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第326話 居ました

「アッチにいい店あるんだよ。二階が宿になっててさぁ」「酒は好きかい?美味い酒を出す店があるんだよ」「もう宿は決まってるかい。あたしの家とかどう?」


 はぁ…港に着いて船から降りて…直ぐ様これか。モテモテなのは悪い気しないけどさ。


『いや…あのな、マスター?』


 ていうかさ、俺達って外国からの客だってわかるだろうに。それも貴族、お偉いさん。


 王女だって居るし帝国からは皇帝陛下が自ら来てるってぇのに。


 その一団の足を止めるとか。不敬だろ、不敬。


『それはそうなんやけども。ちょっと違うんやなぁ』


 何が?てか、どうして俺が馬車の中に居るってバレた?外から見えないように窓は閉め切ってるんだが。


 それにナンパ女に足を止められるなんて、らしくない。


 俺が乗ってる馬車の先導はノワール侯爵家の騎士…元Aランク冒険者パーティー『ファミリー』のコズミ達と帝国から連れ帰ったリヒャルダ達。


 更にその周りを白薔薇騎士団が囲ってるんだが。


 いつもなら一々応対せずに無視して進むのに。余程強引に道を塞いでるのか?


『うん、だからな?外から見えへんのにマスターをナンパするわけないやん。ナンパされてんのは護衛の騎士らやで』


 …………うん?どゆこと?


『だからぁ。女が女をナンパしとるんや。ソフィアらも初めての経験なんやろな。困惑しとるわ』


 ……………………あ、そう。


 そっか…うん。そういう事も…ある、かな。


 うん……メーティス、穴は何処だ。


『穴に隠れてもわいも一緒やねんから意味ないがな。それにしても珍しい光景やなぁ』


 でしょうね!


「急にどうしたんだ、我が友よ」


「恥ずかしそうに顔を隠したりして。ははぁ…さては僕の美しさに敗北感を感じましたか」


「今はそっとしといてぇ…」


 ああもう!外から見えないのに俺がナンパされるわけねーじゃん!ナンパされるのに慣れ過ぎて俺がナンパされてるんだと思い込んでたわ!


 そもそもジーク殿下とシルヴァンも同乗してんのに!


『まぁ、マスターの場合は完全な自惚れってわけやないし。気にしな気にしな。それよりマスターも見てみ。帝国の馬車も足止めされとんで』


 メーティスは偵察機で全体が見えている。ジーク殿下とシルヴァンが居るから映像を出せない。


 見るなら窓を開けるしかないんだが?


『隙間から見るくらいなら問題無いやろ。ちゅうか仮に見られても眼中にないんちゃう?ガチっぽいし』


 ガチって…いや、そこは言及しないでおこう。


 どれどれ…チラッ


「さ、下がりなさい!我々はアインハルト王国からの招待客ですよ!それなのに――」


「招待客ぅ?あぁ、なんちゃら記念の。そんなんあたしらにはかんけーねぇし」


「招待客の中には王族だって居るし貴族だって――」


「ドライデンにゃ貴族はいねぇし」


「王様は居るけど。あたしら庶民にしたら勝手に戦争始めて勝手に王様になっただけだしなあ。つまりは王族や貴族なんてかんけーねぇんだわ、ドライデンじゃあよ」


「んなことより楽しい事しようぜぇ。あんたいいケツしてんじゃん」 


「ど、どこを触ってるか!」


 …………………うん。


 確かに女同士だ。女が女をナンパしてる。それは間違いない。


 ナンパしてるのは恐らくは港で働いている肉体労働者…船乗りか荷物運搬の作業員か。


 ガタイの良い、日焼けしたガチガチの筋肉美で男装すれば似合いそうな。


 そんなガチムチ美女が女騎士に迫っとる……………有りだな。


『えええ……マスター、それは悪趣味やわ。女同士とか、何がええん?』


 え、そうか?……まあ、確かに、男同士は俺も理解不能だからな。


 そういう愛の形を否定はしないし、色んな愛のカタチがあるよね、とは思うが。


 ノーマルな女からしたら、女同士は受け入れ難いかもな。


『せやせや。わいはノーマルやからな。女にナンパされても嬉しないし、見ててもときめかんわ』


 腐女子がノーマルかは議論の余地があるとして。女同士を完全否定するならジークを受け入れない俺をとやかく言えんからな、お前は。


『…………………………………………………………………………………………うん。愛のカタチって人それぞれやんな』


 ……そっちにブレやがったか。


 …この人らも怖いもの知らずだよな。いくらドライデンに貴族制がないっつっても他国のお偉いさんに迷惑かけちゃマズイことになるくらい想像出来そうなもんだが。


『出来へんのちゃうか。ドライデンは外国人は商売関連以外では殆ど入国せぇへん国やったから。商売に来た客人の邪魔をしたら商売の邪魔をしたって事で厳罰が下る、ちゅうのは法として残っとるらしいわ。でも観光客とかただの旅人なんかには無いからちょっかいかけるらしいな』


 つまり…この人らにとってはマジのガチで未知の存在だと。それでも多少は見聞きしてそうなもんだが…


「困りましたね。まさか護衛の女性陣がターゲットにされて足止めされるとは」


「厄介な国だね、全く…国民にまで常識が備わってない。だからこそ色々と非常識なんだろうけどね」


「仕方ありませんね!此処は僕の出番でしょう!」


「……一応聞くけど、何をする気?」


「僕が姿を見せればいいんですよ!そうすれば皆、僕に夢中になって護衛の足を止める事は無くなりますからね!」


 …仮に。仮にシルヴァンの言う通りになったとして。今度はこの馬車に群がって来るだけで結局は俺達は進めない。他の馬車は進めるようになるかもしれんが。それじゃ大して意味が無いわけで。


「だから大人しく座ってな。間違っても飛び出たりしないように」


「大体それをやるなら我が友ジュンの方が適任だろうに」


「なー!ジ、ジーク殿下、それは聞き捨てなりません!僕よりノワール侯爵の方が美しいとでも!?」


「うん」


「端的に即答でバッサリー!」


 ジーク殿下もアレだがシルヴァンも結構なアレだな…誰がどう育ててこんな風になったのやら。


 で、この状況はどうするか。今日はこの街の代官の屋敷で一泊の予定で、急いでるわけではないんだが。


「しかし、このまま何もせずにいても状況は変わらないか。僕としては我が友と狭い空間で二人切というのも悪くないんだけどね」


「早急に迅速に可及的速やかに何とかしましょう」


 いざとなったら誰も居ない所で爆発でも起こして騒ぎにしてしまおう。そうすりゃ流石にナンパ女達も散るだろう。


 いや死ぬって意味じゃなく。


 というわけで出番だ相棒。


『なんもせんでOKやで。代官邸から迎えが出とる。もうすぐ着くわ』


 迎え?ああ、そりゃあ出るか…俺達が港に到着した事は伝わってる筈だし。その一団が進んで来ないとなれば状況を調べもするわな。そうでなくともこちらから誰か一人くらい代官に報せに行くだろうし。


『そんなとこやろな。今、迎えが来て群がってるナンパ女を散らして………おいおい、此処で出て来るんかいな』


 ん?誰が出て来たんだ?まさかエスカロンが来てるとか言わないよな。


『エスカロンではないけどな。見てみ、驚くで』


 エスカロンじゃなくて此処に居るのが予想外の人物って……もしかするのか?


「アレは……」


 マジか。まさか此処で出て来るとは。それも自分から。


『何を考えとるんやろなぁ。あ、こっち来るで』


 本当にな。服装は変わってるし、護衛なのか女性を数名従えてる。ドライデンでそれなりの立場を得たのか…まさかミトラスの代官になってる、なんて事は無いと思うが。


「御久しぶりですね、ジュン・レイ・ノワール侯爵様」


「レイさん…」


 初めて会った時と笑顔は変わってない。だけど確実に、以前とは何かが違っている。


 以前とは違うレイさんが、此処に居た。

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