第299話 繋がりました
前回のあらすじ。
エロは世界を救えるかもしれない。
『マスター、またアホな事考えてるやろ。避けられへん問題が来ると直視を避けるんは悪い癖やで。もう此処まで来たんやから覚悟決めな』
…………はい。
ベッカー辺境伯が爆発するという事件とその後始末で俺が一肌脱いだ後。ベッカー辺境伯へ責任を問う声も無くなり、あとは一泊して翌朝には帰る…だけなのだが。
それは表向きの話。ある意味で一番厄介なイベントが残ってるわけで。
そのイベントをどう乗り越えるか。乗り越える為の手は打って来たがそれで大丈夫なのかどうか。かつてない不安を感じながら俺が案内される向かう部屋では全員が揃って待っているのだろう。
皇帝陛下と教皇一行が。
「どうかされましたかな、ノワール侯爵。顔色が優れないようですが」
「……いえ、平気です。しかし、宰相がわざわざ迎えに、ですか。何があるのです?」
「おや、聞いておられない?アリーゼ陛下は何と言っておられたので?」
「使徒が誰なのか知る術が帝国にはある、とだけ」
「……それだけですかな。ノワール侯爵は全て知っているのではないですかな。例えば、そう。姫様が何を用意しているのか、とか」
Oh…鋭い。
恐らくはカマかけだろうが、そんなカマかけをして来るって事は何か思う所があるからの話の筈。しかし、すっとぼけるだけだ。
「全て、と言われましてもね。俺にはさっぱりで。皇帝陛下が何を用意してるかなんてポックリサッパリ」
「……そうですか。無用な心配でしたかな」
「…心配?」
「教皇猊下…いえ、エロース教がエロース様の使徒を探している事は我々も知ってます。ノワール侯爵が使徒だと思われている事も。私も、姫様も、使徒はノワール侯爵だと思っていましてな」
………なんでやねん。
帝国でそんな疑惑を受けるような事してへんやろ。俺がなにしたっちゅうねん。
『色々やらかしてると思うんやけどなぁ。帝国内だけやのうて王国内でのやらかしも知っとるやろし』
………一応、根拠は聞いてやろうじゃないか。
「何故そんな?俺はそんな立派な人格はしてませんよ」
「ノワール侯爵ならば人格も申し分ないとは思いますが使徒とは人格者と決まってるわけではないでしょう。何せ使徒の情報は…イケメンで奥手、この二つのみらしいですからな」
…それって、教皇らが聞いた神託の内容だよな。宰相…あんたエロース教内にも情報網持ってるのか。
帝国で最も警戒すべきは宰相なんじゃ…
「そんなの探せばいくらでもいるでしょう。奥手なイケメンくらい、そこら辺に――」
「居ませんな。少なくともイケメンで奥手な男は帝国内に一人も居ませんな。奥手なのはともかく、イケメンと呼べる男は希少ですし。男というだけでモテモテで、成人前に童貞を捨てる事も珍しくない、というより普通。イケメンなら尚更というわけですな。そんな中、誰もが認める美少年であるノワール侯爵だけが未だに童貞を貫いている…性の快楽というのは抗い難いらしいですからな。一度経験すれば積極的になる男が殆ど。求めれば断る女は極稀……居たとしても別の女に声をかければいい。そんな世の中ですからな。17歳にもなって童貞の男などノワール侯爵くらいなのですぞ」
…つまりはなにかい。俺が童貞だから使徒だろって言いたいんかい。
てか、なんで俺が童貞って前提で話が進んどるねん。いくら情報通だからってそんな事まで調べられるわけが――
「勿論、色んな筋から情報を集めましたがミネルヴァ様からの情報が一番でしたな。実際、ミネルヴァ様は処女のままで帰ってこられましたしな」
「……………」
あんの眠り姫がぁぁぁぁ!ただただ只管部屋に籠ってるだけの引きこもりだと思ってたのに!まさか俺の情報を集めてやがったとは!
「てか今、俺の心の中読みましたか」
「顔を見て何を考えてるか読んだだけですな。さ、ここです。皆さんお待ちですよ」
案内された部屋には教皇一行と皇家一行。王国側からはアイと司祭様のみ。
院長先生らとクライネさん達護衛すらも居ない…まぁ事前に話を通してはあるのだが。
これから行われる事は極秘事項だから必要最低限の人間のみに留めたいという皇帝と教皇の意向の下、この人選となっている。司祭様が居るのはエロース教の信徒だからって事と俺とアイへの配慮ってとこか。
流石にフィーアレーン公子一行はいない。この件において彼女らは部外者だからな。居たら居たでややこしい事になるだけだしな。正直俺としても助かる。
「来たわね。ノワール侯爵は此処に座って頂戴」
「ノワール侯、こちらへどうぞ」
「ノワール侯爵様!ここ空いてます!」
「「「あ?」」」
「……………」
人数分以上の椅子を何故用意してるのかと思えば。そんな事で姉妹喧嘩なんてしないの。
「はいはい、ジュンはウチの隣ね。椅子はもらってくわね~」
「「「あ」」」
…仲の良い姉妹だこと。
それにしても、この部屋って…
「此処はベッカー辺境伯の執務室ですな。ベッカー辺境伯邸で最も情報漏洩の恐れが無い部屋が此処でして」
そりゃ普段から警戒してるだろうから、此処がそうだと言うのはわかるし今は夜中。今日はもう使う事は無いんだろうけど…とことん利用されてるなベッカー辺境伯。
やっぱ何かお詫びの品贈ろう…
「それでは全員揃いましたし、早速始めて頂けますか。エロース様と会話が出来――」
「その話はまだよ。まだアレを貴女達の為に使うと決めたわけではないわ。言った筈よね、条件次第だと」
「…こちらもどんな条件でも飲む用意と覚悟があると申した筈ですが。では、その条件をお聞かせください」
「言っておくけど安くはないわよ。遠慮なく搾り取らせてもらうわ。宰相」
「はい。こちらが出す条件はこちらに記載されております。問題無ければサインを」
なんか俺そっちのけで話し合いが始まりましたけど。
皇帝陛下の出した条件…なんだろな。やっぱ御金?
「……随分と足元を見てくるのですね」
「金銭だけでなく復興支援の為の人材派遣、神子派遣の再開、国交断絶中の国への仲介…こちらが予想していたもの全て、か。どれも予想よりも上の水準での要求だしな」
「いくら世界最大の宗教エロース教といえど、無限ではないのですが…人材も資金も」
「金の方は物納でもええじゃろ。儂の鱗と爪を渡せばなんとかなるじゃろ」
ファフニールってなんだか教皇らに甘いな…しっかし皇帝陛下は随分とふっかけたようだ。
唯一無二のアーティファクト、それも残り二回しか使えない内の一回を使わせろとなれば、そりゃあ高額な取引になるのはわかるけれども。
「最後の結果がどうあれノワール侯爵をエロース教のモノにしないという条件。それ以外は交渉の余地はあるから安心なさい」
「……それについてはアリーゼ陛下との約定もあります。決して無理やり連れて行くなどしません」
「そもそも王国貴族のノワール侯爵について帝国が何か言うのがおかしいとは思うが」
おお…それは正直有難い。一応、手は打ってあるが保険は欲しいからな。
ええとこありますやん、皇帝陛下!
「……いいでしょう。これらの条件を全て受け入れる事を誓いましょう」
「ではサインを。細かい条件は後で構わないわ」
「それとこの場に居る全員に約束して頂きます。この場での事は他言無用。勿論、アイシャ殿下とノワール侯爵も。よろしいですかな」
「ウチは構わないけど…内容によっては口出しはさせてもらうからね」
「俺もアイと同じです」
「では…ジェノバ」
「はい」
ジェノバ様が立ち上がり、全員が円形状に並んでいる中の中央にあるテーブルに置かれた物にかけられた布を取り払った。
出て来たのは予想通りにあのアーティファクトだ。
「……それが?」
「わたし達の悩みを解決出来るアーティファクトか。どういう物なんだ」
「女神エロース様と連絡がとれるアーティファクトよ」
「「「「…は?」」」」
驚愕を顔に浮かべる教皇一行…ファフニール様もそんな顔するんスね。
司祭様も当然驚いているし、アイも…アイは落ち着いてるな。女王陛下から聞いて知ってたのかね。
『マスターも驚いた振りしてた方がええんちゃう?もう遅いかもしれんけど』
ああ、うん…もう遅いっぽいな。宰相が俺を見て笑ってらっしゃる…ポーカーフェイスで通そう。
「エロース様に連絡がとれる…つまり会話が出来ると思っても?」
「さぁ、詳しくはわからないわ」
「は?どういう事だ。よくわからないものを使うのにアレだけの要求をして来たのか」
「これには使用回数という制限がありましてな。あと二回しか使えないのです」
「加えて前回使ったのも記録上は四百年以上も前。ツヴァイドルフ皇家に口伝でしか伝わってなく、長らく使われてなかった…エロース様と連絡がとれるって事しかわからないのよ」
「つまり…ちゃんと使えるかもわからない、と」
「確証が欲しいですね…ファフニール様?」
「ん~…そんなもん知らんのう。儂が思い出せんだけかもしれんが…んんっ~…」
「悩んでも仕方ないんじゃない。使わないって選択肢はないんでしょ?」
「アイシャ殿下…それはそうなのですが…」
アイの言う事も尤もだと。アーティファクトを操作する皇帝陛下……教皇使うんじゃないんだ?
「始めるわよ…」
「「「「「ゴクリッ…」」」」」
作動を始めたアーティファクトが光り始める。駆動音らしきものも聞こえ…いや?
<ジリリリリリリリリリリンジリリリ――>
電話かな?なんか昭和時代の古い電話みたいな呼び出し音が聞こえる。
『あ~はいはい。こちらエロースでーす。どこの誰か知らないけど忙しいから手短にね~…ん?』
声が聞こえたと思ったら空中に映像が浮かび、エロース様の姿が見え…ん?
『あー!ジュンじゃないか!ひっさしぶり~元気だったかい?』
おいいいいいいい!いっきなりナニぬかしとんじゃい!




