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八九三の女  作者: 七星瓢虫
55/69

[じいじ]

昔話を終えて


「お望みの親父殿と先代の昔話じゃねえけど、こういう事だろう?」


お前が聞きたかったのは

お前が知りたかったのは、こういう事だろう?


視界の端で俯く社長を見遣る事なく

店長はロックグラスを呷り、二杯目も空にする


お代わりを注ぐ、社長の手が震えているのか

酒瓶の注ぎ口とロックグラスの縁が当たり、かちかち音を鳴らす


祖父は悔やんでいたのか

祖父は祖父なりに悔やんでいたのか


分からない

分からないし今更、分かった所でどうしようもない


祖父は死んだ


自分は祖父を憎んだまま見送った


そうして唇を噛んだ


自分は見送りすらしなかった


不意に酒瓶を持つ社長の手ごと、店長が酒瓶を握り締める

震える、その手を宥めるように力強く握り締める


「墓参り、行くんだろ?」


これ以上、先延ばす事は出来ない


「行けよ、墓参り」

「結局、一度も行ってねえだろ?」


俯く社長が無言で頷く

見留める店長が「親父殿なんか月命日で通ってんぜ」と、ぼやく


全部、親父殿任せだ


立派な葬式を挙げて

立派な仲間に見送られて、嘸や満足だろう?


満足なんだろう?と、自分自身に言い聞かせた


「先代は、お前の眼を褒めてたけど」

「俺に言わせりゃあ、お前の眼は先代よりも曇ったまんまだ」


悔しい

悔しいが、なにも言い返せない


「行けよ、墓参り」

「先代もさ、お前が来るの待ってんじゃねえの?」


呼んでいるのか

呼ばれているのか


幼稚園から帰宅して一直線に向かうは庭の鯉池だ


「ただいま」と、声を上げれば

色取り取りの錦鯉を愛でる祖父が、その顔を向けて微笑む


そうして自分は肝心なモノを忘れた事を思い出し

母の車へと取って返す


「じいじ」

「じいじ、うさぎさんだよ」


あの人に貰った、うさぎの縫い包み

可愛くて可愛くて早速、祖父に自慢した


「おうおう、雪のように真っ白くて愛くるしい兎さんだなあ」

「名前は付けてあげたのか?」


黒くて小さな

うさぎのお鼻を節榑立つ指で突く祖父に問われて頭を振る


そういえば、あの人にこの子の名前を聞くのを忘れた


腕を組み首を傾げ考える事、数分

一丁前な、その様子を祖父に笑われながらも閃いた


「ユキ!」


「ユキ、か?!」


満面の笑みを浮かべ

自分の言葉が名前選びの種となった事を喜ぶ祖父に、思い切り頷く


「じいじ、ありがとう」


そうして、ユキにお辞儀をさせる

祖父の大きく温かい手の平がユキの頭を撫で、自分の頬を撫でる


嬉しさとくすぐったさに思わず、肩を竦めた

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