第124話 子供でした
「あ、旦那様。お帰りなさいませ」
屋敷に戻るとメイドの一人が出迎えてくれる。
この子は同じ孤児院出身の子で、以前はエチゴヤ商会で働いていた子だ。
「タメ口でいいし旦那様じゃなくてジュンでいいよ、これからも。周りに他人が居ない時はね」
「ん~…タメ口は許してもらうけど、呼び方はだ・ん・な・さ・まハートっでいくねっ」
「…それより客が来てるみたいだけど、誰が来てんの?」
「あっ、そうだった。イエローレイダー伯爵って言ってたよ。クリスチーナも伯爵様達も居ないから、今日休暇で屋敷に居たクライネさんが対応してる。応接室で御話ししてるよ」
…イエローレイダー伯爵?黄薔薇騎士団の団長さんが何の用だ?
叙爵の儀の時に顔を見た以外に接点はない上に、その時も会話すらしてないんだが。
「兎に角、会ってみるしかないんじゃないか?私も一緒に会おう」
「じゃ、あたいらは隣の部屋で待機してるから何かあれば呼べよ」
正直、あまり乗り気じゃないが会うしかなさそうだ。追い帰す訳にも行かない相手だし。
ていうか、こういう弾丸訪問をしないように女王陛下も釘を刺してくれたはずなんだけどな。
ほんと、何しに来たんだか。理由が全く思いつかん。
『何言うてるんや。そんなん今までのパターンからしてマスターに一目惚れして突撃告白に来たんやろ。イエローレイダー伯爵も、あの時泣いてた貴族達と同じっちゅうわけやな』
…お、おおう。それが本当なら女王陛下の牽制がまるで効いてないじゃん。
いや、でも、あの人は俺に興味無さそうだったしなぁ。かと言って他に何か思いつくかって言えば何も無いしなぁ。
『どっちにしろ、もう会うしかないんやし。会えばわかる事やん。ほれほれ』
…そうだな。応接室に通してるなら会うしかないな。
「じゃ、入るか」
応接室に入ると、中に居る人物からの視線が集まる。中に居たのはクライネさんとこちらの執事とメイド。
そしてイエローレイダー伯爵とその従者と思しき人が二人。
言うまでもないと思うが、俺以外は全員女性だ。
「お待たせしたようで、すみません」
「いいえ。事前の約束無く、訪問したのはこちらが悪いのです。それに、大して待っていないので」
立ち上がり、俺に対して頭を下げた後、握手を求めるイエローレイダー伯爵。こうして近くで見ると綺麗な顔立ちなのが良くわかる。
ツリ目で、口元にホクロのある高身長の黄色髪の美人。
黄薔薇騎士団の団長らしく、結構な武人らしい。握手をして触れた手は武人の手だった。
握手の最中も眼を合わせてくれないのが少し気になる。
「それで、今日はどのような御用件で?」
「ええ、簡潔にお伝えします。黄薔薇騎士団に入団しませんか、ノワール侯」
「「は?」」
俺が黄薔薇騎士団に?…何故だ?何を思って俺を騎士団に誘う?
そもそも侯爵を騎士団に入れるなんて…って、それは今更か。他にも貴族家の当主が騎士団に入ってるしな。
ただし貴族家の当主が入団出来るのはアインハルト王国では五大騎士団と呼ばれる騎士団のみの話。
五大騎士団に入団出来るのは実力のみ。平民も貴族も関係なく実力のみなので、当主でも問題無く入団出来るというわけだ。
その五大騎士団の一つ、黄薔薇騎士団の団長自らが俺を勧誘に来ている。
正直これは予想外だったな。
俺と一緒にカタリナも驚いているがクライネさんは驚いていない。俺が来るまでに話を聞いていたのだろう。
「…一体何故です?俺…失礼、私は騎士を目指してはいませんが?」
「存知てます。冒険者を続けたい為に数々の女性と婚約されたそうですね。そちらのローエングリーン伯爵の御令嬢、カタリナ殿のように」
「むっ…御言葉ですが私はジュンと幼馴染ですし、婚約に関しては強要をしたわけではありませんよ」
そもそも婚約を前向きに考えるだけで、まだ婚約したわけじゃないんだがね。そんな事言えばどうなるかわからないので口には出さないが。
「ああ、質問の答えですが、ノワール侯が優秀であるとわかったからです。この一週間、真偽のほどを確認させてもらいましたが貴方の身体能力は素晴らしい。加えて毎日日課の訓練は欠かさない勤勉さ。宰相閣下が仰っていた功績も偽りでは無いと判断出来ました。黄薔薇騎士団に入団出来る実力は満たしていると判断しました」
…叙爵の儀での様子からして無口キャラかと思えば、そうでもないな。未だに眼を合わせないのが気になるが。というか、ハッキリと眼を合わせないようにしてるよな、これ。
しっかし、俺を黄薔薇騎士団にねぇ。どうやら一週間の間、俺を観察してたようだけど。俺に一目惚れして婚約しに来たというメーティスの予想は外れたわけだが。どう思う?メーティスよ。
『いやいや。何言うてるんや。身体能力とか勤勉さとかはマスターを傍に置きたいっていう本音を隠すだけの建前に決まっとるやん。先ずは傍に居られる環境を作ってから口説くつもりなんやろ。女王から牽制されとるんやし』
ああ、うん。なるほど。ちょっと搦め手で来たわけね。先ずは親密になれる環境を作ってから俺の意思で婚約に持って行けるようにしたかったと。
しかし、悲しいかな。俺にそのつもりはないわけで。
そもそも、何処かの騎士団に入るなら白薔薇騎士団に入るのが自然な流れだろう。
イエローレイダー伯爵とも黄薔薇騎士団とも今までに接点が無いわけだし。
騎士になるつもりが無い俺にとって黄薔薇騎士団に入る理由もメリットも無い。
「折角のお誘いですが、御断りさせていただきます」
「…っ。何故でしょうか。失礼かと思いますが、これだけの屋敷を御持ちならば維持するだけでも相当な財力が必要になるでしょう。使用人もそれなりに雇っているはず。それらを思えば、いつ無くなるかもわからないミスリル鉱山にのみ頼っていてはいられないでしょう。五大騎士団の一つ、黄薔薇騎士団に在籍する事は大きなメリットとなる筈ですが」
そう来たか。こちらの懐事情を突いてきたわけね。しかし、その点も問題無い事はわかっているだろうに。
「資金面に関しては問題ありませんよ。俺自身そこそこ稼いでいるのもありますが、援助してくださる方も居ますから」
「私の母のようにな。ローエングリーン家はジュンを全面的に支援していますので、御心配無きよう、イエローレイダー伯爵」
未だマヨネーズやジェンガ、石鹸の特許使用料は入って来る。この世界の特許は申請者が死ぬまで入って来るからなぁ。勿論、それだけでは屋敷の維持や使用人に払う給金を賄う事は出来ないので、大部分はアニエスさんやソフィアさん、クリスチーナに頼っているのだが。
………どう考えてもヒモだな、これ。もう少し特許を申請しておこうかな。侯爵になった以上、安定して入って来る収入は多い方がいいだろうし。何が良いか、少し考えよう。
「それに騎士になるつもりなら、白薔薇騎士団に入ってますよ。ソフィアさんを始め、白薔薇騎士団とは長い付き合いなんですから」
「私の言った通りでしょう?ジュン君は…いえ、ノワール侯爵はイエローレイダー団長の勧誘を受ける事はない、と」
「………」
ああ、俺が断る事はクライネさんが事前に言っててくれたのね。ショックを受けた様子も無いし、断られるのは覚悟の上だったと。
「私の能力を認めて勧誘して頂いた事には感謝しますが…って、えええ!」
「うっ…うぶっ…うわぁぁぁぁぁぁん!」
ギャン泣き!?大の大人が突然ギャン泣きを始めましたけど!?何事!?さっきまで平静でしたやん!?
「ああ!お嬢様!落ち着いてくださいまし!」
「此処はイエローレイダー家の屋敷ではなくノワール侯爵様の屋敷でございます!そのように泣かれては侯爵様の御迷惑になります!」
「うっ、うう、ヒック…でも、でも、だってぇぇぇぇ!びぇぇぇぇぇぇ!」
従者の二人が必死に宥めるも効果なし!泣き声を聞きつけてアム達や使用人達も集まり出したし!
てか、なんで泣いてんの?!まさか俺が入団を断ったからじゃないよね!
『いや、それしかないやろ。他に何があるんや』
いやいやいや!それくらいで泣くか?!仮にも黄薔薇騎士団の団長がだよ?!こんなギャン泣き転生してからは孤児院の子供くらいしか見た事ないよ!?
「と、兎に角!お嬢様、今日のところはこれで失礼しましょう!」
「お嬢様が大変失礼しました!このお詫びは後日改めてさせて頂きます!お嬢様、行きますよ!」
「うっ、ひっく…お嬢様じゃないもん、伯爵だもん…」
「はいはい、わかりましたから。行きますよ、伯爵様」
もんって。幼児化しとるがな。あんなデカいなりして…ギャップ萌えでも狙っているのか?
それにしてもやり過ぎだが。
従者に手を引かれ帰って行く姿は異様としか。
「…な、なんだったんだ、今のは。アレで本当に団長なのか?」
「カタリナさんがそう言うのも無理はないですね。ですが、あの方は確かに黄薔薇騎士団の団長。ティータ・フレイ・イエローレイダー伯爵、その人ですよ」
…おお。そう言えば名前を聞いてなかったな。俺も自己紹介をしてなかったのもあるが、向こうも自己紹介しなかったし。
「あの方は普段は真面目で厳格。私と同じ槍を使う騎士で、恵まれた体格から繰り出す一撃は強力無比。団長になったのは去年と最近ですが、その実力は本物。しかし、幼い頃から騎士となるべく育てられた反動か生来の性格故か子供っぽさが抜けてなく、見習い騎士時代についたあだ名が『泣き虫ティータ』。その時代を知る仲間からは未だにそう呼ばれてからかわれてます」
…泣き虫ティータ、ね。180近い高身長にツリ目美人な凛々しい顔立ち、鍛えられた体躯から受ける印象とは真逆もいいとこだな。
「な、泣き虫…お母様からはそんな話は聞いてないな」
「本人は当然、イエローレイダー家としても知られたくない事ですからね。広まらないように努力はしていたようですが、ある程度は仕方ありません。彼女は私達より一つ下の世代ですが、それでも私達の耳に入るくらいは広まってしまってますから」
と、いう事は彼女の年齢は二十二歳くらいか。その若さで当主となり、団長となるからには能力は本物なんだろう。
「…これで諦めると思います?」
「どうでしょう?ジュン君の前で大泣きしてしまうという失態を犯しましたから、恥ずかしさから暫くは顔を出さないとは思いますが、子供っぽさが残るせいか思い立ったら即行動!みたいなところもありますから。何か思いつけば行動に移すでしょうね」
…今回の事で諦めてくれないかなぁ。女性の涙には弱いんよ、この世界でもさ。




