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第327話 確信しました

「あぁ…今ならわかります。ノワール侯爵様、貴方は本当に強いのだと」


「…貴方も強くなったんですね、レイさん」


 これはマイケルと違ってただ魔王の力を得たってだけじゃなく、相当に鍛えてるな。


 身体つきが以前よりも引き締まっていて、筋肉質だ。妙な形状の剣を持って魔獣狩りをしていたというのも事実なんだろう。


 放つ雰囲気が強者のそれだ。以前のレイさんとはまるで違う。


 今は剣は持ってないようたが。


「ふふ…驚いてくれたようですね」


「…そりゃあ、驚きますよ。レイさん、突然失踪してから今までずっとドライデンに…いや、エスカロン陛下の下に居たのですか」


「ええ、まぁ。お互いの目的の為にね。今日は貴方に言いたい事と、ついでに驚かせたくて、わざわざ来ました」


「…言いたい事?」


「ええ、僕は貴方を……邪魔が入りましたね」


「レイ!」


 声の主は院長先生。ようやく我が子と再会出来た嬉しさか、無事を確認して安堵出来たからか。薄っすらと涙目になっている。


「……久しぶりですね、マチルダさん」


「…今、此処で私を母と呼ぶように言ったりしない。でもお願い、私と一緒に帰りましょう?」


「帰る?何処に?王都ノイスは故郷でもなんでもない。ただの赴任先。ほんのちょっとの間しか暮らしてませんし、思い入れも無い」


「レイ…」


「…チッ!そのムカつく眼をやめ――」


「レイ様。先ずはやるべき事を。エスカロン様と御約束したでしょう」


「……ふぅぅぅ。そうでしたね。ノワール侯爵、先ずは代官邸へ。話の続きはそこで」


「あっ…」


 院長先生が伸ばした手が届く事は無く。護衛の女性に促され、レイさんは戻って行った。そして止まっていた前列の馬車が動き出す。


 いつの間にかナンパ女達は兵士らしい女性達に追い払われていた。


「ふぅん…今のが噂の失踪した神子か。思ったよりまともそうではあったな」


「ですね。ですが言うまでも無く!僕の方が美しいですけどね!アッハー!」


「……ジュン、彼と居ると疲れないか」


 同意出来ますけどジーク殿下と二人切よりはずっと心休まるんです…と、声に出して言ってしまいたい衝動に駆られてしまう。


 しかし…メーティス、お前の予想は半分はずれたな。


『あ~……せやな。エスカロンの下に居るっちゅうのはその通りやけど王都には居らんかったな。まさか此処で出て来るとは思わんかったわ。でもまぁ…此処で何か仕掛けて来るっちゅう事はないやろ』


 その心は?


『此処に魔王は他に居らんからな。レイ一人で闘いを挑んでも返り討ちにあうだけやろ。それくらいはわかっとると――』


 魔王は他にも来てるかもしれないだろ。気配を隠すなりなんなりして、な。実際、お前も、強者の気配に敏感なファフニール様もリヴァも、レイさんに気付かなかったわけだし。


『…確かに、そやな。よっしゃ、代官邸を中心に周辺の偵察を密にするわ』


 頼むぞ、相棒。


「レイ…」


「マチルダ…落ち込む気持ちは解るが、今は馬車に戻れ」


「ステラの言う通りよ。レイさんは代官邸に向かった。なら、そこでまた会えるわよ」


「……」


 ステラさん達に促され、院長先生も馬車に戻り。一団は代官邸まで進んだ。


 途中、代官邸迄の道のりで見た光景だが、それほどひどい物ではなかった。招待客が来るとわかっていたのだから、当然街の清掃や治安維持なんかに力は入れていたのだろう。これまでに聞いていた話から、もっと酷いものを想像していたんだが。


 だが、チラホラと。路地裏に横たわっている人が見えたりもする。ミトラスがギリギリ、安定してる地域から外れてるとは聞いていたが、その通りなようだ。


「で、代官邸がコレなわけだけど…」


「何だか…所々…傷んでるね?」


「美しい僕に相応しくない!」


 掃除が出来てなく、汚いわけではない。掃除はちゃんとやったんだろう、それはわかる。だが、屋敷の一部にヒビが入っていたり修繕中の箇所があったりで。


 屋敷の修繕、補修は追いついていないようだ。それから使用人達が出迎えてくれるのはいいのだが…凄く疲れた顔してる。


 ドライデンでも執事もメイドも女性ばかりなのは同じだが、やつれてる人が多い。


「遠路はるばる、ようこそドライデンへ!ようこそミトラスへ!ガハハハハ!」


 代官と思しき男は元気一杯だが。


「…盛大な歓迎、感謝するわ。ツヴァイドルフ皇帝サーラ・テルニ・ツヴァイドルフよ」


「アインハルト王国第一王女アイシャ・アイリーン・アインハルトです。アインハルト王国の代表として参上しました」


「おお!これはこれは!素敵なレディだ!ガハハハ!」


「…ありがとう。ところで貴方の名前は教えてくれないのかしら」


「あ?ああ、そうですな!アデルベルト・ミトラスです!ミトラスを治める代官をやっとります!ガハハハ!」


 何が可笑しいのやら。しかし…アデルベルト・ミトラス?確か、ドライデンで家名があるのは…


『それなりの商会を持つ商家と街の代表をやって街名を家名にした大商人の一族だけやな。つまりこの男は元々ミトラスを治めてた一族の男っちゅうことやろ』


 内乱後は男を優遇すると宣言があって、その結果成りあがった男、か?冷遇されてたにしては随分と恰幅の良い…いや、顔に古傷と思しき傷跡が見える。なら、この一年で太ったのか?


「ミトラス…代官殿は元々はこの街を治めてたミトラス家の出なのですかな。あ、私は帝国の宰相です。どうぞ宰相とお呼びください」


「は、はぁ…えっと、その通りです。わしの元妻がミトラスの元統治者で、アルカ派でだったもので」


「おや?アルカ派の残党は全て掃討されたと聞いておったのですがな」


「そうなのですが、わしは男ですからな。エスカロン派は…いえエスカロン様は男の待遇を良くすると宣言していた以上、アルカ派の男とはいえ処刑は出来んのですよ。わしはエスカロン様に従うと宣言して妻を差し出したので、こうして代官として取り立てていただいたわけで。ガハハハハ!」


「……なるほどですな。妻を差し出して、ですか」


「妻と言っても無理やり結婚させられただけの愛の無い、形だけの結婚でしたがね。わしを手に入れるためだけの、ね。まぁ、そんな事はどうでもいいでしょう。ドライデンではありふれた話ですし。では、歓迎の宴の用意が整ってますので、どうぞどうぞ!ガハハハハ!」


 ああ、そういう…あんたも、虐げられていた男の一人ってわけね。で、その反動で…


「ささ、こちらですぞ!おい、サッサと皆さんの荷物を持って御案内しないか!愚図共が!」


「うっ!も、申し訳ありませんっ…」


 女性に対して攻撃的なわけね。見てて気分が悪いったらないな。どれ、ちょっくら魔法で軽く治して……おや?


「大丈夫?」


「え、あ、はい…ありがとうございます…」


 おやぁ?シルヴァン、君、回復魔法なんて使えたの?それに誰よりも早く動いて女性に手を差し伸べるなんて…やるじゃん。


「マノン!何をしてる!お客様に迷惑をかけるな!」


「は、はい!すみませんすみません!」


「マノンさんて言うんだ。僕はシルヴァン。見た所、僕と歳が近いかな。よろしくね」


「は、はいい…」


「また怪我したら治してあげるから、御仕事頑張ってね」


「はいい…ポッ」


 おお…どうしたんだ、シルヴァン。いつものおかしな行動が嘘のようじゃないか。その紳士な対応…イタリア紳士もビックリだぞ。新たな恋が始まったんじゃない?


『この世界にイタリアは無いし、何でイタリア紳士?まぁ、それはどうでもええけど。ほんまにやるやん、シルヴァン。見直したで』


 だよな。一体何があったんだシルヴァン。


「シルヴァン、君、随分と女性に優しいのだね。我が友も優しいが、君もそうだったのか」


「フッ…女性にはいつも紳士的に対応するのが当然だと僕は思ってますから。フフ……ああ…」


「ど、どうしたんだい?」


「感じる…感じます…女性陣からの熱~い視線を!ああ、僕は今、最高に美しい!」


 あ、いつも通りだった。安心した。


『いつも通りやな。で、屋敷内と周辺の偵察やけど、今んとこ魔王らしき存在は居らんわ。注意すべきはレイだけでよさそうやで』


 そうか…なら、此処で仕掛けて来る事は無いと見ていい、か?


「御同輩」


「あ、ファフニール様…レイさんの事ですか」


「うむ。ここに居るらしいのう。どうじゃった」


「どう、とは」


「アヤツが魔王だと思うか」


 …レイさんが魔王の可能性を、ファフニール様も…いや、エロース教も考えていたか。


「……ええ。間違いないと思います」


「そうか…辛い事になりそうじゃのう。お主も、儂も」


 辛い事…に、ならないように抗うつもりですけど、ね。


「…覚悟しとるらしいの。儂も覚悟を決めよう…行こうかの、御同輩」


 レイさんを殺す覚悟、じゃないですけどね。


 …歓迎の宴は…まぁ、普通のパーティー会場だな。しかし、まぁ…居るよね、当然。


「ノワール侯爵。こちらへどうぞ。飲み物は…ワインでいいですか」


「……お任せします、レイさん」


 さて…目的を聞くとしますか。

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