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0杯目 店舗マネージャー、望月八千流の受難

プロローグになります。

 金曜日の夜。初秋の肌寒さと突然の大雨せいで、暖房を入れた車の中でも少し冷える。

『××店のチャーシューと麺が不足してます、至急届けるようお願いします。』

 社用携帯に届いた通知に、嫌気がさす。

 道路沿いの店舗は混むから、食材を多めに発注して欲しいと何度も言っているのに、食材ロスを出したくないからダメの一点張り。

「結果足りなくなっていつも届ける羽目になるの、馬鹿みたい」

 近くの店舗から余っている食材を受け取って、車を走らせる。

 望月(もちづき)八千流(やちる)、二十六歳独身女性。

 前髪はセンターで分けて輪郭に沿った触覚風に。下ろすと肩まであるサイドと後ろ髪は、お団子にまとめてバレッタで留めている。仕事が忙しくても負けじとメイクは欠かさずしているのだが、アイシャドウ越しでも奥二重の両眼には疲れが見える。

 両親が切り盛りしていたラーメン屋が大好きで、思いそのままラーメンチェーン店に就職。真面目な仕事ぶりが認められ、二年で店舗マネージャーに昇進。

 そのまま周りからの評価と給料は右肩上がりで増えていったが、反対に八千流のモチベーションは下がっていった。

 本部の会議に参加し経営戦略を練るのはもちろんのこと、バイトのシフトが足りなければフロアに駆り出されることもある。出勤中は店舗に常駐していることをいいことに、雑用同然の仕事を押し付けられることだってある。まさに今がそれだ。

「はぁ……どう考えても今の態勢が悪いですって、一回ビシッといってやりたいところだわ」

 溜まったフラストレーションをため息に込めて、吐き出した。

 ため息をつくと幸せが逃げるなんて言うけれど、逃げる分の幸せがあるかどうかも怪しいところだ。

「この先、渋滞しております」

 独り言に反応するようにして、ナビの機械音声が告げた。

 いつもは快適に通れる道が、今日に限って混みあっている。大雨で氾濫(はんらん)でも起きたのだろうか。

 前の車の赤ランプを眺めていると、携帯が再び通知を鳴らす。

『残り五食しか提供できません、大至急食材をお願いします。』

「そう言われてもなあ……」

 自分に落ち度は無いのに、提供が遅れれば怒られるのは私だ。

 横髪をくるくる巻いていると、不意に道路沿いのコンビニが目に止まる。

 目当ての店舗まで急げば徒歩でも十五分から二十分ほど。

 食材はビニールで保護されているし、外販用の合羽(かっぱ)もある。

「いっちょやったるか」

 どうせ明日は休みだし、風邪をひいても何とかなる。

 ガミガミ説教をくらうよりずっとマシだ、もうどうにでもなれ。

 覚悟を決めて、ハンドルを切った。



 道のりは思っていたより厳しかった。

 寒さは勿論のこと、合羽越しに受ける秋霖(しゅうりん)は重く、週末の肩こりに拍車をかけてきた。

「これ、頼まれていた食材です」

「どうも、お疲れ様です」

 届け先のマネージャーは、初老の男性。

 あくまで形式上のお礼を言うと、そのまま店内へと体を向けた。

 我慢できなくなって、その背中に声をかける。

「何回も提案している通り、次からは仕入れを増やしてください。何回もこんなことできないですよ」

 マネージャーは返事もせず、そのまま行ってしまった。

「……感じわっる」

 態度が悪いのは、このマネージャーに限った話ではない。「元気に接客」の社訓とは反対に、管理側の人間は冷めきっている。

 そんな対応にもすっかり慣れ切ってしまった私は、もはや怒りを通り越して呆れていた。

「パパとママのお店は、なんであんなにあったかかったんだろ」

 今でも思い出す、両親のラーメン屋。ゆっくりと優しい時間が流れるあの空間が、ずっと大好きだった。お客さんと笑顔で話す両親の顔を見ながら食べる味噌ラーメンの味が、何にも変えられぬ宝物だったのだ。

 故に今の環境に幻滅してしまう。名物味噌ラーメンは美味しいし、接客の時も常に笑顔を保っているのに、フロアにいてもあの心地よさは無い。

「……考えても仕方ないか。さ、かーえろ」

 用も済んだので、合羽を羽織って裏口のドアを開けた。

 外へ出た瞬間、どっと疲れが襲ってくる。

 一週間の激務に加えて、雨天の中を歩いてきたのだから当然だ。

 きっと思っている以上に疲れは溜まっていて。

 だから、足がもつれていることに気が付くのが一瞬遅れた。

「えっ?」

 ふらつく視界、倒れる先には道路。そこで待つのは渋滞が解消され、勢いよく走りだした車。

 こんな状況で、不思議と頭は回る。これが走馬灯というやつか。

 老いた両親を実家に残し横浜で一人暮らし。新天地で気の合う友人はできず、仕事も上手くいかない日々。

 こんなことをしたかったんじゃない。何回もそう思ったけれど、結局自分が何をしたかったのかもよくわからない。

 最後の瞬間は寒くて、冷たくて。

 なんだかとっても……

「寂しい人生だったなぁ」

 望月八千流、享年(きょうねん)二十六歳。

 その言葉の通り。

 寂しい、辞世の句だった。

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