、沸点低くないか。


「あがが……は、離せ!」


「うるせぇよ。このままお前は……いや、そうだな……ノワール侯爵」


「え、俺?」


「いいものを見せてあげますよ。よく見ててくださいね」


 そう言うとレイさんは代官の顔面を鷲掴みにしたまま、持ち上げた。片手で、100kgはありそうな男を。


「な、なにをするか!離せ!離せぇ!」


「大人しくしていろ。死にはしない」


「なっ、がっ、あ……」


 代官が大人しくなった、と思ったらレイさんは代官から手を離し、代官は床に座る形で落ちた。


 だがその表情は穏やかなもので。さっきまで騒ぎ立ててた様子とはまるで違う。


 この表情は……アレだ、爆発後のベッカー辺境伯と同じだ。


「わ、わしは……何故あんなに怒ってたのだ。何故だかわからんが、心がスッキリしとる……心が軽い。心に羽が生えたようだ」


 ……同じだな。ベッカー辺境伯と同じに肌艶までよくなってる。


 しかし、代官は爆発していない。


「レイさん……何をしたんです」


「勿論、魔王の力を使ったんですよ。魔王はね、それぞれが司る能力に即した感情を自分の力に変える事が出来る。他人から奪う事も」


 代官から怒りを奪い自分の力にした?つまり、怒りを抱いてレイさんと戦うと不利になるのか。


 しかも、その言い方だと魔王に共通した能力だと?


 マイケルとアンラ・マンユはそんな力を使ってはいなかったが……


「やはり知らなかったみたいですね。色欲と暴食の魔王は力を使いこなせてなかった。だから知る機会も無かったのでしょうね」


 ……なるほど。レイさんは単に身体を鍛えただけでなく、魔王の力も使いこなせるようになってるらしい。


「更にサービスです。王都ガリアには僕以外に怠惰、嫉妬、強欲の魔王がいます。それが誰なのか、までは秘密です」


 ……傲慢の魔王は居ない、か。


「色々教えてくれるんですね、俺の敵だと宣言してるのに」


「ハンデですよ。必要でしょう?」


 ……この状況でその物言いは、もう宣戦布告と変わらないんだがな。ドライデンの役人が言ったら国同士の戦争に……わかってやっているのか。それとも宣戦布告は既定路線なのか?


「レイさん、貴方は……」


「……チッ。言ったでしょう。今日、この場で此方から何かするつもりはないと。だから周りの女達に殺気を向けるのは止めるように言ってもらえませんかねぇ。苛立ってしょうがない」


 確かに不機嫌そう……いや、怒りを必死に堪えてる、と言った方が正しいか。手は堅く握りしめ、手の甲と額には青筋が浮かんでいる。


 レイさんは穏やかな人格だと思っていたし、そう教皇やジーニさんに聞いていたのだが。もしかして憤怒の魔王の特性、影響か?


「……不機嫌な理由は他にもあるんじゃないですか。憤怒の魔王だから、とか」


「……ふん。中々鋭いですね。エロース様から聞きましたか?……まぁいいでしょう。ずばり、その通りですよ。憤怒の魔王になってからと言うもの、ちょっとした事で苛立ってしまう。更に代官から怒りを奪ったので、その分の怒りが僕の中にあるんですよ。完全に僕の力に変えるのに少し時間が掛かるので。少しの間、この怒りは消えません」


 他人の怒りを自分の力に変える能力……厄介だな。戦ってる相手からも奪えるなら、相当に厄介な能力だぞ。


「ま、色々とサービスしましたが……魔王の能力はこれだけじゃありません。期待しててください」


 まだ何かあるのか……レイさんがこれだけ魔王の能力を理解して使いこなせている、という事は。怠惰、強欲、嫉妬の魔王も同様だろう。つまりマイケルやアンラ・マンユよりも強敵だと言う事。


 厄介なことだな、ほんと。


『俺Tueeeeのチャンス!って言わんのん?いつものマスターなら言うと思うんやけど』


 レイさんを殺さずに済む方法がわかってれば言えたかもな。


「さ、代官はもう大丈夫でしょうけど、こんな騒ぎが起きた事ですし。お開きにしましょうか。明日からは僕が王都ガリアまで御案内しますよ」


 ああ、本当に……厄介な事になったもんだ。

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