第165話 やっぱり可哀想な人でした
~~サーラ~~
「姉さん!姉さんは居るか!」
「…騒がしいわよ、カサンドラ。何かあったの?」
忙しい日常の合間を縫って自室で休憩をしていたら妹のカサンドラがノックもせずに入って来た。
貴女も皇族なのだから最低限の礼儀作法というモノを…
「そんな事はどーでもいい!それよりこの手紙!アインハルト王国のアリーゼ陛下からだが断られてるじゃないか!どういう事だよ姉さん!」
「ああ、やっばりね。普通なら断わる……待ちなさい。貴女、私より先に手紙を読んだの?」
私宛に来た隣国の女王陛下からの手紙を?何考えてるのこの子は…
「そんな事はどーでもいいんだって!それより質問!質問に答えてよ、姉さん!」
「どうでも良くないし、場合によっては罰しなきゃいけなくなるから。次は無いわよ。…で、どういう事かって言われてもねぇ。当然の反応じゃないかしら」
「当然の反応って…姉さんは何て書いたんだ?」
「両国の友好の為に陛下と親睦を深めたい。ついては我が城でパーティーを開くので御参加いただけませんか。その時は最近話題のノワール侯爵を連れて来てくだされば幸いです。省略して言うとこんな感じね」
まぁ来ない。普通なら来ない。何が哀しくて恨まれてるとわかりきってる国へ行かなきゃならないのか。
もう数年は経ってから外務大臣辺りを派遣するのが精々でしょ。
まだ戦争の記憶新しいのに女王陛下自らが来るわけがない。
「それがわかってるならなーんで女王陛下を呼ぶんだよ!ノワール侯爵様だけ呼べばいいじゃんか!」
「出来るわけないでしょう?」
女王陛下を呼ばずに再興して叙爵したばかりのノワール侯爵だけを呼ぶなんて。
女王陛下を蔑ろにした招待なんて…いい批判の的だもの。
私を快く思ってない貴族達にネタを与えるだけよ。
「じゃ、じゃあこっちから行けばいいじゃん!次はそう手紙に書きなよ!」
「無理よ」
「なんで?!」
「私、まだ死にたくないもの」
今でこそ、帝国はようやく復興も終わりが見え、治安も良くなり安定している。
でも私は皇帝になってからは極力城を出ないようにして来た。
どうしても城から離れなければならない時は極秘裏に。
信頼の置ける家臣のみを護衛に、細心の注意を払って。
慎重に慎重に事を運んだ。
何故か。
恨まれているからだ。
戦争の原因は先代皇帝の母だし、拍車をかけたのが姉だし。
かなりマシになってはいるけど皇族を恨む者は多い。
アインハルト王国になんて行こうものなら…国境を越える事すら難しいかもしれない。
帝国貴族の誰かが裏切って襲って来る可能性はまだある。
無事にアインハルト王国に入ったとしても…王国にも帝国を恨んでる人は大勢いる。
暗殺に怯えながらの旅なんて…嫌よ、私。
だから妹達も基本城に引き籠もってる。
身分を隠して冒険者をやっているような例外はカサンドラだけ。
あと私が行くとなるとお金かかるし。今の懐事情じゃ厳しいわねぇ…悲しい事に。
「む、むぅ…そもそもなんで女王陛下に来てもらうなんて話になるんだよ?ストレートにノワール侯爵様と結婚したいって書けばいいだろ?」
「嫌よ。噂程度の情報しか無い人に結婚の申し込みなんて」
せめて一度会って人となりを知りたいわね。出来れば一緒にお茶して…庭園を散歩したりとか、ね。
「ノワール侯爵様より良い男なんていないってば!」
「貴女がそう思っても、私も同じように思うとは限らないの。兎に角、やれるだけの事はやったわ。もう諦めなさい」
「やだやだやだやだやだやだー!」
駄々っ子か!もう…貴女も良い大人でしょうに。
「諦めるのは早いですぞ、姫様」
「あら宰相、居たの。あと陛下と呼びなさい」
「これを御覧ください、姫様」
「だから陛下と……これは?」
「ノワール侯爵の写真です。部下をやって手に入れました」
「な、なにぃ!アタシにも見せろ!」
へぇ…これが例の…確かに美形ね。まるで男神様…いい身体してる…
「って、ちょっと待ちなさい。どうやってこんな写真を手に入れたの。これなんて着替中に撮った写真よね」
「ほ、本当だ!こんな薄着…完全に盗撮だろ!」
他にも食事風景や鍛錬中の写真…犬?いえ狼かしら。狼と戯れてる写真…幼児に抱きつかれてる写真なんかも。
…ノワール侯爵、ロリコンじゃないでしょうね。
「部下が撮った写真ではありません。売られていたそうです」
「…売られていた?」
「はい。非常に高値で」
…どう見ても屋敷内での写真ばかりだけど?これ、使用人が撮った写真なんじゃ…身内に不届き者がいるみたいね。
ノワール侯爵も苦労してるのかもね…
「姫様?」
「陛下と呼びなさい。何かしら」
「何故写真を懐にしまうので?返してください」
「……これは私が預かります」
「姉さん?!ズルい!」
ズルく無いわ。こんな写真…妹達には刺激が強過ぎるし、男日照りの馬鹿貴族共が見たらまた戦争になりかねないもの。
故にこれは私が預かります。極秘資料として!
「…漸く色気付いて来たようで、何よりです。今夜はその写真でハッスルですか。ほどぼどになさってくださいね」
「誰がハッスルしますか!」
誰がこんな写真程度で……良い筋肉してるわね…ゴクッ。
「兎に角、姫様も乗り気になったようで。更に追加情報があるのですが、お聞きになります?」
「追加情報?ノワール侯爵についてよね」
「ええ。何でも災厄級の魔獣、ドラゴンゾンビを単独討伐されたそうですよ。その証拠として巨大な魔石を王家に献上。その功績をもって王家直轄領を一部下賜されたとか」
「うっそ!凄い!ノワール侯爵様最高!」
ドラゴンゾンビを単独討伐?…それが凄い事なのはわかるけれど…どのくらい凄いのかは…正確にはわからないわね。
「カサンドラ、わかる?」
「姉さん、わかんないのか…災厄級の魔獣ともなればそうだな…帝国で言えば近衛騎士団が総出でなんとかなるかならないか、かな」
…近衛騎士団は帝国最強の騎士団よ?それが総出でなんとかなるかならないかぐらいの魔獣を単独討伐?…それって人間なのかしら…容姿は男神様と言っても過言じゃないけれど。
「事実確認はとれておりませんが…これが事実であるならば。益々、ノワール侯爵とは縁を結ぶ必要があります。例え姫様が結婚出来ずとも、妹君の誰かには嫁いで貰わねばなりません」
「……」
そりゃあ、ね…単独で近衛騎士団に匹敵するような人材、誰もが欲しがるでしょう。
そしてそれだけじゃなく…もし、その武力の矛先が自分達に向けられたら?それを考えると身内になっておきたい。
それはわかるけれど…
「姫様のお考えはわかります。それでも帝国と縁談を結ぶのは難しいとお考えなのですよね」
「陛下と呼びなさい…ええ、そうよ。そんな人材、王国が手放すと思えないし、ノワール侯爵に差し出せる物もない。とても帝国に来てくれるとは…」
「その通りかと。しかし諦めてはいけません。このままでは姫様は処女のまま生涯を終える事になりかねませんよ?良いんですか、それで」
「……それも仕方ないと思い始めてるわよ。お母様とお姉様のせいで皇家についた男好きのイメージを消そうと思えば、それくらいしないと…」
「ね、姉さん…」
それか…いっそ神子と子作でいいんじゃないかしら。
敗戦国の皇帝には神子すら贅沢かもね…ふふ。
「…こぉんのぉ!ばぁかちんがぁぁぁぁぁ!!!」
「ふぇ?へっぷぅぅぅ!?」
「さ、宰相?!」
な、なに?!今、私ぶたれたの!?お母様にもぶたれた事ないのに!
「甘ったれるのもいい加減にしなさい!言い訳ばかり並べて!先ずは行動!行動あるのみでしょう!」
「い、いえ、だから手紙出したじゃない…」
「少しは先代皇帝のお母様やお姉様を見習ったらどうですか!」
「凄い事言うわね、あんた。戦争の元凶となった二人を見習えとか」
「あの二人は…そう!狙った獲物は必ず手に入れるという執念があった!それこそ戦争を起こす程に!」
「うん、だからそれがダメだったんだってば。色欲に狂った果ての行動だもの」
「姫様も同じ血を引いているのならば!男一人くらい手に入れなくてどうしますか!」
「むしろ同じ血を引いているなんて事実は消し去りたいくらいなんだけど」
「そもそも!自分の夫に妹達も一緒に娶ってもらいたいと仰っていたでしょう!なのに最高の男を手に入れなくてどうします!そこらへんの男をあてがわれて幸せになれるのですか、貴女の妹達は!」
「うっ!」
それは……確かにそう。妥協に妥協を重ねた末に選んだ男なんかで妹達が幸せになれるとは…でも宰相?あんた、その条件は無茶だとか言ってなかったかしら?
「そして今、此処に!カサンドラ様も認める最高の男の情報がある!ならばアタックするしかないでしょう!違いますか!」
「ね、姉さん…アタシからもお願いするよ。諦めないで欲しい…」
……し、仕方ないわね。少なくとも見た目は確かに良い男だし…能力も高いみたいだし、ね。
「わかったわよ…あんた達も作戦を考えなさいよ」
「姫様…御意にございます」
「わかったよ、姉さん」
全くもう…皇帝の結婚って、此処まで苦労するものなのかしら……うん?
「どうかしたの、姉さん」
「いえ、口の中が血だらけで…何かあるし…あ」
…歯?え、歯?お、折れたの!?
「おっと、いけません。私とした事が緊急の用件があったのを忘れておりました。それでは失礼」
「ちょ、待っ、テメェこの!馬鹿宰相!戻って来い!皇帝の歯を折る奴があるかぁ!あ、テメェ!指輪外さずに全力ビンタしやがったな!ご丁寧に両手の指全部にはめたまま!今外してどーするんだ、あぁ!?」
「ね、姉さん、落ち着いて!地が出てるし血が飛び散ってる!」
あああ!!覚えてろよぉぉぉ!!!阿呆宰相めぇぇぇ!!!!




