第261話 フラグが建ってました
「で、ジュンが引受けちゃったわけね」
「お兄ちゃんにしては珍しいね」
珍しいというかうっかりというか…あ、いやなんでもないです。
「でもまぁいいんじゃない?さっきも言ったけど、その方が起こる問題は少なくて済むと思うよ」
「え~?そうかなぁ。ウチはどっちにしろ想定外の問題が起きて巻き込まれそうな気がしてるんだけど」
王国会議の後…フィーアレーン大公国使節団の件を直ぐに皆と相談。最初こそ殆どが何故引受けたと不満顔だったが…
『どーせやで。その使節団の目的もマスターやねんから、仕切りを任されようが放棄しようが関わるんは避けられんわ。大公国の公子…王国で言えば王女が相手やねんから王国としてもあまり無碍に出来んしな。他の人間に仕切りを任せたら相手が望んでるからって体でそいつも絡んで来るし。それやったら最初からマスター…正確には身内で取り仕切った方が面倒なんは使節団だけで済むわ。多分』
という事をメーティスに言われ、同じ事を皆に説明。誰もが一理あると納得してくれた。
実際、俺が引受けなかったら誰の仕事になっていたかと言えば外務大臣を筆頭に外務系貴族の誰か、或いは王国北部の領主辺りになる可能性が高いそうだ。
ワンチャン、レッドフィールド公爵が選ばれる可能性もあったが別件をレッドフィールド公爵に任せるのは既定路線だった為に恐らくはなかったろうと。
つまりは俺が引き受けた事は問題無いと判断された……のだが。
ツッコミ処が多々ある気がしてならない。なーぜ使節団の目的が俺だと断定されてるのか、とか。
別の人間が任されていた場合、その人物も使節団にかこつけて俺に迫って来るとか。
全てが推測に過ぎないのに覆りようの無い確定された未来のように皆が受け入れているのがなんとも…
『えー…マスターこそ何言うてるん。そんなんもうマンネリ化したギャグみたいなもんやん。御約束やん。御約束大事ってマスターも言うてたやん』
…御約束が大事なのは認めるがお前が言うとな…それに引受けたとはいえ実際に準備やら何やらの仕事は俺がやるかと言えば答えはNOなわけで。
例によって男は働かせてもらえないという…引受けた張本人は何もせずにいるというのはなぁ。それも今更と言えばそうなんだが。
『事前準備なんかはそうやろうけど。当日は仕事あるやろ。日本でもお偉いさんの接待なんかは美女があてがわれたりしたんやろ。それと一緒やん』
…………日本で接待なんかされた事ないから知らんが。この世界では男をあてがうのが接待になるってか。
『それもマスターみたいなイケメンならそれだけで満足するのが大半やわ。そういう意味じゃマスターは外交向きやで。任官されるかもしれんなぁ』
…それは嫌だな。無難に終わらせる事にしよう、うん。まだ先の話だし。
まぁ、皆に屋敷に集まってもらって王国会議の結果を報告。
その後アイとユウにコッソリと俺の部屋に来てもらって相談してるわけだ。
「ま、使節団の事はいいでしょ、今は。それよりも…」
「勇者の事ね。遂に現れたわけだけど…随分と急よね。何か切っ掛けとかあったの?」
「あー…全部が全部そうではないけど一部の…レイさんの件と王国会議の一件は多分犬神が引き金だと思う」
「「犬神?」」
そう言えばアイとユウにはルー達の敵討ち、その詳細は話して無かったか。ずっとバタバタしてたからなぁ。
ルー達の失踪から今日まで…約一週間しかたってないっていうね。なんとも濃い日々だこと。
「てなわけで。カクカクシカジカ」
「へぇ~…別世界の亜神ねぇ」
「それを倒した直後に謎の神様の声…うん、間違いなくそれが切っ掛けだね。レイさんを勇者にしたのはその神様でベルムバッハ伯爵達に何かした勇者も神様に勇者にされた人だと思うよ」
Oh…ギフト持ち天才少女ユウの御墨付も出ちゃったか。メーティスも同じで王国会議での一件はレイさんとは別の人間と予想してるんだよな。
「ふぅん…てことはベルが予言した悪い勇者はそっち…ベルムバッハ伯爵達に何かした方の可能性が高いわね」
「そうなるわね」
確かベルナデッタ殿下の予言では俺とアイとベルナデッタ殿下の三人で戦うのは二十代の男だったか。
レイさんは三十八だし可能性としてはそうなるな。だが…
「他に何人いるか、よね」
「犬神と同様の存在もいそうだし…というか絶対いるし。複数人で同時に来られたら危ないかもね。お兄ちゃんは兎も角、私達が」
それが一番心配だなぁ。俺とメーティスで手分けして対応するにしても二方面まで。それもあまり離れられないとなると…
「ウチは平気だよん。勇者相手でも勝つ自信しかないし。精神操作に対する防御も完璧。ウチの周りにいる人間くらいは護って――」
「精神操作に対する防御って魔法道具とかでしょ。王家に伝わる高級品なんでしょうけど勇者の能力に対しては過信しない方がいいわよ。勇者の能力は未知数なんだから。敵の勇者も味方の勇者もね」
「う…」
その味方の勇者はシルヴァンとエルリックなわけだが…シルヴァンは味方と考えていいものやら。子供だし戦力として数えるのはやめておいた方がよさそ。
エルリックは論外だし。いくら勇者だからって赤ん坊が戦えるわけもないからな。
あー…手が足りん。俺だけを狙ってくれるなら問題ないがベルムバッハ伯爵達のように俺の身内を狙われたら拙い。
いや間違いなく狙って来るだろう。ベルムバッハ伯爵達は俺の身内ではないが他人を捨て駒にする事に躊躇いの無い奴のようだし。なんの為にあんな事をさせたのかはわからないが武力で来ず知略で来るようなタイプなのだろう。だとしたら――
『とは限らんのちゃうかなぁ。はっきり言ってあんなん嫌がらせにしかならんわ。本気で何か狙ってたんならあんな杜撰な証拠用意せんわ。せやからアレはただの思いつきの嫌がらせ、もしくは能力の実験程度のもんやろ。もしもアレを本気の作戦やと思ってやってたなら自分は賢いと思ってる阿呆が勇者って事になるな』
…それならそれで厄介だがな。
思いつきで嫌がらせをするような奴は性格が歪んだ奴だろうし能力の実験をする程度の用心深ささはあるという事。
阿呆なら行動の予測が困難になるしな。
頭が良い方が困難じゃないかって?そこはほら、ユウという天才がいるからして。
『そこはわいがおるからって言うてぇや…受け身の対策にはなるけど能力を使われた人間は判別できるんやで』
ほう。つまりベルムバッハ伯爵達から得たデータでそれが可能になったと。流石だな。
で、受け身の対策って事は勇者を探し出す事は無理って事か。
『そこまでは無理やな。今、正体不明の勇者に対して出来る事っちゅうたら…そやな、王国に居る男一人一人調べていく事くらいちゃうか』
それは…いくら男が少ない世界って言ってもな。途轍もない時間と労力がかかるだろうから現実的じゃないな。
調査に行った人間が当たりを引いた場合は危険極まりないし。
そうなると俺が一人一人に面会して行くしかないわけだが…うん、無理。
「ん~…ねぇ、お兄ちゃん。そのベルムバッハ伯爵達から情報は本当に何も出なかったの?」
「ああ、何にも。王国会議中の記憶も王国会議に出る前の記憶、もっと言えば王都に出発する前、二週間前からの記憶が曖昧で殆ど覚えてないそうだ。偽造の証拠や書類を用意した事はなんとなく覚えているそうだけど」
「そっか…じゃあその勇者は王国の東側に居るって可能性が高いって事しかわからないんだ」
「ああ~ベルムバッハ伯爵は王国東部の領主でその他も東部の領主なんだっけ」
その情報しかないな…やはり受け身になるしかないのか。
「ん~…せめて戦力に数えられる勇者が一人でも居ればね。ちゃんと能力が使えてお兄ちゃんの味方してくれる勇者が」
「味方になってくれる勇者かぁ…勇者って男しかなれないんでしょ?ジュンの味方してくれる男なんて少ないんじゃない?」
男友達と言える人なんて居ないしな。強いて言えば神子セブンと紳士会の面子だけだろ。どっちも微妙なラインだが。
『何言うてんねんな。マスターにはジークが…いやジークは恋人候補やったな。すまんすまん』
オマエ アトデ オシオキ。 オレ オマエ ユルサナイ。
『ええ…なんでやねん…んあ?誰か来たで』
ん?暫くは部屋に来るなってメイド達には伝えてたんだけどな。一体誰だ。
「失礼します」
「あれ、クオンじゃない。どうかしたの?」
ノックの後に部屋に入って来たのはクオンさん。アイの専属メイドだが彼女がうちの屋敷に来るのは珍しい。
「はい、アイ様。大至急王城に戻るよう陛下からの御用命です。ノワール侯爵様も可能なら登城するようにと。ローエングリーン伯爵様、レーンベルク伯爵様にも同様の言伝が出されています」
「…何があったの。只事じゃないみたいね」
俺にアイ、アニエスさんとソフィアさんを呼び出すって事は…ベルナデッタ殿下絡みか。それとも勇者か。
「詳しい事は何も。ですがジーク殿下に妙な形の痣が浮かんだそうです。そう言えば何の事かわかる筈だと」
「「え」」
………なんて?
『ははぁ~ん。これが俗に言うフラグってやつやな。ジークルートに入ったんちゃう?』
そんなルートは無い!無いったら無い!そんな地獄へ続く道は永久封鎖だ!
『それならわいはジークルートへの道を新規で開通や!いや貫通の方が正しいか?マスターも新たな扉を開けるわけやし……開放が正しい?どっちやと思う?』
どれも不正解に決まっとろーが…勘弁してくれよ、ほんとに…




