表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八九三の女  作者: 七星瓢虫
46/69

[挑戦状]

タッパーウェアを詰めた手提げ袋を手に少女が

叔母のマンションへと赴くと運転手兼社員(以下、社員)が出迎える


「はえーよ!」


確かに約束の時間よりも多少、早いが問題は別にあるだろ


社員がいる事に面を食らうも小さく頭を下げ、挨拶する

少女の態度に「うんうん」と、満足げに頷く社員を余所に居間に向かうと

取扱説明書片手に炊飯器相手に悪戦苦闘する叔母がいた


少女の姿に気が付くと満面の笑みで跳ねる


「千~千~!」

「あたし~炊き込みご飯って奴、作ってるの~!」


「炊き込みご飯の素、で?」


言ったものの直ぐに少女は反省する

全く、家事も料理もしなかった叔母が一念発起した遣る気を

挫くような言い方、本当に良くない


当の叔母は気にする風もなく

「なになに~?そんな便利なものがあるの~?」と、呑気に聞く


少女が微笑んで炊飯器の中身を覗き込むと、どうやら鳥五目らしい


「具はどうしたの?」


炊飯釜内の不揃いな具材を見止め、言う


「だから~作ったんだってば~!」


「叔母さんが?」


「あたしが~!」


一概には信じられない

だが、胸を張る叔母の絆創膏だらけの指先が物語っている


「俺が教えた」

「俺も無駄に一人暮らしがなげーから」


居間に戻って来た社員が

台所で遣り取りする二人を眺め答え合わせをする


叔母は少女が差し出す手提げ袋を受け取り、ぷぷぷ、と吹き出す


「うそだったの~、彼女がいるっていうの~」


そうして手提げ袋の中身を確認して

「あ、セロリの浅漬け~、大好き~」と、燥ぐ叔母に

社員が「食いたい食いたい」と、手提げ袋に顔を寄せる


じゃあ、あの時の社員が帰った本当の理由はなんなんだ?

と、でも言いたげな少女の視線を受けて

社員は癖のある前髪を掻き揚げ、仕方なく答える


「会社絡みなら兎も角、プライベートでは無理ゲーだよ」


食事会やら飲み会やらなら

社長の周りは先輩社員が囲み、自分の出番はない


遠くの席で適当に相槌を打って酔っ払えばいいだけの話しだ


だが、一対一となると話は別だ

社長の相手など自分には力不足だ


二十歳其処其処、稼業を継いだ時から

新参の社長に古参の社員達が文句も言わず順従する


そんなの異例だ

そんなの異例だが罷り通るんだ、あの社長なら


あの社長相手に踏み込んでいく勇気も覚悟も自分には足りない


チンピラ風情の見た目とは違い

真面目に語る社員に少女は少しだけ意外そうな顔をするが

叔母は叔母で何故か満更でもない顔をしていた


二人の視線が気まずいのか、社員が手を振って叔母に指示する


「俺の事はいいから早く!炊飯ボタン押せよ!」


社員の言葉に叔母は首を傾げ、取扱説明書の頁を開く


「うんとね~、炊き込み設定にしないとだめなんだよ~」


叔母の言葉に少女が炊飯器に手を伸ばす

慣れた動作で「炊き込み設定」を選択すると同時に「炊飯ボタン」を押す


炊飯開始の「ぴー!」音が鳴り響いた刹那、悲鳴を上げる叔母


「ごめん」


「やらかした」と、察して慌てて謝る少女

「気にしないで」と、ぷるぷる頭を振るが叔母は涙目だ


行動を後悔する少女と涙を堪える叔母


居合わせる社員が少女の頭をくしゃ!、と撫で

叔母の頭をくしゃくしゃ!、とする


「泣くな泣くな」

「また、サプライズで作ってやろうぜ!」


少女が訪問する前に鳥五目御飯を炊いての、サプライズだったのか

社員は稼働し始めた炊飯器を指差し、宣言する


「ぜってーうめえから!」


叔母が少女の為に拵えた、鳥五目御飯

手の指を絆創膏だらけにして拵えた、鳥五目御飯が不味い訳がない


目と目が合う、少女と叔母


少女が叔母に向かって小さく、笑う

叔母はにかっと笑うと、その下唇を指で摘まんだ


「ねえねえ~」

「今度はなにが食べたい~?」


最早、サプライズでもなんでもない

鳥五目御飯、差し入れのセロリの浅漬けに舌鼓を打ちつつ

うきうきしながら尋ねる、叔母に少女は社員を見遣る


「今回の、お礼に社員さんの好物を作ろうか?」


少女の提案に

叔母は名案だ!と、ばかりに目を開いて手を叩く


二人の遣り取りを、茶碗を呷り

鳥五目御飯を掻っ込み聞いていた社員が答える


「じゃあ、鰤大根」


叔母は「なにそれ」と、いう顔をするが少女は微かに眉が上がる


鰤大根


鰤の粗を大根と一緒に醤油で煮付けた

鰤に脂が乗ってくる季節である冬の料理で、日本の郷土料理だ


そう、調理自体に特別な事はないが

下処理の有無に拠っては美味くも不味くもなる、料理


春なのに、鰤?

ならば春大根で、考えて少女は社員と目が合う

瞬間、その目が笑うように細くなる


成る程

社員からの「挑戦状」と、理解した少女は受けて立つ事にした

何気に負けず嫌いなのかも知れない


まあ、実際に受けて立つ立場なのは

少女の指導で調理する叔母なのだが、そんな事など露知らず

セロリの浅漬けのお裾分けを強請る社員相手に

タッパーウェアを抱えて死守していた


「お前なあ!」

「お前なあ!そーゆーとこだぞ!」


「な~にが~?」


全く以て、埒が明かない

と、諦めた社員が少女に振り返り、にやにやする


「じゃあ、いいぜ」

「姪っ子に作り方、教えてもらう」


途端、慌てて頭を振る叔母が社員の腕を引っ張った


「だめ!」

「あたしが千に教わって教えてあげるから、だめ!」


「いいっていいって、無理すんなって」


「むりじゃないから~むりじゃない~」


そうして、お互いの手と手を取り合って

ゆらゆら腕を揺らす二人の様子に少女は不審を隠せず薄目になる


そういう事なのかも知れないが

そういう事ではないのかも知れない


社員がセロリの浅漬けの作り方を知りたがる以上に

少女は二人の急展開な関係を知りたかったが聞ける筈もなく

唯唯、月見里君の顔が頭に浮かんだ


「浅漬けの素に漬けるだけ」


ぼそりと暴露する少女に叔母は悲鳴を上げる

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ